休日の朝も、病棟の一般患者さんと同じ、午前6時に看護師に起こされました。
 不思議ちゃんは、8月の23日に廊下でめまいを起こして倒れ、頭に深い傷を負ったため、患者扱いで血圧と体温の測定があるんです。
 紺野看護師が測定にやってきました。
 「まず、体温から測定しますね」
 現代の体温計は水銀柱じゃなく、電子式で、測定開始から1分間でピピピピと電子音が聞こえるから、すぐに測定値が出るんです。
 「35・8度ですか?」
 紺野看護師がカルテをめくって言いました。
 「あー、35・8度から36・1度が平熱なんですね、それじゃあ血圧を測定します。 ハンチョウは右腕の血管が出やすいんですよね。 じゃあ右に腕帯を巻きますね、血管を調べます。 あっ、ここに太いのがある。 ここに当てます」
 紺野看護師は慣れた仕草で腕帯を巻いて、ふいご式のポンプを握って、腕帯に圧縮空気を入れていきます。
 血圧計は昔からある水銀柱が上がっていくタイプなんです。 
 現在、家庭にまで普及している電子式って、水銀柱式と比べると、正確じゃないんです。
 だから、病院では電子式は使ってません。 とはいっても1Fのロビーにはセルフサービス形式で、腕を筒の中に入れると、血圧が測定できる電子式のものは置いてありますが、それで測定された結果を医師に見せても、相手にされません。 もう一度、看護師が水銀柱式で測定し直します。
 「えっ、あれっ・・・・・・40の20・・・・・・ですか・・・・・・血圧計が壊れてるんですね。すみません、スタッフステーションのを借りてきます」
 紺野看護師は出て行った。
 血圧計は看護師の私物なんですよ。 聴診器と血圧計は看護師になった時に自腹で買うんです。 聴診器は5000円台から数十万円までありますが、通常、看護師の場合は十万円前後のものを使ってます。 医師も聴診器は自腹で、だいたい平均15万円くらいのものを使っています。 不思議ちゃんの聴診器は20万円以上するものですが、ウチの変なおじさんが、自分のいる病院にヘッドハントする目論見で、不思議ちゃんにプレゼントしたものです。 医師のヘッドハントって過激ですよー。金に物を言わせて何をやらかすかわからないから。 それで、1~2年、肺癌を摘出してくれたお礼奉公をしたあとで、思いっきり行こうと考えていたらしいんですが、自分たちがヘッドハントされてしまったという、笑い話。

 紺野看護師は再び血圧測定を試みましたが、40の20。
 「これも壊れてる」
 そうしてスタッフステーションと往復すること5回。
 とうとう、アネさんまでウォームアップスーツ姿で顔を出しました。
 「壊れてるって、水銀が上がらないのか?」
 「上がりますけど、上が40で下が20なんです」
 「志村で試してみれば? 私は40の20が正解だと思う」
 紺野看護師はわたしを実験台にした。
 「130の110ですね。 ということは壊れてないんだ」
 130の10。
 上が10高いね。
 きのうの夕食の、みよしの特製ジャンボカレーと大量の福神漬の影響かもしれない。
 ラーメンだったら、豚骨スープで150まで上がるんです。
 「壊れているのは血圧計じゃなく、ハンチョウの方だ。 まだメトリジンは飲んでないよな」
 「食後じゃないので」
 「きょうから、食後はないよ、しばらく。 きょうからオペ明け休日だし、明日からまた病棟のすべての病院食が止まるから。食事は自分で確保だな」
 だよねー。
 コンビニ弁当だね。
 「メトリジンを飲めば80の50まで上がるよな。 ただでさえ低血圧なのに、抗うつ剤がルボックスに高躁剤がリーマスだもん、よく40の20で止まったよ」
 「カルテに何も記入されてないので。 記入してもいいですよね、っていうよりすべきです」
 「記入なしか。 一番に記入しておいて欲しかったな。 記入してくれ」
 アネさん、これからロードワークですか?
 「うん? いや、ロードワークは危険だからしない。どこでひき殺されるかわからないだろう、今の時間帯は運送のトラックやタクシーが平然と赤信号を無視するから。 私は病棟の廊下で死ぬんだ。 それを見るのが登山男の楽しみだからな。 今はロードワークしなくても、それ以上の成果があがるものがある」
 Wii Fit
 「わかってるじゃないか。 あれを一通りやると前の日の酒はきれいに抜けるんだよ。 話は変わるけど、きのうのごぼう、最高の味だった塩分もちょうどいいし、薄口醤油を使ってるのかもしれないけど、最高だよ。どこのコーナーにあった?」
 「イカの炙りの隣に。 結構売れてるみたいでしたよ」
 「そりゃ売れるさ。 あれなら御飯のおかずにもなる。 記入できたか?」
 「はい」
 「それじゃあ、始めますか。 ちゃんと朝食をとってメトリジンを飲めよ。 傷だらけの頭にもう傷はいらないからな。 傷は男の勲章だけど、行き過ぎたら恥だ」
 私室のドアが閉まった。

