もう、どうでもいい!。
 続きたいだけ続け。
 一週間でも一ヶ月でもいい。
 わたしはとことん自然的ひざカックンと闘ってやる。

 安積看護師、チャラとガンバの奥さんでもある看護師は廊下に取り付けられているバーをうまく頼って病室まで移動する方法を見つけた。もともとは歩行困難な患者さんが掴まって移動するためのものだけど、別に看護師が使ってはいけないという規則はない。
 なんで、わたしも彼もそれに気がつかなかったんだろう。
 初めにそれをやり出したのは安積看護師だという。
 さすがは彼の隠し子、ただでは起きない。脅威の新人。
 隠し子っていうのは嘘だよ。
 パナソニックシアタードラマ『ハンチョウ』では佐々木蔵之介さん演じる安積剛志警部補の娘が看護師で、名前がウチの安積看護師と同じ涼子というから、病棟では隠し子かもしれないというジョークがあるってだけ。彼の年齢から行けば、若くして結婚していれば、彼女と同年齢の子供がいても自然だからね。彼が佐々木さんと一卵性双生児みたいな顔をしてるから、患者さんが広めたんだ。悪いのは彼。
 そして、誰も考えつかないことを考えたのは、わたしのチームの佐橋看護師。
 車椅子を使ってる。
 病棟にはありあまるだけの車椅子があるから、それを使った。
 それも、電動車椅子。
 本人は何もおかしなことだとは思っていない。
 あるから使った。ただそれだけの理由。
 アネさんはただ、笑いながら見ているだけ。
 「車椅子の看護師か。奴らしい発想だよ。ちょっと他人と思考回路が違うだけだ。おもしろい」
 肘で、車のハンドル代わりのバーを巧みに操作して、カートを両手で押しながら進んでいく。
 たくましいよ。
 それに引き換えわたしたち医師といったら、無策でプライドばかり気にして、患者さんの前では何事もないような顔で得意になって巡回診察を続けて。
 こうしてみると、医療班の4名も含めて計8名はあの日、確かに川岸の公園から、歩行者天国までマーチングしてきて、聾学校の脅威にさらされたんだ。


 アフターコンサートは、無事に終了し、団体としては解散となった。
 PTAたちは、この後、ささやかではあるけれど打ち上げを病院の、グランブルーの練習場所で行うから出席して欲しいと言ってくれたが、わたしと彼は丁寧にお断りした。
 彼にはもうひとつステージがある。
 わたしと彼が残ろうとすると、なぜか関係のない、ウチの病棟から参加した全員が打ち上げを断り、歩行者天国に残った。
 あなたたちは、打ち上げにいってもいいよ
 おいしい豪華な料理が出るよ、きっと
 「ハンチョウ、このあと組んでるバンドでライブをやるんでしょう。生で見る機会なんてないから観たいっすよ」
 チャラ。
 「ZONEの先輩バンドなんですよね。「Sceret Base」はZONEのオリジナルじゃなくて、ハンチョウのバンドのオリジナルをカヴァーしたもので、ZONEのナンバーにはハンチョウのバンドのカヴァーが多いんです。6日の新譜もカヴァーでオリジナルの新譜をはさんである。わたし、ハンチョウのバンドのCDを持ってるんです。中学生の時からZONEマニアで、ハンチョウのバンドのことを知って、札幌の山野楽器で1枚通販で買って、高校の修学旅行で東京へ行ったときに、山野本店で、並んでるだけのCDを買って。インディーズなんだけど、大手レコード会社のインディーズ部門の製作だから、ものすごく音がいいんですよ」
 安積看護師は言った。
 確かに24bitマスタリング盤なんかがインディーズなのにあって、クリアな音が鳴る。
 「私はZONEのしか聴いたことはないけど、他のバンドとまったく違うんですよ、楽曲が」
 チャラの奥さんは言った。
 「別れを歌った曲は、単なる男女の別れじゃないんですよ。望んだ別れじゃなくて、手を伸ばしても届かない別れ。相手は亡くなってるんですよね。「SCECRET BASE」が最初で、「夢ノカケラ」と続いて、「僕の手紙」。6日の新譜の「Treasure of the heart~キミとボクの奇跡~」をはさんで「gloly colors~風のトビラ~」「HANABI~君といた夏」でひとつのドラマになってるんですよね。だから切なさが後を引くんだと思うんだけど」
 「ZONEってもともとはSPEEDみたいなダンスグループで、メジャーデビューするにあたって、レコード会社が、ダンスグループが氾濫してたし、プリプリは解散するってことで、二代目のプリプリみたいなバンド・アイドルを作ろうとして、デビューを遅らせて、楽器を徹底的に仕込んだんだったっけ。ハンチョウに聴いたことがあったような。ダンスグループとしてインディーズを1枚だけ出してるんですよ。佐橋はネットオークションで買ったんですけど。PVがPS2のゲームの中に隠されていて、クリアすると観ることができてね。観たいから必死でゲームをするという」
 みんな詳しい。
 わたしだけの知識じゃなかったのか。
 ねえ、有名でよかったね
 横を向いた時には、彼はステージの上にいた。
 
