「あー、乗ってみたいなー」
きのうの夜食会は、アネさんのため息交じりの一言から始まった。
「だけど、わたしなんかの階級じゃ無理だな、うん、空想だけだ」
「そんなことはありませんよ」
彼は答える。
「身分階級など関係はございません。それが英国が誇るクイーンエリザベスⅡ世号のモットーですから」
「じゃあ、わたしでも乗船資格はあるんだ。世界一周クルーズができるんだ」
「ええ。もちろん」
「でも、数十億円の船賃が必要なんだろう?」
「だったら、乗客は全員サウジかドバイの王族か貴族になります。日本人の乗客も数知れないほどいるんですよ」
「じゃあ、何億くらいか?」
「最低限1250万円で世界一周クルーズが可能でした」
「でした? 値上げか、市内バスみたいに」
「退役です。もう10年近く前に。ですが、2007年に後継となる客船を建造しています」
「進水すれば乗れるわけか」
彼は頷いた。
「さすが女王の名がついただけあって優美だよな、細身でありながら威厳がある」
前院長はずっと見入ってしまった。
「クイーンエリザベスⅡの、女王の名はクイーンエリザベスのみで、Ⅱ世とはクイーンエリザベスと名前のついた二代目の船だという意味です。優美に見えるのは、7万tクラスながら全幅32mしかないからです。それがスマートさを強調しているんですね。でも、優美さを出すために細身に設計されたんではないんですよ。単にスエズ運河を通過しなければいけないから、というだけで。正式名称は”RMSクイーンエリザベスⅡ”。RMSとはRoyal Mail Service、つまり郵便物輸送船という意味で、この称号を持つ船こそ一流の証。タイタニックもこのRMSの冠がつけられていました」
「日本に停泊して大ブームになったことがあったよな。東京スカイツリーよりもしつこく、連日TVをつければクイーンエリザベスⅡだよ。それから、確か、フォークランド紛争の時にはイギリス海軍が船会社からチャーターして、兵員輸送に使ったはずだ。それも船体に万が一のことがあればとんでもないことになるということで戦闘域には近づけない、いわば後方支援で」
前院長も山以外の知識があるんだ。
「でも、やはり直接的ではありませんが、船体に傷がついたために、改装を受けて、ついでに客室を増やしました。それで7万tクラスに。ごめんなさい、できあがったようなので、調理に」
「退職金で乗れるな。よし、そう思えば元気も出るってもんだ」
「残念だな。働いて働いて働きすぎても働いて、病棟の廊下にぶっ倒れたままあの世へ行くんだろ」
前院長はアネさんに言った。
「それは・・・・・・私の特技は死んだ振りだから、生きてここから出ることなんか簡単だ」
「医者に死んだふりは通用しないぞ。ましてやここのスタッフにはな。対肺癌の精鋭部隊だからな」
「さあ、できました。きょうはおいなりさんを作ってみました」
彼が大きなオードブル皿を抱えて看護師休憩室から出てきた。
「ハンチョウにしちゃオーソドックスだな」
アネさんはつぶやいたのを、彼はくすっと笑った。
何か絶対に仕掛けがある。
「オーソドックス大いに結構」
みんなは皿に手を出して、ひとつつまんだ。
「あっ、なんかシャリッとしたものがある」
人間血管探知機の看護師さんは何度も噛み閉めている。
「ガリだわ、これは」
「正解です。千切りにしたガリをシャリに混ぜてみたんですよ」
「一筋縄じゃいかないやつだ」
「でなければ、おまえの部下は務まらん」
前院長はアネさんに言った。
佐橋看護師もすっかり元気を取り戻し、小皿にとっては食べていた。
彼女も、わたしたちの部屋で泣きたいだけ泣かせた。
白バイに先導された往診で亡くなったのは、彼女を一番可愛がってくれていた患者さんで、担当看護師でもあったから。
僕の胸で泣いてもいいよ、なんて彼が彼女に言おうものなら、このおいなりさんは存在しない。
でも、彼は泣いている佐橋看護師に、こう言った。
「プロテスタントのぼくが、仏教の話をするのはおかしいかもしれないけど、寺の血も引いているから、あえてさせてもらうよ。 あの患者さんは亡くなってはいない。もちろん肉体的には骨になってお墓の中に入れられる。でも、死んでないんだ。人間は死んだように見えても、きょうから50年間はこの世にいる。ぼくらには見えないだけで、僧侶の修行を積むと見えるんだよね。いわば、透明人間だ。だから、患者さんは50年間ずっと佐橋さんの後ろにいて、きみを守ってくれているんだ。可愛がれば可愛がるほど情が移って離れられなくなる。佐橋さんに何かあれば、どんなことからも絶対に守ってくれるんだ。ぼくの後ろにいるのは海軍士官だから、守る=戦争って物騒なことになりかねないけど、まあ、仕方ない。母親もいるけど、こっちはあまり歓迎しない。恐らくいまだに、ぼくをクラシックの道か音楽教諭のレールに入れるチャンスを狙ってるからね。患者さんの奥さんに聴いたけど、患者さんはいつも佐橋さんのことを奥さんに話してたそうだ。元気で明るくていい看護師さんだ、って。交通事故で亡くなった実の娘さんだと思っていたんだって。紺野看護師を目の前において佐橋さんの話ばっかりで、なんかちょっと紺野さんがかわいそうなくらいだった。泣きたいだけ泣いたら、笑顔でいつものおやじキラーに戻ろう。じゃないと、後ろの患者さんが心配するよ」
まもなく佐橋看護師は泣き止んだ。
そして、彼に、ありがとうございました、とぺこっとおじぎをした。部屋の扉の手すりに手をかけた佐橋看護師に、彼は言った。
「メイク、点検した方がいいよ」
「佐橋はいつもすっぴんです」
ざまあみろ。
「このお揚げ、しょっぱくなくていいわね、自分で煮たの?」看護師長が訊いた。
「はい。今は味のついたお揚げもあるから、パックごとお湯に入れて煮たら楽なんですけどね」
「いや、あれはしょっぱくて、脂ぎってて、おいなりさんよりお茶でお腹が膨れるわ」
人間血管探知機。
「ですよね。便利でいいんですけど、便利さゆえのリスクはね。このお揚げは、まず1枚を半切にして沸騰したお湯で10分煮込んで油を徹底的に抜いてやったんです。で十分水切りをして、だしで味付けを」
「だし?」
「鰹節を惜しげもなく入れてさっと5分ほど煮るんです。あまり長い時間だとえぐみが出ますから。そしてうすくち醤油を入れて今度は10分間。この時間がいちばんまろやかな味が出るんです。煮すぎればしょっぱくなるんで。あとは一切、砂糖も塩も化学調味料も入れてません。ウチに代々伝わるやり方なんです。しゃりも炊く前にお酢以外の調味料は入れて、炊き上がりに自然に味がつくようにするんです。お米1粒1粒に味がつきますからね。寿司酢を混ぜて炊き上がりにかけると寿司酢を作る手間がありますから、自然に炊飯器が調味料を混ぜてくれるという時間短縮術です。お酢は山吹のみで」
