きょうも平穏無事な一日だ。
 担当患者さんの外出届が家族から出された。
 午前10時から1時間。
 ダイイチやドンキを見てきたいという。
 わたしはOKを出した。
 外は快晴。気温は20℃。
 散歩にはいい気候だ。
 病室にばかりいないで、たまには外に出ないと元気が出ないからね。
 ダイイチは車椅子が店頭に、買い物籠と一緒に並んでいるし、ドンキも1階は隅々まで車椅子移動ができる。2階も、それぞれの売り場の棚のところまで行かずに、通路から売り場を眺めるだけなら車椅子で十分。
 患者さんの乗った車椅子を奥さんが押して、エレベーターに消えた。
 いつもは平気で歩いて院内コンビニに行ったり、食堂に行ったりするのに、車椅子か。甘えたい時もあるよ。
 「先生、きのうは寒くて毛布を重ねてたけど、きょうはこの暑さだ、なんでこんなことになるんだろうね」
 どう説明すればいいんだろう。
 わたしも訊きたいくらいだよ。
 かといって、眉間に皺を作ってCTに夢中になってる奴はメカニズムを知っているだろうが、専門的過ぎて患者さんに理解できないだろうし。
 「そうですねー。東京の永田町というところに、日ごろの行いが悪い人たちがたくさんいるから、かな」
 「やっぱりそうか。福祉のための増税だなんて言いながら、実は軍事費にまわすための増税だからな。じゃあ、行ってくるよ」
 社会福祉のための増税は表向きで、軍事費のための増税・・・・・・うそでしょ。
 アネさんと話をしていたガンバと入れ違いに、スタッフステーションに入った。
 「ああ、新しい患者さんのデータは一通り読ませてもらった。オペは引き受けるよ。でも優先的にというわけにはいかない。もっと状況の悪い患者さんがいるからね。でも、あまり腫瘍が肥大しないうちに摘出したい。患者さんにとっても優しいオペになるからね」
 よかったー。患者さんの家族に説明してしまったんだよね、実は。
 オペで腫瘍を摘出するので余命宣告はしません、って。
 患者さんの旦那さんが、厚労省指針を知っていて、オペはできないはずだ、と言った。
 市立病院できっぱりと言われたって。
 それで、市立病院は長期療養型病床病院ではないから、ここに回されてきた。
 長期療養型病床病院とは、簡単に言うと、1ヶ月以上の入院加療が許される病院。
 今は、原則として1ヶ月以下、25日間の入院が望ましいとされていて、長期療養型病床病院に空きがない場合は25日間で1度退院して、2週間のブランクを空けての再入院となる。ウチは国立だから長期療養型病床許可が出てるけど、一般の病院では申請しても許可はごくわずかしか降りない。
 要するに医療費の国の負担(社保、国保、共済、保険種類は違っても何割かは国が負担しているわけだから)が大きくなって財政を圧迫しているから、入院を短期にしたり、いい加減な治療で済ませたりすることが義務付けられている。
 もちろん、金持ちと政治家は別だよ。
 小市民にのみ適用されてる。

 訊きたいことを訊いてみよう。
 先週、延々とやっていた社会福祉と税の一体改革論議だけどね
 あれはほんとうに社会福祉目的のための増税なの?
 軍事費だ、って言う人もいるんだけど
 「あれは・・・・・・」
 彼の顔色が変わった。
 「野田のバカが口を滑らせるから」
 どうなの?
 「軍事費だよ。時期主力戦闘機を配備するのに使われる。ラプターは高性能でおまけに小型で空中機動性には優れてる。だけど高いからね」
 戦闘機なんか買ってどうするの?
 日本は訓練でしか使えないでしょ
 「スクランブルはものすごいよ」
 今だってスクランブルには対応してるんでしょ
 じゃあ必要ないよ
 「北が何をしでかすかわからないし、アメリカに頼りっきりっていうのもね」
 でも、アメリカには対価を払ってるでしょ
 米軍の基地の敷地面積を全部合わせるとものすごいよ
 それも賃料はタダどころか、貸してる方が維持費用を負担してるんでしょ
 「だけど軍事費のための増税だといったら国民がうるさいから。ぼくだって社会福祉に使って欲しいと思ってるよ。北を挑発して先に手を出させると、こっちは北を叩くことができる。中国だって同じだよ。それも視野に入れての軍事費の増が必要なんだろう。ぼくは北を叩くことも中国を叩くことも望んではいない。必ず市民に犠牲が出るからね。ぼくは中国人が好きだし北の市民も嫌いじゃない。ただ、上に立つ連中をなんとか潰して市民が言いたいことを言える国にしたいだけだ。一番潰したいのは、何でも社会福祉にかこつけて増税したものをこっそりと他にまわすこの国の政治家たちだ」
 じゃあ、戦闘機は買わなくてもいいの?
 「ぼくは自衛官じゃないし防衛省関係の人間じゃないからどうでもいい。ただし軍事費に充てるなら、国民に対してきちんと説明をしてからにすべきだ」
 じゃあ、今度の増税は社会福祉に使ってもらうことに賛成でいい?
 彼は頷いた。
 
