きょうは、患者さんの誰一人いない病棟の自室でゆっくりと休養させてもらった。
街中は夏祭りで沸いている。
両隣のカップルは夏祭りに出かけた。
でも、わたしたちは出かけない。
人ごみにまぎれると、夫婦ともに過呼吸を起こす危険性があるからだ。
夕暮れ時になって活動を開始した。
きょうは土曜日。
彼の指導するグランブルー・ドリームス・オーケストラは、夏のコンサートに向けて、暑い中を必死でリハーサルをしている。
きのうは病棟内披露宴のオーケストラを努めてくれたし、お礼方々リハーサルに参加した。
お礼と言っても100名を超える人数だから、お菓子にしろ飲み物にしろ1軒のスーパーでは揃わない。
3軒回ってワン、じゃないけど、何とか飲み物を揃えた。
練習場に入っていくと、パートリーダーたちの厳しい声が飛んでいた。
とても飲み物を渡せる状態じゃない。
この病院の院長を捕まえて、飲み物のことを話すと、夕食時に出せばいいと言う。
せっかく生冷えの(スーパーはどこも節電で、生鮮品にしかクーラーを使ってはいない。
ペットボトル飲料などは、電気を止めた冷蔵庫に並んでいればいいほうで、店の中に無造作にダンボールのまま積まれている。
若干、冷えているところもあったので、それを集めてきたのだ)ペットボトル飲料をなるべく室温以下にして飲んでもらいたいことを告げると、院長は台車のままついてきてくれと言い、練習場を出た。
どこへ行くのかわからないまま、あとをついていくと、彼が言った。
「まさか、風呂ですか?」
そう、案内された場所は、病棟の風呂場。
浴槽に冷水を貯めて冷やすと言う。
確かに複数の患者さんを1度に入浴させる浴槽だから、100本を超える飲料を冷やすにはいい。
でも、浴槽を冷蔵庫代わりに使うとは大胆な。
とにかく冷水を貯めて、ペットボトルを浮かべた。
わたしもいつの間にか正式団員とされていたみたいで、ピアノが空けられていて、そこにつくように院長に言われた。
今までは固定ピアニストがいなくて、弾ける団員が交代で弾いていたという。
でも、そうすると、ピアノにパートから抜けられることになり、バランスが崩れることになる。
そこにたまたま、彼の付き添いで、ピアノの弾けるわたしが飛び込んだために、わたしの指定席になってしまった。
わたしがオーケストラに入団することについては、この病院の副院長で理事長を兼務する、オーケストラの主催者であり、アネさんの医学部時代の先輩が直接アネさんに話し、OKを取り付けた。
リハーサルは出られるときだけでいいと言ってくれたが、練習日が土曜なら基本的には出られる。
リハーサル中に呼び出される場合もあるかもしれないけど、とにかく、オーケストラのために、自分の時間を少しだけ裂いて欲しいとのことだった。
わたしとしては定期的にピアノを弾く機会に恵まれたし、おまけにステージで引く機会まで用意されては断る理由なんてない。
夏のコンサートには、T-スクェアの楽曲をオーケストラ・アレンジしたものが数曲入っている。
もとはT-スクェア+ロンドン・フィルハーモニーで2枚のアルバムがリリースされている中の曲を彼がグランブルー用に再アレンジしたものだという。
そのうちの1枚である「HARMONY」は、フジテレビの”月9ドラマ”のサウンドトラックとして使用されたらしい。
彼はリリースされた2枚を持っているけど、自宅のほうに置いてあっていまだに聴かせてもらってはいない。
”月9ドラマ”のタイトルは忘れたが、中井貴一さんと観月ありささん主演のコメディーだったような気がする。ニューヨークのレンタルビデオ店で、日本のドラマを録画したものがレンタルされていて、スクェア+ロンドン・フィルが音楽を担当しているとは知らずに、中井さんと名前が一文字同じということでレンタルして観ていた記憶はあるという。
とにかく、楽曲の雰囲気を掴みたいから、早く聴かせて欲しい。
ドラマのタイトルさえわかれば、レンタルDVDで観るのにね。
中井貴一さんと観月ありささんが義理の親子で、お嬢様学校に通う娘と義理の父親の巻き起こす騒動をコメディーにしたものらしい。
スクェア単独の演奏は聴いていても、オーケストレーションされると雰囲気も変わるし、原曲を聴いていて、オーケストレーションするとこんなにドラマティックに鳴るのかと思う曲もあった。
