毎月2日は、彼のお母さんの命日。
お墓と納骨堂へお参りに行ってきました。
お墓はね、つい数日前のオペ明け休日で一度参ったんですが、命日とは違うのでね。
一体何台の車が後ろに連なっていたのでしょうか。
空だった墓地の駐車場が彼関連の車で満車。
有料だったらね、町の財政にわずかな協力をしたことになるんでしょうが、無料なんです。
町立だからそういう料金は徴収しないんです。
でも、維持費という名目で年に二回、数十万円の請求が彼に来て、しっかり支払ってます。
遅延とか延滞をものすごく嫌がるのね、彼は。
期日までには、支払った後、財布や貯蓄に1円も残らなくて、食事に困っても支払うべきものは支払う。それだけきっちりしてるの。
公共料金に税金、果ては新聞購読料まで、支払期日はとにかく守らないと、の一点張り。
そうやって、食事を取らないで、1日3リットルの水道水だけで1カ月間生きていた時期が一昨年まであったんだから。
科学的にも医学的にも、食事を全く摂らないで、1日3リットルの水だけで、人間は健康的な生活を送れることが最近発表された。
人間は1日に約1リットルの水分が逃げる、とずいぶん前から言われていた。それは、何もしない、全く動かない場合で、尿もしないことが前提。少し動いたり、尿意を催したら排出すると、3リットルの水分を失うことになる。
1・5リットルのペットボトル2本に水を入れ、冷蔵庫に入れておき(本当はあまり冷やした水を飲むのは良くないみたい)、それを、喉が渇いたら飲む。お腹が空いたら飲む。それの繰り返しで、人間は一生生きられるとレポートには書かれていたが、彼ははるかに前からそれを実践していた。
彼のお母さんが親友にだまされて背負わされた膨大な借金を返すためにとった作戦だった。
本当は生活保護費で借金を返すのはいけないことで、生活保護法に触れる。でも、ケースワーカーの面談の日には、きちんと3食、食事を摂って、健全な生活をしてるように見せかける。
得意の心理学を応用して、ケースワーカーをだます。それを続けていた。
詐欺師と心理士って、1枚のカードの表か裏かの違いしかないと、わたしは思う。
坂道を登って、彼の先祖代々の墓の前に立つ。
お母さんには、わたしがどう見えているのだろう。
きょうのわたしはいつものデニムじゃない。
お母さんからプレゼントされたばかりの和服姿だ。足袋も草履もすべてプレゼント。
彼が読経を始めて、焼香が始まって、とにかく手を合わせたら、順次後ろの人と変わる。そういう決まりをアネさんは作った。
ウチの変なおじさんはロウソク守り。短くなって消えそうになったら次のロー速に立て替える。
メタボには軽すぎる運動だけど、まあないよりはいい。
不思議なもので、ひとつのお経が終わるとローソクが1本なくなる。
短い、わたしたちでも十分理解できる言葉の経文の場合は2つ、ないしは3つで1ほんのローソクがなくなる。
どういうわけか、長い(15分)経文が終わると、短いのが連続する。そして新しいローソクが灯ると、また長い経文、というかちょっと歌のような節がついた経文。「正信偈(しょうしんげ)」という浄土真宗西本願寺派門徒ではメインとなる経文だ。浄土真宗の開祖親鸞上人(日本史の仏教伝来の割と後の方に出てくるからわかると思うけど。浄土真宗は仏教の中でも後期に成立した。親鸞上人は1029巻の経文や解釈、経文の教えを残した)が一番大切にしなさいと書き残した経文。
その後、「念仏 和讃六首(わさんろくしゅ)」という、「南 天 阿 彌 陀 佛(なーもあーみだーんぶ)を繰り返す経文から「回向(えこう)」というほんの二十文字を読み上げて終わる。始まりの「仏説 阿弥陀経」から約1時間20分。
最後の「回向」の最後の往 生 安 楽 國(おうじょうあんらっこく:っは読まない)で、最後の人のお焼香が終わった。
病棟は看護師から衛生管理者、臨床心理士まで全員参加していた。
4Fはからっぽ。
きょうは6F病棟が救急体制だからね。
それに水野オペ室長ご夫婦。
麻酔科長。レントゲン室の、紬のデイパックをもらった女の子。
そして放射線科医。
女性で、アネさんと同じ年齢の東大卒。
もちろん、元・全共闘。
退職金が一番高い時を狙って退職を目論んで、後任の採用に期待するが、待てど暮らせどなし。今ではもう、あきらめて、アネさんと、とことん働いて疲れで病になりながらも働いて、最後は病院の廊下でブッ倒れて、あの世へ行く。後に残ったほうが死に水をとって、枕経は彼があげる。
