櫻井麻里。
 医師になって3年目。
 アメリカのジョンズ・ホプキンズ大学医学部大学院卒。
 これが、本物の櫻井医師。
 きのうまでの桜井医師とは、桜が違う。
 点ではなくて、貝がふたつ。いわゆる旧字体。
 すべては嘘だと思うよ。
 彼女は絶対に長澤まさみさんだって。
 どうしてモスラを呼ぶことができないか、といえば、相方の大塚ちひろさんがいないからだよ。
 
 だいたい、どうなったの、この病棟は。
 全米医学部難易度ランキングでは、ハーバードがトップ。
 第2位がジョンズ・ホプキンズ。
 それも、癌に特化されているという。
 アネさんは離さないね。
 レンタル期限がきたら、引き止めるよ。
 もう、わたしの時代じゃない。
 彼と、櫻井医師の2人だけいれば病棟は維持できる。
 行く末は専業主婦か。といっても家事一切はできない。
 コンビニのレジでマニュアル対応しようかな。
 アイスクリームを買った人に、「あたためますか?」って。
 時々、言われることがある。
 こっちもマニュアル通りに「はい」って答えてしまって、我にかえって「けっこうです」なんて。
 
 でも、とってもいい子だよ。
 上下関係はすぐに理解してくれたし、仲間になれそうな気がする。
 でも、彼に必要以上に接近したら、タダじゃ置かない。
 彼にもよく言い聞かせてあるから。
 
 彼女は、総合診療科と呼吸器外科が専門だけど、事務には呼吸器外科で登録することになった。
 総合診療科は自信がないから、本人がそうしてほしいと希望して。
 アメリカの大学の医学部ベスト3に入る大学の卒業ということは、やっぱり不思議ちゃんかもしれないね。おもしろそう。
 でも、まともだったら、この4F病棟は勤まらないよ。
 
 アメリカは、日本と違ってホームドクター制度、つまりひとつの家族のかかりつけで、全ての病気をお抱え医師に相談する制度が盛んだから、総合診療科でないとやっていけないということなんだよね。

 日本人って、病院を取り替えるのが好きだよね。
 例えば、1度受診してみて、自分の思い通りの病気の診断が出なかったら、医師の腕が悪いと決め付けて違う病院に変える。
 医師の態度が冷たく感じたから変える。
 近所で、あそこの病院がいいという話を聴いたから、そこに変える。
 でも、それは返って病気を悪化させることになる。
 たった1度の診察で、その患者さんのすべてをつかむことはできないんだよね。
 日本の医学部教育ってそういうやり方だから。
 ニーズがそうだから、そういう教育なんだろうけど。
 これで、日本でもホームドクター制度がしっかりと確立されれば、変わると思うよ。
 だから、いまだにわたしは総合診療科という科目の医師が行う、徹底した問診(家族のことや親族のことまで聞きだす)と消去法で病名を絞り込んでいって確定診断をして、ぴたりと当てるというやり方は、超魔術としか思えない。つい先日の、変なおじさんのところの性感染症の時も、電話を受けながら、メモに目一杯の病名を書く。症状を書き留めるのはわたしもするし、この病棟の誰もがそうだから。それが、総合診療科では、症状を聴くと瞬時に病名を引き出せるっていうんだから。
 不思議ちゃんだよ。

 きのうの事件を事務は知らない。
 そこで、きのうまでの桜井医師は急に、家族に不幸があって、多分戻ってはこれないからという理由でアネさんに辞表を提出したから受け取った。
 そして、代役を彼のアメリカ時代のつてで見つけて本人は即、勤務についてくれることになった、ということに事務にはアネさんから報告することにした。
 患者さんには、きのうまでの桜井さんは急に事情ができて厚生病院に戻った。
 だから、代わりにハンチョウの知人に頼ることになった、と説明することにした。

 「ハンチョウ、おまえが指導医・・・・・・じゃなくて私がやる。志村がものすごい顔で睨んでるから。T-FALで殴り殺されたくないからな」
 だって、その方がいいと思うから。
 彼に預けたら、おかしなボケを叩き込むって。
 可愛い顔をしてボケなんかさせられないでしょ。
 そのまま自然体で十分だから。
 ボケは1人でいいの。