「TOMORROW'S AFFAIR」という、ザ・スクェア時代の2ndアルバムからの曲の変わりようは特にすごい。
ドラマでもメイン・テーマとして使われたというが、たしかに選曲したスタッフのセンスは抜群だと思う。
「PLAY FOR YOU」という曲はT-スクェアになってから、しかもフロントSAX&EWIが2代目の本田雅人さんになってからのアルバムからの曲で、冒頭からピアノ・ソロがあって、やがてそこにソプラノ・サックスが乗ってくるんだけど、ピアノのダメ出しが連発で、タクトを振っていた彼は、わたしに対する日頃の不満をぶつけてるんじゃないかとまで考えた。
何度目かのダメ出しのあと、彼は言った。
「そうかー、音が硬い原因は指だ。えっと、指を寝かせるようにして弾いてみて。クラシックの時みたいに立てると硬くなるんだと思うけどな」
確かに第二関節を痛いほど曲げて、指先で弾いていた。それがクラシックの基本だから。
寝かせるとやわらかくなるのか。
やってみましょう。
「OK。まだ指を寝せることに慣れてないから、完璧じゃないけど、次週までに教えるよ。指先じゃなくて指紋の一番膨らんだ部分で鍵盤を叩くと、やわらかい音になるんだ」
ということは・・・・・・そんなに寝せちゃうの!。
果たして使い分けることができるかだよね。
次週までに練習しまーす。
夕食時にペットボトルを配って、2人できのうのお礼を述べた。
彼は食事しだすと、周囲の団員との話に夢中になって、言うべきことを言わない。
つつきまくってやっとわたしに気づいた。
話をしないと
「話?」
きょう返事を持って帰る話があるでしょう
「ああ、そうだ。食事を終えたらすぐに話すよ」
食事を終えると、彼は副院長のところに行き、やっと話し始めた。
先月9日にマーチングでパーカッションをお願いした安積看護師が、空きがあれば正式に入団したいと彼に願い出た。
まずは看護師長の許可が必要だし、アネさんの許可もいるから、とにかくリハーサルの時にオーケストラの許可をもらって、看護師長とアネさんに話すということにしてきた。
だから、とにかくきょう、オーケストラの返事をもらって、うまく進めば来週からリハーサルに出てもらって、夏コンに間に合うようにしないと。
副院長に話せば、多分アネさんに連絡して許可を取ってくれる。アネさんが唯一、絶対に逆らわないのがこの病院の副院長だからね。そうなると、話は看護師長だけですむ。それには、リハーサル終わりにイオン西店に行って、アルコール類とイカのあぶりを買って帰って、夜食の時に話すだけ。
オーケストラとしては、パーカッションが足りなくて、1曲の中でいくつもの楽器をかけ持ちしている状態で、時々、走って移動するときにお互いに衝突したり、コケたりすることがあるから、とにかく人の手が借りたいと言う。猫の手を借りてもパーカッションはできないから当然だけどね。
オーケストラの許可はOK。
あとは看護師長だね。
「そういえば、あなたたちの病院では、医師と看護師を1つのチームとして固定して治療に当たっているんでしょう。やりやすいでしょうね。意思疎通がうまくいって、情報を共有できるから万が一の場合でも対応が早い。ウチの病院でも取り入れてみたいと考えているの。そのときはまた、藤田さんにいろいろと相談することになると思うから、よろしくね」
安積看護師は彼のチームの新人なんですが、ベテラン以上の働きをする子で、とにかく細かいところにまで気が行くんですよね
4月採用の数名がもう、仕事がきつくて辞めてるんですが、彼女はきついとは決して言わない子で、アンドロイドじゃないかって噂があるぐらいで
「安積は看護学校でも常にトップで、黒木と争ってたから、まともな神経じゃないですよ」
オーケストラのリーダーは言った。
そうか。看護学校は1つに統合されたから新人看護師はみんな1つの学校の同期になるんだ。
ウチのチームの黒木と争っていたのか。言われてみれば、黒木もアンドロイドみたいな感じがする。
とにかく、できないという言葉を知らないのか、決して言わないんだよね。
わたしのチームは紺野・佐橋が揃っていて、黒木が加わったんだけど、佐橋看護師が言うには、
