無事に終わりました、病棟内挙式。


 ウェディング・ケーキは今度からこの大きさで行こう
 見栄えがするよ

 「見てる方は見栄えなんて軽々しくいいますけどね
 作るのはめっちゃしんどいんですから
 
まず、何よりも脚立が低すぎるちゅうねん!」

 最上段は一番上のステップにつま先立ちで、やっと届く低さ。バランス感覚勝負です。

 ディンガ?だったか名前ははっきりとしないんだけど、棒を四角くなるように重ねて、そこから1本ずつ抜いて塔を崩したら負けってゲームをTVで観たことがあるけど、あれに近い危なっかしさ。

 テニスをやってたから、バランス感覚は抜群だって言ったのは誰ですか?
 「それとこれとは・・・・・・」
 それとこれとは何ですかー?
 「このやろう、おまえは何ですかマンだな」

 それでも、しっかりバランスを保ってる。
 
今まではテニス=しんどい、フルマラソンよりつらいっていうのが口癖で、ものを計る基礎単位がテニスだったけど、恐らくあのバランス感覚はテニス以外には身につかないんじゃないかな。

 また、製作中に、テーブルの準備をしている連中が脚立にぶつかったりして、危うく落下、ケーキはぐっしゃといきそうな場面もあったりして。

 アネさんから、きょうの事故は労災にならないと言い渡されてたから、そばを誰かが通るたびに中断して、ステップに座ってやり過ごしたり。最後に新郎新婦のフィギュアをデコって、なんとか完成。
 さすがはパティシェ医師。

 台の下に台車があるので、測ってみたところ、4m60cm。

 今までで一番背の高いウェディング・ケーキは、五木ひろしさんの挙式に使われたものだと彼は言ってました。
 PCでググじゃなくて、検索したらしいから、本当のことだとは思うけど、一般人の挙式のデータはないから五木さん以上のウェディング・ケーキもあるかもしれない。

 台車部分から5mの高さだとか。五木だから5mにしたみたいだから、もう50cm高くすれば勝てたのにね。

 彼の音楽の敵は演歌だから、負けちゃまずいでしょ。

 製作中は外部の音を入れないで集中したいとかで、iPhoneのミュージックアプリを聴いて、完成させました。
 何を聴いてるのと言ったら、ZARDの「負けないで」だって。
 彼の戦友ね。
 苗字の関係で結婚してるんじゃないかと一時は騒がれた。
 でも、彼女の本名は蒲池幸子さんで、松田聖子さんの従姉妹だとか。
 先日も再々婚で話題になりましたけど、彼は聖子さんをよく言わない。
 まず、SONYレコード系アーティストで、彼女をよく言う人はいない。
 なんか、扱い方が違うとか。
 お嬢様のように扱われていて、彼女がレコーディング・スタジオに着くと、社長が車のところまで出迎えて、荷物を持ったりするし、何よりも、彼と同じプロダクションに所属していて、事務所の中をひっかきまわして、他のタレントは仕事ができない。だから彼が移籍した。その頃に、全然売れなくてそろそろ事務所を解雇されるというところでがんばっていたのがザ・カンニング。以来、事務所は違っても時々食事に行ったりするようになって、カンニングがいきなり売れて、忙しくなったから、彼が企画からプロデュース、アレンジまで1人でこなして、持ち込み企画で製作したのが「カンニングのヘイ・ユー・ブルース」。
 竹山さんの暴走で下ネタ満載になって、250枚売って廃盤。
 赤字を彼が1人でかぶってレコード会社に返済。
 今でも竹山さんから電話があったり、メールが来たりしてるみたいだけど。
 彼にとって、中島さんが急性骨髄性白血病で亡くなったのはかなりショックだったみたいで。
 慢性だけど、自分も白血病で、いつ急性転化を起こすかわからない。
 彼が同じ病気を持つ人々に伝えたくて「負けないで」なのか。
 きょうはそういうわけじゃないと言ってたけど、じゃあ、24時間TVのチャリティーマラソンと同じ感覚とか?
 負けないでって言ってくれる人が欲しかったんじゃないのかね。

 アネさんが完成品を見てつぶやきました。

 「おい、これ、バベルの塔みたいだな」

 あー言える。それもアリ。

 でもわたしには、

 ピサの斜塔みたいに背が高い

 「それはダメ!斜めになってないから!」

 式が始まるから着替えないといけないと言うことで、台車をそろそろゆっくり引いて会場の体育館の体育用具室まで引き出したんだけど、あんまりゆっくりだから、

 そんなにそろそろやってちゃ着替えが間に合わない

 思いっきり台車を引いてやったら

 「本当にピサの斜塔にする気かい!」
 マジギレ。


 