 セヴンイレブンにするよ
 おにぎり100円だし、プリンも98円
 ローソンはお惣菜が高すぎる
 御飯の量も少ないし、どれも高すぎる
 プリンだって137円もするから、あそこはロッピィーのみ
 お弁当とデザートにプリン
 それとジャンボフランク

 午前9時。
 いつものように朝礼に出た。
 「ハンチョウと志村は引っ込め。 休日に朝礼に出るバカがいるか? 朝礼というのはこれから勤務につく者が出る場だ。 この病院の規則と労働基準法にうたわれている」
 そんなに邪険にするのかい
 わたしたちは、きのうのオペの患者さんを訪ねた。
 「気分絶好調。 さっきもスタッフステーションに一時退院の請願書を出してきたんだ、歩いて。 廊下のバーにつかまらなくても歩けた。右足の刺すような痛みもないし、ホッカイロみたいにあったかいんだ。 足が熱いからこうやって掛け布団をたたんで足を乗せてる。 先生たちのおかげで生まれ変わったよ。 脳外科の先生は他の病院から執刀してくれたんだってね。 お礼を言いにいかないとな」
 「連休明けからこの病院にきますよ。 厚生病院の脳外科部長だったんですが、厚生病院は今月一杯で脳神経外科と脳外科が閉鎖になるんです。 それで1この病院に脳神経外科と脳外科を作ることになって、10月1日診察開始になります。 それで準備に入るそうで。 A棟なんですが」
 「じゃあ、運動にA棟まで歩いてみるよ。 偏頭痛と耳鳴りがきれいになくなった。 常時、偏頭痛があって、手がしびれて箸が持てなくて、先生が手のひらにはめて使うスプーンやフォークをくれたから、それで食事をしてたけど、きょうは試しに箸を使ったら、昔みたいに豆をつまむこともできたんだ。 きょうは病院で夕食を食べて、一時退院をして、帰りにみよしのに行ってみる。 ジャンボカレーと大盛り餃子に決めた。 とんとろチャーシューは病棟に戻ってくるときに寄って食べてくる。 まあ、職業柄、3-6にはよく接待で出入りしていたけど、バーや居酒屋がほとんどで、ラーメン屋は「一蔵」しか知らなかった。 2-6ってことは、屋台村のそばかな?」
 「隣です。 ラーメン大賞新人賞受賞の店って、真っ赤なのぼりがありますからわかります。 小上がりもあるから、家族が多くても利用できるんですよ」
 「そうか。 決めたんだ。 これからは会社に復帰しても、接待は飲ませるけど飲まないって」
 この患者さんはゼネコンの営業部長さんで、大きな額の仕事を取ることがうまいと言われて、よく部下が面会棟に相談に訪れていた。
 その度に、車椅子を重たそうにこいで、面会棟まで出てきていた。
 「颯爽と歩いて面会棟に行ったら、あいつらは腰を抜かすだろうな」
 とにかく、そんなことまで考える余裕ができたということは、オペはせいこうだったとみていいだろう。

