10年も末期癌病棟に勤務していると、患者さんの死を平然と受け入れられるだろう。
 そういう人もいる。
 実際にそんな医師もいる。
 でも、わたしは医師として未熟だから、それはいまだにできない。
 医師になるのなら人間を捨てろ、と医師免許を取得した時に父親は言った。
 いやだ。それだけはいやだ。
 わたしは医師である前に人間でありたい。人間であるからこそ医師であることができるんだ。
 10年間、いつも心のどこかでもやついていたことを、一気に解決してくれた人が現れた。
 人間として常に患者さんと接し、元気にさせるためなら、自分が怪我をするようなこともいとわない。これこそ医師のあるべき姿だ。

 午後2時過ぎ、それは突然やってきた。
 一時退院許可のための診察が甘かったのかもしれない。
 わたしの担当患者さんが、自宅で容態が急変したという。
 すぐに救急搬送をお願いしようとしたわたしを、彼は止めた。
 「なんのためのチームなの?往診OKでしょ」
 でも
 「だからデモは全世界のどこでも行われていないよ。日曜の道路が救急車にとって一番ややこしい。最近のドライバーは救急車のサイレンを聴いても道を開けようとしない連中が増えているんだ。交通課調べだけど。特にカップルは最悪。わざと妨害して喜んでる。それだけみんなストレスがたまりきってるんだ。一番早いのはこっちから出かけること」
 どんなに妨害されても、一般車よりは
 「早くない。一番早いのはパトカーだよ。おまけに白バイをつけちゃおう。住所は?それとチームは準備!」
 彼はiPhoneを耳に当てた。
 「おい、速水ちゃん、ひまか?・・・・・・お仕事があるけどどうしようかな・・・・・・緊急の往診を先導だ。もちろんパトはぼくが引き受ける。手ごろな数をみつくろってくれ。日曜の道路は消防じゃ無理だと思わないか?・・・・・・だよね。病院から・・・・・・」
 彼は患者さんの住所を告げ、さっさと準備を済ませた。
 「そうだ、ホンダ・ビートは現在、電気自動車に改装中でホンダだったよね。じゃAZ-1で待ってる」
 彼はそういうと4Fの窓から飛び降りた。
 特殊部隊のときの癖がいまだに抜けない。
 「ごめーん、誰か窓閉めてー」職員駐車場で怒鳴ってる。

 職員玄関に降りていくと、彼はAZ-1を玄関に横付けにして助手席のガルウイングをあげてくれていた。
 「降ろすのはセルフでお願いします。ちょっと待ってよ」
 彼は車を降り、後ろにいる紺野看護師の車のサイドウィンドウから首を突っ込んでなにやらしてから戻ってきた。
 「あっ、これを装着してもらったんだ。白バイとの交信が必要になるから、彼女にも聴いてもらわないと」
 Biuetoothのイヤホンマイク。
 「速水ちゃん、今どこ・・・・・・わかった、今出る」
 彼は車を正面玄関に回した。
 すぐ後ろに紺野看護師のスズキ・カプチーノがついてくる。
 「あのバカ・・・・・・」
 正面玄関前には白バイが10台停まっていた。
 「うん、なるほど。それにしてもよく集めたね。ありがとう」
 先導が3台。各車の両サイドに1台ずつ2台。最後尾に3台の白バイがついた。
 「OK」
 先導の白バイの動きに合わせ、彼はぴったりと白バイのテールに合わせて発車した。
 「まるで天皇陛下の護衛だな。・・・・・・いや、知ってるよ。皇宮警察くらい」
 白バイのスピードに同調させるために、Biuetoothのイヤフォンマイクをつけてるんだ。
 白バイが常にスピードを教えてくる。
 だから隊列が崩れない。
 さすがの常識知らずの車もこれだけの数の白バイとパトカーには手を出さない。
 「その赤いGT-Rだな。撃てる」
 彼はギアの後ろのボックスを片手で開くが、目は前を向いている。
 カーナビ画面がレーダー画面に変わり、光点が現れた。ターゲットスコープの交点が重なる。瞬間、彼の手はボタンを押した。
 「ホーマー発信機を違反車に撃ち込んだ。中央司令室から各移動中のパトカーに連絡が行くよ。さて、誰が見つけるかな。成績上げて昇進しようキャンペーン実施中」
 彼はわたしの心を読んで、明るく振舞っていた。
 交差点を通過するたび、パンダパトカーが停車しており、警官がわたしたちの車列に敬礼を送っている。
 「あーあ。速水ちゃん、何だよこれは。これじゃ『踊る』劇場版第1弾の青島巡査殉職か?だよ」
 患者さんの自宅が見えてきた。
 「感謝するよ、速水。それから、みんな」
 白バイは車から離れ、来た道を戻っていった。