 スタッフステーションの電話が鳴った。
 即、アネさんが取る。
 「あー事務長・・・・・・ウチで?・・・・・・あー末期か。とりあえずは個室1つは万が一のために確保してある・・・・・・ドクターズ・ヘリで搬送だな。よし受け入れ態勢は整える。屋上のヘリポートでスタッフを待たせておく」
 アネさんは電話を切った。
 わたしだよね。
 この病棟でドクターズ・ヘリでの応急処置ができる資格を持っているのはわたしだけだから。
 看護師では佐橋看護師と紺野看護師。紺野看護師が昼間の勤務だから、コンビでいくことになる。
 「志村、奥尻で末期肺癌患者さんだ。胸の激しい痛みを訴えてる。診療所の医師では手に負えないからドクターズ・ヘリで搬送だ」
 奥尻だと札幌のがんセンターで
 「潰れたでしょ。今はものすごく規模が小さくなってるから無理だよ、多分」
 そうだった。医療費を使いすぎるって、国が潰して、小規模診療所にしたんだった。
 小泉改革の犠牲。
 わたしは紺野看護師と準備を始めた。
 「巡回はまかせておけ。電子カルテの記入もきちんとしておくから。あと、個別の患者さんで気をつけることは?」
 総合診療科だから何でもいいけど、ない。
 適当にボケてくれる、全員に
 「いいよ。怪我をしない程度でボケるから。搬送が済んだらぼくの出番だから、よろしく」
 アネさんと彼は屋上まで送ってくれた。
 ヘリが降下してくる。
 アネさんはパイロットに行き先を告げている。
 突然、パイロットの胸倉をつかんだ。
 ヘリの後部に乗ったわたしと紺野看護師はインカムをつけた。
 聴こえてきたのはアネさんの怒号。
 「奥尻まで片道しか飛べないってどういうことだ、おいっ!」
 片道?
 「燃料がないんです。今年の予算は7月以降からしか使えないし、去年の残りはタンクの中だけで」
 「なんとかしろ!」
 「できないものはできません!」
 わたしは手招きで彼を呼び、ヘリの後部扉のところでインカムを渡した。
 しばらく黙って聴いていた彼は、ため息をひとつつくと、わたしにインカムを返し、屋上から消えた。
 数分後、戻ってきた彼はGスーツとかいう、戦闘機や戦闘ヘリのパイロットが着る服を着ていた。
 アネさんの手を引き、屋上の隅に連れて行って何やら話している。
 アネさんは戻ってきて、パイロットに言った。
 「降りろ。ウチの病院の専属パイロットがいる。ソマリアやイラクの戦場でヘリを飛ばしていた奴だ。片道分の燃料で往復飛ばせる自信があると言っているから奴に賭けてみる」
 「片道分で往復なんか無理だ」
 「時は一刻を争うんだ。降りろ!もし、燃料が切れて途中で墜落したら、ヘリは弁償してやる」
 パイロットはおとなしく降りた。
 代わりに彼が乗り込む。
 「準備はいいかい。上昇するよ」
 インカムから彼の声が聞こえる。
 「いいけど、片道分の燃料で往復なんて」
 「日本の戦闘機は燃料で飛ぶんじゃない。武士道精神で飛ぶんだ。ぼくの遠い親戚に当たる、ゼロ戦の撃墜王が残した言葉だ。まかせておけ。このヘリにはバーストモードがある。ジェットヘリみたいだね。せっかくあるものは使わないと損だ」
 「燃料の無駄遣いは」
 「大丈夫だって。だまって送られてきたFAXで患者さんの状態を把握してろよ」
 彼はローターからジェットエンジンに切り替え、一路、奥尻島をめざした、と言いたいが、彼が目指したのは別の場所だった。
 米海軍の空母。
 どうして北海道の近海に?
 イージスを二隻従えてる。
 「Emagensy Call Emagensy call This is 911」
 彼は交信を始めた。
 「OK,Thanks」
 彼はローターに切り替え、速度を空母に軽く合わせ、着艦デッキにヘリを下ろした。
 途端に太いホースを抱えた米兵がデッキに出てきて、ヘリの給油口につなぐ。
 彼はヘリから飛び出し、デッキに出てきた、白い半袖姿のアメリカ人に敬礼をした。
 相手も返礼する。そしてしっかりと握手。
 ヘリに戻ってきた。
 「命を救えることに協力できることに感謝する、ってさ」
 誰、あの人?
 「この空母の艦長。イラクで一緒に戦った戦友だ。北の暴発に備えてこの海域に派遣されてる。防衛省の一部しか知らないことだ。ここでの出来事は秘密にして欲しい」
 とにかく、患者さんが助かるなら全てを忘れるわ
 「I pray the God,Canserness,take your team Sir,」
 給油をしてくれた米兵が、彼のいる操縦席に向かって呼びかけた。
 「Thankyou,Mr Sergent」
 彼はヘリのエンジンをかけ、再び空へと舞い上がった。
 艦長以下がデッキに整列し、見えなくなるまで制帽を振ってくれていた。
 これが武士道精神のからくり?
 「からくりはないよ。ぼくは米海軍の給油は受けてない。一路奥尻に向けて飛んでるだけだ。いや、給油のことは忘れろとは言わない。胸にしまっておいてほしい。これはOpereition TOMODACHIの一環だ。しっかりとハーネスを閉めて。バースト・モードに入る」
 目的地をはるか遠く飛び越えてから引き返す。これが初めてのドクターズ・ヘリとなるだろう。