 式はすんなりと進みました。

 大体が指輪でつまづくんですけど、難なくクリア。

 わたしたちのときはひどいなんていうものじゃなかった。

 48時間勤務して、1時間仮眠をとってまた48時間勤務の繰り返しで、当日の夜明け前にとうとう倒れて、新郎と二人で点滴を受けてベッドにぶっ倒れていて。いざ、挙式です。ってときもまだ視界が揺れていて目がかすむし、指輪が入らなくてね。新郎も揺れてたから、もう。挙式十時間前に、新郎が辛労で倒れた。ついでに新婦も。

 山場のブーケトスがまた戦争だからね。若い看護師はそのためにパンツスーツで式に出ていて、ブーケしか見てない。

 フリスビー・ドッグだね。

 でも、佐橋、紺野に加えて、ソーシャルワーカーさんはスカートで。

 スカートで飛び込むのは危険じゃない?

 「佐橋は結婚は考えてないので、ブーケはいらないですからね。みんなローファーでしょ。ものすごいことになりますよ。怪我はできないですよ、労災にならないから」

 プロテスタント的宗教心が芽生えてる。

 そろそろバプテスマかな。
 季節的にもいいかもしれない。

 紺野看護師には訊けない。

 ものすごく残酷で、悪夢が蘇ったら大変だからね。

 花嫁がブーケを投げた。

 瞬間に風向きが変わった。

 慌てて飛んでくるバーゲンのおばちゃんみたいな連中。

 なんと、腕を組んで様子を見て楽しんでいたソーシャルワーカーさんの腕の中へすっぽりと。

 「私、いらないです。男性は嫌いです。あー、そういう意味じゃなくて、性を超えたお友達として男性と遊んだりするのはいいですけど、恋愛とか結婚願望はないですから!」

 でも、来ちゃったから、いらないってわけにはね。別にね、ブーケを受け取ったからって恋愛や結婚をしなくてもいいんだよ

  「続けて言うとね。別にブーケは恋愛とか結婚という意味じゃないんだ。いつの頃からか、そんなことを言うようになっただけで、その人の全体運、例えば仕事が上手くいくとか金運があがるとかそういうものだと思えばいい」
 なかなか上手いことを言うじゃない。その通りだよ。

 「例えば明日はボーナスが支給される。金運に恵まれるかもしれない」

 「その通り。金運に恵まれる可能性が高いよ」

 事務長は言った。

 金額を知ってるからね。

 もう、銀行へ伝票を渡してあるから。

 ソーシャルワーカーさんはなんとか納得した。

 


 

 披露宴の形式は、今までのように誰もが歌うわけじゃなくて、

 「新婦が同じ看護師だから、言葉で1人1人が祝福したい」
 と言う申し入れがあって、看護師たちはそれぞれはなむけの言葉を考え、新郎と新婦に送った。


 

 決して着飾った言葉じゃないけど、心の奥にまでくるようなメッセージが並んでいて、普段、何気なく接している彼女たちと男性2人が、こんな事を考えているんだと思うと、わたしの心も熱くなった。


 

 新郎新婦の入場から、友情出演してくれている、彼が在籍する、喘息、発達障害、いじめなどによるリストカットを繰り返す子、そして健常児が混成されたオーケストラ、グラン・ブルー・ドリームスが素敵な音楽を言葉の邪魔にならないように流してくれたのが、感動を倍増させたみたいで、患者さんたちにも涙。

 どんなに頑なな人でも、音楽の前ではたちまち素直になっていくのを見ていて、彼は考え方も変わったって、披露宴の後で、きっぱりと言い切った。。

 「ぼくはとにかく売れるものを作らなければいけない環境にいて、とにかくたくさんの人に届けば、それがその人にとってどうであろうと関係ないという考えだった。
 
でも、本当の音楽って、1人の心をほぐしてあげることができればそれでいいんじゃないだろうか。100万人に届かなくても、1人に届けばそれでいいんだ。
 
まだ手続きは進んではいないけれど、AKBグループと別の道へ別れたのは間違いじゃなかったと思う。


 

