まず、きょうのライブに集まってくれた方々に、わたしはお礼を言いたい。
 みんな、貴重な休日に、貴重な時間を割いてくれて、どうもありがとうございました。

 約600席が満席で、追加公演の話も進んでいます。


 緞帳は「いとしのうなじ」のイントロとともにあがった。
 最初からリリコンⅠの見せ場だ。
 緞帳が上がりきる頃には、観客は総立ちでバンドのメンバーを迎えていた。
 曲が終わると、彼の短くて軽妙なトークで、客席に笑いが広がる。
 そして、アルトサックスに持ち替えて次の曲へ。
 彼がリリコン、アルトサックス、EWI、ソプラノ・サックスに持ち替える間に、他のメンバーのトーク。
 みんなしゃべりには自信があるようで、客席をを必ず笑わせる。

 「TRUTH」のイントロが鳴り出した。
 客席が爆発したかのように盛り上がる。
 スクェア=「TRUTH」という方程式があるんだ。
 スクェアであるためには「TRUTH」でなければいけない。
 でも、彼が手にしていたのはEWIでもWXでもなく、ソプラノサックス。
 あー、なるほど。
 伊東さんが脱退して、2代目にスクェアのライブ・サポートやJ-POPアーティストのライブ・サポート、レコーディングで想像を超えたプレイを連発して、ハイパー・プレイヤーと呼ばれた、本田さんが加入して、「TRUTH」はEWIのリードからソプラノサックスのリードで「TRUTH1991」となった。
 それを演奏するのか。
 アドリブがオリジナルとまったく違う。もっと細かい音符がマシンガンのように飛び出してくる。
 ここで彼がギタリストの1人に目配せをした。
 ミスったのだ。
 アドリブに夢中になりすぎて、メロディーに戻るフレーズを失った。
 それを察したギタリストの1人がアドリブを継いで、彼がメロディーに戻る道をつけた。
 小額3年生の時からのつきあいだけあって、お互いの言わんとすることが手に取るようにわかるのだろう。
 そうこうしているうちに第1部は「ハワイへ行きたい」で幕を下ろした。
 15分間の休憩で、観客は客席にドリンクやお菓子を持ち込めないから、ロビーで飲み食いして時間を過ごす。
 汗を静める為にソフトドリンクを飲んで、お菓子で飛び跳ねる力をつける。
 後で聞いた話だが、ロビーにあるすべての自販機からスポーツドリンクだけが売り切れていた。みんな汗をかいたときの水分補給には機能性ドリンクだということを知っているのだろう。
 一方、楽屋では着替え、彼の脱いだシャツはものすごく重たかった。
 絞ると汗が大量に噴出した。
 ステージの照明の熱と、客席の熱気に応えた結果なのだ。
 「2ベルでーす」
 廊下で怒鳴るスタッフ。
 2ベル、第二部開演5分前を告げるベルが鳴ったと言う知らせ。
 観客はロビーから自分の席に戻り、演奏する側は楽屋からステージの横へと向かう。
 即、ステージに上がり、セッティング。
 彼は電子楽器のプログラムを操作する。
 ドラムスが、カウントを始める。
 彼はリリコンを再び手にした。
 曲は「OMENS OF LOVE」。
 また客席は総立ち。
 彼から聴いた話だと、この曲と「いとしのうなじ」は同じ意味を持っているという。
 スクェアのライブではオープニングに必ずどちらかを演奏し、演奏されなかった方が第二部のオープニングになる。
 スクェアのライブDVDを見せる、って言ってたけど、レンタルしたDVDを消化していて、その暇がなかったから、話だけだけどね。
 続いたのは、吹奏楽アレンジも人気があるという「宝島」。
 EWIのリードで細かい音符が続くが、どことなくほほえましい感じがする。
 続いて「明日への扉」。F1パイロットでプロフェッサーと呼ばれていた、アイルトン・セナのライバルのテーマ。
 わたしは好きになれない。
 90年のあの事件は絶対プロストが仕掛けた悪事だ。
 アイルトン・セナにとってのアラン・プロストは、シャーロック・ホームズにとってのジェイムズ・モリアティ教授だ。
 プロストの引退後、このテーマはナイジェル・マンセルが受け継いだ。
 エリザベス女王から「伯爵」の称号と勲章を与えられていながら、ピットの出口でタイヤが外れるという大ボケをかます。まあ、あれはピット・クルーに問題があるんであって、マンセルは被害者だけどね。
 あの事件の裏には、マンセル以上の被害者がいる。
 中島悟さん。言うまでもなく、唯一の日本人表彰台経験パイロット。
 マンセルのすぐ後を追ってピットを離れた、ブラウン・ティレルの中島さんが、マンセルのウィリアムズFW14がコースへの道をふさぐ形になって、中途半端なところで足止めを食らい順位を落とした。
 