そこまで計画されてる。すばらしいよ。
放射線技師2人は参加できなかった。なぜなら、病院が休日体制でも、土曜と日曜以外は、在宅や一時退院の患者さんが放射線にくるから。いまだに粒子線照射器の使い方がうまくいかずに、アネさんと目が合うのを極端に避ける。CTやMRTも2人が操作するんだけど、アネさんに捕まりたくないから、4Fのスタッフ・ステーションに、写真を窓口から投げ込んで逃走する。
そして、彼のスタッフを自認する麻酔科長。
病院のスタッフはありがたいよ。
彼がそれだけの信頼を勝ち得ている証拠だからね。
こなくてもいいのは変なおじさん。
絶対、他に目的があるんだから。
例えばソフト、
「この町でお薦めのソフトクリームはどこだ。こう暑いと恋しくなる」
アネさんは言った。
「牧畜農家が開いている店があります。搾りたてをそのまま冷却器に入れて、巻いてくれる。ただし、ものすごく濃厚です。練乳を舐めてるような感じで、後は喉が乾きますよ」
彼が言っていたのは、吉田君の家だ。
きょうはお父さんにも会えるかな?。
お父さん、どうぞ。
「ガッチョーン!」
『オレたちひょうきん族/TAKECHIANMAN』より。
「喉が乾けばジュースでも飲めばいいだけだろう。場所はわかってるな?」
「もちろん」
「じゃあ、先に納骨堂へ行って、それから先導してもらう、OK?」
「OK」
ところが、納骨堂に入れてもらえなかったんです。
ちょうど、納骨堂へ入る廊下の両脇の部屋から納骨堂の廊下にまでテーブルをつなげて、葬儀の繰り上げ法要(初七日を葬儀当日に行う。でも、初七日は家庭の仏壇の前で、料理を仕出し屋さんから取り寄せて、菩提寺の住職を呼んで、派手にやるんだけど。ってことは、葬儀後の繰り上げって何の繰り上げなんだろう?。初七日から七日ごとに住職のいい加減なお経とドンチャン騒ぎが四十九日法要まで続く。)の最中で、住職が、日を改めてくださいってことで。
びっくりすることを言うね。
4F病棟に葬儀社が入り込んで、入院患者さんに営業して回って、アネさんにつまみ出された。その葬儀社が残していったパンフレットを観ると、通夜と葬儀だけで、500万円以上のお金がかかる。その他、住職や(葬儀は3人の僧侶で執り行うから)僧侶のお布施、寺のレンタル料金、座布団と通夜のときに敷く布団のリース料、故人の町内会の方たちの炊き出しがあれば、キッチンの使用料、そして戒名と、つけてもらった住職にお布施、諸々で1000万円弱かかるんだって。それが葬儀社の会員になって、毎月一定額を積み立てるだけで、半額近くなるんだっていうの。積立金でお布施とかリース料、キッチンを使えば使用料、仕出しでするならその料金が出るから、積立をすれば安上がりですよ、ってこと。
そういえば、以前住んでいた家のお隣さんで葬儀を出して、自宅を担保にして銀行から融資を受けてた。それが不動産価値が低くて、融資金で足りなくて、消費者金融のビッグローンとかいう、数百万円を融資する商品にまで手を出して、公的連帯保証人紹介センターで保証人になってもらうための入会金とか、保険金。融資が成功したら、その30%を支払う、とか、お金で大騒動だった。結局、家が銀行と消費者金融の二重担保で、売却して引っ越したってことがあった。近所の噂では、破産して民事再生法になったとか。一般新聞に大きく破産と民事再生法にどこの誰が適用されました、って載るから隠してもバレるんだよね。
裁判所の前を通れば、ショーウィンドウに大きく破産者として名前が貼られるし。
でも、彼から破産の話をいろいろと聴いてるんだけど、制度的に矛盾してるんだよね。
破産というのは「私はもう1円のお金もありません」という状態を法的に表している。それを裁判所が「この人は1円のお金もないことを裁判所で認めます、って宣言する。それが破産宣告。だけど、民事再生法は、消費者金融なんかのように法定金利20%を上回ったところは、利息を20%にカットして再計算をして、返済計画書を作成しなさい。それができたら、破産者に返済させます、ってこと。「1円もお金がない」破産者に毎月返済しなさい、って言ってるわけでしょ。どうやって払うのか、だよね。彼が言うには、家財道具で、法的に売ってはいけない、TV・冷蔵庫・ガスレンジ以外の家財をすべて売る。TVも今のプラズマや薄型は売却しなきゃならない。リサイクルショップで、ブラウン管TVを買って、破産者や貧困家庭、老人のみの家庭、生活保護受給者に総務省が無料レンタルしてくれる外付け地上デジタル・チューナーを取り付けてテレビを観る。彼も生活保護時代はそうしてたけど、簡易チューナーというにもあまりにもちゃちな製品で、チャンネルが1局しか取得できない。つまり、そのチャンネルしか観ることができない。それも、快晴の日だけ、雨や風、雪の日は全く映らない。有名な、パソコンのメモリや周辺機器のメーカーなんだけど(コクヨ・バッファロー)、同じものがヤマダ電機で4980円で売ってる。今年になって、ラジオ1台は売却してはいけないように改正されたんだって。災害情報用にね。