 人好きするっていうのか、すぐに看護師とも仲良くなったし、今度、この病棟の医師が結婚式をするんだけど、病院の施設を利用して、病棟で手作りの式をするということを話すと、いいですね、私も出席していいですか?。

 いきなり、訊きたいことがあるって言い出して、なんでもどうぞ、グルメとファッション関係にこだわる奴もいるし、この街のことならなんでもどうぞ。
 彼女が言ったこと。
 この街に正当なプロテスタント教会はありますか?。
 というわけで、きょう、彼のチームの安積看護師が車に乗せて礼拝を受けて、教会の異動手続きをした。
 安積看護師もプロテスタント3世なんだって。
 今まで個人で教会を探して、タウンページを見ては、毎週いろいろな教会で礼拝を受けていたらしくて、今朝は彼を叱ってた。
 「ハンチョウがプロテスタントだって、今までどうして教えてくれなかったんですか?」
 「訊かれなかったから」
 「同じチームの中で隠し事や遠慮をしていたら、結束力が薄れます!」
 「申し訳ございませんでした。ぼくらの通っている教会でいいなら紹介するけど」
 「正当なプロテスタント教会なら、お願いします」
 普通は転出するときに教会で転出先の教会をいくつか紹介してくれるんだけど、彼女はそのメモを紛失したらしい。
 アンドロイド看護師じゃなくて、ちゃんとミスもやらかすごく普通の女の子なんだね、素顔は。
 「ほんとうはね、佐橋が寮長としてきいておくべきだったんですよね。でも、好きなマンガとかファッション雑誌、音楽なんかは聴き出しやすいんですけど、支持政党とか宗教的なことって、訊けないんですよ。本人の自由じゃないですか。男がいるとかは押さえますけどね、寮長として何かあってはいけないんで」
 そうだよね。宗教まではね。
 きょう、安積看護師も異動届を出して、同じ教会の仲間になりました。
 病棟内で、スタッフや患者さんなどを宗教に勧誘したり、宗教の話をすることは禁じられているからプロテスタントだと名乗るのは難しい。
 ましてや、寮は男子禁制だから、彼が入るわけには行かないし、同じチームで隠し事はないほうがうまくいくのはわかるよ。でも、この場合、不可抗力だと言っていい。
 病棟内で話せない、寮には入れないとなったら、話す場所がないから。
 でも、安積看護師に叱られてる彼を見てると、ドラマそっくり。
 神南総合病院というところの看護師である娘は、父親である安積ハンチョウにモーニング・コールをしてくるんだけど、父親は、脱いだ靴下が片方だけどこへいったかわからないみたいな状態で慌てていて、娘に一言「だらしない!」。それから娘の説教が始まったり、アケバン、つまり休日に、娘に誘われてショッピングに行って、ファッション感覚がないとか、とことんやり込められてしまう。
 署に戻れば、部下から慕われる立派な警察官だけど、プライベートはダメオヤジ。
 その落差が魅力なんだよね。
 原作小説でもそういう設定なんだけど、レギュラーのひとりひとりの個性がきちんと描かれていて、警察という集団を描いてるのに、ひとりひとりが主人公みたいで。
 
 ダメオヤジね。
 ウチの変なおじさんの父の日。
 きょう、めでたくやってきました。
 志村家には代々”父の日”なんて、なかった習慣だから。
 女性3人に対して男性1人でしょう。
 忘れてしまうんだよね。
 それで、いつからかカレンダーから消えた。
 年頃になると、娘と言うのは極端に父親を嫌うでしょ。
 洗濯物は別じゃないといやだ、とか。
 臭いものにはふたをするみたいな感じで、父親がその、臭いもので。

 きょうも、一応2時間限定ということにした。
 あくまでも「彼のための父の日」であって、「変なおじさんのための父の日」ではないから。
 彼は軽く食事をして、プレゼントを渡す、とういうのが父の日だという認識だったから、2時間でいいんじゃないかなってことで了承させた。
 最初は自宅でやって、彼が食事を作るなんて言ったんだけど、きのう、翔子と打ち合わせをして、多分、外食に誘ってくるから、それに乗っかって、おあいそを子供たちで持てばいいだろうということになった。彼が食事を作れば、2時間は越えるからね。