 アネさんは歌うと言う。

 男性看護師2人とリハーサルもしたらしい。

 たまたま、グラン・ブルーのレパートリーだったので、彼が指揮をとった。

 わたしはピアノで参加。

 曲はフォークの名曲「花嫁」
 初見でもいける譜面だよ。

 フォーク世代だからね、アネさんは。

 全共闘の新宿駅騒乱の時も、フォーク歌手たちが現場で彼らを励まし続けた。

 二曲目は「若者たち」。

 以下、彼の話による。

 もともとはフジテレビのドラマの主題歌だったけど、全共闘の闘士の心を捉えた。

 でも、全共闘の闘い方が生ぬるいと離反した数名が日本赤軍を作り、他のセクトと合流して連合赤軍ができた。

 彼らが最初に表に出たのは「全日空よど号ハイジャック事件」。

 1970年、日本発のハイジャック。

 そのときに赤軍の闘士と乗客が合唱したのがこの「若者たち」。

 それが、きっかけにハイジャッカーに賛同する乗客が多発した。

 日本初のストックホルム・シンドローム。

 当時の山村運輸政務次官が、人質全員と自分1人を交換しろといって、乗客を解放して、自分が代わりに人質になった。

 赤軍闘士は北朝鮮を目指した。

 共産主義こそ平等で未来を明るくする体制だと信じて。

 日本の警察は政府を動かし、韓国の金浦空港をピョンヤンの空港に偽装してもらって航空機を韓国に誘導し、着陸次第、韓国軍の特殊部隊がよど号に乗り込んで制圧する手はずをとった。

 でも、ほんの些細なミスで、韓国であることが闘士にバレてしまって、北へ逃がさざるを得ない状況になった。

 機内の無線から、日本政府に向けて彼らは言った。

 「俺たちはあしたのジョーになる」

 彼らのフライトは涙橋を渡るようなものだった。

 このときの闘士が、北の日本人拉致に関わっている可能性が濃厚で、警察の完全な敗北だった。この事件に味を占めた赤軍はダッカ事件というハイジャックを起こし、要求として、刑務所に入れられている仲間の釈放を突きつけた。

 政府は応じたんだよ。

 バカ総理が。

 「人命は地球よりも重たい」

 ふざけるな。

 たかが200や300の命のために、国を売るのか。

 300の命は1億の命より重たいのか?。
 と彼は熱くなっていた。


 

 話の方向が変わったね。

 すみませんでした。

 

 アネさんに2曲もいかれてしまった。

 それで、彼の心にスイッチが入って、オーケストラの中でひっそりとアンサンブルをしようと思っていたトランペットのマウスピースを、ソロ用に変えた。

 ハイノートヒッターの恐ろしさを聴かせてやる。

 オーケストラに曲を指示した。

 「スタートレックのテーマ」。

 「アメリカ横断ウルトラクイズ」のテーマというほうがわかりやすいかな。

 管楽器はどういうわけかどれも2オクターブ半の音域しか持たない。

 現在、クラシックと呼ばれる音楽は、音域によって、トランペットだけでも数種類持ち替えて応対していたからだと言うひともいるけど、真偽は不明。

 だったら、1本で全音域に対応すればいいんだよ。
 それがジャズマンである彼の考え方。
 ジャズは破壊から始まる。

 5オクターブ半。

 イントロで、いきなりジョーク。
 「ニューヨークへ行きたいか!」

 患者さんはみんな「オー」。

 元気だよ。

 よし、肺癌のあとで、まだ100%の勢いが出ないけど、大丈夫かね。
 心配は無駄だった。
 出たよー、超高音。

 これが受けてしまって。

 患者さんたちに元気を与えたなら最高だけどね。

 でも、2曲続けては吹くことができなかった。
 やっぱり、かなり無理をしてたんだ。

 「呼吸が整わない時にもってこいの歌がある」
 彼はオーケストラ・ボックスに小声でささやいた。

 「ミュージカル『ミス・サイゴン』のメインテーマ的な曲。

 「命をあげよう」」

 本田美奈子さんが全身で歌っていた。

 彼にしてみれば、彼女は本物の大バカ。

 「友達全部で一緒に逝くって決めてあったのに、先に逝きやがって。

 でも、まあ、ぼくが歌えるんだから、たいした歌唱力でもないし、どうでもいいか」
 披露宴が終わって、仕事上がりに自室までの廊下で、彼は言った。

 しーんとなったね、会場が。

 彼がまたやらかしたと思ったら、パラパラ、パチパチ、うわーっ。

 そこで一旦止めて、司会を交代して、わたしはオーケストラをバックにピアノ。

 「ある愛の詩」

 とにかく好きだから。

 去年の夏休みに、シアトルのハーバード大学に連れて行ってもらって、ロケ順にキャンパスを回ってものすごく感動した。

 冬も来たいな。ほら、二人で雪合戦をして、バターンと雪の中に倒れこんで笑ってたでしょう。あれをやりたい

 「北海道だって雪ではシアトルより多いし、病院の構内でもできると思うんだけど」

 ハーバードじゃないとダメだって・・・・・・。

 「どこでも大学なんて同じでしょ。ただ、ハーバードは、勉強にのめり込みすぎて、アブない学生が9割いるだけで。東大でも京大でもアブない学生はいるでしょ。中にはクイズに命をかけてるロザン宇治○くんとか、ぼくの悪友では、東大に無勉強で合格した市川中○(元・香川照○)くんとかもいるけど。