「山吹って、確かこの街の名産じゃなかった?キッコーニホンの醤油と山吹は皇室におさめられているはずじゃなかったかな」
さすがは看護師長。
「みたいですよね。きょうの醤油はキッコーニホンですよ。いつもそうです。皇室がどうってことじゃなくて、地産池消で。キッコーの今の常務が高校の同級生で、全部業務用になるから、おめーに買わせるしょうゆはねえって言われて、大喧嘩になって、社長が父親ですから、友達なんだから、そんなことは言うな、皇室だろうが一個人だろうがお客様に変わりはない、って言ってくれて、1度に1斗缶1つでもいいよということで。山吹はスーパーで買ってます」
「山吹って他のお酢より高いでしょう。あれだけは絶対にどこのスーパーも売り出しに出さないから」
「でも、高いだけの味なんで。まろやかさがあるんですよね。おそらく隣町のお米で醸造してるんだと思いますが。隣町の農家に知り合いがいて、訊きだしてやろうとしたら、危うく口からでかかったんですが、先代が出てきて慌てて止めたんで、多分」
「このレシピ、教えてもらうわけには行かないでしょうね」
「いいですよ。別に減るものじゃないですから。きょうのお揚げは、運動会のおかげでスーパーはどこも品切れで普通のお揚げですが、いなり用という半切にするだけで、中がしゃりを詰めるようにあらかじめ空洞になっているものがあるんです。2、3円高いですけど便利ですよ。しゃりを入れるための空洞を作る時に破れるんですよね。それとしゃりの詰めすぎ。きょうのは握りのときのシャリ玉と同じ量にしたんで、予備も用意したんですけど、全部成功しました。その分増えてます。今、メモをしてきますね」
彼はスタッフ・ステーションから出て、部屋に行き、しばらくして戻ってきた。
手には2枚のラミネートした紙を持っている。
「これに全部書いてありますから」
「だけど、なんで油揚げに寿司飯を詰めたのをいなりって言うんだろうな」
前院長の素朴な疑問。
考えてみると不思議だけど、考えたことはない。
わたしが生まれたときから、これはいなり寿司だったから。
「それは、ぼくも考えたことはないですね。稲荷神社って狐を祭ったお神社さんにお供えするからかとは」
「うん、そこなんだよ。稲荷神社にお供えするからいなりで問題はないんだ。でも、どうして油揚げの中に寿司飯を詰めたものじゃなきゃダメなのか、なんだ。狐が油揚げを食べるんであればわかるけど、狐は油揚げは食べないだろう」
「食べないですよ。ぼくが高校生の頃、道展に出品するための写真を部に提出しなければならなくて、ありきたりのものではおもしろくないんで、冬休みに知床のそばの斜里という町に出かけて、原野に雪で塹壕を掘って、油揚げを、林の中から塹壕の前まで並べて待ちました。するとキタキツネが現れて、いくら待ってもそこから動かないんで、300mm望遠レンズに取り替えてシャッターを切ったんですが、油揚げには見向きもしなかったですから、油揚げが狐の好物ではないと思いますよ。ただ、油揚げって狐色ですから、それかなと思ったり、陰陽道が発祥なのかと思ったり」
「阿部晴明(あべのせいめい)か」
「ええ。伝説によると彼は狐を母に、人間を父に持つと言われてますからね。あっ、また狐に戻った。とにかく機会があれば調べてみます」
これから、デザートがあるという。
超低カロリーでしかもおいしいもの、彼はそれしか明かそうとはしなかった。
出されたのはシュークリームのシューの上にチェリーや黄桃、みかんの缶詰の1房をのせ、熱して溶かした砂糖でコーティングしたものだった。
誰もがそう思った。
見事に彼のマジックに引っかかった。
台座はシューじゃない。
お麩だった。
「棒状のお麩を輪切りにしてシューの代わりにしたんです。お麩はカロリーゼロですし、コーティングの砂糖はグラニュー糖で、黒糖や上白糖から見るとはるかにカロリーが低い。それにお麩はお腹の中で膨れますから、食べ過ぎの心配がない」
「ハンチョウにはやられっぱなしだな。超低カロリーときたか。プロのパティシェでもそこまで頭は行かないぞ」
「メタボリック・シンドロームがこれだけ大きな問題になってますから。でも甘いものを控えろとは言えないでしょう。適当な糖分を摂取しなければならないですよね。人間は、要はバランスであって、甘いものを禁止すればメタボリック・シンドロームにならないかってことです。なりますよね。糖尿病で苦しんでいる患者さんに糖分を禁止できますか」
「死ね!っていうのと同じことだな、それは。ぼくは医師としても言えないな。そこまでクールになりきれない」
チャラがクールになったらチャラじゃなくなるでしょ。
「なんて、かっこのいいことを並べましたけど、これを思いついたのは生活保護費でどうやって生き延びるかという、メタボリックより深刻なことからで」
「なるほどな。厳しいからな、いまどきの生活保護は。憲法第25条に則ってとは言うものの、実際に則っているのは東京都だけだろう。地方自治体は則ってない。その中でも北海道が最低だから」
「どこかの芸人さんの事件で、10%減額になる可能性があるんだろう」
アネさんに前院長が続いた。
「今の1ヶ月の保護費って」
アネさん。
「去年で6万1千260円に住居費実費。ただし上限は2万5千円でした、4月から11月までは。11月は89円の燃料費がついて、12月から燃料費が月269円増額されます」
「公共料金はどんどん値上がりしてるし、第一灯油が1リッター100円を超えてる時代に269円だったら2リッター分で終わりか。月に2リッターの灯油で北海道の冬を乗り切れるわけがないだろう」
アネさんは目を丸くした。
でも、本当なんだよ。
わたしは彼の生活保護費の内訳と全額を書いた「保護決定通知書」という書類を見た。
それが前月の25日過ぎに福祉事務所から送られてくる。
内訳と全額、支給日(基本は毎月1日。でも金融機関やお役所が開かない土日祝祭日だと前日になる)。
一番の問題は4月。
新年度で人事異動があるために1週間支給日が伸びる。
でもその分は3月分に加味されているかというと、いない。つまり1週間は空白となる。
「わかりやすいものをお見せしましょうか」
彼が再びスタッフ・ステーションから消え、ファイルを手に戻ってきた。
「これが、ぼくが受けていた時の通知書です」
彼はデスクに投げ出した。
「見てもいいのか」
「別に恥ずかしいものでもないですから、どうぞ」
みんなは一斉に顔を乗り出した。