 「ちょっと、楽器の慣らしとプログラミングの時間をください。午後7時まで警察の許可をもらってあるので、時間はまだありますから」
 そうなんだよね。
 歩行者天国であっても、なぜか警察の「道路使用許可証」を使うたびに申請しないと逮捕されるんだよ。
 彼が最も好きなアーティストである川嶋あいさんも、路上で歌っていた頃は、いちいち警察に届けを申請するのが面倒くさいのと、申請しても却下されるのがほとんどだから、申請しないで、警察の目から逃げながらライブを続けてたんだ。
 彼と川嶋さんって生い立ちがまったく同じで、こんなことってあるのかっていうくらい不思議とぴったりと重なる。
 ステージでは、ピアノをバックに、EWIが何か曲のような、切ないメロディーを奏でていた。
 「これ、平原綾香さんのデビューアルバムの曲なんだよね。タイトルがね」
 ガンバの奥さんは額を拳で叩きながら、思い出そうとしている。
 「あっ、あっ、えっと、あっ、「蘇州夜曲」だ」
 彼は平原綾香さんのアルバムはすべて持ってる。
 お父さんである、「傷だらけの天使」「太陽にほえろ」「名探偵コナン・TVシリーズ」でサックスを吹いている、すたじお・ミュージシャンのお父さんにお世話になって、平原家とお付き合いがあるからって、必ず新譜が出ると買うんだよね。ちなみに綾香さんのお姉さんはジャズ・シンガーで、彼も何度か共演している。
 だから、聴いてると思うんだけど、デビューアルバムって圧倒的に「ジュピター」と「明日・・・」でしょう。だから言われるまで思い出せなかった。
 彼が言ってたのは、この曲は昭和15年の日本映画「支那の夜」の主題歌で、日本の大陸政策に則って満州に設営された映画会社で、中国を植民地とするための国策映画として作られて、主演と主題歌は、自民党の大物で衆議院議長まで努めた山口淑子さんで、彼女を中国人と偽って人気歌手に仕立て上げて、中国人を操ろうとした。確か、李芳蘭。宝塚で悲劇の半生が舞台化されて、ドラマにもなった。
 バックボーンを思いながら聴くと、戦争を思い出して、日本はなんて恥ずかしいことをして、なおかつ中国の人々を傷つけたんだろうと思う。
 本当に彼は戦争が好きなのかとも思ったりね。
 でも、「軍艦マーチ」を演奏しないだけ、まだいいけど。
 気がつくと、バンドの演奏は始まっていた。
 「true blue」。
 『アストロボーイ鉄腕アトム』のテーマ。
 ツインギターの二人の女性がギターとヴォーカルをとる。
 彼はツインキーボードの左側にいた。
 いきなりのZONEナンバー。
 一体、EWIはどこで使うつもりなのだろう。
 続いて「一雫」。
 ツインキーボード右側の女性がリードヴォーカル。
 「笑顔日和」
 ZONE最後のCD。
 ハードロックを歌うのはツインギターの左側の女性。
 「太陽のKiss」
 女性3人でヴォーカル。
 彼はキーボードとコーラス担当。
 曲が終わると、彼はスタンドマイクに向かって言った。
 「また、来てしまいました。このバンドは、それぞれが音楽の仕事を持っています。ほとんどが後輩の育成なんですが。タレント・スクールでね。で、ぼくだけ違う世界にいて。こう見えても医者です。国立病院のね。医療センターでね。みんなも肺癌になったら、普段のぼくと会えますから、医療センターで。じゃあ、なんかポンポンジャンプしながらノッてくれてるみたいなので、爆発しちゃおうかな。「大爆発No.1」」
 派手なイントロの後、彼はキーボードを弾きながら歌いだした。
 みんなのこと 愛してる 嫌われても愛してる
 背伸びをしてもNo.1はすばらしいのです
 ぼくはもっと強くなる
 みんな ぼくを好きになる
 ぼくのぶんまで 好きになる予定