 絵に描いたような家族になりたいというのが、変なおじさんの夢なの。
 でも、この世の中に絵に描いたような家族なんて存在しないから。
 存在したら、絵に描いたようじゃないでしょう。
 芸能人とかで、絵に描いたような家族とかって言われているところがあるけど、見えないほころびが必ずあるって。
 高島ファミリーがそうでしょう。
 日本の理想の家族みたいに言われていたけど、息子さんの離婚裁判で裏側が見えてしまったし、彼が兄と慕う水谷豊さんも、街でナンパをしたら、それが実の娘さんで、すべてを伊藤蘭さんに報告されて、土下座で謝り続けたってことがあったしね。
 「蘭さんが口をきいてくれない、どうしたらいいだろう」って彼にアドヴァイスを求める電話が来てたけど。

 彼はポロシャツを基点にしてソフトスーツ(ブレザー+ツータック・チノ)をプレゼントした。
 チョイ悪っぽく、若く着こなせる感じのね。
 多分、着こなせないよ。
 センスないから。
 そして回らないお寿司屋さんの2階の座敷を借りて、握りと天ぷらで会食。
 食事がすんでから、彼が、先日の性感染症の女の子のその後のことを訊いて、彼が指示をした通りの治療で進行を食い止めたと聴いていると、変なおじさんは答えて。科目が違うから、副院長という立場で聴いたことを話した。それに対して、彼が治療に使っているマクロライド系ステロイドの副作用である免疫力の低下を食い止める方法として、先日話さなかった方法を思い出したから、選択肢に入れて欲しいと、方法を話し、変なおじさんはそれをメモして、症例と、そういう新たな病気が出たことを医師会に報告して、関係科目に治療できる体勢を整えた方がいいんじゃないかと言い出して、彼はそれじゃあ、ぼくの持っている資料をすべて公開しましょう。近々お届けしますということで、本来ならわたしと妹がおあいそを担当しなきゃいけなかったのを、彼も払うって言ってくれて3人で払って、それぞれの道に別れた。

 それが、困ったことになってね。
 彼、感動しちゃって、父の日ってすばらしい、来年はどんな風にするの、なんて。
 来年はないの。
 食事も、病棟の留守番だからと言って断るんだから。
 毎年、おあいそを払わされたらかなわないって。
 でも、プロテスタントの父の日って、案外安上がりな食事代で済む。
 アルコール飲料が戒律で禁じられているから、ビールだ日本酒だっていうのがないから。

 来年のことは来年考えるの。
 だって、今、この瞬間、生きていて普通に話している人が、30分後には亡くなってることもありえる世の中だからね。
 
 今、言えることは、来年は父の日はなし。


 後記
  なんだか統率性のない記事になってしまいました。
  今夜は、一時退院の患者さんが一気に戻ってくる時間で、ベッドに戻ったところを診察し  ては電子カルテに記入しての繰り返しで、頭の中が引っ掻き回された状態で。 
  締め切り時間ぎりぎりになっても戻ってこない患者さんもいて、こっちは連絡先に電話を入れるんだけど出ない。そうなると、医師の習性で悪い想像が広がって、真剣に心配してるのに、締め切り時間を少し回ってから、本人は知らん顔で帰ってくるし。
 病棟にとって一番忙しいのは日曜の夜ですよ、やっぱり。
 ただ、ひとりだけニコニコしてる医師がいるけどね。
 「考えてもどうにもならない。交通事情で、同じ道でも土日は倍の時間を見ておかないとだめだから。警察で各信号機をコントロールしてるんだけど、昼間は通行人優位にするから、車が渋滞して、夜につけがくる。それに、医師と患者さんの間に信頼関係があれば、戻ってくる時間なんて気にしないほうがいい。多少遅れても、戻ってきてくれればそれでいいじゃない」
 楽天的。って言うと怒るか。彼は楽天が嫌いだから。
 三木谷さんの経営している、ネット関連グループの楽天のこと。
 ネットバンクを買収して、手数料を値上げしたり、ネットオークションでも落札代金を仲介して手数料を取ったり、とにかく何でもお金にするのは、彼が行動の基礎にしているP・F・ドラッガーの理論に反するからね。
 かといってヘタレではないし、
 やっぱり不思議ちゃんかな。