わたしは、葬儀なんかいらない。
どうしてもというのなら家族葬がいい。
妹と母親と彼が参列してくれてね。
変なおじさんは来なくていい。
邪魔だ。失せろ。
本当は遺体のわたしに彼が添い寝してくれて、ぎゅって抱いてくれたらそれでいい。
「あのどんちゃん騒ぎ、後で泣きを観るぞ。繰り上げをあんなに派手にやると、葬儀社の積立をしていても、700万円近くかかる。これから毎週だからね。四十九日は特別料理だし。民事再生法の犠牲者が増えるな。今どきの消費者金融は頭が良くて、法定金利で融資をしてるから再計算はいらない。貸した分はそのままの利子付きで1円の果てまで回収できる。
もう、葬儀の時代じゃないよ。亡くなった場所から火葬場直で骨箱に入れて、家庭の仏壇の前にテーブルか何かを置いて安置するだけでいい。お参りしたいなという人は香典返しなんか求めないから。それで、お経のCDを七日ごとに流して、四十九日は納骨のみ。生のお経がいいのなら、ぼくがあげる。お布施なんてどうでもいい。でも、気持ちがあるなら、10円でも50円でも包んでください。商売の中で何がいい?。僧侶と農家。農家はほんの少しだけ税金を取られる。いわゆる地方税、住民税。僧侶は住民税も免除される。とにかく税と名のつくものは1円たりとも免除。儲けようと思えば僧侶か新興宗教の教祖だ。もう、入れ食いですよ」
車が牧場についた。
みんな楽しそうにソフトクリームを舐めている。
きょうは異常に暑かったからね。
「おべべにたらしちゃだめですよ。700万円が台無しよ」
アネさん・・・・・・。
本当に、飄々として言うからね。そこは彼とそっくり。
変なおじさんは、目を爛々と輝かせて舐めている。
おまえは子供か!。
「孫悟空って知ってる。居酒屋じゃない方のだよ」
病院の向いに巨大な看板があって、それが「居酒屋 孫悟空」。
看板だけで、お店は車で10分以上かかるところなんだけどね。
西遊記でしょ
三蔵法師のお供の猿の孫悟空
「そう。じゃ、三蔵法師は天竺へ何をしに行ったんでしょうか」
馬鹿にしてるよ。
経文を授かるために行ったんだよ
「その経文って、どんな経文?」
そこまで突っ込むか・・・・・・。
そこまで習ってない
「それはそうだよ。教えなくていい。でも意外とぼくらの近くにあるよ。実家は浄土真宗西本願寺門徒だよね。だったら、いつも聴いてるよ」
正信偈(しょうしんげ)
「近い。正解は、佛説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)。経文の最初に、読まない文章があってね。現代語訳にすると、姚奏(ようしん)三蔵法師が授かってきた経文を自ら翻訳したものです、と書いてある。三蔵法師のフルネームは姚奏(ようしん)三蔵っていうんだよ。
正信偈(しょうしんげ)は一番大切な経文だ。でも、毎日読経して仏様にあげることができるのは何をおいても佛説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)。最初は必ず阿弥陀経。いきなり正信偈(しょうしんげ)をあげたら阿弥陀様が怒って掛け軸から出てきて説教をされるよ」
しかし、聖書の解釈でも、素人にもわかりやすく、ギャグを入れながら話すし、仏教もそう。これって、きちんと読み込んでいなければ自分のものとして解りやすく話せないからね。
洗礼式のときがそうだった。
プールに沈められて、バプテスマを終えた後、濡れたものを着替えて、髪を整えて、列席者の方々にスピーチを聖書の言葉を引用しながらするんだけど、教会の中に笑いが起きて。
わたしはあまりにすごい彼の体験話は作り話だと思いながら、おもしろいから聴き入っていた。
心臓喘息の発作で喘息の主治医の病院に担ぎ込まれて、蘇生措置が行われたんだけど、失敗。5分ルールで彼は死亡宣告を受けた。