 患者さんはほとんど虫の息だった。
 とにかく痛みを訴えている。
 こんな時に一子さんはいない。
 あー、どうすればいいの。
 「ハンチョウ。聴こえますか?患者さんが、こちらの質問に答えられないほどの痛みを訴えてますが、痛み止めはどれを使えばいいでしょうか」
 それっ、緩和ケアの片割れ。
 外で待ってるんだった。
 そうだよ、彼も自分の母親を実験台にして、緩和ケアの法則を確立した1人で、病棟では緩和ケア担当という役職を持ってるんだ。
 遠くの1円を見ていて、目の前の千円に気づかないんだから、このバカ志村。
 「はい10番を20mlですね。心拍は呼吸が乱れているから乱れてるんだと思います。はい、打ちます」
 医療用モルヒネ100%を20mlか。
 心臓に与える影響を考慮したんだ。
 10分程度でかなりおとなしくなった。
 「先生、脈が」
 患者さんの脈を取っていた紺野看護師が叫んだ。
 わたしも手首に触れた。
 かなり弱くなっていた。
 呼吸をしていない。
 このままじゃだめだ。
 わたしは心臓マッサージを始めた。
 だめだよ、このまま、あの世へ行かないで。
 もう少し待てば、彼が腫瘍を摘出してくれるんだからね。
 オペ室の空きを待ってるんだから。
 準備は全部できてるんだから。
 ダメーっ!
 「ほらっ、電気ショックのお出ましだ!。車のバッテリーから電源を取ってるために、玄関の扉を完全に閉められなくて、ごめんなさい。どけっ、志村!」
 彼はわたしを患者さんから遠ざけると、いきなり電気ショックを与えた。
 時計で間隔を測ってもう一度。
 それでも、患者さんは息を吹き返さない。
 電気ショックは3度目。
 でも、変化はない。
 「もうけっこうですよ。このままゆっくりと休ませてあげてください。おばあちゃんや、交通事故で亡くなった娘のところへ早く行きたいって、昨日の夜、ぽつんと口にしたんですよ。今までいいかげん苦しんだんですから、楽にしてあげてください」
 患者さんの奥さんは笑顔で言った。
 オペが決まっていて、オペ室の空き待ちですから、なんとか
 奥さんは首を振った。
 「本人は喜びません。娘のところが一番いいんです。一人娘なもので可愛くてね。嫁には出さないぞ、なんて。志村先生には充分すぎるほどよくしてもらいました。先生、本当にありがとうございました。看護師さんや医長さんにも後日、お礼に伺います。それと佐橋さんでしたか、看護師さん。娘の生まれ変わりのようだって、いつも。よろしくお伝えください」
 ふと患者さんの顔を見ると薄っすら笑顔を浮かべているように見えた。
 「日曜日にわざわざありがとうございました。荷物はあとで取りに参ります」
 わたしと紺野看護師で御遺体を清め、手を合わせてから患者さんの元を後にした。
 彼は車の運転席に収まり、マーラーの交響曲第5番第1楽章を聴いていた。
 葬送行進曲だ。
 奥さんが玄関から出てきた。
 「こんなものしかないけど、あの人の好物だったの。かじりながら病棟に戻ってくれると、あの人もきっと喜ぶから。総合診療科の先生にもどうぞ」
 干し柿。
 「これ、庄内柿の干し柿ですね。うわー、高いんだよなー、これ、薄い木箱に20個しか入ってないのに7千円とか8千円するんですよね。果実問屋の店先でごねたら、仕入れが高いんだからこれ以上は下げられない!って怒られちゃいました。いただきます」
 わたしたちは奥さんにお礼をいい、患者さんの自宅を後にした。
 「うまい・・・・・こんなの何十年ぶりだろう。いつもは中国産の皮と種だけのやつしか買えないから。それだって4千円もするんだ」
 明るい曲に変えてくれない
 「明るい曲というと」
 AKBのベストが入ってるでしょ
 「CDを聴くのなら、印税は派生しない、か」
 彼はAKBのベストに変えた。
 なんとかして気持ちをきりかえないと。
 「紺野さん、今、車を停めて」
 彼も車を停め、一軒の店に入っていった。
 うわさの焼きいも 永吉。
 永吉といえば、ビッグなロックンローラーのYAZAWAでしょ。
 この店は店長がYAZAWAファンで、御本人に許可申請をしてお墨付きをもらった焼きいも店。1本千円くらいするんだけど、スーパーで198円で売られているものとはいもが違う。千円でも安いくらいの価値はある。
 彼は紺野看護師に1本、わたしに1本、自分でも1本買ってきた。
 「YAZAWA、焼きいも大好きです。♪夏の日の恋なんて 幻と笑いながら この人にかけるぅ♪」
 似合わないよ
 「さあ、ノンストップで帰りますか。今夜はクイーンエリザベスⅡのお披露目だからね」