 ZONEの2ndシングルだけど、彼らのバンドがオリジナルで、この曲は彼のいじめられた時代の気持ちが詞に反映されている。恋愛というオブラートの中には陰湿ないじめが隠されている。

 「No.1はすばらしいのです」を強調して歌うのは、ひとつには民主党の事業仕分けの名台詞「一番じゃなきゃいけないんですか?」に対する嫌味。もうひとつは、同じオーディションに出て落選した槙原則之さんがSMAPに提供した「世界にひとつだけの花」に対するアンチテーゼ。
 彼にはオンリーワンであることは決していいことではないという持論がある。No.1でなければこの世の中は生きていけない。必ず潰されて、地べたを這いずり回るようになる。だから、あの曲をとても嫌っている。

 次は「証」。
 ベースの男性がヴォーカルをとる。
 ヘヴィーメタルといっていいほどのハードな曲だけど、歌詞の一部を空欄にするという仕掛けがあって、その部分はなんと歌っているのか、考えさせられる。
 わたしは答えを彼に聴いてしまった。
 自分の存在理由を問いかける内容で、担当患者さんが亡くなられた時のわたしのジレンマを代弁してくれているようで、好き。
 明日のために 僕はいるのか 何ができるのか?
 自分にもうひとりの自分が必ず、こう問いかけてくるんだよね。
 誰か教えて 誰か気づいて 誰か僕にその答えを
 今 僕が生きる 自分の居場所 捜し求めて 叫んでる
 迷い疲れても 叫び疲れても もう逃げたくはないよ
 
 で、歌詞の空欄、
 もし 僕が死んで 涙を流す人がいるなら ×××
 ×には「誰のため」と入るのが正解。
 もし、僕が死んで 涙を流す人がいるなら 誰のため?

 バンドってサウンド(メロディー)第一主義というか、歌詞には重点を置かないとか、サザンやミスチルみたいに何を歌ってるのかわからないバンドが多いけど、このバンドはサウンドと歌詞のバランス感覚がよくて、メッセージがはっきりと伝わってくる。

 「わたしたちはこうやって、好きな音楽を演奏して、聴いて、毎日を楽しく暮らしてます」
 ツインギターの右側の女性が話し始める。
 「つらいときもあるけど、のりきれてしまうんですよね。そんなときに思うんです。わたしたちってこの国に生まれることができてなんて幸せなんだろうって。今、この瞬間にも世界ではたくさんの人々が飢餓や、たった1本のワクチンがないために、そして戦争というおろかな行為で命を落としてるんですよね。戦争のない日はないじゃないですか。トカゲって、自分のミスで自分の尻尾を切断してしまっても、また生えては来るんですけど、尻尾を切断する原因になったミスは二度と繰り返さないっていうんですね。なのに、わたしたち人間は戦争というミスを何度も繰り返して。トカゲ以下の生き物なのかって思うと、ぞっとします。わたしたちには何ができるのかを考えた時に、例えばワクチン1本は、ペットボトルのキャップ800個を集めて交換することができます。毎日、夏なんかだと日に何本も飲むペットボトルのキャップを捨てないで集めるだけで、1人の命が救えるってことですけど、戦争ってどうやったら失くすことができるんだろうって考えた時に、答えが見つからないんですよね。わたしたちはこの地球という星の日本という国の、ほんの片隅から、戦争を失くそうって小さな声を上げることしかできなくて、イラつくんですけど、それしかできないんですよ。そんな思いを曲に乗せてみました。ヴォーカルはドクターのmalineで。お届けします。以前、彼はアメリカに住んでいて9・11の一部始終を目の前で見てるんですよね。それで、何もできなかった自分が悔しいっていつも言うんです。せめて歌いたいって。曲は「世界のほんの片隅から」。彼の気持ちが一杯に詰まってます」
 ZONE唯一のダンスビート。
 