 元・香川くんなんてひどいよ。

 高校が終わったら、即、遊びまくって、夜明け寸前に家に戻ってTVゲームをして、また高校へ。それで予習・復習もまったくやらないし、塾なんか大嫌いだから行かない。合格発表の日も、TVゲームに夢中になっていて、すっかり忘れてた。本人に言わせれば、あの頃のゲームはセーブという機能がないから、始めたら最後まで続けるしかないんだ、っていうけど、発表の時間を忘れるほど熱中して、お母さん(女優の浜木綿子さん)が仕事を中抜けして観にいって、本人に電話で伝えたんだから」

 ロケ地で同じことがしてもたいんだろうけどかなえられるやらどうやら。

 正月休みはないし、春休みには雪が解けてしまうし。

  「ドラマティックなピアノだったよ」
 ありがとうございました。
 お世辞でもうれしいよ。

 「新婦を泣かせたけどね。披露宴の初めての涙は、このあとの御両親へのはなむけの言葉だから」


  まずはいよいよケーキですよ。

 彼が、以前は体育用具を入れる部屋だったところに置いてあったケーキを、引き出してきてセットする。

 わたしへの合図がきた。
 ありがちな臭い台詞の時間だよ。

 「御夫婦初めての共同作業となります、ウェディング・ケーキに入刀していただきます。このケーキは、病棟副医長で臨床心理士班長、そして総合診療科医であるわたしの夫の手になるものです」

 そこまでは言いすぎか。

 安積看護師が、リボンの結ばれたナイフを新郎新婦に渡した。

 「こんな大役を任されて、私は幸せです。ありがとうございます。そしておめでとうございます」

 彼女は彼の前で、新郎と新婦にこっそり言ったという。

 リハーサルの通りにまっすぐきれいにナイフを入れてくれた。

 きのうの夜、消灯後の1Fロビーで、クリームを塗っていない発泡スチロールを積んでリハーサルしたんだよ。


 

 そして、いよいよ御両親へのはなむけの言葉。

 花嫁は余命宣告を受けていて、両親にしてみたら、ウェディング・ドレスなんか見られないとあきらめていたはずだから、こんな日が来るとは思わなかっただろう。

 思いっきり泣いて、しっかりと抱き合って。

 

 彼がハンカチをたくさん持っていてよかった。

 はなむけの言葉の時に、
 「嘘泣きをして、泣きの徳光でいこうと思ってた」
 らしいんだけど、本当に泣いちゃいました。


  最後は、彼が新郎新婦に1曲贈りました。

 アルトサックスで「トワイライト・イン・アッパーウエスト」
 ザ・スクェアのアルバム「TRUTH」の中のバラード。

 静かなハミングみたいなフレーズから始まって、サビで壮大になる。

 ただ、パソコンでバッキング・パートを作ったので、アドリブに制約があって、苦労してたけどね。

 肺への負担が強くて、今頃になってやっと呼吸の乱れがやっと落ち着き始めた感じです。
 肺の一部を切除しているから、どうしても元通りには戻らない。
 でも、彼はあえて自分にプレッシャーをかけてリハビリをしているんだと思う。
 並みの精神力じゃないよ。

 新郎と新婦が退場する前に、すばらしいメッセージをくれた患者さんがいて。

 「ぼくは月曜日に、この病棟に入院しました高校教師です。病棟を見渡すと、かつての教え子が2人いました。1人は看護師になり、もう1人は総合診療医であり、臨床心理士でもあります。高校生の頃は、看護師のほうは陸上部でまっくろになって、医師のほうはテニスの後に午後9時まで吹奏楽。帰ったらろくに食事も摂らないで翌明け方までバイトをして、1時間程度の睡眠で学校に来る。どちらも勉強とは程遠くて、こいつらを世間に出しても大丈夫かなと思いました。でも、きょう、こうしてこの場に出席させてもらって、2人ともとても大きく見えた。人間は学校で成長するのではなく、世間によって成長させてもらうものなのだと感じました。新郎と新婦の御両親もいろいろとご心配はあると思いますが、どうか、遠く離れてお二人を見てみてください。近すぎてわからないことがとてもよく見えます。遠くから観ていたわたしたち患者は、彼らがとても大きく見えました。もう、手を放してもよろしいんじゃないですか。