「佐橋、足元がぐらぐらです。今度の異動で佐橋はクビになるかもしれないし、黒木が主任になったりするかもしれない」
だよね。
だって、紺野と佐橋っていい仕事をさせたら右に出るものはいないから。そこに黒木が割り込んで対等の仕事をこなすんだよね。
お兄さんも警官で、特殊捜査二課第四班で彼の部下だけど、若いのにやり手だと言うしね。
そうか、トップ争いをしていたのか。
仲はいいけど心はメラメラなのね。
食後はまた「PLAY FOR YOU」。
「ピアノがだんだん良くなってきた。もう少しで満点だね」
そのあとに「君はハリケーン」。
ユーミンさんのプロデュースによる4thアルバムの曲。
オーケストラ+EWI。
そこで事件は起こった。
彼が感電しました。
暑い日だから、手汗をかいていて、EWIってキーに電気が流れていて、それを指で変化させることによって音程を作り出す。
身体をアースにして演奏する楽器だから。
背中の汗でも、足の汗でも、アースと言うのは電気を逃がす役割だから、十分に逃げないと感電するから。
うわっ!っと叫んで飛びのいた。
EWI用の首かけフックだったら、リノリウムの床に楽器を落として壊してたと思うけど、サックスと持ち帰るためにサックス用の、鍵フックじゃなくて楕円の楽器の吊下げ用のリングを入れるとバネでフックが完全に閉じられてしまうものを使っていたから、楽器を落とすことはなかったけど。
まあ、雷が鳴っている時に吹いていて、雷がアンプに落ちて、EWI本体に伝わって火傷したこともあるから、きょうのは軽い感電だよ。
タクトを振っていた院長が、
「うわっ!と譜面には書いてないぞ」
なんてギャグを言って、その場は収まったんだけど。
リハーサルが終わり、わたしたちはイオンを目指した。
午後9時を回っていたから、イカのあぶりが売り切れてないことだけを願って。
「せっかく来たんだから2Fへ寄らない?」
フード・コートじゃなくて、デザート王国ね。
季節のソフトクリームか。
今時分は何だろう。
オレンジだった。
正式に言うと甘夏柑。
もう、そんな季節なんだ。
だよねー。今年に入って7ヶ月経ってるんだから。
2Fにはホブソンズもあるけど、高い。
シングル380円。
でもシングルだと、ディッシャー1回分だから量が極端に少ない。
どうしてもダブルかトリプルになる。
そうしたら580円だからね。
デザート王国の季節のソフトは3回半巻きで290円。
どう見ても得。
クレープが本業だけど、まだクレープというものを食べたことがないわたしは、安全パイでソフトクリームになってしまう。
いつかはクレープにも挑戦するよ。
それから3階に行って、彼が高校時代にダブルスを組んでいた、ショップの店長に、元・担任の病状を伝えて。
なんか、きのうの朝、彼が病室を訪ねたら、滋賀県の大津市の中学2年生が昨年、いじめを苦にして、自宅のマンションの、通学していた中学が見渡せる階段から、登校時間に合わせて飛び降り自殺したのを、両親が学校と市の教育委員会を告訴したことに対して、自殺の予行演習をさせられているのを笑って観ていた教師たちと、それを隠蔽していた教育委員会の連中を殺してやりたいって、今までに観たことがないほどマジギレしてたって伝えてた。
彼も、あの担任のクラスに入るまでは、中2の少年と同じ状態だったから、特別興味があったみたいだし、俺のクラスではいじめにそうとうすることはなかったかどうかを、今になって彼に詰問したらしい。
また明日お買い物にきますって伝えて、きょうは何も買わずに引き上げた。
缶ビール1箱とイカのあぶりを3皿買って、イオンを出て、病室へ。
イオンの2Fに、彼の乗ることになる新覆面パトカー、トヨタ86GTリミテッドが展示されていたからちょっと覗いたけど、4シーターとはいえ、後部座席のスペースは狭いね。LCC航空会社みたいな感じ。
ラゲッジ・スペースはAZ-1よりは広い。後部座席を使うこともできるし。
約320万円。
F1で蓄積した技術を利用して開発されたみたいだけど、安全性能はどうなんだろう。
AZ-1クラスかな。
納車されればわかるか。
明日は教会から戻ったら、とにかくオーケストラの練習。