 学校のグラウンドに石灰で描かれた臨時へリポートに降り、救急車から患者さんを引き継いだ。
 そして再びローターで上昇、一定の高度でバースト・モードに切り替える。
 「ハンチョウ、痛み止めは何番で」
 紺野看護師が訊く。
 「痛みを完全に取り除けないだろうけど6番にして。帰ってからの処置のこともあるから」
 パイロットでありながら、緩和ケアまで考える余裕は戦場で身につけたんだろうか?。
 
 元、全米最強の特殊部隊少尉のおかげで、ヘリは無事にウチの病院のヘリポートに降りることができた。
 「よく帰ってきてくれた。ハンチョウ、ありがとう」
 アネさんはヘリから降りた彼の手をしっかりと握った。
 「志村も紺野も本当によくやってくれた。3人ともゆっくりと休め」
 休め?。
 「ほら見ろ、往復できただろうが。おまえの飛ばし方が悪いんだよ」
 ヘリのパイロットは操縦席にもぐり込んで、言った。
 「おかしい。こんなことがあるはずはないんだ。燃料がまったく減ってない」
 「見間違えてんだろう。そんな馬鹿なことがあるか」
 「いや、空港を飛び立った時から一滴も減っていない」
 「だったら、どうやって飛べるんだよ。風任せの紙飛行機か。ハンチョウ、こいつが言ってることは本当か?そんなことがあるわけないよな」
 彼はくすっと笑ってから言った。
 「日本の戦闘機は燃料で飛ぶのではない。武士道精神で飛ぶのである。ぼくの遠い親戚が残した言葉です。彼はゼロ戦の撃墜王と言われ、燃料がゼロの状態で空戦を終えて基地まで20000kmを飛んで生還した。ぼくは武士道精神で飛びました。だから燃料は減ってなくて当然です」
 そこまで言うか。
 悪ノリもいい加減にしないと。
 「よし、患者さんはストレッチャーに移したな。もう役目は終わった。早く空港へ帰れ。次の出動があるかもしれないだろう」
 「さて、白衣に着替えて処置に入りますか」
 「ハンチョウ、つい今しがた私はなんて言った?」
 アネさんは彼に訊いた。
 「ゆっくりと休め」
 「わかってんならなんで白衣が出て来るんだよ。ストレッチャーを見ろ」
 看護師長と副師長が引いてる。
 すごい。オールスター・キャスト。
 「ハンチョウが来てからカッコいいところは全部持っていかれたんだ、私は。これでも医長だぞ。ハンチョウの目には私が何に映る?」
 立派な医師です
 「だろう。看護師長も副師長も、最近はハンチョウの影響で若い看護師や新人看護師までが競って、ベテランの見せ場を奪いやがる。この患者さんは私たち三人の患者さんだ。いいか、おまえらには指一本触れさせないからな、頭に叩き込んでおけ。私だってまだまだ現役だ。それがスーパーマリオで1日を過ごすしかできない。この屈辱はおまえらにはわからないだろう」
 そういい残して3人は去っていった。
 「プライドを傷つけていたようですね、志村さん」
 彼が言う。
 この病棟にもスリーアミーゴズがいたんですね
 「みたいですね。お任せしましょうか」
 そうですね
 「あっ、流れ星」
 紺野看護師がつぶやいた。
 「あの速さは星じゃなくて人工衛星だよ。一晩にだいたい、少ない時で12個、多いときだと50個を越えて落ちてる。本物の流れ星はゆっくりと流れていく。地球の軌道上には何十万という人工衛星があるんだ。その99%は軍事目的。今じゃ当たり前になっているカーナビが使うGPSももともと軍事目的のものだからね。悲しいことだけど、人類の歴史から戦争が消えることはない。あるとすれば、宗教がひとつになった時だな。そんなことはありえないけれど」
 