 最後に、このような場に出席させていただきまして、ありがとうございました」
 看護師はナベちゃんのこと。彼が卒業した後に同じ高校に入学したから。

 「ほんとうに、高校の頃から成長してない。生徒は成長するけど、教師は成長しないんだね。演説が好きで、朝礼でやって、おまけに帰りにもやるから、部活動へ行くのが遅れて顧問に怒鳴られて。いいことなんかありません」
 彼はぶつぶつとつぶやいた。


 

 退場は、オーケストラの奏でる、「ラデツキー行進曲」。

 出席者は拍手でお見送り。
 この曲は観客の手拍子が音楽の一部になっているから、コンサートでも指揮者は観客に手拍子を要求する。

 新郎新婦とそれぞれの御両親が会場から消えても音は止まない。

 少しの間を空けて、患者さんたちの退場。

 すると、廊下で新郎新婦と御両親が出席してくれた患者さんにご挨拶。
 病棟内挙式の礼儀だからね。


 

 最後の患者さんに、新郎新婦が挨拶を終えたところで、オーケストラに合図を出して、音を止めた。

 アネさんは、フルートを吹いていた、東大医学部の先輩に丁寧に頭を下げていた。

 こういうことをアネさんがするのは、この人だけ。


 

 さあ、患者さんの車椅子を押していった若い看護師が戻ってきて撤収。

 「はー、これがウェディング・ケーキの仕掛けなんだ。でもクリームはほんものっぽい」

 佐橋看護師はデコった部分を指にとり、なめてみた。

 「うわー、本物だ。これ、サワークリームですよね」

 「サワーって酸っぱい感じってこと?。うそー。そんなはず」

 彼も怪訝な顔でなめてみた。

 「あー、気温が高すぎて傷んできてる」
 今日に限ってめちゃくちゃ気温が高い。予報より4℃。

 なめるな!だれもなめてはならぬ

 気温が高すぎたから傷んできてるということは!

 後でとんでもないことになるから、なめるの禁止!


 

 やっぱり32℃にさらすのは危険だよ。

 だけど、4m60cmもの大きなものを冷蔵できるスペースは院内食堂にしかない。それも中の食材をすべて取っ払ってしまってのことだからね。

 「大丈夫ですよ、佐橋は胃腸が強いから」

 紺野看護師は笑う。

 「私は胃腸と力は強いですよ。その分、頭が弱い」

 ケラケラ笑う佐橋看護師。

 素直でいい。


 

 来週、もう1組あるからな

 頼んだよ、みんな

 アネさんの声が飛ぶ。

 「32℃で傷んだか・・・・・・」
 彼は憑りつかれたかのように同じ言葉を、今になっても繰り返す。

 でも、食べるものじゃないから。

 来週のケーキはデザインが違うよ。

 そこだけを楽しみにしてろって、言ってやれ!

 彼がキーボードを弾きながら歌い出した。

 ♪ ウェディング・ベル
  からかわないでよ ウェディング・ベル
  本気だったのよ ウェディング・ベル
  ウェディング・ベル

  オルガンの音が静かに流れて(始まる 始まる)
  お嫁さんがわたしの横を過ぎる(ドレスがきれい)
  この人ね あなたの愛した人は
  わたしのほうがちょっときれいみたい(ずっとずっときれいみたい)

  そうよ、あなたと腕を組んで祭壇に上がる夢を観ていたわたしを
  なぜなの? 教会の一番後ろの席に
  ひとりぼっちで座らせておいて
  二人の幸せ見せるなんて
  
  一言いってもいいかな
 
  「くたばっちまえ!アーメン」
  
  昭和56~7年頃にダブルミリオンを叩き出した女性3人組バンド「シュガー」の曲で、ヤマハでピアノを習っていたら、毎月配布されるスコア集に載っているはずだって。
 彼はヤマハでピアノを習っていたわけじゃないけど、そのスコア集を買ってさらった、と言うんだけど、思い出せない。
 でも、ユニークな・・・・・・くたばっちまえは笑顔で言うとか。
 記憶にないんだよね。
 スコア集は毎月もらっていたけど、記憶にあるのは最後にもらった井上陽水さんの「少年時代」。
 歌詞が強烈に印象に残ってる。
 辞典にない日本語で。
 共同作曲に彼のペンネームがあったから訊いたら、陽水さんの造語だとか。そりゃあ辞書には載らないよ。

 さあ、来週の企画会議を始めますか。