足の裏が痛い。
 歩くと鋭い痛みが全身を走る。
 これこそ、わたしがきのう、参加団体中最も大規模なマーチング・バンドのひとりとして、由緒ある「北海道音楽大行進」に出場した証なんだ。

 なぜ、2番目のきぼであるはずのわたしたちの団体が1番大きくなったのか、について、わかったことだけまとめてみよう。
 1番規模の大きな団体は、吹奏楽経験者、つまり学校で吹奏楽部に所属していた連中が、この日のために結集した「吹奏族」と呼ばれる団体だった。一番先に彼に声をかけてきた連中だ。
 この団体が本番直前になって内部分裂を起こし、3つの団体に分解してしまった。
 彼が分裂した団体を、休憩時間に訪ねて聞き出した話はこうだ。

 「吹奏族」の核となる人々は、学生時代に、吹奏楽コンクールの全国大会で入賞を果たしていた、吹奏楽の優等生たち。
 まず、彼らはジャズを心底嫌う。
 あれは黒人という人間の最低層の生み出した最悪のものであって、音楽ではない。指導者が彼らにそれを刷り込ませたために起こったことだ。
 団体の中にはジャズファンが数十名いた。
 核となる連中は彼らの存在を否定し、ジャズ・ファンは世の中のクズだとののしり始めた。
 そして、ジャズ・ファンは口論の末、団体を離反して、新しいバンドを組織し、別の団体として出場を決めた。
 
 次に、核になる連中が襲い掛かったのは、メンバーの中の障害者たち。
 昔は健常者として吹奏楽をやっていた人でも、交通事故やいろいろな病気で車椅子生活を強いられてしまう人々がいた。そんなメンバーは足手まといにしかならないという意見が核の中に広がった。
 そして、障害者たちは団体から追放された。
 だが、彼らもまた、あきらめずに、障害者で団体を立ち上げるが、ある百貨店の店員で組織されたバンドが合同演奏を持ちかけて、ひとつになり出場を決めた。
 車椅子でのマーチングには、車椅子を、隊列を乱さないように縦横の列と間隔をそろえながら押す役が必要となる。百貨店では、そのための楽器を持たない店員を用意した。
 この百貨店は昔はこの街で一番大きな呉服店だった。それがチェーンを持たない、この街に根ざした百貨店になった。
 出場メンバーには会長までがいる。ノリノリでパーカッションを叩いていた。
 
 ジャズ・ファンが吹奏楽に嫌われるのは理解できる。
 わたしもジャズは最低のものだから一切聴くなという、親の教育を受けて育ったから、彼と出会わなかったら、いまだに偏見を捨てることはなかったから。
 でも、聴いてみると、基盤はクラシックだった。
 ジャズをあらわす代表的な言葉に「アド=リブ」というのがある。
 クラシックでも現代音楽という分野で使われる言葉で「自由に」という意味だ。だけど、「自由じゃない自由」だった。わたしは譜面の束縛から逃れることに憧れて、ジャズを聴いた。でも、理論を勉強すると、私の考えていた自由とは遠くかけ離れた自由であることがわかった。
 クラシックの音楽理論の範囲内でどれだけ個性的な遊び方をするのか、それがジャズだった。つまり、ただ音楽理論をそのまま音にするクラシックよりもはるかに高度な音楽だったのだ。
 クラシックは、理論そのまま演奏するために没個性的になってしまう。でも、ジャズはそこから自分の個性を強烈にアピールしなければいけない。それを瞬時に頭の中で変換しフレーズとして表現するものすごく高度なものだった。音楽理論はあくまでひとつの道でしかない。そこから自分だけの道を開拓する。他人の作った道を走るのは禁物だし、ワンフレーズでも他人と交わってはならない。
 そういう基本的なことを理解しようとしない指導者が、彼らのような偏ったエリートを育ててしまったのだろう。

 障害者に対する偏見と排除。
 これは絶対に許してはいけない。
 一昔前の異物だ。
 現在は、事業所は最低1名の障害者を雇用しなくてはならない、という改正労働基準法の時代だ。障害者を1名以上雇用すれば、税的優遇措置を始めとする多種多様な優遇措置が国から受けられる。
 男女共同参画社会というが、男女に加えて障害者も共同参画する社会だ。
 ハローワークにも、障害者専用の求職・求人の相談窓口がある。そこでは求職より求人がはるかに上回っているという。数名の求職が出ると、求人を出している企業がすべてさらってしまう。いつまでたっても障害者を回してもらえない企業が続出している状況だという。
 わたしたちの勤務する病院には薬剤師を始め、事務などに6名の障害者がいる。その誰もが健常者の職員よりも優秀だ。そして7番目に、最高の宝くじを引き当てた。精神障害者2級の総合診療科医。ウチの彼だ。
 病院最強の名医が精神障害者だからね。
 他の病棟から外来までが、なんとかして彼を引っ張ろうとする。
 巡回診察中でも、強引に引っ張っていく。
 巡回なんか他の医師で間に合う、それが彼らの理論だ。
 引っ張られた先に、アネさんが駆けつけ、引っ張ったほうの仕事が終わり次第、連れ戻してくる。そうしないと、そのままその場所に勤務となる。
 外来が事務を脅して彼の異動命令を出させて、アネさんと内戦に突入しかけたこともあった。
 そんな障害者たちを、いまだに嫌い、特異な目で見て排除する。
 それが吹奏楽の決まりなのだとしたら、わたしはもう二度とこの行事には出場しない。
 