安積看護師も一緒に行ければいいけど。
街中は夏祭りで沸いている。
両隣のカップルは夏祭りに出かけた。
でも、わたしたちは出かけない。
人ごみにまぎれると、夫婦ともに過呼吸を起こす危険性があるからだ。
夕暮れ時になって活動を開始した。
きょうは土曜日。
彼の指導するグランブルー・ドリームス・オーケストラは、夏のコンサートに向けて、暑い中を必死でリハーサルをしている。
きのうは病棟内披露宴のオーケストラを努めてくれたし、お礼方々リハーサルに参加した。
お礼と言っても100名を超える人数だから、お菓子にしろ飲み物にしろ1軒のスーパーでは揃わない。
3軒回ってワン、じゃないけど、何とか飲み物を揃えた。
練習場に入っていくと、パートリーダーたちの厳しい声が飛んでいた。
とても飲み物を渡せる状態じゃない。
この病院の院長を捕まえて、飲み物のことを話すと、夕食時に出せばいいと言う。
せっかく生冷えの(スーパーはどこも節電で、生鮮品にしかクーラーを使ってはいない。
ペットボトル飲料などは、電気を止めた冷蔵庫に並んでいればいいほうで、店の中に無造作にダンボールのまま積まれている。
若干、冷えているところもあったので、それを集めてきたのだ)ペットボトル飲料をなるべく室温以下にして飲んでもらいたいことを告げると、院長は台車のままついてきてくれと言い、練習場を出た。
どこへ行くのかわからないまま、あとをついていくと、彼が言った。
「まさか、風呂ですか?」
そう、案内された場所は、病棟の風呂場。
浴槽に冷水を貯めて冷やすと言う。
確かに複数の患者さんを1度に入浴させる浴槽だから、100本を超える飲料を冷やすにはいい。
でも、浴槽を冷蔵庫代わりに使うとは大胆な。
とにかく冷水を貯めて、ペットボトルを浮かべた。
わたしもいつの間にか正式団員とされていたみたいで、ピアノが空けられていて、そこにつくように院長に言われた。
今までは固定ピアニストがいなくて、弾ける団員が交代で弾いていたという。
でも、そうすると、ピアノにパートから抜けられることになり、バランスが崩れることになる。
そこにたまたま、彼の付き添いで、ピアノの弾けるわたしが飛び込んだために、わたしの指定席になってしまった。
わたしがオーケストラに入団することについては、この病院の副院長で理事長を兼務する、オーケストラの主催者であり、アネさんの医学部時代の先輩が直接アネさんに話し、OKを取り付けた。
リハーサルは出られるときだけでいいと言ってくれたが、練習日が土曜なら基本的には出られる。
リハーサル中に呼び出される場合もあるかもしれないけど、とにかく、オーケストラのために、自分の時間を少しだけ裂いて欲しいとのことだった。
わたしとしては定期的にピアノを弾く機会に恵まれたし、おまけにステージで引く機会まで用意されては断る理由なんてない。
夏のコンサートには、T-スクェアの楽曲をオーケストラ・アレンジしたものが数曲入っている。
もとはT-スクェア+ロンドン・フィルハーモニーで2枚のアルバムがリリースされている中の曲を彼がグランブルー用に再アレンジしたものだという。
そのうちの1枚である「HARMONY」は、フジテレビの”月9ドラマ”のサウンドトラックとして使用されたらしい。
彼はリリースされた2枚を持っているけど、自宅のほうに置いてあっていまだに聴かせてもらってはいない。
”月9ドラマ”のタイトルは忘れたが、中井貴一さんと観月ありささん主演のコメディーだったような気がする。ニューヨークのレンタルビデオ店で、日本のドラマを録画したものがレンタルされていて、スクェア+ロンドン・フィルが音楽を担当しているとは知らずに、中井さんと名前が一文字同じということでレンタルして観ていた記憶はあるという。
とにかく、楽曲の雰囲気を掴みたいから、早く聴かせて欲しい。
ドラマのタイトルさえわかれば、レンタルDVDで観るのにね。
中井貴一さんと観月ありささんが義理の親子で、お嬢様学校に通う娘と義理の父親の巻き起こす騒動をコメディーにしたものらしい。
スクェア単独の演奏は聴いていても、オーケストレーションされると雰囲気も変わるし、原曲を聴いていて、オーケストレーションするとこんなにドラマティックに鳴るのかと思う曲もあった。