 やっぱり、ダメだった。
 病棟に帰って電子カルテに死亡時刻を記入して、死亡診断書を書いて、部屋に戻ったら、急に涙が溢れてきた。
 ベッドで自分のブログのためなのだろう。スタートレックの英語の本やアメリカのTVガイド誌などを整理していた彼は、わたしを見た途端に立ち上がって近づいてきた。
 わたしは思いっきり彼に飛びついて泣いた。
 「泣いていいんだよ。でも、白衣のままじゃ泣いちゃいけない。白衣を脱いでから泣きたいだけ泣けばいい。ぼくは胸でも肩でもあるだけ貸すから、無審査で。ただし1回払いだよ」
 そういうと、彼はわたしの白衣を脱がしにかかった。
 「Tシャツにデニムでしょ、下は。歩き方でわかるんだ。エッチなことはしてないよ」
 白衣をすべて脱がしてくれた瞬間、心の中が一気にあふれ出した。
 「ぼくだってニューヨークの病院に勤務していたときなんか、屋上でいつも泣いていた。医師は泣いちゃいけない。でも白衣を脱いだらただの人間だからね。泣く方が自然でしょ。医師は人間でなければ、患者さんとうまくつきあえないよ。上から目線でどうかしましたか、なんて言われたら、言いたいことも言えなくなる」
 
