きようは教会から一度病棟に戻ってから、音楽大行進の練習に参加した。
午後を少しまわった時間からのため、いきなり病院の屋上で、実際に隊列を組んでの行進の練習だ。
この団体の正式な人数が発表された。
198名。
この病院の院長は参加団体の中で最大の人数だと言った。
彼はそれをあっさりと否定した。
2番目の大きさの団体だと。
彼とわたしに最初にオファーがきた吹奏楽OB,OGの団体が204名で最大だったが、2人抜けたから202名で最大だと。
子供たちだからこそ、本当のことを教えるべきだ、というのが彼の主張だった。
開会式で、最も大規模な団体は紹介され、表彰される。
本番に入ってからいきなり聴かされたほうがショックは大きい。
彼はメンバーに向かって言った。
「団体の人数が多ければいいってわけじゃない。多いためにまとまりを欠いて、だらけた演奏になる場合もある。人数が少なければ少ないなりできちんと音を出したほうが、沿道で聴いている人々にはうまく聴こえる。1人1人がやるべきことをしっかりとやれば、いい音楽になる。団体が大きくなると、さぼろうとして音を出さなかったり、隊列を乱す奴が必ずいる。ぼくが去年までいた団体がそうだった。自分のやるべきことをちゃんとやろう。でも無理はしないこと。ぼくらはこれがマーチング・デビューだ。本番から成長を始めるんだ。来年、再来年と少しずつ成長すればそれでいい。おかしなプライドや敵愾心は今すぐに捨てること」
やがて、太陽は沈んで、屋外での練習は終わった。
「いやー、こんなにうまくいくとは思わなかった。デビューからこんなにうまくていいのか」
札幌からこの団体に参加する子供たちを引率してきた医師は言った。
本当に198名がひとつになると恐ろしいほどの音の圧力になる。
普段はまったく違う場所で、違う練習をしている子供たちが見事にひとつになる。
それにもましてPTAが協力的でよく動いているのには驚いた。
「子供の目を見てください。きらきらしてるんですよ。オーケストラに入る前は、あんな目を見たことがなかった。そういうときの子供って、常に親の目を気にして言いたいことも言わないんです。親に心配をかけたくないっていうのがわかるんですよ。それだけにつらくて。でもオーケストラに入ってからは、何でもよく話してくれるし、違う人間になったみたいで。いよいよ最高の舞台へのデビューですから、親は出来る限りのことをやってやらないと。近所で自慢できますからね」
土曜日曜が練習日だから(明日からは午後6時から9時までだけど)夫婦でついてくるんだよね。きょうは父親たちは院長と、団体名のプラカード作りに熱中していた。
ひとつの団体だけれども2つの団体が合わさっているわけだから、それぞれの団体名のプラカードが必要となる。
父親たちが、まるで少年のように腕をまくってペンキだらけの手をして。
服院長謙理事長はもう1枚プラカードを作るように院長に指示を出した。
この夫婦は極度のカカア天下だから、院長は絶対に逆らわない。
3枚目のプラカードは、わたしと彼のためのもの。
違う病院から入ってもらっているんだから、病院名をきちんとプラカードに書かなければ、副院長の気がすまないという。
院長は苦労して書いてくれたが、いきなり副院長に怒鳴られた。
病院名が、間違ってはいないんだけど、古い病院名だったからだ。
独立法人 道北病院。
確かに2007年まではそういう病院名だった。
でも、小泉改革の目玉のひとつである独立法人の解体で、名前が変わり、スタッフはみな、みなし公務員となった。自衛官・警察官と同じ立場。
国立病院機構 旭川医療センター。
それが今のわたしたちの病院の名称だ。
副院長は、院長がとんでもないミスを起こしたために、プラカードで何度も殴り、最後に、他の病院の名前もわからないのなら医師を辞めてしまえと迫った。
プラカードが、わたしでいうとT-FALのフライパンだから、どこも夫婦って一緒なんだ。
子供が出場するからといって、どこの家庭でも、ハンディカムを最新式のものに買い換えたという。ハイビジョンで録画したい、それだけで買い換えるとは。
いくらヤマダ電機がセールをしていて安いといっても、バナナと比べたら高いよ。
ジャパネットたかたでさえ、39800円では出たことがない。
BSデジタルだったかCSだったかは忘れたけど、自分の会社のチャンネルを持っていて、24時間テレビショッピングを流してる。