「古いものから閉じていってありますから」
「これは上川支庁の保護課のだ。生活費6万260円の住宅扶助2万3千円」
「その時は隣町で、2万3千円の家賃でしたから。JRの60年前に経てた社宅だったときです」
「一時扶助。通院交通費とする。当たり前だよ。この頃も農業高校のそばの皮膚科へ通っていたんだろう」
「ええ。病院は今と同じところに」」
「だったらこの街のJR駅までで往復1200円くらいで。皮膚科は16丁目だから」
「片道なら400円だから800円。通院に2千円ですか」
看護師長。
「で、耳鼻科の場合、この病院の隣のバス停だから、往復400円。精神科は駅から徒歩だからゼロ。おい、計算機で足しても足が出るぞ、これ」
「ええ。通院交通費にも上限がありますから。生活費から持ち出すことにはなりますね。かといって近場のたいしたことのない病院にすると、治療費が無駄だからいい病院に変えろと言われます」
「私、月に1度、必ずここの食堂でラーメンを食べてるハンチョウと会ってました」
佐橋さん、なんでそれを言わないの。
わたしも1Fの食堂を利用してたら、彼に会えたのに。
「月に1度、思い切り贅沢をしようと決めてたので。でも他は千円近いでしょう、いまどきのラーメン店は。450円はここだけでしたから、耳鼻科の帰りに」
今は値上げで500円だけどね。
「おいっ、途中から通院交通費が0になってるぞ」
「その書類の日付の近辺に生活保護を巡って大きな動きがありましたよね。新聞もニュースも一色でしたけど」
「あー、あれだ、滝川の不正受給。2億円の交通費。暴力団員が生活保護を申請して通って、札幌まで公共交通機関に乗れないからといって、タクシーで通院した。だが実は、タクシーの運転手と共謀して領収書を偽造したもので、通院なんかしてなかった」
「そうです。あの事件以後、通院交通費は生活費から支出するように、と法律が変わったんです」
「だけど、通院交通費を生活費から出したら、公共料金を払えるか?」
「払えますよ。食費という項目があるじゃないですか。それを削るんですよ」
「だから41kgになったんだよな、そういえば。こっちは腫瘍を取り残したんじゃないかと思って何度も検査にかけてびくびくしてた。それがつい最近になって、1ヶ月、1日3リットルの水があれば人間は生きていけるんですよ、自分で実験した結果です、だよ」
「確かに雪山で遭難したら、雪を食べて救助を待つのが基本で、1ヶ月以上経って捜索隊が発見したら元気だった、という例はある。でも栄養を摂取しないと、3軒の病院の薬を飲んでたら薬に負けて副作用が強く出るぞ」
「そういうこともありました。睡眠薬で筋弛緩効果が強く出て、匍匐前進で家の中を這いずり回るとか。効果が24時間続くんですよ」
「極端に減ってる時期がある。半年間」
「それは、今までに支払われた通院交通費の返納と、物価高等と、保護費がアンバランスだという申し立てをしたんです。保護法の、受給者の権利の中に”異論がある場合、通知書を受け取り後60日以内に異議を申し立てることができる”という項目があったので。そうしたら逆恨みで、ぼくが毎月ハローワークに通っている日数、以前はハローワークで就職相談をすると、日付印を押してくれたんで、それを提出すると交通費が出るんですけど、その日付印をケースワーカーが偽造して、わざとハローワークの日付印と違うものを押して提出して、ぼくが実際はハローワークに通っていないのに、通っているように見せかけたということにして詐欺罪で刑事告訴したんですよ。まあ、今の警察の上司とはその頃すでに知り合いだったので相談したり、憶えていた有名弁護士さんに相談したら、無料で動いてくれて、刑事告訴のほうは警察できちんと動いて証拠を見つけてくれたんです。ハローワークは厚労省指針で、就職相談をしても、日付印を押さない決まりに変わっていたんです。それを見破られたんで、一種の嫌がらせです」
「躁鬱病で精神科に通院していたのなら、就労禁止を強く医師から言われただろう。それでもハローワークに通っていたのか」
前院長、よく知ってる。
今でも医師として働いてることに対して否定的なことを必ず言われて、それを続けるうちは一生治りません、って言われてるから。
前回、とうとう彼が反論した。
「それで結構です。幸い投薬で症状は軽度ですから。肺癌のほうがはるかに重い」
医師は言ったね。
「わかりました。そこまで言うのなら、医師として就労することを許可しましょう。ただし休める時は休むことが前提です」
「毎回、怒られてました、精神科で。でも、保護の方では就労活動がない場合は保護を認めないという一点張りで。本当はケースワーカーが精神科を訪ねて容態とか日常生活、就労のことまで医師と話し合わなければいけないんですが、それも怠っていて。精神科から連絡を入れると電話を切られるということでした。忙しいから付き合ってられない、って」
「本当にな、上川支庁の連中ってどこの課も高飛車なんだ。道職員だからって威張り腐ってよ。おまえらの給与は、道民がやりくりしてなんとか支払っている税金だろうが、すっかり忘れてやがる」
前院長が怒りをあらわにしてる。
珍しい。金環食並み。
「旭川市に出てきてからは金額はわずかながら上がって、順調みたいだ。でも、燃料費が269円っていうのはどうしても気になるな2リッターだと恐らく1日15分程度暖房を使ったとしても。ハンチョウ、前に住んでたマンションの暖房機は最初から取り付けられてたか?」
「ええ。FF式のファンヒーターでした」
「なら1週間でアウトだな。だけど、よく生きてたよ。スタッフステーションで遊んでる私でも6万1千260円で生活できないぞ。公共料金を引き落とされたら1万残るかどうかだ」
「ご自分のマンションに帰ってないのなら、電気はブレーカーをあげていても、基本料金は取られるでしょう。電気の基本料金って毎月上がってるんですよね」
「待て、そんなバカな」
アネさんは自分のデスクから預金通帳を取り出した。
「電気、電気、電気、電気。うわっ、ほんとだよ。これはぼったくりだぞ」
「泊(とまり)原発が停止すると、北海道は水力発電が主力になります。そうなるともっと値上げ幅が広がりますから覚悟はしておいたほうがいいですよ」
「ところであの芸人さん(佐橋看護師は実名をあげたが、わたしは自民党の小泉チルドレンではないので、実名は伏せます)のお母さん、刑事罰がどうとかってTVで言ってたけど」