 急ぎ足を止めて 差し出した手のぬくもり
 嘘なんかひとつさえ 存在しない世界
 
 誰より世界中の切なさを感じてるよ
 あふれるまっすぐな気持ち ずっと忘れないで

 どんなに世界中が悲しみに包まれても
 明日はきのうより強く みんな生まれ変わる

 ずっとずっと この気持ち忘れたくない

 ZONEがこの曲をリリースしたのは、文字通り9・11の後。
 当時、リードヴォーカルをとっていたMIYUちゃんはまだ中学生だった。
 今は23歳の大人の女性になって、アメブロでブログを読んでいるけど、
 中学生の女の子だったんだ。
 中学生にこんな事を言わせるなんて、大人ってなんてバカなんだろうね。
 恥ずかしいと思わないのか。

 「えー、時間的に、しゃべってることが許されなくなってしまいました。続けて1つのドラマを観てもらいます。連続ドラマ。題して「君がくれたもの」。ヴォーカルは変わりますが主人公は2人です」
 彼がいつか、これがZONEサウンドの秘密だよ、といって見せてくれたアナログ・サンプリング・シンセサイザーがおなじみのイントロを奏で始めた。
 「君がくれたもの」。
 ZONEヴァージョンのタイトルは「SCECRET BASE」。
 君と夏の終わり 将来の夢 大きな希望 忘れない
 10年後の8月 また出会えるのを信じて 最高の思い出を

 ZONEが期間限定再結成をしたのは、本当にこの曲から10年後の8月だった。
 彼に言わせると、彼は財津和夫とチューリップのファンで、解散コンサートの時に財津さんが、21世紀の始めに金閣寺で会いましょう、と言ったのを忘れないでいて、わざわざアメリカから金閣寺へ戻ってきた。絶対、財津さんは現れないとわかっていながら、ほんの少しだけ、ファンとして信じたくて。
 そうしたら数名のファンがやはり同じ気持ちで金閣寺に来ていて、彼らと待ち続けていたら、本当に財津さんが現れた。
 そのときの気持ちを忘れたくなくて、ZONEファンにも同じ気持ちを分けてあげたくなったから期間限定再結成にGOサインを出した。
 続いて、「夢のカケラ」
 今 悲しみと苦しさを うまく交わしてる
 今 うれしさと優しさに 震えてる
 
 君がくれたもの (夢を)信じることの勇気
 君がくれたもの (夢は)暖かくて優しい

 大人に近づいてボクは夢をしまいこんで
 街の渦に飛び込んだ -明日を見失ったー

 そうだよね、って思わず言ってしまいそうになる。
 彼がそうでしょ。
 本当はプロとしてもっと音楽の近くにいたいのに、医師というかけ離れた日常を生きている。
 
 曲は「僕の手紙」に変わっていた。

 帰り道 二人きり 何から話せばいいかわからず 
 「不思議だね 月がほら、きょうは少し大きく見えるよ」

 不器用で臆病な僕だけど ひとつだけ夢があるよ
 人はくだらないと笑うけれど この道を信じているよ
 君とは不釣合いかもしれない ぼくは微かに光る星
 だけど 必ず輝いてみせる その時に君に言えるよ

 たしかに「君がくれたもの」と同じ世界設定で主人公は同じだ。
 曲は「treasure of my heart~キミとボクの奇跡~」
 詞はZONEヴァージョンとは違うものの、1フレーズだけ一致している

 僕らが出会った季節が また巡り来るその日まで
 暖かな日差しを浴びた花が きっと咲き誇るよ

 続いて最終章、
 「H・A・N・A・B・I~君がいた夏~」
 
 君がいた夏
 夜空の下 手を繋いで砂利道は知り抜けるぼくらに
 遠く聴こえてくるHANABIたちの声 切なく響いた
 永遠の夏 「もう、いやだよ」 こんな気持ち キミの後姿見る僕に
 流れ星のようにつたう雫には 全てが映った

 耳を澄ましまた 聴こえないはずの合図
 僕の胸にだけ たしかに届いた
 
 あの夏をもう一度・・・
 君がいた夏
 永遠の夏
 君がいた夏
 永遠の夏

 10年後の8月にまた会う約束をした彼女が亡くなったことを知った主人公が、届かない叫びを叫び続ける。
 たしかに曲がつながるとひとつのドラマが完成する。
 世の中で、親友や大好きな人が亡くなることほど切ない別れはない。
 なにげなく聴いていると別の世界設定のように聴こえるけど、つなげてみるとひとつの時間軸の上に成り立つひとつのドラマがあったんだ。緻密な計算に基づいた壮大な仕掛け。