 そんなわたしを、いつまでも、彼はしっかりと抱きとめてくれていた。
 「もう、涙は枯れたの?無理はしなくていいんだよ」
 もう、大丈夫・・・・・・
 「そうか。じゃあ、シャワーで心の隅に残った涙を全部流しておいで」
 彼は部屋の窓にカーテンを引き、自分のベッドの周囲にもカーテンを引いた。
 彼といるとなぜか素直になれる。
 それが臨床心理学というマジックを使ったものだとしてもいい。
 彼にだけは心をすべて開放できる。
 わたしはシャワーで、残った涙を全て流した。
 だまって、彼のボディーソープを借りた。
 SEA BREEZE。
 ミントの香りがして、身体のほてりが急に冷えていく。
 これで気持ちを切り替えることができる。
 いつものわたしが戻ってくるのがわかる。
 ソープを洗い流して、シャワーから出た。
 洗い流してからもゆっくりと浴びていたいところだけれど、ここではお湯は電気で作られる。
 節電だからね。
 一般家庭に対しては節電を呼びかけてるけど、東京スカイツリーは午後11時まではあんなギンギラでいいの?。
 公平にしてほしい。
 TVの電波を発信すればいいわけだから、あんなにライトアップする必要はないと思うけど。
 東京タワーが今度はFM専門か。
 北海道にはどっちも関係ない。
 ただひとつ言えること。
 もし、アナログTVに地上デジタルチューナーでTVを見るのなら、通常の地上デジタルチューナーは買わないほうがいい。
 プレイステーション3に専用のトルネというチューナーをつける。
 最強のチューナーだよ。
 NHK第二とNHKは電波が弱い。
 地上デジタル対応TVでもチャンネル取得できなかったり、ブラックアウトする時間帯がある。ブロックノイズが入って、画面がほとんど見えない時も多い。
 でもプレイステーション3+トルネは憎らしいほど鮮明に映るんだよね。
 だから、部屋の3D対応液晶60VTVもプレイステーション3+トルネを取り付けてある。
 ちょっと高いチューナーになるけど、ゲームもできるし、ブルーレイも観ることができるし。
 プレイステーション3ってもう中古で1万円台後半で出回ってるし、トルネも5千円前後。
 地上デジタルチューナー内蔵TVのチューナーより性能がいいんだから、腹が立つけど、どうしようもないよ。
 
 わたしは服を着て、彼のベッドのカーテンを引いた。
 「涙は全部洗い流せた?」
 わたしは頷いた。
 どうしたの、ループタイがポロの襟に食い込んでるけど
 「アネさんにレイプされた。おい、今夜の夜食は何だ。仕込みをしてないじゃないか、って」
 で、夜食はなに?
 「おいなりさん。スイーツのデザートつき」
 おいなりさん?
 「いなり寿司だよ。スイーツは甘さは十分だけどカロリーが極端に少ない。これ以上は企業秘密」
 じゃあ、夕食は?
 「どこへでも。お好きなものを」
 じゃあ、きのうのラーメン屋さんに行きたいな
 それとタワーレコード
 イケてる音楽を聴いて、もっと元気になる
 「イケてるってどんな音楽? AKBも乃木坂もSKEもイケてないよ。あんなのを買われたらぼくが再来年泣くことになる。YMOとかスクェア。洋楽だとPOPならマイリー・サイラス。そこにDVDがあるでしょ『シークレット・アイドル ハンナ・モンタナ』。そのハンナ役の子。あとは古いけどELO。エレクトリック・ライト・オーケストラの80年以降のもの。TVの『電車男』のテーマで「トワイライト」っていうのが有名だけどね。笑いたいんだったら、音楽と笑いの融合のスネークマン・ショー。「子供達を責めないで」の原点だから。あっ、CDになってるのって、ぼくも参加してる奴か。竹中直人さんとかと、やりたいことをやった。間に入る音楽はYMOの担当でね。AKBみたいに売れないから、スネークマンならいいよ。あっちゃんが卒業したら売れなくなるとふんだんだけど大間違いでした。売れ行きに変化なし。なんで売れるのAKB。モー娘。も逆襲せーよって。背の差婚してる場合じゃないぞ、矢口。R2-D2とC3POより身長差があるって言ってる場合か。旦那がチェ・ホンマンに見える。誰でもいいから売り上げでAKBを潰せ!でないと、また白色申告が6割になる。誰かわたしを助けてぇー」
 こうやっておどけて見せて、わたしを気遣ってくれる。

 だけど、もう大丈夫だよ。
 スタジオ・ジブリのDVDのジャケットに書いてあるキャッチ・コピーの気持ちになれた。
 『魔女の宅急便』。
 
 落ち込んだりもしたけど、わたしは元気です。