「ああ。残念だけど、保護法第77条に1つの違反が芸人さんにある。お笑いで食べられなくて職業柄アルバイトの時間も短時間しか無理だから、母親の面倒が見られない、というのは単なる言い訳であって、77条では扶養義務者は扶養できるような一定の収入のある職業に就かなければならない、とあるから、お笑いで食べられなかったのなら、サラリーマンに転職しなければならない。
お母さんは保護法第78条に2つの違反がある。扶養義務者がありながら、生活保護を受給していたこと。これは不正受給で3年の懲役刑。申請時に扶養義務者がありながら、これを隠蔽して生活保護を受給した。これが詐欺罪に当たるんだ。これでもう3年の懲役が重なる。詐欺罪には執行猶予はない。判決後すみやかに収監される。芸人さんは3年、お母さんは6年収監される。芸人さんのほうは執行猶予がつくだろうから、芸能活動を続ければいい。お母さんも裁判官が温情判決を出して減刑してくれるよ。どっちかといえば芸人さんのほうがワルだな。自分の母親だよ。年収が1千万を超えたのを福祉事務所が扶養を請願した時に、わずかな援助しかできないと断ってる。それが5回。援助を増額しても、1千万円あればお母さんくらい養えるよ。妻子がいるんだろう。妻子は生活保護で暮らしてるのかい。違うよね。世の中には年収が300万円でも、妻子と自分の両親の面倒を見て暮らしている家庭なんてざらにある。
ぼくも、昔は音楽で生活してた。あそこも酷い世界だ。例えば映画音楽を書いてくれという依頼にこたえると、2週間の間に120曲以上書くんだ。それで10万円。半分は所得税で持っていかれる。TVドラマの音楽を依頼される。1週間で150曲。それで5万円。それも半分は税金で消える。それでも収入は全部母親に渡してた。
ニューヨークは音楽家や芸術家に対しては寛大なところで、2時間演奏すれば、日本よりもたくさんのギャラがもらえる。音楽家や芸術家は特別税制といって、わずかな税金しか取らない。だから、自分の生活費をのぞいて母親に送金していた。
物好きな金持ちがいて、節税対策で、芸術家や音楽家の生活を支えるんだ。
見返りはないけど、所得を申告する時に経費として処理される。
ニューヨークは世界一税金が高いからね。
パトロンという言葉の本当の意味はそういうこと。
それで、母親の異常に気がついて、ここに担ぎ込むことができた。
母親は嫌がったよ。
「おまえの貯めたお金で、なんで私が治療を受けなければならないんだ。逆だろう、おまえの躁鬱病と慢性骨髄単級性白血病をなんとかしなさい、って。ぼくは生まれたときから病気と縁が切れなくて、母親にはいつも迷惑をかけてばかりで。でも最後にほんのわずかな親孝行ができたと思うことにしてるんだ」
わたしは母に一体、何をしてきたのだろう。
涼しい顔をして夜食を食べてる翔子、あんたも少しは考えろ。
「生活保護の10%減額を主張している厚労省の言い分は国会を通ると思うか?」
前院長、政治に興味があるの。
山だけじゃないんだ。
「全会一致で通ります。芸人さんのおかげでね。厚労省は彼に感謝すべきですよ。念願の生活保護の圧縮ができるんだから。ぼくが厚労省にどうこう言える立場じゃないですが、法案自体が間違ってます。生活保護受給者1人1人事情が違うのに一律減額というのは、あまりに安直過ぎます。まず、その前に8割いる不正受給者を徹底的に洗い出すこと。保護費を受け取った足でパチンコに行ったり、酒屋に走って朝から酒を買って、べろんべろんになるまで飲むような受給者も不正受給ですから、保護法では。ケースワーカーが足りないからできないというのは福祉事務所の逃げ口上です。警察はいくらでもお手伝いしますよ。生活安全課はそういうことをするための部署です。不正受給は詐欺ですから、動いても問題はありません。検挙率のノルマが厳しくて大変なんですよ。課長は、戸別訪問して事件を探せとまで言うし。名簿さえ提供してくれたら、パチンコ、競馬、市内の酒類を扱う全商店に張り込みをかけて捕まえますから」
「警察のノルマってドラマじゃないの?」
ガンバ。
現実はドラマを越えてるんだよ。
「しかしな。ハンチョウもこの状況の中でよく生き残ったよな。この中から毎月決まった額を預金していたんだから、驚くよ。厚労省にはどんどん物を言え。おかしな指針には従うな。あいつらがハンチョウみたいな生活に耐えられるか。それを考えたら10%カットなんかできないだろうに。元はといえば社会保険庁だろう。年金をおもちゃにして崩壊させたから、年金が回らなくなって、受給者が生活保護に八つ当たりだ。自分の年金より生活保護費は安くなきゃいけない、なぜなら生活保護を受けるような奴は貧乏人だからだと決め付けて、要するに自分のプライドを守りたいから生活保護を攻撃して裁判所に年金以下に至急を抑えるように認めさせたんだ。元を作った連中は厳罰どころか天下りで左団扇だ。まったくふざけた国だ。誰かが変えなければ未来はない!」
アネさん、完全に全共闘の血が沸いてる。
「ぼくはアネさんと前院長、そして事務長に感謝してますよ。あのタイミングでいいお話を持ってきていただかなければ、今は自殺していました。生活保護の受給期間はいつも自殺することばかり考えてました。あのお話さえなければ」
「感謝するのはこっちだよ。あの話を病室に持っていく前に院長室で会議をしたんだよ、3人で。ハーバード卒ってだけで、このバカ登山男が踊りだして、事務長はハーバードって車じゃないですよね、大学ですよね、『ある愛の詩』ですよね、だ。車はハーバードじゃなくてブルーバードだろう。事務長が次に言ったのは、総合診療科ってなに科ですか?これだ。 だからわかりやすく、全部の科目を1人で相手にするんだって教えた。そうですか、でも、初任給は1人分でダメですか。色はつけますよ。仮に全科目分払うと、税金がこうなるんで、本人にとっても損だと思います。色はこのくらいまでいけますよ。これじゃあ、ダメかな。そのとき登山男はまだ踊ってた。まあ、京都大学より上を見たことがないから無理もないけどな。病室で話してサインをもらったら、また登山男が踊りだして、事務長は準備に走るし。
多分、ハンチョウがここにいてくれなかったら、病棟はこんなに明るくなることはなかったし、スタッフの結束力もここまで強くならなかった。患者さんの気持ちを病気からそらすために、身体を張ってボケをかます医師は世界に2人しかいない。パッチ・アダムスとハンチョウだけだ」
「いえ。それは言いすぎですよ。おかげで、ぼくはこんなにすばらしい伴侶を得ることができました。家族ができるなんて考えてもいなかった。チャーミングな妹や、寛大な両親。宇宙一の幸せものです」
すばらしい、何?
すばらしい、何ですか?
すばらしい、ナンでーすかー?