「TOMORROW'S AFFAIR」という、ザ・スクェア時代の2ndアルバムからの曲の変わりようは特にすごい。
ドラマでもメイン・テーマとして使われたというが、たしかに選曲したスタッフのセンスは抜群だと思う。
「PLAY FOR YOU」という曲はT-スクェアになってから、しかもフロントSAX&EWIが2代目の本田雅人さんになってからのアルバムからの曲で、冒頭からピアノ・ソロがあって、やがてそこにソプラノ・サックスが乗ってくるんだけど、ピアノのダメ出しが連発で、タクトを振っていた彼は、わたしに対する日頃の不満をぶつけてるんじゃないかとまで考えた。
何度目かのダメ出しのあと、彼は言った。
「そうかー、音が硬い原因は指だ。えっと、指を寝かせるようにして弾いてみて。クラシックの時みたいに立てると硬くなるんだと思うけどな」
確かに第二関節を痛いほど曲げて、指先で弾いていた。それがクラシックの基本だから。
寝かせるとやわらかくなるのか。
やってみましょう。
「OK。まだ指を寝せることに慣れてないから、完璧じゃないけど、次週までに教えるよ。指先じゃなくて指紋の一番膨らんだ部分で鍵盤を叩くと、やわらかい音になるんだ」
ということは・・・・・・そんなに寝せちゃうの!。
果たして使い分けることができるかだよね。
次週までに練習しまーす。
夕食時にペットボトルを配って、2人できのうのお礼を述べた。
彼は食事しだすと、周囲の団員との話に夢中になって、言うべきことを言わない。
つつきまくってやっとわたしに気づいた。
話をしないと
「話?」
きょう返事を持って帰る話があるでしょう
「ああ、そうだ。食事を終えたらすぐに話すよ」
食事を終えると、彼は副院長のところに行き、やっと話し始めた。
先月9日にマーチングでパーカッションをお願いした安積看護師が、空きがあれば正式に入団したいと彼に願い出た。
まずは看護師長の許可が必要だし、アネさんの許可もいるから、とにかくリハーサルの時にオーケストラの許可をもらって、看護師長とアネさんに話すということにしてきた。
だから、とにかくきょう、オーケストラの返事をもらって、うまく進めば来週からリハーサルに出てもらって、夏コンに間に合うようにしないと。
副院長に話せば、多分アネさんに連絡して許可を取ってくれる。アネさんが唯一、絶対に逆らわないのがこの病院の副院長だからね。そうなると、話は看護師長だけですむ。それには、リハーサル終わりにイオン西店に行って、アルコール類とイカのあぶりを買って帰って、夜食の時に話すだけ。
オーケストラとしては、パーカッションが足りなくて、1曲の中でいくつもの楽器をかけ持ちしている状態で、時々、走って移動するときにお互いに衝突したり、コケたりすることがあるから、とにかく人の手が借りたいと言う。猫の手を借りてもパーカッションはできないから当然だけどね。
オーケストラの許可はOK。
あとは看護師長だね。
「そういえば、あなたたちの病院では、医師と看護師を1つのチームとして固定して治療に当たっているんでしょう。やりやすいでしょうね。意思疎通がうまくいって、情報を共有できるから万が一の場合でも対応が早い。ウチの病院でも取り入れてみたいと考えているの。そのときはまた、藤田さんにいろいろと相談することになると思うから、よろしくね」
安積看護師は彼のチームの新人なんですが、ベテラン以上の働きをする子で、とにかく細かいところにまで気が行くんですよね
4月採用の数名がもう、仕事がきつくて辞めてるんですが、彼女はきついとは決して言わない子で、アンドロイドじゃないかって噂があるぐらいで
「安積は看護学校でも常にトップで、黒木と争ってたから、まともな神経じゃないですよ」
オーケストラのリーダーは言った。
そうか。看護学校は1つに統合されたから新人看護師はみんな1つの学校の同期になるんだ。
ウチのチームの黒木と争っていたのか。言われてみれば、黒木もアンドロイドみたいな感じがする。
とにかく、できないという言葉を知らないのか、決して言わないんだよね。
わたしのチームは紺野・佐橋が揃っていて、黒木が加わったんだけど、佐橋看護師が言うには、