仕事で疲れたときに、あの元気な声を聴くと、たちまち疲れが飛ぶから、ほとんど毎日観てるけど、39800円でハイビジョン撮影のできるハンディカムはない。デジカメの動画の画素数の多いものならわかるけどね。早くから買って、本番にミスをしないように十分試し撮影を繰り返して本番に臨む。
喜んでるのは子供なのか親なのかわからないよ。
普段のオーケストラで弦楽器を担当している子は、すべてパーカッションに回されていた。
マーチングの肝はパーカッションだから多ければ多いほどいい音楽になる。意外とパーカッションの音って小さいんだよね。だから管楽器に潰されてしまう。それで半端じゃない数をパーカッションに入れる。
バンドディレクターの彼に言わせると、まだパーカッションが欲しいという。
「パーカッションはそんなに複雑じゃないから、今から、毎晩の練習に出てもらえば、未経験者でも使える。ウチの看護師で誰かなんとかならないかな。いくらでも頭は下げるよ。でも、看護師寮は男子禁制だから、頼みにいけない」
それはわたしが引き受けてもいいよ
でも、勤務のローテーションがあるから、まずはそれを見て絞り込んでから、頼みに行く
「もう、いい。たとえそれが宇野でも頭を下げるよ」
宇野ちゃんはすごい看護師だよ
病棟で一番いい人だからね
この前も、抗癌剤の点滴の針を入れるのに、わたしのチームの紺野看護師が、血管が見つからなくて、人間血管探知機さんはローテーションで出勤前だし、彼女ならって宇野ちゃんに頼んだら、すぐに飛んできて、血管に針を入れてくれたし
「その時はこっちも抗癌剤の点滴の針を入れる直前で、血管を見つけてさあ針を入れるってとこで、ほったらかして行っちゃったんだから。患者さんはつぶやいた。”だめだ、こりゃ”。だからぼくは次、いってみよう、って。おかげで患者さんは夕食までに抗癌剤が終わらなくて、ベッドテーブルの上に置かれた食事を見せられながら点滴になってしまった。おみおつけは冷たくなるし、ご飯は冷たくなるし、最低の夕食だったと思うよ」
きょうは残念ながら、夕食後に行われる、アフターコンサートの練習には出られなかった。
一時退院の患者さんが大挙して戻ってくる。そうなると担当医師は自分の担当患者さんの巡回診察をして、退院中はどういう生活で、具合はどうだったかを訊き出して、電子カルテに記入しなければならない。一週間のうちで一番、病棟が活気付く日だから。
いくら、街を挙げての行事に参加するとはいえ、アマチュアであって、自分のこなさなければならない仕事をほったらかすわけには行かない。
ちょうど、先週土曜に夕食を摂ってから24時間を経過して初めて断食が明けるわけで、オーケストラの夕食時間だとまだ断食時間中だったし、夕食前に失礼させてもらった。
患者さんはみんな元気に戻ってきてくれた。
巡回の最後の一人が終わる頃にちょうど午後9時の消灯時間となる。
巡回が順調にいった証拠だ。
時間配分をきちんとしないとか、患者さんと相撲やプロ野球の話をしたりしてると、巡回中にいきなり電気が消える。
きょうの彼と宇野看護師のコンビみたいにね。
彼は宇野看護師にパーカッションの話をしたら、きっぱりと断られた。
「わたしは今週、準夜勤だから、午後は十分に睡眠をとらないと仕事に響くから」
寝ても寝なくても、十分仕事に響いてるだろうが。彼は聴こえないようにこっそりとつぶやいた。
きょうから深夜に入る、彼のチームの新人、安積看護師にも同じ話をした。
「なつかしいですね。わたしは中高6年間毎年出場してましたよ、吹奏楽部でパーカッションだったから。深夜勤だから何も支障はないと思います。午前中に集合だから、それまで寝て、アフターコンサートが終わるのは、午後7時前ですよね。それから帰って午後10時まで仮眠を軽く摂って、午後11時までに出勤すればいいんですけど、わたしでいいですか?一応、パーカッションならどのパートの譜面も初見でいけるとは思いますけど。睡眠は心配しないでください。眠れる時間を見つければいいだけですから」
「明日から、午後6時に集合してリハーサルがあるんだけど、それに出るのが無理ー」
「じゃないですよ。どこへ行けばいいんですか」
「ぼくらも行くから後ろからついてきて。5条通りの」
「ああ、あそこか。看護学校の同期で勤務してる子が2人います。外来ですけどね。だけど、まさかまた出場できるとは思いませんでした。ハンチョウのチームに入れてもらえてよかった」
この子っていつも、ベテランみたいな自信を見せるんだよね。
ベテランの域に入った看護師って、自分の睡眠時間を自由に操ることができる。
彼女はそれをやるという。
できるかどうか、楽しみだね。