 事務長に呼び出された。
 スタッフステーションに来て欲しいという。
 行くと、第一告知室に押し込められた。
 「きのうは長丁場のオペをご苦労様でした」
 事務長は切り出した。
 「えーとっ。 実はあのー、厚生病院から、きのうのオペを記録した映像をコピーしてもらえないかという話がありました」
 今は、有床数の多い病院では、医療過誤があったときの裁判証拠のために、オペの模様をを映像に収録することが義務付けられている。
 ウチの病院ではブルーレイディスクに記録する方式をとっていた。
 「それで、執刀医の承諾書が必要なので、記名と印鑑をお願いしたいんですけど」
 わたしたちは同意し、記名をして、スタッフステーションのデスクから認印を持ってきて押印した。
 「じゃあ、ぼくが責任をもって届けます」
 コピーはもうできたんですか?
 「はい。PCの外付けレコーダーで一度PCに取り込んで、PCからレコーダーに挿入したBD-Rのブランクディスクに書き込みました。 最近はPC用BDレコーダーでもけっこう倍速のいいものがありますから。 ちなみにぼくの私物ですけど」
 確かに私室のwindowsデスクトップのBDドライブの書き込みは早くなってきた。
 DVD-RWは相変わらず2倍速が限度だけどね。
 ブランクディスクも1枚105円だし。
 映画なんかのBDも価格低下が著しい。
 「ところで、きょうから休日に入ってもらいますが」
 朝礼に出たらつまみ出されました
 「この病院の規則ですし、労働基準法に抵触しますから。 ここは国立病院ですから、国の法律は遵守していただきませんと、病院の存続に関わりますから。 それで、まずきょうが1日目。 土日は病棟が空になるので、休日扱いになりません。 来週火曜から病院は通常診察になるのですが、おふたりの場合、土日を挟んでしまうために、代休扱いになって、火曜、水曜が土日の振替に当てられます。 通常勤務に戻られるのは来週木曜日の朝礼からになりますのでよろしくお願いします。 これも国が国立病院に対して作成した規則で、全国の国立病院はどこも同じです。 この病棟は特に、オペに関して規則を遵守してませんから、最低限、これだけは遵守していただきませんと病院がなくなります。 肺癌の拠点が無くなるということはどういうことか、十分お分かりになりますよね」
 火曜日に全体回診が
 「その件は医長と打合せしたところ、私がおふたりの分も代打するから、大丈夫だと。 それより、ゆっくり休んで、新たな気持ちで勤務について欲しいと。 ですが緊急の場合は呼び出す場合もあるかもしれない、ということでした。 どうですか、私室でゲームやDVDを楽しむのもいいし、若いんだから外出して羽を伸ばすとか。居酒屋で一杯なんて気分が変わりますよ」
 アルコールは飲めません
 プロテスタントですから
 「あー。あくまでも例で、動物園とかプラネタリウム。この街は動物園しか知られてないですが、三浦綾子記念館に井上靖記念館、中原悌二郎美術館に博物館や近代美術館もある。 自分の住む街を知ることも大切です」
 全部、何回か訪ねてます
 プラネタリウムは年間パスポートで
 「あー、じゃあ、札幌まで足を伸ばせば、若者の集まるライブとかもあるんじゃないですか? ここは最近演歌ばかりでつまらないけど。 クラシックも結構あるでしょう、クリスタルホールで」
 はい
 わたしたちも出演します
 日曜日に
 今夜からリハーサルです
 アマチュアですが、喘息を管楽器演奏で治すことから創設された
 「グランブルードリームス」
 そうです
 「けっこう忙しいんじゃないですか。 あとは外出したりレンタルDVDを観たり。 なんとかお願いしますよ。ぼくの年齢になると求人がないですから、この病院が廃止されると、家族で路頭に迷うんですよ。 ちなみに、院長の提案で、看護師にも同じ待遇を与えましたから。 大丈夫ですよ、その分夏休みが減ったりしないですから。 家電量販店なんか、おもしろいですよ。 ぼくは半日近くぶらついてます。 それと緑町のイオンモールとか」
 「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます」
 不思議ちゃんはポツリと言った。
 本当は常に患者さんと接していたいんだよね。
 引き裂かれることに、内心腹が立っている
 でも、重大な規則を破っている彼は、ほかの規則を守ることでカヴァーするつもりなんだ。