って、おまえはナンですかマンだな、俺は世界の北野だって、違うって。
すばらしい伴侶ってところをスタッフステーションのPCに録音しておけばよかった。
それをCD-Rに焼いて部屋のPCでエンドレスリピートする。
夫婦喧嘩の武器にもなるし。
でもね、チャーミングな妹っていうのは言いすぎ。
いい気になるから、あいつは。
それと、寛大な両親。
寛大じゃないよ、単なる変なおじさんだから。
「志村先生がうらやましい。私たちは素晴らしい伴侶なんて言われたことがないから。もう、顔を合わせるたびに腹が立って座布団でもぶつけてやろうか、首を絞めてやろうかしか浮かばない。ここにいる時が唯一、生きてるって実感するんだから」
看護師長と人間血管探知機は顔を見合わせて言った。
「志村もきょうはつらいことがあったけど、泣かないでよくがんばったな。ハンチョウと一緒になってから随分と成長したよ。もう一人前だ」
アネさん、それは言い過ぎです。
うれしいけど。
「本当は泣いてほしかったですよ。ぼくのこの胸で、泣きたいだけ泣けよ、って」
泣いたでしょ。
「ハンチョウ。女性を泣かせるならもう少し胸板が厚くないとな。あばらが見えるようでは絵にならないぞ」
みんなは大笑い。
彼は肩をすくめた。
夜食の時間ってこんなもの。
いろんな話題が合って、笑いがあって。
この時間が明日のスタッフの絆を強くするんだ。
「あのう、佐橋いいですか」
「いいよ」
「このデザートって、病院食に出せるんじゃないですか」
超低カロリーで味は抜群。
いいじゃない。
「確かに、今の病院食って選択メニューでもありきたりで華がないからな。うん、給食会社と話し合ってみるよ」
上司にこういうことを言うためにも、この場は必要になってきている。
ただ、メニューを考え、レシピを揃え、調理する彼が大変だけどね。
そして、わたしたちはきょうという日を過ごした。
きょうの夜食が、また始まる。
きのうの夜食会は、アネさんのため息交じりの一言から始まった。
「だけど、わたしなんかの階級じゃ無理だな、うん、空想だけだ」
「そんなことはありませんよ」
彼は答える。
「身分階級など関係はございません。それが英国が誇るクイーンエリザベスⅡ世号のモットーですから」
「じゃあ、わたしでも乗船資格はあるんだ。世界一周クルーズができるんだ」
「ええ。もちろん」
「でも、数十億円の船賃が必要なんだろう?」
「だったら、乗客は全員サウジかドバイの王族か貴族になります。日本人の乗客も数知れないほどいるんですよ」
「じゃあ、何億くらいか?」
「最低限1250万円で世界一周クルーズが可能でした」
「でした? 値上げか、市内バスみたいに」
「退役です。もう10年近く前に。ですが、2007年に後継となる客船を建造しています」
「進水すれば乗れるわけか」
彼は頷いた。
「さすが女王の名がついただけあって優美だよな、細身でありながら威厳がある」
前院長はずっと見入ってしまった。
「クイーンエリザベスⅡの、女王の名はクイーンエリザベスのみで、Ⅱ世とはクイーンエリザベスと名前のついた二代目の船だという意味です。優美に見えるのは、7万tクラスながら全幅32mしかないからです。それがスマートさを強調しているんですね。でも、優美さを出すために細身に設計されたんではないんですよ。単にスエズ運河を通過しなければいけないから、というだけで。正式名称は”RMSクイーンエリザベスⅡ”。RMSとはRoyal Mail Service、つまり郵便物輸送船という意味で、この称号を持つ船こそ一流の証。タイタニックもこのRMSの冠がつけられていました」
「日本に停泊して大ブームになったことがあったよな。東京スカイツリーよりもしつこく、連日TVをつければクイーンエリザベスⅡだよ。それから、確か、フォークランド紛争の時にはイギリス海軍が船会社からチャーターして、兵員輸送に使ったはずだ。それも船体に万が一のことがあればとんでもないことになるということで戦闘域には近づけない、いわば後方支援で」
前院長も山以外の知識があるんだ。
「でも、やはり直接的ではありませんが、船体に傷がついたために、改装を受けて、ついでに客室を増やしました。それで7万tクラスに。ごめんなさい、できあがったようなので、調理に」
「退職金で乗れるな。よし、そう思えば元気も出るってもんだ」
「残念だな。働いて働いて働きすぎても働いて、病棟の廊下にぶっ倒れたままあの世へ行くんだろ」
前院長はアネさんに言った。
「それは・・・・・・私の特技は死んだ振りだから、生きてここから出ることなんか簡単だ」
「医者に死んだふりは通用しないぞ。ましてやここのスタッフにはな。対肺癌の精鋭部隊だからな」
「さあ、できました。きょうはおいなりさんを作ってみました」
彼が大きなオードブル皿を抱えて看護師休憩室から出てきた。
「ハンチョウにしちゃオーソドックスだな」
アネさんはつぶやいたのを、彼はくすっと笑った。
何か絶対に仕掛けがある。
「オーソドックス大いに結構」
みんなは皿に手を出して、ひとつつまんだ。
「あっ、なんかシャリッとしたものがある」
人間血管探知機の看護師さんは何度も噛み閉めている。
「ガリだわ、これは」
「正解です。千切りにしたガリをシャリに混ぜてみたんですよ」
「一筋縄じゃいかないやつだ」
「でなければ、おまえの部下は務まらん」
前院長はアネさんに言った。
佐橋看護師もすっかり元気を取り戻し、小皿にとっては食べていた。
彼女も、わたしたちの部屋で泣きたいだけ泣かせた。
白バイに先導された往診で亡くなったのは、彼女を一番可愛がってくれていた患者さんで、担当看護師でもあったから。
僕の胸で泣いてもいいよ、なんて彼が彼女に言おうものなら、このおいなりさんは存在しない。
でも、彼は泣いている佐橋看護師に、こう言った。
「プロテスタントのぼくが、仏教の話をするのはおかしいかもしれないけど、寺の血も引いているから、あえてさせてもらうよ。 あの患者さんは亡くなってはいない。もちろん肉体的には骨になってお墓の中に入れられる。でも、死んでないんだ。人間は死んだように見えても、きょうから50年間はこの世にいる。ぼくらには見えないだけで、僧侶の修行を積むと見えるんだよね。いわば、透明人間だ。だから、患者さんは50年間ずっと佐橋さんの後ろにいて、きみを守ってくれているんだ。可愛がれば可愛がるほど情が移って離れられなくなる。佐橋さんに何かあれば、どんなことからも絶対に守ってくれるんだ。ぼくの後ろにいるのは海軍士官だから、守る=戦争って物騒なことになりかねないけど、まあ、仕方ない。母親もいるけど、こっちはあまり歓迎しない。恐らくいまだに、ぼくをクラシックの道か音楽教諭のレールに入れるチャンスを狙ってるからね。患者さんの奥さんに聴いたけど、患者さんはいつも佐橋さんのことを奥さんに話してたそうだ。元気で明るくていい看護師さんだ、って。交通事故で亡くなった実の娘さんだと思っていたんだって。紺野看護師を目の前において佐橋さんの話ばっかりで、なんかちょっと紺野さんがかわいそうなくらいだった。泣きたいだけ泣いたら、笑顔でいつものおやじキラーに戻ろう。じゃないと、後ろの患者さんが心配するよ」
まもなく佐橋看護師は泣き止んだ。
そして、彼に、ありがとうございました、とぺこっとおじぎをした。部屋の扉の手すりに手をかけた佐橋看護師に、彼は言った。
「メイク、点検した方がいいよ」
「佐橋はいつもすっぴんです」
ざまあみろ。
「このお揚げ、しょっぱくなくていいわね、自分で煮たの?」看護師長が訊いた。