 いつ失明するかわからない彼。
 慢性骨髄単球性白血病に冒されていて、いつ亡くなってもおかしくない彼。
 でも、わたしに「~君がいた夏~」なんて歌わせるようなことだけは絶対にならないで。

 花火って、死者の御霊を弔うためにあげるものなんだよ。
 看護師長に聴いたことがある。
 彼を弔う花火なんか絶対にあげないよ。

 「どうもありがとうございました。また会う時まで」
 彼がマイクで叫んでも、観客はアンコールの声を止めない。
 「じゃあ、ここからはインストで行こうか。今までジャンプしてた人は、悪いけどもう少し続けてね」
 ツインギターの右の女性が言う。
 鳴り出したのはT-スクェアの「宝島」
 マーチングではサンバ・アレンジで演奏していた団体が多くいたが、ここでは原曲。
 「脚線美の誘惑」彼のアルトサックスでのソロが延々と続き、10分以上の曲になった。
 途中で何度もメロディーに戻ろうとして、きっかけをギターやキーボードをちらちら見て、目で訴えていたのに無視されて、戻ることができなかった。自力で戻れないアドリブに入り込んでしまったんだ。
 そこがカッコいいんだよね。
 完璧な男性には魅力がない。非人間的でしょ。
 こういうボケをやらかすから、一緒にいて楽しいんだよ。
 作ったボケじゃないから、これは。
 計算外のボケ。目が訴えてるからわかる。
 なんとか曲は終わったけど、すぐに次の曲が始まった。
 「GO FOR IT」
 ここでの彼はアルトサックスのソロを32小節できれいにまとめた。
 この曲は、AZ-1に先駆けてトヨタが売り出した軽自動車で前ヒンジ・ガルウィングの「セラ」のCM曲だった。
 今でもセラとすれ違うことがあるけど、オーナーがどれだけ可愛がっているかわかる。
 自動車評論家と呼ばれる人の中には、セラもAZ-1と同じように、横転したりスピンしたり、ドライバーの死亡率はAZ-1と変わらない。ただ、なぜ国会でボコボコにされなかったのかと言えば、トヨタは政治献金を与野党関係なくあらゆる政治家につかませていたけど、マツダはそれを怠ったからだ、と言う人がいる。
 でも、不思議だ。
 政治家に握らせるお金は半端な額じゃないだろう。
 そんなお金があるのに、従業員の残業代は払えない。ボランティア残業で押さえつける。
 わたしはそんなメーカーの車には乗りたくない。
 特にプリウスに乗ってるドライバーの顔ってみんな自慢げで嫌い。
 ハイブリットに乗っているのが偉いのか。
 だったら、わたしのホンダ・ビートが電気自動車に生まれ変わって戻ってきたら、自慢げな顔で乗り回してやる。
 わたしは別にビートにこだわっているわけじゃない。ホンダだから可愛い。
 マクラーレン・ホンダMP4/6ファンだから。というかアイルトン・セナファンだから、ホンダ好き。
 あのV12サウンドは今でも耳から離れない。F1史上最高のエンジンだよ。
 ウィリアムズなんかたいしたことはない。第一、ピットの出口でタイヤがはずれて、立ち往生したんだよ。後ろから出た中島さんにどれだけ迷惑をかけたことか。ばかちんが。
 中島さんと言えば、セナと同じロータス・ホンダだったんっだよね。99Tのイエローボディーも鮮明に思い出せる。
 あっ、曲だ。
 「IN THE GRID」。
 彼の特別仕様フェラーリEWIが出た。
 思い出すのは、報道ステーションの古館さんの名実況。
 「音速の壁に魅入られた 恐れを知らないティモシたちが」
 カメラはグリッドについた各車を映していく。
 秘密を映されたくないから、カヴァーがかけられていて、タイヤウォーマーも外されていなくて。
 古館さんが実況をやめてから、F1の楽しみが90%消えた。
 とっさに名文句がポンポン飛び出すし、実況が一番エキサイトしてたからね。
 あのノリで「報道ステーション」をやってくれたら、もっと楽しんで観るんだけどね。
 一応、毎日観るけど、国会の与野党の攻防戦を実況してほしいよね。
 そうしたら国会が楽しくなる。
 もっと選挙に関心を持つよ。
 