 あっ、このイントロは・・・・・・これは止めて。
 思い出すと悲しくなる。
 「FACE」。アイルトン・セナのテーマ。
 ステージのバック・モニターに、在りし日の名シーンが映る。
 上空からのコーナリングを捉えたカメラの映像では、正確にタイヤを縁石に当てているのがわかる。彼にしかできない100点ドライビング。音速の貴公子は短所がない。天才を超えたと言われたミハイル・シューマッハでさえ、宴席に当てに行って失敗して強引に乗り上げてスルーしたことが何度もある。
 ドキュメント映画のDVDを観ていると、チェッカーをトップでくぐっているにもかかわらず、いつも遠くを見つめて悲しそうな目をする。
 オペを終えた後の彼の目と同じ。
 セナを語ると止まらなくなるから、またの機会に。
 曲は「グッバイ・ヒーロー」に変わっていた。
 EWIがリードを取る、セナに対する追悼の曲で、心を悲しみでかき回されるバラード。
 
 始まったガス店の娘さんをフィーチャーした「It's MAGIC」
 彼はアルトサックスに持ち替え、一転、明るくポップなイントロに少し割り込んでみたり引いてみたりしておどけてる。
 彼の元住んでいたマンションの隣の町内で、町内会清掃日で、よくお父さんと一緒になって清掃していると、いつもこぼしていた。
 「娘には婿養子をとってガス店を継がせようとしてたけど、目をちょっと放した隙にアメリカに逃げられた。返ってきたなと思ったら、ジャズ・シンガーだ。あいつは自分のすべきことを忘れているのか、知ってていて反抗しているのか。弟はこんな危険なものを扱うのは嫌だから、家を出て公務員になると、大学へ行った。おそらく戻ってはこないだろう。じゃあ、この店はどうなるんだ。なあ、おまえも親に逆らったりするなよ」
 いつも、そんなこぼし話をするという。
 彼は真夜中に行動することが多くて、よく店の前を通ると事務所のパソコンの前で黙々と仕事をしているお父さんを見かけた、という。
 応接セットの長椅子には毛布が折りたたまれて置かれてあった。LPGガスの事故は恐ろしい大惨事を引き起こす。だから、24時間体制での管理と異常を知らせる警報機が鳴ったと客から連絡があれば何時であってもすぐ駆けつけなければならないから、布団では寝ないで、24時間事務所を離れずに、長椅子の毛布で浅い眠りにつく毎日。元旦も大晦日もない。
 でも、うまいよ、娘さんの歌は。
 ソニーレコードが放っては置かないはずだ。
 歌の間奏で、彼のアルトが鳴るんだけど、全音符と64分音符みたいな細かい音符を交代で混ぜてトリッキーな間奏に仕上げる。
 オペも、普通の医師なら思いつかないようなトリッキーなものだけど、音楽もなかなかトリッキーだよ。
 続いて「脚線美の誘惑」。
 ライブ・ヴァージョンで、10分21秒。
 彼はアルトで64分音符から128音符という、クラシックでさえ使われない細かい音符を吹き分ける。
 アルトサックスって、こんな細かい音符は吹けない構造でしょ。
 キーを支えているのはやわらかいカーボン製のバネでキーを押すと曲がり、離すと反発してキーを戻し、トーンホールをふさぐ。
 彼の楽器を専門に調整・修理しているリペアマンと話し合って、改造を施したサックスを使ってるとは言うけど、それにしても普通じゃない。
 ジャズの雑誌に、彼もハイパープレイヤーの枠に入れられていたけど、ここまでやるとは。
 でも、楽器には優しくないプレイヤーだね。
 クラシックの時はものすごく楽器をいたわるのに、ジャズやPOPS、フュージョンになると楽器を酷使する。
 でも、客席を喜ばせるためにやってるんだから、仕方ないか。
 クラシックは客を堪能させるもので、総立ちにさせたり飛び跳ねたりしてのせるものじゃないからね。クラシックで総立ちや飛び跳ねをやると、演奏者は演奏を止めてステージから消える。いわゆる聴き方としてマナー違反。
 POPS系統から総立ちや跳びはねがなくなると、ミュージシャンはしらけるし、へこむよね。
 反応を心の中でするのがクラシックで、身体で表現するのがPOPSだとはわかるよ。
 彼と結婚してからわかった。
 
 時間は矢のごとく過ぎて、最後の曲になった。
 「サバナ・ホテル」。
 ザ・スクェア時代の4thアルバム「うち水にRainbow」からの曲だ。
 このアルバムにはユーミンさんも関わっているためか、ポップ性がものすごく強い。
 この曲での彼はアルトサックスで、意外とおとなしくアドリブも32部音符どまりに、メロディーを大切に、丁寧に吹いていた。
 