「はい。今は味のついたお揚げもあるから、パックごとお湯に入れて煮たら楽なんですけどね」
「いや、あれはしょっぱくて、脂ぎってて、おいなりさんよりお茶でお腹が膨れるわ」
人間血管探知機。
「ですよね。便利でいいんですけど、便利さゆえのリスクはね。このお揚げは、まず1枚を半切にして沸騰したお湯で10分煮込んで油を徹底的に抜いてやったんです。で十分水切りをして、だしで味付けを」
「だし?」
「鰹節を惜しげもなく入れてさっと5分ほど煮るんです。あまり長い時間だとえぐみが出ますから。そしてうすくち醤油を入れて今度は10分間。この時間がいちばんまろやかな味が出るんです。煮すぎればしょっぱくなるんで。あとは一切、砂糖も塩も化学調味料も入れてません。ウチに代々伝わるやり方なんです。しゃりも炊く前にお酢以外の調味料は入れて、炊き上がりに自然に味がつくようにするんです。お米1粒1粒に味がつきますからね。寿司酢を混ぜて炊き上がりにかけると寿司酢を作る手間がありますから、自然に炊飯器が調味料を混ぜてくれるという時間短縮術です。お酢は山吹のみで」
「山吹って、確かこの街の名産じゃなかった?キッコーニホンの醤油と山吹は皇室におさめられているはずじゃなかったかな」
さすがは看護師長。
「みたいですよね。きょうの醤油はキッコーニホンですよ。いつもそうです。皇室がどうってことじゃなくて、地産池消で。キッコーの今の常務が高校の同級生で、全部業務用になるから、おめーに買わせるしょうゆはねえって言われて、大喧嘩になって、社長が父親ですから、友達なんだから、そんなことは言うな、皇室だろうが一個人だろうがお客様に変わりはない、って言ってくれて、1度に1斗缶1つでもいいよということで。山吹はスーパーで買ってます」
「山吹って他のお酢より高いでしょう。あれだけは絶対にどこのスーパーも売り出しに出さないから」
「でも、高いだけの味なんで。まろやかさがあるんですよね。おそらく隣町のお米で醸造してるんだと思いますが。隣町の農家に知り合いがいて、訊きだしてやろうとしたら、危うく口からでかかったんですが、先代が出てきて慌てて止めたんで、多分」
「このレシピ、教えてもらうわけには行かないでしょうね」
「いいですよ。別に減るものじゃないですから。きょうのお揚げは、運動会のおかげでスーパーはどこも品切れで普通のお揚げですが、いなり用という半切にするだけで、中がしゃりを詰めるようにあらかじめ空洞になっているものがあるんです。2、3円高いですけど便利ですよ。しゃりを入れるための空洞を作る時に破れるんですよね。それとしゃりの詰めすぎ。きょうのは握りのときのシャリ玉と同じ量にしたんで、予備も用意したんですけど、全部成功しました。その分増えてます。今、メモをしてきますね」
彼はスタッフ・ステーションから出て、部屋に行き、しばらくして戻ってきた。
手には2枚のラミネートした紙を持っている。
「これに全部書いてありますから」
「だけど、なんで油揚げに寿司飯を詰めたのをいなりって言うんだろうな」
前院長の素朴な疑問。
考えてみると不思議だけど、考えたことはない。
わたしが生まれたときから、これはいなり寿司だったから。
「それは、ぼくも考えたことはないですね。稲荷神社って狐を祭ったお神社さんにお供えするからかとは」
「うん、そこなんだよ。稲荷神社にお供えするからいなりで問題はないんだ。でも、どうして油揚げの中に寿司飯を詰めたものじゃなきゃダメなのか、なんだ。狐が油揚げを食べるんであればわかるけど、狐は油揚げは食べないだろう」
「食べないですよ。ぼくが高校生の頃、道展に出品するための写真を部に提出しなければならなくて、ありきたりのものではおもしろくないんで、冬休みに知床のそばの斜里という町に出かけて、原野に雪で塹壕を掘って、油揚げを、林の中から塹壕の前まで並べて待ちました。するとキタキツネが現れて、いくら待ってもそこから動かないんで、300mm望遠レンズに取り替えてシャッターを切ったんですが、油揚げには見向きもしなかったですから、油揚げが狐の好物ではないと思いますよ。ただ、油揚げって狐色ですから、それかなと思ったり、陰陽道が発祥なのかと思ったり」
「阿部晴明(あべのせいめい)か」
「ええ。伝説によると彼は狐を母に、人間を父に持つと言われてますからね。あっ、また狐に戻った。とにかく機会があれば調べてみます」
これから、デザートがあるという。
超低カロリーでしかもおいしいもの、彼はそれしか明かそうとはしなかった。
出されたのはシュークリームのシューの上にチェリーや黄桃、みかんの缶詰の1房をのせ、熱して溶かした砂糖でコーティングしたものだった。
誰もがそう思った。
見事に彼のマジックに引っかかった。
台座はシューじゃない。
お麩だった。
「棒状のお麩を輪切りにしてシューの代わりにしたんです。お麩はカロリーゼロですし、コーティングの砂糖はグラニュー糖で、黒糖や上白糖から見るとはるかにカロリーが低い。それにお麩はお腹の中で膨れますから、食べ過ぎの心配がない」
「ハンチョウにはやられっぱなしだな。超低カロリーときたか。プロのパティシェでもそこまで頭は行かないぞ」
「メタボリック・シンドロームがこれだけ大きな問題になってますから。でも甘いものを控えろとは言えないでしょう。適当な糖分を摂取しなければならないですよね。人間は、要はバランスであって、甘いものを禁止すればメタボリック・シンドロームにならないかってことです。なりますよね。糖尿病で苦しんでいる患者さんに糖分を禁止できますか」
「死ね!っていうのと同じことだな、それは。ぼくは医師としても言えないな。そこまでクールになりきれない」
チャラがクールになったらチャラじゃなくなるでしょ。
「なんて、かっこのいいことを並べましたけど、これを思いついたのは生活保護費でどうやって生き延びるかという、メタボリックより深刻なことからで」
「なるほどな。厳しいからな、いまどきの生活保護は。憲法第25条に則ってとは言うものの、実際に則っているのは東京都だけだろう。地方自治体は則ってない。その中でも北海道が最低だから」
「どこかの芸人さんの事件で、10%減額になる可能性があるんだろう」
アネさんに前院長が続いた。
「今の1ヶ月の保護費って」
アネさん。
「去年で6万1千260円に住居費実費。ただし上限は2万5千円でした、4月から11月までは。11月は89円の燃料費がついて、12月から燃料費が月269円増額されます」
「公共料金はどんどん値上がりしてるし、第一灯油が1リッター100円を超えてる時代に269円だったら2リッター分で終わりか。月に2リッターの灯油で北海道の冬を乗り切れるわけがないだろう」
アネさんは目を丸くした。
でも、本当なんだよ。
わたしは彼の生活保護費の内訳と全額を書いた「保護決定通知書」という書類を見た。
それが前月の25日過ぎに福祉事務所から送られてくる。
内訳と全額、支給日(基本は毎月1日。でも金融機関やお役所が開かない土日祝祭日だと前日になる)。
一番の問題は4月。
新年度で人事異動があるために1週間支給日が伸びる。
でもその分は3月分に加味されているかというと、いない。つまり1週間は空白となる。
「わかりやすいものをお見せしましょうか」
彼が再びスタッフ・ステーションから消え、ファイルを手に戻ってきた。
「これが、ぼくが受けていた時の通知書です」
彼はデスクに投げ出した。
「見てもいいのか」
「別に恥ずかしいものでもないですから、どうぞ」
みんなは一斉に顔を乗り出した。