 あー、鳴り出したな。
 おなじみのアルペッジオ。
 そしてキーボードのオーケストラ・ヒットという音色が。
 うわっ!「TRUTH」
 彼がイントロにF1のエンジン音みたいな音色でちょこちょこ音を乗せたりアドリブを吹いてみたりして、メロディーに突入。
 途中でギターやキーボードと、レースさながらのデッド・ヒートを演じてアドリブ一人旅に出る。
 正確に言うとアドリブじゃないんだよ。
 128分音符なんかがあるからアドリブをいい加減に吹いてるんだと思ってたら、譜面に全ての音が書き込まれてて、道理でいつも同じフレーズに聴こえるわけだったんだよね。彼も、自分でレーシング・チームを持っていて、インターナショナルAのライセンスを取得して、自分でもGT-Rのワンメイクでドライバーをしていたぐらいだから、F1を思い出すと暴走して曲をぶち壊すから譜面に音符を入れて、それ以外のことをしないように縛りをかけてるんだって言ってたけどね。
 観たいなー。『報道ステーション』での実況。
 「おっと、何が出るか、厚生労働大臣の答弁だ。出たー!掟破りの生活保護費一律10%カットだーっ!これは餓死者や自殺者が莫大に増えるぞー!!」
 なんて。
 だんだんテンポが落ちて行き、「TRUTH」は終わった。
 「予定時間になりました。また近いうちに会いましょう。きょうはありがとうございましたー」
 ステージ中央にバンドの6人のメンバーが集まり、肩を組み合って180℃の礼で、ステージは終わった。と同時にきょうという音楽漬けの1日が終わった。
 すこしほてりを覚ますと、彼が戻ってきた。
 「さあて、ここまでつき合わせたから、つぐないをさせてもらうよ。みんなラーメンにいきたいカーッ!」
 ○×クイズで食べられる人を決めるの?。
 ラーメン食べたいウルトラクイズとか。
 
 病棟スタッフを従えて、行ったのは、とんとろチャーシューのおいしいお店。全国ラーメン大賞新人賞受賞。
 本当は大賞をとったお店もあるんだけど、こっちは小上がりがあって人数が多少多くても対応が利くから。
 「いやー、ぼくの隣でバカノリしてる男性がいるんで、顔を見たら、市長で。驚いたなー」
 ガンバ。
 「昔からああいう性格だから、うるさかったら殴るなり首を絞めるなりしていいよ。ぼくがやってもいいって言ったからって言って」
 彼は言った。
 「だって市長でしょう。そんな」
 「市長のどこが偉いって。選挙でみんなに票をもらっただけで、市民よりしたにいないといけないんだよ。だいたいあいつは脳みそが筋肉でできてる。マラソンしかできない熱血バカ」
 言うよねー。
 まあそれだけの仲ってことだろうけど。
 「みんな、きょうはありがとう。せめてものお礼にぼくが全部おごるから」
 彼も熱血バカだね。
 だから引き合うんでしょ。
 「病院の食堂とはくらべものにならないですよ、これは」
 佐橋看護師。
 「午前3時まで営業か・・・・・・夜中に寮を抜け出して食べに来ることもできるな」
 寮長がそんなことをしたらダメだって。

 車はそれぞれグランブルーの病院の駐車場に入れてある。
 そこからマーチングのスタートとなった川岸の公園まではPTAが送迎バスを貸し切った。
 うれしかったんだろうね、親にとったら。
 野球もサッカーも禁じられている子が、4・1kmもマーチングしたんだから。
 彼らがうらやましいよ、いい親を持って。
 親に殺される子供もいる世の中に。
 生まれるところを選べないからね、子供って。
 わたしもあんな親のところに生まれたかった。

 
 きょうも夫婦でペリトール・マッサージ。
 このひざカックンがいつまで続くのかはわからないけど、もし、また来年「特別枠」で選ばれたら、参加するよ。
 こんなに音楽が楽しいと思ったことってなかったからね。
 もしも彼と出会わなかったら、あんな経験はできなかった。
 「特別枠」を作るのも選ばれるのも簡単。
 彼が市長と裏金抜きの親友であれば、ちょっと無理を聞いてくれるでしょう。
 頼んだよ。
 足の裏に鋭い刃物をつきたてられるような痛み。
 そしてひざカックン。
 それが、わたしにとって、新しい音楽との付き合い方を教えてくれた。
 授業料と思えば安い。
 
 痛いけど。