 そんなバカげた連中が、休憩中の彼を訪ねてきた。
 その先頭が、彼の卒業した中学校の音楽教諭で、彼がジャズ・ファンだからという理由で、吹奏楽部をたった1日でつまみ出した人。それからは彼の音楽のテストは正解もすべて×にして音楽の成績を1にしてきた。
 教師は学校の中では最高権力者だからね。自分のお気に入りは徹底的に可愛がるし、嫌いな生徒には冷たくあたる。成績なんてデータじゃなくて、教師の心情でどうにでもなる。
 偏見を持った団体の連中が彼に言い放った言葉の数々はとてもじゃないけど、書くことができないほど醜い。
 彼はそれに対して反論はしなかった。でも、わたしたちの団体のPTAが一斉に反論して追い払った。自分の子供のことを言われたように感じたんだろうね。

 また、彼もわたしも、思いがけない再会をした。
 わたしは、高校時代の音楽教諭で1年間、担任だった教諭。
 わたしの母校が出場するために、吹奏楽部顧問として引率していた。
 遠くからやってきて通り過ぎようとして、少し戻ってわたしの顔を見つめて首をかしげていた。
 わたしは髪の色が銀に変わっただけで面影はそのままだったから、せんせいだとわかったけれど、あえて声をかけなかった。第一、どう声をかければいいのかわからなかった。
 しばらく、わたしを見てから、恐る恐る声をかけてきた。
 「あのう、失礼ですが、もしかして・・・・・・志村じゃないか?」
 はい
 今は姓が変わってますけど、志村です
 憶えてくれていたんですか
 「当たり前だろう。教師が生徒の顔を忘れるようになったら終わりだ。そうか結婚したか、おまえも。今はどこの病院にいる?それとも寿退社か?」
 国立病院機構医療センター4F病棟です
 「そうか。医療センター4Fというと、末期肺癌専門病棟だな、確か。一生医師を続けるのか?」
 夫も同じ病棟に勤務しているので、。それに慢性的な医師不足で、定年制が廃止になって、働き続けて、病棟の廊下に倒れこんで死ななきゃならない状況なんです
 「医師同士のカップルか。志村、医師として働くことは大変かもしれないが、人間は一生働ける場所があるってことが何よりの幸せだぞ、いいか」
 結婚式に出席して欲しくて招待状を出そうと思って住所を調べたんですが、この街にいないことがわかって、行き先もわからなかったので、わたしの花嫁姿を見てもらえなくて、すみません
 「何年前だ?」
 去年の4月です
 「去年か・・・・・・遠別って知ってるか。そこの道立高校にいた。今年、異動でこの街に戻った。お前の母校だ。そして来年3月で定年だ」
 定年。現役バリバリの熱血教師の姿しかしらないわたしにはなんだからよく理解できない。
 時間はやはり確実に流れているってことだけは、なんとか理解できるような気がしたけれど。
 「志村、メガネはどうした?レーシックとかいうやつか?」
 コンタクトにしました
 彼が、きょうは豪雨になるって予報したので
 彼は、総合診療医でありながら、なぜか気象予報士のライセンスを持っていて
 「はずれて喜ばれる予報だな。医大の同級生か?」
 いえ、7つ年上で、アメリカのシアトルのハーバード大学医学部卒業です
 それと、ニューヨークのコロンビア大学で臨床心理士のライセンスも持っていて
 「おまえにはできすぎだな、おい」
 総合診療医ってご存知ですか、先生?
 「NHKのTVで見たことがある程度だ」
 すべての科目に精通していて、原発不明癌という、全身に転移した癌はどこから始まったのかを突き止めることと、スキルスという胃癌の、いまだに治療法が見つからない、発症から亡くなるまでわずか1ヶ月という未知の癌のスペシャリストです
 末期肺癌で、厚労省がオペを禁じている患者さんにオペを行っては腫瘍を全摘出したり、まだ日本の医療制度が理解できなくて、いつ医師免許を剥奪されるかわからないんで冷や冷やで
 「治療をしたら、免許を取り上げられるのか?おかしな世界だな。国民を救い守るのが国のすべきことじゃないのか。恐ろしい世の中になったな」
 先生も最低1年に1度はしっかりとした病院で癌検診をうけたほうがいいですよ
 市役所の保健福祉課で申し込むと半額助成で2,500円ですから
 そのときに医療センターを指名してくれたら、わたしがいくつかの検査を担当します
 PET検査では病院一の腕前ですから、一応
 「ペットの検査?」
 じゃないです
 簡単に言うと、腫瘍の位置を内視カメラで探し当てて、一部を切り取って良性か悪性かを診断する検査です
 「つまり、おまえに生命を預けろってことか」
 不安なら別に
 でも日本人の死亡原因の第1位は癌ですからね
 タバコは吸わないっていうでしょうが、肺癌でタバコが原因なのは0・6%です
 念のために
 「わかったよ。万が一の時は頼んだぞ。でも俺はいつまでもヤング・ソルジャーだ」
 昔からの口癖。
 「俺はヤング・ソルジャーだ」
 成長してないね。
 男っていつまでたっても少年期から成長しない。
 ホルモンが異常なんだろう
 豚ホルモンならホット・プレートで焼いて食べられるけど、男性ホルモンはそれすらできない。
 「さて、自分の団体に戻るか。しかし、志村がアルトサックスを吹くとはな。どこの団体だ」
 彼は医師であってジャズ・マンで、作詞・作曲家で、映画音楽からAKBまで担当してるから、教えてもらって
 団体は200名の「特別枠」
 喘息やアスペルガーの人と健常者の混合チームです
 「そうか。特別枠の。すばらしいじゃないか。おまえも少し成長したな」
 吹奏楽で喘息は軽減できるんです
 わたしが取り組んでるのは、肺癌の術後のリハビリに管楽器を使えないかってことで
 「女は男によって変わるんだな。そうだ、ウチの団体はAKBとやらを演奏するぞ。「フライングなんとか」をメインにしたメドレーでな」
 「フライング・ゲット」ですよ
 彼に伝えておきます
 AKBを演奏してくれたら喜びますから
 「今はああいうのが受けるんだな。素人の集団でまったくの未完成の連中が」
 先生は去っていった。
 未完成だから売れるんだ、って彼が言っていた。
 K-POP(韓国のアーティスト)は徹底的に完成されたものだけが売れる。
 J-POPは完成すると売れなくなる、と。