「古いものから閉じていってありますから」
「これは上川支庁の保護課のだ。生活費6万260円の住宅扶助2万3千円」
「その時は隣町で、2万3千円の家賃でしたから。JRの60年前に経てた社宅だったときです」
「一時扶助。通院交通費とする。当たり前だよ。この頃も農業高校のそばの皮膚科へ通っていたんだろう」
「ええ。病院は今と同じところに」」
「だったらこの街のJR駅までで往復1200円くらいで。皮膚科は16丁目だから」
「片道なら400円だから800円。通院に2千円ですか」
看護師長。
「で、耳鼻科の場合、この病院の隣のバス停だから、往復400円。精神科は駅から徒歩だからゼロ。おい、計算機で足しても足が出るぞ、これ」
「ええ。通院交通費にも上限がありますから。生活費から持ち出すことにはなりますね。かといって近場のたいしたことのない病院にすると、治療費が無駄だからいい病院に変えろと言われます」
「私、月に1度、必ずここの食堂でラーメンを食べてるハンチョウと会ってました」
佐橋さん、なんでそれを言わないの。
わたしも1Fの食堂を利用してたら、彼に会えたのに。
「月に1度、思い切り贅沢をしようと決めてたので。でも他は千円近いでしょう、いまどきのラーメン店は。450円はここだけでしたから、耳鼻科の帰りに」
今は値上げで500円だけどね。
「おいっ、途中から通院交通費が0になってるぞ」
「その書類の日付の近辺に生活保護を巡って大きな動きがありましたよね。新聞もニュースも一色でしたけど」
「あー、あれだ、滝川の不正受給。2億円の交通費。暴力団員が生活保護を申請して通って、札幌まで公共交通機関に乗れないからといって、タクシーで通院した。だが実は、タクシーの運転手と共謀して領収書を偽造したもので、通院なんかしてなかった」
「そうです。あの事件以後、通院交通費は生活費から支出するように、と法律が変わったんです」
「だけど、通院交通費を生活費から出したら、公共料金を払えるか?」
「払えますよ。食費という項目があるじゃないですか。それを削るんですよ」
「だから41kgになったんだよな、そういえば。こっちは腫瘍を取り残したんじゃないかと思って何度も検査にかけてびくびくしてた。それがつい最近になって、1ヶ月、1日3リットルの水があれば人間は生きていけるんですよ、自分で実験した結果です、だよ」
「確かに雪山で遭難したら、雪を食べて救助を待つのが基本で、1ヶ月以上経って捜索隊が発見したら元気だった、という例はある。でも栄養を摂取しないと、3軒の病院の薬を飲んでたら薬に負けて副作用が強く出るぞ」
「そういうこともありました。睡眠薬で筋弛緩効果が強く出て、匍匐前進で家の中を這いずり回るとか。効果が24時間続くんですよ」
「極端に減ってる時期がある。半年間」
「それは、今までに支払われた通院交通費の返納と、物価高等と、保護費がアンバランスだという申し立てをしたんです。保護法の、受給者の権利の中に”異論がある場合、通知書を受け取り後60日以内に異議を申し立てることができる”という項目があったので。そうしたら逆恨みで、ぼくが毎月ハローワークに通っている日数、以前はハローワークで就職相談をすると、日付印を押してくれたんで、それを提出すると交通費が出るんですけど、その日付印をケースワーカーが偽造して、わざとハローワークの日付印と違うものを押して提出して、ぼくが実際はハローワークに通っていないのに、通っているように見せかけたということにして詐欺罪で刑事告訴したんですよ。まあ、今の警察の上司とはその頃すでに知り合いだったので相談したり、憶えていた有名弁護士さんに相談したら、無料で動いてくれて、刑事告訴のほうは警察できちんと動いて証拠を見つけてくれたんです。ハローワークは厚労省指針で、就職相談をしても、日付印を押さない決まりに変わっていたんです。それを見破られたんで、一種の嫌がらせです」
「躁鬱病で精神科に通院していたのなら、就労禁止を強く医師から言われただろう。それでもハローワークに通っていたのか」
前院長、よく知ってる。
今でも医師として働いてることに対して否定的なことを必ず言われて、それを続けるうちは一生治りません、って言われてるから。
前回、とうとう彼が反論した。
「それで結構です。幸い投薬で症状は軽度ですから。肺癌のほうがはるかに重い」
医師は言ったね。
「わかりました。そこまで言うのなら、医師として就労することを許可しましょう。ただし休める時は休むことが前提です」
「毎回、怒られてました、精神科で。でも、保護の方では就労活動がない場合は保護を認めないという一点張りで。本当はケースワーカーが精神科を訪ねて容態とか日常生活、就労のことまで医師と話し合わなければいけないんですが、それも怠っていて。精神科から連絡を入れると電話を切られるということでした。忙しいから付き合ってられない、って」
「本当にな、上川支庁の連中ってどこの課も高飛車なんだ。道職員だからって威張り腐ってよ。おまえらの給与は、道民がやりくりしてなんとか支払っている税金だろうが、すっかり忘れてやがる」
前院長が怒りをあらわにしてる。
珍しい。金環食並み。
「旭川市に出てきてからは金額はわずかながら上がって、順調みたいだ。でも、燃料費が269円っていうのはどうしても気になるな2リッターだと恐らく1日15分程度暖房を使ったとしても。ハンチョウ、前に住んでたマンションの暖房機は最初から取り付けられてたか?」
「ええ。FF式のファンヒーターでした」
「なら1週間でアウトだな。だけど、よく生きてたよ。スタッフステーションで遊んでる私でも6万1千260円で生活できないぞ。公共料金を引き落とされたら1万残るかどうかだ」
「ご自分のマンションに帰ってないのなら、電気はブレーカーをあげていても、基本料金は取られるでしょう。電気の基本料金って毎月上がってるんですよね」
「待て、そんなバカな」
アネさんは自分のデスクから預金通帳を取り出した。
「電気、電気、電気、電気。うわっ、ほんとだよ。これはぼったくりだぞ」
「泊(とまり)原発が停止すると、北海道は水力発電が主力になります。そうなるともっと値上げ幅が広がりますから覚悟はしておいたほうがいいですよ」
「ところであの芸人さん(佐橋看護師は実名をあげたが、わたしは自民党の小泉チルドレンではないので、実名は伏せます)のお母さん、刑事罰がどうとかってTVで言ってたけど」
「ああ。残念だけど、保護法第77条に1つの違反が芸人さんにある。お笑いで食べられなくて職業柄アルバイトの時間も短時間しか無理だから、母親の面倒が見られない、というのは単なる言い訳であって、77条では扶養義務者は扶養できるような一定の収入のある職業に就かなければならない、とあるから、お笑いで食べられなかったのなら、サラリーマンに転職しなければならない。
お母さんは保護法第78条に2つの違反がある。扶養義務者がありながら、生活保護を受給していたこと。これは不正受給で3年の懲役刑。申請時に扶養義務者がありながら、これを隠蔽して生活保護を受給した。これが詐欺罪に当たるんだ。これでもう3年の懲役が重なる。詐欺罪には執行猶予はない。判決後すみやかに収監される。芸人さんは3年、お母さんは6年収監される。芸人さんのほうは執行猶予がつくだろうから、芸能活動を続ければいい。お母さんも裁判官が温情判決を出して減刑してくれるよ。どっちかといえば芸人さんのほうがワルだな。自分の母親だよ。年収が1千万を超えたのを福祉事務所が扶養を請願した時に、わずかな援助しかできないと断ってる。それが5回。援助を増額しても、1千万円あればお母さんくらい養えるよ。妻子がいるんだろう。妻子は生活保護で暮らしてるのかい。違うよね。世の中には年収が300万円でも、妻子と自分の両親の面倒を見て暮らしている家庭なんてざらにある。