わたしのチームからも出したい。
彼には負けない。
午後を少しまわった時間からのため、いきなり病院の屋上で、実際に隊列を組んでの行進の練習だ。
この団体の正式な人数が発表された。
198名。
この病院の院長は参加団体の中で最大の人数だと言った。
彼はそれをあっさりと否定した。
2番目の大きさの団体だと。
彼とわたしに最初にオファーがきた吹奏楽OB,OGの団体が204名で最大だったが、2人抜けたから202名で最大だと。
子供たちだからこそ、本当のことを教えるべきだ、というのが彼の主張だった。
開会式で、最も大規模な団体は紹介され、表彰される。
本番に入ってからいきなり聴かされたほうがショックは大きい。
彼はメンバーに向かって言った。
「団体の人数が多ければいいってわけじゃない。多いためにまとまりを欠いて、だらけた演奏になる場合もある。人数が少なければ少ないなりできちんと音を出したほうが、沿道で聴いている人々にはうまく聴こえる。1人1人がやるべきことをしっかりとやれば、いい音楽になる。団体が大きくなると、さぼろうとして音を出さなかったり、隊列を乱す奴が必ずいる。ぼくが去年までいた団体がそうだった。自分のやるべきことをちゃんとやろう。でも無理はしないこと。ぼくらはこれがマーチング・デビューだ。本番から成長を始めるんだ。来年、再来年と少しずつ成長すればそれでいい。おかしなプライドや敵愾心は今すぐに捨てること」
やがて、太陽は沈んで、屋外での練習は終わった。
「いやー、こんなにうまくいくとは思わなかった。デビューからこんなにうまくていいのか」
札幌からこの団体に参加する子供たちを引率してきた医師は言った。
本当に198名がひとつになると恐ろしいほどの音の圧力になる。
普段はまったく違う場所で、違う練習をしている子供たちが見事にひとつになる。
それにもましてPTAが協力的でよく動いているのには驚いた。
「子供の目を見てください。きらきらしてるんですよ。オーケストラに入る前は、あんな目を見たことがなかった。そういうときの子供って、常に親の目を気にして言いたいことも言わないんです。親に心配をかけたくないっていうのがわかるんですよ。それだけにつらくて。でもオーケストラに入ってからは、何でもよく話してくれるし、違う人間になったみたいで。いよいよ最高の舞台へのデビューですから、親は出来る限りのことをやってやらないと。近所で自慢できますからね」
土曜日曜が練習日だから(明日からは午後6時から9時までだけど)夫婦でついてくるんだよね。きょうは父親たちは院長と、団体名のプラカード作りに熱中していた。
ひとつの団体だけれども2つの団体が合わさっているわけだから、それぞれの団体名のプラカードが必要となる。
父親たちが、まるで少年のように腕をまくってペンキだらけの手をして。
服院長謙理事長はもう1枚プラカードを作るように院長に指示を出した。
この夫婦は極度のカカア天下だから、院長は絶対に逆らわない。
3枚目のプラカードは、わたしと彼のためのもの。
違う病院から入ってもらっているんだから、病院名をきちんとプラカードに書かなければ、副院長の気がすまないという。
院長は苦労して書いてくれたが、いきなり副院長に怒鳴られた。
病院名が、間違ってはいないんだけど、古い病院名だったからだ。
独立法人 道北病院。
確かに2007年まではそういう病院名だった。
でも、小泉改革の目玉のひとつである独立法人の解体で、名前が変わり、スタッフはみな、みなし公務員となった。自衛官・警察官と同じ立場。
国立病院機構 旭川医療センター。
それが今のわたしたちの病院の名称だ。
副院長は、院長がとんでもないミスを起こしたために、プラカードで何度も殴り、最後に、他の病院の名前もわからないのなら医師を辞めてしまえと迫った。
プラカードが、わたしでいうとT-FALのフライパンだから、どこも夫婦って一緒なんだ。
子供が出場するからといって、どこの家庭でも、ハンディカムを最新式のものに買い換えたという。ハイビジョンで録画したい、それだけで買い換えるとは。
いくらヤマダ電機がセールをしていて安いといっても、バナナと比べたら高いよ。
ジャパネットたかたでさえ、39800円では出たことがない。
BSデジタルだったかCSだったかは忘れたけど、自分の会社のチャンネルを持っていて、24時間テレビショッピングを流してる。
仕事で疲れたときに、あの元気な声を聴くと、たちまち疲れが飛ぶから、ほとんど毎日観てるけど、39800円でハイビジョン撮影のできるハンディカムはない。デジカメの動画の画素数の多いものならわかるけどね。早くから買って、本番にミスをしないように十分試し撮影を繰り返して本番に臨む。