 ステージの前端ぎりぎりまでメンバーが出てきて、1列になって手を繋ぎ、丁寧に、「ありがとうございました」と深々と、身体を折るようにして頭を下げると、客から盛大な拍手が送られた。
 メンバーはステージの横へと引っ込んでくる。
 タオルで汗を拭き機能性ドリンクを飲んでいると、客席のばらばらな拍手が次第にまとまり、一定のリズムを刻みだす。
 アンコール。
 もちろん、きのうのリハーサルでシュミレーション済み。
 まずドラムスがステージに戻りキーボードとベースが続き、ギターの2人が続く。
 スクェアも3rdアルバムまではギタリストが2人だった。
 このバンドの場合、ツイン・ギターの場合と、1人のギターがキーボードに加わり、ツインキーボードになったりする。
 「ラッキーサマーレディー」
 デビュー・アルバムのタイトル曲でアルト・サックスのリード曲。
 曲が終わると、再び客はリズムを刻む。
 「トラヴェラーズ」。
 曲の前半を思い切り歪ませたツイン・ギターが、後半をリリコンがリードを取る。
 5thアルバム「アドヴェンチャーズ」から。
 ここまではシュミレーション済み。
 客のリズムがいっそう大きくなる。
 ソニーレコードがホール使用料金の延長料金を支払うから続けろと言って、再びステージへ。
 「君はハリケーン」。
 4thアルバム「うち水にRainbow」から。
 リリコンが最初から終わりまで鳴りっぱなし。
 曲の途中で音色が変わるが、音源モジュールのシンセサイザーのプログラム変更機能をフットスイッチでコントロールしていた。
 曲のリズムがそのままアンコールにつながっていく。
 F1グランプリの好きな方たちにはおなじみ過ぎるイントロ。
 でも第一部で演奏されたはず・・・・・・じゃなかった。
 彼が手にしたのはEWI。
 そして、F1マシンのパッシング音のような遊びをイントロで繰り返し、メロディーに突入。
 ライブ・ヴァージョンとでも言おうか、アドリブが長いし、EWIのアドバンテージであるタッチセンサー式のキーをフルに使って128分音符まで取り混ぜて、会場は爆発状態。
 そして、次が本当の最後。
 ファンはわかってるから、もう曲が終わってもアンコールはしない。
 「フォゴトゥン・サーガ」。
 静かな子守唄のような前半からだんだんと盛り上がって、サックスを泣かせながらのスケールの大きな後半に持っていく。
 サックスの表現力が問われる曲だった。
 それを彼は見事に吹ききった。
 病棟でボケまくる彼はいなかった。

 打ち上げは10分だけで、会場を出た。
 本当は最後までいるのが決まりなのだろうが、きのうも1日病棟を留守にしてるし、患者さんが一時退院しているのはわかるけど、だからといって病棟を空けて遊びほうけるのもいい加減にしないとね。
 楽器車は打ち上げが終わってから、病院に楽器を載せてくる。
 休日と救急がひとつになった玄関でそれを受け入れ、元は病院院長室で、今はわたしと彼が音楽をできるように、アネさんが防音壁に改造した部屋へと収めればいい。
 
 患者さんが病棟にいないからといって気を抜くわけにはいかないんだよ、医師って。
 一時退院中に容態が変わって、看護師とともに往診に出なければいけないかもしれないし、 患者さんが救急車で搬送されてくるかもしれない。
 常に患者さんからの連絡を待って、対処するのが医師の仕事。
 ガス店と同じように24時間待機状態でいないとね。
 
 何かあるかもしれないし、何もないかもしれない。
 
 きょうのライブには、彼のチームから、宇野、安積両看護師が、私のチームからは佐橋。紺野両看護師が、そして2名の臨床心理士が来てくれました。
 臨床心理士はこの連休は本当に、本人たちに言わせると、無視された、ような状態で、まったく仕事がない。病棟が空、ということはクライアント(患者さんのことを心理カウンセラーはこう呼ぶ)が誰もいないということで、カウンセリングをしたくても、頼んでくれるクライアントがいないからできない。病棟にいてもいなくても別にかまわないという、かわいそうな状態。

 とにかく、第2弾があるかないかはこれから最終決定なわけだけど、医者ってものすごくフラストレーションがたまるから、それを振り切る場としてのライブは、彼にとって必要だと思う。

 きょうの彼は、ボケなくてカッコいい部分を見せてくれました。
 アネさんの言うように、患者さんを笑わせて、余命を告げられた重たい心を忘れさせるためにわざとボケてるんだってわかった。
 でも、わたしと二人の病室でのボケは本物。天然。

 医師であることを忘れたい時がある。忘れてしまえたらいいのに。

 でも、

 忘れられない。
 それが医師っていう生き物なんだ。