 彼はその間、メガネの男性と親しげに話していた。
 小学校3年生(ある時期、転校してはいたけど)と4年生時代の担任だという。
 とにかくスキーが趣味で、給料はすべてスキーにつぎ込む。
 チョモランマからのパラシュートスキーとかいうものまでやっているという。
 おかげで生涯独身。
 来年3月で定年だという。
 「あの人は教師とか担任とは言わない人なんだ。兄貴的な存在で、完璧に生徒の中に溶け込んでいた」
 彼が偏見集団の罵詈雑言に対して反論も手を出すこともしないで受け流したことを褒めたという。
 真のキリスト教徒はそうだよ。
 右の頬をぶたれたら、左の頬を出しなさい、だから。
 例外は白衣の時だけ。
 ハンムラビ法典というイスラムの聖典にしたがう。
 この世の中にフェアなものなど何もない
 目には目を
 アンフェアにはアンフェアを、でいくから。

 「いやー、間に合ったな、おい」
 後ろに市長がマラソンランナー姿で立っていた。
 市長はまず、市役所前から出発する、幼稚園や保育所の団体の先頭を歩いたあとで、小学校以上の団体の先頭を歩かなければならない。
 「暑くて大変だぞ、きょうは。特別枠の聾学校が楽しみだな。なぜ演奏できるのか、耳に音が届くのかがいまいちわからないけど、実際にコンサートはすばらしかった」
 「教えるから、着替えろ、先に」
 彼は言った。
 「電話ボックスがなければスーパーマンは着替えられない」
 「公衆便所で十分だ」
 「ああ、その手があるか」
 市長は千円で買ったというキャリーバッグを引いて、公衆便所に向かった。
 
 なぜ聾者が音楽を演奏し、言葉を聴き取ることができるのか、その秘密がわかった。
 「いいか、これだ」
 「またー。これはあれだろ、運転中に携帯が使えるやつだろ、ハンズフリーって」
 彼が取り出したものを見て市長は言った。
 わたしにも、そうとしか見えなかった。
 「特殊な補聴器とでも言ったらいいのか、補聴器の原理がよくわからないからうまくいえないが、超小型マイクが音を拾ってそれぞれの周波数に変換する。変換された周波数は耳の後ろ側の神経を通って、脳に達する。そこで脳が周波数を音として再構成するんだ。音が実は周波数を人間の脳が再構成したものだというくらいはわかるか。例えば胎児と母親の心音。人間はラの音を聴くと心地よさを感じて眠くなる。それは440Hz、母親の心音と同じ周波数だからなんだ」
 「わかったような・・・・・・いまいちわからん。でも、日本のテクノロジー技術が産んだ驚くべきハイテクマシンなわけだ」
 「現在は彼らでテスト中だ。あがってくるデータによって改良を重ねていって、いつかは実用化してみせる」
 「おまえのマイクロマシン好きが世の中を変える。趣味がとんでもないことに役立つんなら最高じゃないか。とにかく聾学校を要マークしておけ。おまえの団体もぶっ飛ぶぞ」
 「そんなに甘くないぞ、ウチも秘密兵器があるからな」
 秘密兵器?
 そんなの、聴いてないよ!
 
 それは彼のハッタリだった。
 「じゃあ、二回目の先導の時間だから、いくわ。とにかく、聾学校には気をつけろ。足元をすくわれるぞ!」
 そういいながら、市長は走って去った。

 そして、その言葉が本当だったということを、アフターコンサートで思い知らされた。