「佐橋、足元がぐらぐらです。今度の異動で佐橋はクビになるかもしれないし、黒木が主任になったりするかもしれない」
だよね。
だって、紺野と佐橋っていい仕事をさせたら右に出るものはいないから。そこに黒木が割り込んで対等の仕事をこなすんだよね。
お兄さんも警官で、特殊捜査二課第四班で彼の部下だけど、若いのにやり手だと言うしね。
そうか、トップ争いをしていたのか。
仲はいいけど心はメラメラなのね。
食後はまた「PLAY FOR YOU」。
「ピアノがだんだん良くなってきた。もう少しで満点だね」
そのあとに「君はハリケーン」。
ユーミンさんのプロデュースによる4thアルバムの曲。
オーケストラ+EWI。
そこで事件は起こった。
彼が感電しました。
暑い日だから、手汗をかいていて、EWIってキーに電気が流れていて、それを指で変化させることによって音程を作り出す。
身体をアースにして演奏する楽器だから。
背中の汗でも、足の汗でも、アースと言うのは電気を逃がす役割だから、十分に逃げないと感電するから。
うわっ!っと叫んで飛びのいた。
EWI用の首かけフックだったら、リノリウムの床に楽器を落として壊してたと思うけど、サックスと持ち帰るためにサックス用の、鍵フックじゃなくて楕円の楽器の吊下げ用のリングを入れるとバネでフックが完全に閉じられてしまうものを使っていたから、楽器を落とすことはなかったけど。
まあ、雷が鳴っている時に吹いていて、雷がアンプに落ちて、EWI本体に伝わって火傷したこともあるから、きょうのは軽い感電だよ。
タクトを振っていた院長が、
「うわっ!と譜面には書いてないぞ」
なんてギャグを言って、その場は収まったんだけど。
リハーサルが終わり、わたしたちはイオンを目指した。
午後9時を回っていたから、イカのあぶりが売り切れてないことだけを願って。
「せっかく来たんだから2Fへ寄らない?」
フード・コートじゃなくて、デザート王国ね。
季節のソフトクリームか。
今時分は何だろう。
オレンジだった。
正式に言うと甘夏柑。
もう、そんな季節なんだ。
だよねー。今年に入って7ヶ月経ってるんだから。
2Fにはホブソンズもあるけど、高い。
シングル380円。
でもシングルだと、ディッシャー1回分だから量が極端に少ない。
どうしてもダブルかトリプルになる。
そうしたら580円だからね。
デザート王国の季節のソフトは3回半巻きで290円。
どう見ても得。
クレープが本業だけど、まだクレープというものを食べたことがないわたしは、安全パイでソフトクリームになってしまう。
いつかはクレープにも挑戦するよ。
それから3階に行って、彼が高校時代にダブルスを組んでいた、ショップの店長に、元・担任の病状を伝えて。
なんか、きのうの朝、彼が病室を訪ねたら、滋賀県の大津市の中学2年生が昨年、いじめを苦にして、自宅のマンションの、通学していた中学が見渡せる階段から、登校時間に合わせて飛び降り自殺したのを、両親が学校と市の教育委員会を告訴したことに対して、自殺の予行演習をさせられているのを笑って観ていた教師たちと、それを隠蔽していた教育委員会の連中を殺してやりたいって、今までに観たことがないほどマジギレしてたって伝えてた。
彼も、あの担任のクラスに入るまでは、中2の少年と同じ状態だったから、特別興味があったみたいだし、俺のクラスではいじめにそうとうすることはなかったかどうかを、今になって彼に詰問したらしい。
また明日お買い物にきますって伝えて、きょうは何も買わずに引き上げた。
缶ビール1箱とイカのあぶりを3皿買って、イオンを出て、病室へ。
イオンの2Fに、彼の乗ることになる新覆面パトカー、トヨタ86GTリミテッドが展示されていたからちょっと覗いたけど、4シーターとはいえ、後部座席のスペースは狭いね。LCC航空会社みたいな感じ。
ラゲッジ・スペースはAZ-1よりは広い。後部座席を使うこともできるし。
約320万円。
F1で蓄積した技術を利用して開発されたみたいだけど、安全性能はどうなんだろう。
AZ-1クラスかな。
納車されればわかるか。
明日は教会から戻ったら、とにかくオーケストラの練習。
安積看護師も一緒に行ければいいけど。