きのうの午前中までは、うるさいほどに病室をおしゃべりが飛び交っていたのに、静か過ぎて物足りない。
 しゃべりまくられていればいたで、診察の邪魔になるから、だまってほしいと思ってるのに、静かだと淋しい。
 おかしなものだよね。
 
 病院食は完全に止まっているから、みんなそれぞれの方法で、食事を調達してくる。
 わたしとツレは、朝はコンビニ弁当、昼はドンキの弁当、夜はこれから決める。

 食事時間以外、なぜか医師は全員、自室からスタッフステーションに集まってくる。
 そして、議論を闘わせる。

 きょうは代替医療の話だった。
 
 癌に効果がある、とされている代替医療は数え切れない。
 でも、本当に成果があるのだろうか?。

 ツレが、ハーバード医科大学で、研究チームに参加していた。
 彼らが書いた論文は、世界の医学界で最も権威のある医学誌『ニューイングランド医学誌』で取り上げられ、世界的な反響が寄せられたという。
 研究のテーマは、「なぜ癌の患者は、代替療法を利用するのか」。
 健康食品も含めた代替療法は、日本だけの専売特許ではなかったんだ。
 その論文を、ツレは日本語訳して、パソコンの中に取り込んでいた。
 それをプリント・アウトして、医師全員に配った。
 きょうは、どちらかというと白熱した議論ではなく、ツレの研究成果の発表というところだろうか。

 480人の肺癌患者さんを追跡調査したものだ。
 このうち、39%(186人)は、癌になる前から何らかの代替療法を利用していた。手術後3ヶ月すると、新たに28%(135人)が何らかの代替療法を併用し始めていた。その患者さんたちの背景因子を詳しく分析したのだ。
 新たに代替療法を始めた人(135人)には、他の肺癌の患者さんと比べて次のような特徴がある、と明記されていた。
            1、うつ的傾向が強い
            2、性的欲求不満が強い
            3、癌の再発に対する恐怖が強い
            4、からだの不調の訴えが多い

 確認してみると、患者さんが代替療法に頼った理由は、代替療法が自然で害がなく自分の精神を支えてくれると信じたから、だという。代替療法の存在は、医療が充分に患者さんの不満にこたえてないことの証である、とまで言い切ってあった。
 わたしはどうなのだろう。患者さんの不満に充分こたえられているのだろうか?。

 ハーバード医科大学の研究は、残念ながら早期肺癌のみを対象にしていて、進行癌や他の癌の患者さんがなぜ代替医療を利用するのかは、書かれていない。 でも、おそらく同じように医療が充分に患者さんの要求にこたえていないことが代替療法の存在理由ではないか、医師たちは口々に言う。
 「もう治療法はない」
 と医師から見放されたら、新聞などの書籍広告欄を無視するわけにはいかないだろう。医師は決して気軽に「もう治療法はない」などと言うべきではないんだ。
 ハーバードの研究で興味を引くのは、代替療法を利用している人々が標準的治療を否定しているわけではないことだ。
 これにはほっとした。
 手術後の抗癌剤治療を受けながら、代替療法も利用している。本当の意味での「代替(現在の治療に代わるもの。つまり本当の意味での代替療法とは、抗癌剤治療を止めてしまって行うもの、という意味がある)」ではないのだ。 せめて「補助療法」と呼ぶべきだろう。
 ツレは言った。
 「千羽鶴も一種の代替療法だし、新興宗教に入って、御祈祷をしてもらうのも、代替療法だ」
 ただし千羽鶴は1羽ではだめで、、やはり苦労して千羽折らないといけない。 勇気づけられない人はいない。千羽を折ることの大変さを理解しない外国人に、千羽鶴の御利益はない。
 代替療法は科学に立脚しない文化であると思う。 たとえば父親が無理をして、我が子のために毎月十万円を払っていると知れば、患者さんは勇気づけられるに違いない。 
 「千羽鶴は病気を治すか」
 と訊かれれば、医師は、
 「紙の塊は病気を治しませんが、無意味とも思いません」
 と答えるしかできないだろう。
 わたしたち医師も、実は奇跡を信じたいんだよ。

 夕食は、「札幌みよしの」と「大阪王将」が餃子戦争をやっている、どちらか空いている店舗に入ってみようということになった。
 「札幌みよしの」はの餃子定食は、カレーライスと餃子、漬物のセットで、ツレが調べた結果、カレーは子ども向きのような甘口と辛口を選択することができるという。カレーのスパイス性は十段階に分類される。「札幌みよしの」の甘口の基準はハウス食品のバーモントカレー甘口やボンカレー甘口の段階で、十段階の1段目だという。
 それなら、わたしたちプロテスタントでも食べることができる。
 対して「大阪王将」の定食は、餃子と普通のライスに漬物のセットだという。
 どっちもどっちのような気もするが、きょうはとにかく空いている店舗に入ってみて、明日はもう一つの店舗で夕食をすれば、どちらに凱歌があがるかわかる。
 餃子のたれにラー油はつきものだけど、ラー油が強いほうには二度と行けない。
 ラー油も香辛料で、プロテスタントの律法の範囲を超えることはできないからね。

 それじゃ、行ってきます。