 きょうの一件で、わたしの米軍に対する見方が変わった。
 高校のときは、米軍基地が日本にあるから、日本はいつか戦争に巻き込まれる。
 そう、教わった。
 沖縄では海兵隊の隊員によるレイプがあったり、何かと事件を起こす米兵がいる。
 ニュースではそこだけを切り取るから、米軍は無法者で極悪だというイメージが全国の市民に植えつけられる。
 事件を起こすのはほんの一部の人間なんだ。
 大半は、きょうのように突然の、自分たちとは何の関係もない病人輸送ヘリのヘルプに答えてくれるような寛大な人々で、日本に溶け込もうと努力している。艦長までがデッキで見送ってくれた。
 まあ、これが誰でもそうかと言えば、違うだろうけど。
 民間のヘリが降りれば給油してくれるようなことはないかもしれない。
 彼が、その存在が一般人には隠されている米軍最強の特殊部隊、第160特殊航空連隊SOARの少尉だったからだよ。
 でも、東日本大震災の時は、行方不明者の捜索から救助、瓦礫の撤去まで引き受けてくれたでしょ。
 彼らも軍人である前に人間なんだよ。
 日本人とのフレンドシップを望んでるんだ。

 患者さんは、アネさんがERで緊急オペを行って、腫瘍を摘出した。
 あとはしばらく入院してもらって、退院したら、奥尻島から瀬棚という北海道側の街にフェリーで1時間弱かけて渡ってもらって、函館か札幌の病院で検査を続けてもらえばいい。

 彼はネット経由で、空母に患者さんの腫瘍が摘出できたこと、術後が元気であることを伝えた。
 空母の艦長から、すぐに、「患者さんのために祝杯をあげる」とのメッセージが帰ってきた。
 それがフレンドシップだよ。

 でもねー、患者さんの前で身体を張ってボケては病棟を明るくしてる男が、公表されている中では米軍最強の特殊部隊だといわれている、海軍のSEALSが投げ出した後に極秘裏に投入されていく特殊部隊の少尉だったんだから。
 第160特殊航空連隊SOARは、リドリー・スコット監督の映画「ブラックホーク・ダウン」でその存在を世間に明かされたが、ペンタゴンでは現在でも、あれは映画の中の架空の部隊であると言い張っている。
 SOARの隊員は家族のいない者が選ばれる。
 他の部隊が介入して引っ掻き回すだけかき回してどうにもならなくなって手を引いた後投入されるため、混乱の中を戦わなければならない。ということは戦死する確率が半端じゃないから。死んでも悲しむ者がいないことが最低条件。
 イラクでサダム・フセインを処刑して本国に戻った彼は、遊びのつもりで、新聞を賑わしていた連続爆弾魔を、臨床心理学で分析して真犯人にたどりつき、FBIに連絡したために、その能力が買われて、軍とFBIとの密談で、表向きには軍機違反で軍を追われたことにして、FBIがスカウトし、行動科学班という、臨床心理学を基にしたプロファイリングという手法で、未解決のシリアル・キラー(連続殺人犯)を追うことになった。2005年、母親の異変に気づいた彼はFBIを辞職して帰国し、母親を失くした。その後、再渡米してハーバード大で医学を学び、ニューヨークの、瀕死のジョン・レノンが担ぎ込まれた病院で研修医として過ごし、そのまま病院に残るが、彼をニューヨークに呼んだ叔母を肺癌で亡くしたために、遺骨を抱えて帰国。今度は自分が癌に侵され、ニューヨークの病院を辞職、大腸、胃、そして肺癌でこの病棟にきて、ハーバード卒の医師免許に目をつけた連中にそそのかされ、この病棟に医師として勤務することになった。
 こういうのを激動の人生って言うんだよね。

 うん?
 なんか言った
 あー、夕食まだだよね
 また病院食に逃げられた
 わたしはラーメンがいい
 やっと教えてくれた、鶏ガラとアジの開きベースのスープのとこ
 えー、オーダーストップなんだ
 じゃあ、午前3時までやってる、豚骨こってりでいい
 行く?
 夜食までの時間もあるしね
 きょうは何?
 秘密か
 オペ上がりだからおそらく熊本の銘酒だよ
 高菜のキムチとあわびの肝?
 それは食べ物なわけ
 あわびの肝
 韓国料理なんだ、あわびの肝って
 きょうは韓国か
 違うの
 3人のお通しか
 キムチはKARAのスンヨンに教えてもらったんでしょ
 やっぱりね
 きょうの夜食は明日の記事にするよ


 すみません、夕食に行ってきます。