乗り込んできましたよー、きのう。
 厚生労働省本店、医政局監察官。
 さすがにヘリコプターではなかったもたいですが、3人+この街の支店からパシリが2人。
 わたしのいる4F病棟が問題だって。
 もっと突っ込んでいうと、末期癌患者に対するオペを平気で執り行う医師がいることが問題だと。
 つまり、ウチの彼が指針に引っかかっているのを知りながら、オペを続けているのが違反行為だということなんです。
 また、新しい法律ができて、今年度から施行されているんですが、末期癌患者さんもステージと呼ばれる進行度があって、ある進行度に来たら、放射線も抗癌剤も、癌に関する一切の治療ができなくなったんです。 要するに「医師は患者さんを見殺しにしなさい」ってこと。
 そんな中でオペを続けたのはまずいんですよね。
 厚労省の言い分もわかるんですけどね。
 医療費があまりにも膨れ上がりすぎてますから。 大半はお年寄りの湿布ですよ。 腰が痛いから湿布が欲しい。 足が痛いから湿布が欲しい。
 病院で出す湿布より、ドラッグストアで売られてるバンテリン(喘息の方は使用できません)とかフェルビナクなんてやつのほうが効きます。
 医師や看護師はフェルビナクとからせん状の針がついたつぼ膏を使ってます。 病院で処方する湿布は効かないことを知っているので。
 でも、遊びがてらにお年寄りは病院に来て、湿布をもらって帰ります。 1割負担ですからね。 ドラッグストアで買ったら10割負担だし、病院の中で漬物やおやつを買ってきて、宴会ができないでしょう。
 そういうムダがすべて、癌患者の重荷になってるんです。