ぼくも、昔は音楽で生活してた。あそこも酷い世界だ。例えば映画音楽を書いてくれという依頼にこたえると、2週間の間に120曲以上書くんだ。それで10万円。半分は所得税で持っていかれる。TVドラマの音楽を依頼される。1週間で150曲。それで5万円。それも半分は税金で消える。それでも収入は全部母親に渡してた。
ニューヨークは音楽家や芸術家に対しては寛大なところで、2時間演奏すれば、日本よりもたくさんのギャラがもらえる。音楽家や芸術家は特別税制といって、わずかな税金しか取らない。だから、自分の生活費をのぞいて母親に送金していた。
物好きな金持ちがいて、節税対策で、芸術家や音楽家の生活を支えるんだ。
見返りはないけど、所得を申告する時に経費として処理される。
ニューヨークは世界一税金が高いからね。
パトロンという言葉の本当の意味はそういうこと。
それで、母親の異常に気がついて、ここに担ぎ込むことができた。
母親は嫌がったよ。
「おまえの貯めたお金で、なんで私が治療を受けなければならないんだ。逆だろう、おまえの躁鬱病と慢性骨髄単級性白血病をなんとかしなさい、って。ぼくは生まれたときから病気と縁が切れなくて、母親にはいつも迷惑をかけてばかりで。でも最後にほんのわずかな親孝行ができたと思うことにしてるんだ」
わたしは母に一体、何をしてきたのだろう。
涼しい顔をして夜食を食べてる翔子、あんたも少しは考えろ。
「生活保護の10%減額を主張している厚労省の言い分は国会を通ると思うか?」
前院長、政治に興味があるの。
山だけじゃないんだ。
「全会一致で通ります。芸人さんのおかげでね。厚労省は彼に感謝すべきですよ。念願の生活保護の圧縮ができるんだから。ぼくが厚労省にどうこう言える立場じゃないですが、法案自体が間違ってます。生活保護受給者1人1人事情が違うのに一律減額というのは、あまりに安直過ぎます。まず、その前に8割いる不正受給者を徹底的に洗い出すこと。保護費を受け取った足でパチンコに行ったり、酒屋に走って朝から酒を買って、べろんべろんになるまで飲むような受給者も不正受給ですから、保護法では。ケースワーカーが足りないからできないというのは福祉事務所の逃げ口上です。警察はいくらでもお手伝いしますよ。生活安全課はそういうことをするための部署です。不正受給は詐欺ですから、動いても問題はありません。検挙率のノルマが厳しくて大変なんですよ。課長は、戸別訪問して事件を探せとまで言うし。名簿さえ提供してくれたら、パチンコ、競馬、市内の酒類を扱う全商店に張り込みをかけて捕まえますから」
「警察のノルマってドラマじゃないの?」
ガンバ。
現実はドラマを越えてるんだよ。
「しかしな。ハンチョウもこの状況の中でよく生き残ったよな。この中から毎月決まった額を預金していたんだから、驚くよ。厚労省にはどんどん物を言え。おかしな指針には従うな。あいつらがハンチョウみたいな生活に耐えられるか。それを考えたら10%カットなんかできないだろうに。元はといえば社会保険庁だろう。年金をおもちゃにして崩壊させたから、年金が回らなくなって、受給者が生活保護に八つ当たりだ。自分の年金より生活保護費は安くなきゃいけない、なぜなら生活保護を受けるような奴は貧乏人だからだと決め付けて、要するに自分のプライドを守りたいから生活保護を攻撃して裁判所に年金以下に至急を抑えるように認めさせたんだ。元を作った連中は厳罰どころか天下りで左団扇だ。まったくふざけた国だ。誰かが変えなければ未来はない!」
アネさん、完全に全共闘の血が沸いてる。
「ぼくはアネさんと前院長、そして事務長に感謝してますよ。あのタイミングでいいお話を持ってきていただかなければ、今は自殺していました。生活保護の受給期間はいつも自殺することばかり考えてました。あのお話さえなければ」
「感謝するのはこっちだよ。あの話を病室に持っていく前に院長室で会議をしたんだよ、3人で。ハーバード卒ってだけで、このバカ登山男が踊りだして、事務長はハーバードって車じゃないですよね、大学ですよね、『ある愛の詩』ですよね、だ。車はハーバードじゃなくてブルーバードだろう。事務長が次に言ったのは、総合診療科ってなに科ですか?これだ。 だからわかりやすく、全部の科目を1人で相手にするんだって教えた。そうですか、でも、初任給は1人分でダメですか。色はつけますよ。仮に全科目分払うと、税金がこうなるんで、本人にとっても損だと思います。色はこのくらいまでいけますよ。これじゃあ、ダメかな。そのとき登山男はまだ踊ってた。まあ、京都大学より上を見たことがないから無理もないけどな。病室で話してサインをもらったら、また登山男が踊りだして、事務長は準備に走るし。
多分、ハンチョウがここにいてくれなかったら、病棟はこんなに明るくなることはなかったし、スタッフの結束力もここまで強くならなかった。患者さんの気持ちを病気からそらすために、身体を張ってボケをかます医師は世界に2人しかいない。パッチ・アダムスとハンチョウだけだ」
「いえ。それは言いすぎですよ。おかげで、ぼくはこんなにすばらしい伴侶を得ることができました。家族ができるなんて考えてもいなかった。チャーミングな妹や、寛大な両親。宇宙一の幸せものです」
すばらしい、何?
すばらしい、何ですか?
すばらしい、ナンでーすかー?
って、おまえはナンですかマンだな、俺は世界の北野だって、違うって。
すばらしい伴侶ってところをスタッフステーションのPCに録音しておけばよかった。
それをCD-Rに焼いて部屋のPCでエンドレスリピートする。
夫婦喧嘩の武器にもなるし。
でもね、チャーミングな妹っていうのは言いすぎ。
いい気になるから、あいつは。
それと、寛大な両親。
寛大じゃないよ、単なる変なおじさんだから。
「志村先生がうらやましい。私たちは素晴らしい伴侶なんて言われたことがないから。もう、顔を合わせるたびに腹が立って座布団でもぶつけてやろうか、首を絞めてやろうかしか浮かばない。ここにいる時が唯一、生きてるって実感するんだから」
看護師長と人間血管探知機は顔を見合わせて言った。
「志村もきょうはつらいことがあったけど、泣かないでよくがんばったな。ハンチョウと一緒になってから随分と成長したよ。もう一人前だ」
アネさん、それは言い過ぎです。
うれしいけど。
「本当は泣いてほしかったですよ。ぼくのこの胸で、泣きたいだけ泣けよ、って」
泣いたでしょ。
「ハンチョウ。女性を泣かせるならもう少し胸板が厚くないとな。あばらが見えるようでは絵にならないぞ」
みんなは大笑い。
彼は肩をすくめた。
夜食の時間ってこんなもの。
いろんな話題が合って、笑いがあって。
この時間が明日のスタッフの絆を強くするんだ。
「あのう、佐橋いいですか」
「いいよ」
「このデザートって、病院食に出せるんじゃないですか」
超低カロリーで味は抜群。
いいじゃない。
「確かに、今の病院食って選択メニューでもありきたりで華がないからな。うん、給食会社と話し合ってみるよ」
上司にこういうことを言うためにも、この場は必要になってきている。
ただ、メニューを考え、レシピを揃え、調理する彼が大変だけどね。
そして、わたしたちはきょうという日を過ごした。
きょうの夜食が、また始まる。