 昼間はDVD三昧。
 『犬神家の一族』以外。
 『トラック野郎』ってシリーズが11本あるけど、レンタル中で2作目までしかレンタルできなかったけど、最高のおもしろさ。
 菅原文太さんって、重鎮で落ち着いた演技をする俳優さんだと思っていたけど、コメディーもうまい。 相棒の愛川欽也さんと息もぴったり。
 笑わせるところで笑わせて、クライマックスには菅原さん演じる一番星が絶対に無理だ、という積荷だったり、小学生の姉弟に、大晦日中に、出稼ぎの父親を送り届けるとかをやって、パトカー軍団に追い回されて、巻くために時間を取られていると、ライバルで殴り合っていたようなトラック野郎仲間が次から次へと現れては、自分が捕まることを承知で、パトカーを見事に妨害して、路肩から川岸へ転し落としたり、あらゆる手を使って一番星をサポートする。 トラック野郎同士の友情って素晴らしいんだなと思いましたよ。 11本全部みたいなと思いました。 
 今はああいうハチャメチャなノリの映画って制作できないんだ、って彼が悲しそうに言ってました。
 唯一、ハチャメチャだった『釣りバカ日誌』も20で打ち切るし、エロティックなのとか、TVドラマの映画化、サスペンス、そして医学界の裏側を鋭くえぐるようなものだけですよ。 邦画って。 まあ、ジプリみたいな良心的なアニメもあるけど。 仮面ライダーなんてTVから1作品に何人もの仮面ライダーが出てるから、それを映画にして昔の仮面ライダーまで登場させると、ストーリーが破綻寸前だし、観てるほうは誰がどうでとか、何もわからないまま終わってしまって、料金だけは通常通りという。
 今は制作本数が増えて、邦画は当たり年状態だというけれど、それは当たるでしょう。 TVで視聴率が高かったドラマを劇場版にしただけだから、TVに夢中だったファンは劇場にまで行くでしょう。
 笑える作品がないですよ。 時々、三谷幸喜さんがぶっ飛びすぎたスラップスティックなコメディーを作るけど、 他にはっていうと、わたしは笑えるんだけど、不思議ちゃんは頭を抱える『踊る大捜査線』シリーズ。 あれもTVドラマの劇場版だけど。 
 ハリウッドも問題を抱えていて、マーベル・コミックの映画化が大半で、あとはVFXとCGを全体の7~8割も使って驚かせる日本のおもちゃを原作にしたものとか。
 明日から公開される『バイオハザードⅤ』もゲームが原作で。 それでもキャラクターを取って、ストーリーはほぼオリジナルで、まだいいほうで。

 本当に劇場に行くよりも、昭和時代の映画のDVDでレンタルしたほうが面白い作品に出会えますね。
 『ローマの休日』とか『サウンド・オブ・ミュージック』『ウエストサイドストーリー』『ライムライト』などのチャップリン作品。 チャップリンはプロデュースから監督、シナリオ、主演そのうえ音楽も担当することもあったんですが、彼に聴いて驚いたのは、チャップリンは楽譜を書きことはおろか読むことさえもできなかったといんです。 チャップリンがピアノで弾いた音楽を譜面に書きとっていくスタッフがいたとか。でも『ライムライト』の「エターナリー」って何十万とある映画音楽の中でもトップ3に入るくらい素敵で、心に染みます。こんなにピュアなメロディーがあるのかと思います。
 そしてディズニーの古いアニメ(今みたいにフルCGじゃなくて、セル画にペイントして1コマずつ撮影して、1秒に72コマ使う)『白雪姫』『ピノキオ』『ピーターパン』『ファンタジア』みたいなハリウッド作品に、邦画は『釣りバカ日誌』『トラック野郎』、劇場で観るなら、世界の北野作品。 それにジプリ作品。
 『ゴジラ』シリーズが打ち切られたのも、手作りの伝統的な特撮にかける予算がないから、というのが真相だと、実際にスタッフとして音楽プロデュースに関わった彼が言ってましたけど。 ハリウッド版『ゴジラ』でCGとVFXを多用したらどんなことになるかを知って、東宝は伝統的な特撮を駆使してシリーズを再開させたけど、膨大な予算に見合った興行収入があがらない。 おまけに会社は他の劇場作品の不振で真っ赤。 で、会社を維持するために、私立の音楽大学に撮影所を売却して、自社制作作品を作ることを止め、TV局が自社のTVドラマの劇場版を制作するときの配給のみに絞ったというんです。 配給というのはTV局が制作したフィルムを、全国の劇場に配るのと、プロモーションのみ。 プロモーションも費用はTV曲持ちだから、人を出せばいいだけで、入ってくるお金はあっても出ていくお金はないから儲かるんです。 どこの映画会社も似たようなもので、自社制作を続けているのは東映株式会社だけだというんです。
 昭和29年制作の初代ゴジラとハリウッド版を比べると、ハリウッド版はものすごく軽々しいんです。 他の映画もCGが入るとものすごく軽薄な感じになってします。
 『海猿』2作目で巨大な船が舳先から沈没していくシーンがありますが、あれはCG。 あれを伝統的な特撮で撮ると、あんな迫力じゃないですよ。
 本物の何分の一かの模型を作って、巨大な撮影用プールに実際に沈めるんですからね。 絵を絵の海に沈めるんじゃないから水しぶきの一滴までフィルムに焼きつくんですから。

 あまりにもくだらない作品が多いので、前売りを買った『バイオハザードⅤ』と、11月の『新世紀エヴァンゲリヲン劇場版:Q』以外は劇場じゃなく、レンタルで観ます。 1本劇場で観る料金だと、旧作レンタルだと18本観ることができます。
 
                     お得でしょ。

 TVドラマの劇場用作品は安直すぎて嫌いです。