 さあ、ウチの彼と監察官たちが、スタッフステーションのソファで向かい合いました。
 「わたしは院長だから同席させてもらう」
 アネさんは彼の隣に腰掛けました。
 「再三に渡って道庁の医政局から、注意を受けてもまだ、聞く耳を持たずにオペ禁止ステージの患者にオペを行った。 これかも続けるというのであれば、医師免許の剥奪を行う。 免許を出してもらおうか」
 眉間にしわを寄せた監察官は口を尖らせて言った。
 「出せません」
 アネさんは言い返した。
 「ならば法令により違反行為とみなし剥奪する」
 噂を聞きつけた患者さんたちがスタッフステーションに押しかけてきた。
 「あんたら、オペをするのは法令違反だ、第Ⅳステージ後期に入った癌患者に対しての一切の治療は禁止したんだってな。 俺たちを見殺しにするんだろ。 そうしないと医療費を削減できないからな。 癌なんてたった3割くらいしか負担はないじゃないか。 それでいて湿布をもらいにくる年寄りは9割を負担してやるのか。 そんなに癌患者が生きてられるのが邪魔なら、あんたらの見ている前で、死んでやる。 屋上からそこの窓から見えるように飛び降りて死んでやるからな!」
 患者さんたちはぞろぞろとエレベーターホールに行こうとするのを、わたしは静止した。 チャラも舟木医師も櫻井医師も、自分の担当患者さんを説得している。
 視線の端を、変なおじさんらしき人が通った。
 何をしに来たの、全く。
 スタッフステーションに入っていく。
 看護師たちにその場を任せて、わたしもスタッフステーションに戻った。
 「こりゃ、遠くから無駄なことのためにどうもありがとうございました」
 変なおじさんが、傍らに彼を立たせて、どっかりとソファに座りこんで言った。
 「あなたはこの病棟の人間ですか? 関係ないでしょう?」
 眉間のしわの左隣に座り込んだ監察官は変なおじさんを排除しようとした。
 これは正しい。 この病棟の人間じゃないからね。
 「国立病院機構全体があんたたちの管轄であって、病棟なんていうのはこの際どうでもいいんじゃないですかね。 病棟の問題じゃなくて医療センター全体の問題でしょう。 悪いが免許は渡せないな。 彼には助けなければいけない患者があんなにもいる。 今ここで見たはずだがね。 あんまり無茶を言うと患者さんたちはあんたらを敵とみなすよ。 彼らはなんだってやる。 自分の生死がかかってるんだ。 今、大挙して屋上に向かったみたいだな。 これから連続飛び降りショーの開幕だ。 ゆっくりと拝見するといい。 おもしろいなー。 私も長年医師をやってるが患者さんの集団自殺になんてお目にかかったことはない。 あー、自殺、じゃないか。 あんたらが殺したんだもんな。 良しという職業の人間のレゾンドゥーテール(存在理由)はなんだと思う。 患者さんを殺すことか? 健康を取り戻させてやることか? 教えてくれないか。 私も従うから」
 冷静さを装いながら、相手を脅す。 やくざのトップ的威嚇行為。 『アウトレイジ』だね。 『ビヨンド』も早く観たいな。
 何よりも、変なおじさんのこの態度は驚いた。
 昼行灯なんだから、家ではいつでも。
 「きょうのところは、この後ドラッグストアの営業時間の問題があるから、注意だけはしておく。 同じことを繰り返したらその時は」
 「その時は、なんだ。医師免許の剥奪か? それができるのは医師会の同意があってのことのはずだな。 それなら無理だ。 医師会の会長はわたしだから」
 なんですかー? いつ、医師会の会長になったの? 彼の耳鼻科の主治医のお父さんで皮膚科をやってるラジコン仲間が会長じゃないの?。
 3人は席を立ち、後ろに立たせていた支店の2人を連れ、スタッフステーションを出た。
 彼は後を追った。
 何があるの?。
 わたしもその後を追った。
 面会棟のベンダーコーナーに、彼と、中央で眉間にしわを寄せていた査察官がいた。
 「これ、おごりっすよ。 飲んだことないでしょ。 患者さんの飲んでるものですよ。 誰だってね、おぺなんかしたくないですよ。ちょっとミスれば医療過誤で訴えられるんですから。 だけど危険でもやらなければいけないときがあるんですよ。 苦しんでいる患者さんを目の前で見ていたら、なんとかしてやりたくなるんですよ。 見殺しにするのがぼくとしては楽でいい。 でもそれじゃ、患者さんの家族が黙ってなくてね。
 覚えてますか? 俺は上に行って君たち現場で汗を流して働く連中が正しいことができるようにするって。 だから、おまえは現場で自分が正しいと思ったことをしろ。 そんなことを言ってましたよね。 早く上に行ってくださいよ。 早くぼくたち現場の人間が正しいことができるようにしてくださいよ」
 「いくらだ」
 眉間にしわを寄せた監察官はコーヒーの紙カップを差し出した。
 「言ったでしょ、おごるって。 だから1日も早く現場の人間が正しいことをできるようにしてくださいよ。 その時に返してもらいます」
 「自動販売機ごと返してやる」
 監察官はカバンを取り上げ、足早に面会棟を出ようとした。
 「偉くなってくださいよ。 守って初めて約束なんだから」
 監察官は私の前を通るとき、軽くお辞儀をした。
 なるほどね。 2人は、『踊る大捜査線』の青島巡査部長と、管理官初号機の室井慎次さんみたいな関係なんだ。 もっと言えば吉田副総監と和久さんかな。

 「月曜の前立ち、どうする」
 アネさんは訊いた。
 「やりますよ」
 彼は答えた。
 「オペもやらせてください。 大丈夫、医師会は厚労省医政局に反感を持っている人間が多い。 全力で彼をバックアップします」
 まだいたのか、変なおじさん。
 あんたの居場所はA棟の脳神経外科でしょ。
 もう必要ないから帰んなさい。
 ウチのレトリバーでもわかるよ。

 だけど『踊る大捜査線』みたいなことってほんとうにあるんだ。

 患者さんたちは納得して、一時退院に帰っていった。