喜んでるのは子供なのか親なのかわからないよ。
普段のオーケストラで弦楽器を担当している子は、すべてパーカッションに回されていた。
マーチングの肝はパーカッションだから多ければ多いほどいい音楽になる。意外とパーカッションの音って小さいんだよね。だから管楽器に潰されてしまう。それで半端じゃない数をパーカッションに入れる。
バンドディレクターの彼に言わせると、まだパーカッションが欲しいという。
「パーカッションはそんなに複雑じゃないから、今から、毎晩の練習に出てもらえば、未経験者でも使える。ウチの看護師で誰かなんとかならないかな。いくらでも頭は下げるよ。でも、看護師寮は男子禁制だから、頼みにいけない」
それはわたしが引き受けてもいいよ
でも、勤務のローテーションがあるから、まずはそれを見て絞り込んでから、頼みに行く
「もう、いい。たとえそれが宇野でも頭を下げるよ」
宇野ちゃんはすごい看護師だよ
病棟で一番いい人だからね
この前も、抗癌剤の点滴の針を入れるのに、わたしのチームの紺野看護師が、血管が見つからなくて、人間血管探知機さんはローテーションで出勤前だし、彼女ならって宇野ちゃんに頼んだら、すぐに飛んできて、血管に針を入れてくれたし
「その時はこっちも抗癌剤の点滴の針を入れる直前で、血管を見つけてさあ針を入れるってとこで、ほったらかして行っちゃったんだから。患者さんはつぶやいた。”だめだ、こりゃ”。だからぼくは次、いってみよう、って。おかげで患者さんは夕食までに抗癌剤が終わらなくて、ベッドテーブルの上に置かれた食事を見せられながら点滴になってしまった。おみおつけは冷たくなるし、ご飯は冷たくなるし、最低の夕食だったと思うよ」
きょうは残念ながら、夕食後に行われる、アフターコンサートの練習には出られなかった。
一時退院の患者さんが大挙して戻ってくる。そうなると担当医師は自分の担当患者さんの巡回診察をして、退院中はどういう生活で、具合はどうだったかを訊き出して、電子カルテに記入しなければならない。一週間のうちで一番、病棟が活気付く日だから。
いくら、街を挙げての行事に参加するとはいえ、アマチュアであって、自分のこなさなければならない仕事をほったらかすわけには行かない。
ちょうど、先週土曜に夕食を摂ってから24時間を経過して初めて断食が明けるわけで、オーケストラの夕食時間だとまだ断食時間中だったし、夕食前に失礼させてもらった。
患者さんはみんな元気に戻ってきてくれた。
巡回の最後の一人が終わる頃にちょうど午後9時の消灯時間となる。
巡回が順調にいった証拠だ。
時間配分をきちんとしないとか、患者さんと相撲やプロ野球の話をしたりしてると、巡回中にいきなり電気が消える。
きょうの彼と宇野看護師のコンビみたいにね。
彼は宇野看護師にパーカッションの話をしたら、きっぱりと断られた。
「わたしは今週、準夜勤だから、午後は十分に睡眠をとらないと仕事に響くから」
寝ても寝なくても、十分仕事に響いてるだろうが。彼は聴こえないようにこっそりとつぶやいた。
きょうから深夜に入る、彼のチームの新人、安積看護師にも同じ話をした。
「なつかしいですね。わたしは中高6年間毎年出場してましたよ、吹奏楽部でパーカッションだったから。深夜勤だから何も支障はないと思います。午前中に集合だから、それまで寝て、アフターコンサートが終わるのは、午後7時前ですよね。それから帰って午後10時まで仮眠を軽く摂って、午後11時までに出勤すればいいんですけど、わたしでいいですか?一応、パーカッションならどのパートの譜面も初見でいけるとは思いますけど。睡眠は心配しないでください。眠れる時間を見つければいいだけですから」
「明日から、午後6時に集合してリハーサルがあるんだけど、それに出るのが無理ー」
「じゃないですよ。どこへ行けばいいんですか」
「ぼくらも行くから後ろからついてきて。5条通りの」
「ああ、あそこか。看護学校の同期で勤務してる子が2人います。外来ですけどね。だけど、まさかまた出場できるとは思いませんでした。ハンチョウのチームに入れてもらえてよかった」
この子っていつも、ベテランみたいな自信を見せるんだよね。
ベテランの域に入った看護師って、自分の睡眠時間を自由に操ることができる。
彼女はそれをやるという。
できるかどうか、楽しみだね。
わたしのチームからも出したい。
彼には負けない。