本人は夢の中にいて、ボロ布をまとったヒゲを伸び放題にした男性が近づいてくるんだって。ホームレスだ。金を巻き上げられる、どうしようってあせったらしいの。顔がはっきりと見えるくらいに近づいてきたら、世界史の時間で肖像画を見た男にそっくりだって。
「私は神の使い、イエスという者だ。きみには私の使いとしてやってもらわなければならないことがある。だから、死んではいけない。心を解き放ちなさい。そしてゆっくりと上体を起こしてごらん、ゆっくりと。私がきみにやってもらうことはなんなのか。それは自然にわかるときがくる。今は起き上がってごらん」
で、彼はゆっくりとベッドから起き上がったら、心拍計とか電気ショック(昭和57年頃は使えたんだね)を片付けていた看護師が飛び上がって悲鳴を上げて逃げ出した。隣室で死亡届を書いていた医師が飛んできて、処置室に入ろうとしないんだって。入口のドアにつかまって、「どうした、なんで生きてるんだ。聴こえるか」
彼は返事をして、医師はまたびっくり。
診察をすると発作はすっかり収まり、ゼイゼイヒューヒュー音がかすかに聞こえるかないか。
医師は言った。
「死亡届を書いて、印鑑を押したんだけどな。悪いけど、書いたからレセプト、会計で3000円払ってね。処置は別料金だから。診断書類って1度書いたら破棄できないことに厚生省で決まってるんだ。そういうわけで支払って帰って。書いたものは渡すから、処分していいよ」
臨死体験って言うけど、医師が死亡宣告をしたら臨死じゃないから。そんなに軽々しく人の死を宣告しないからね、医師は。だから完全に死んでたんだよ。
その話をアネさんにしたら、その病院が、ウチの病院から徒歩5分くらいで行ける病院で、喘息治療に関しては全国的に名前の知れた医師なのね。
アネさん、さっそくそこへ電話して、何年の何月何日に、こういう患者さんがいたかを訊いた。彼を診察したのは院長で、本人が電話に出てくれて、あのことは思い出したくもないって。それしか言わない。
アネさんは事実だと確信したって。
後になって、引越しの時に、その死亡診断書が出てきて、病棟の中は大笑い。
冷静なあの院長がこんな凡ミスを起こすのかって。
でも、わたしはイエス説を信じる。
教会にはいるの、同じ体験をした人が。
彼は、末期でうわべだけの治療をして、亡くなるのを待つ患者さんたちに明日をプレゼントするのがイエスがぼくに託した使命なんだろうと思う、って、不可能なオペを成功させている。
彼の洗礼式のときの洗礼者は変なおじさんだから。
彼の頭をプールの階段に叩きつけたりして最悪。
その後のスピーチでも、点滴や注射の針の太さによって患者さんの反応がどう変わるとかって、おかしな話で、なかなか聖書の言葉に行き着かない。
最後に無理やりこじつけて終わり。
ウチの家族はみんな下を向いてました。
真っ赤な顔をして。
母と妹とわたしと三人同時につぶやいた。
「早く死んで」。
彼のお母さんからの時を越えたプレゼントの着物は、妹と分けました。
彼女の方がほんの少し、わたしより背が高いので、裾を直さないとね、と言うと、
「僕に任せなさい。仕立てを手伝っていたこともあるんだ」
さっそく自宅から裁縫セットを病室に持ち込んで直してます。
TVを観ていて、手元を見ていない。
これで、完璧なものだったら、すごいよ。
妹は深夜勤で、引継ぎを終わる頃。
合わせてみよう。
失敗したら、
早く死んで。
お墓と納骨堂へお参りに行ってきました。
お墓はね、つい数日前のオペ明け休日で一度参ったんですが、命日とは違うのでね。
一体何台の車が後ろに連なっていたのでしょうか。
空だった墓地の駐車場が彼関連の車で満車。
有料だったらね、町の財政にわずかな協力をしたことになるんでしょうが、無料なんです。
町立だからそういう料金は徴収しないんです。
でも、維持費という名目で年に二回、数十万円の請求が彼に来て、しっかり支払ってます。
遅延とか延滞をものすごく嫌がるのね、彼は。
期日までには、支払った後、財布や貯蓄に1円も残らなくて、食事に困っても支払うべきものは支払う。それだけきっちりしてるの。
公共料金に税金、果ては新聞購読料まで、支払期日はとにかく守らないと、の一点張り。
そうやって、食事を取らないで、1日3リットルの水道水だけで1カ月間生きていた時期が一昨年まであったんだから。
科学的にも医学的にも、食事を全く摂らないで、1日3リットルの水だけで、人間は健康的な生活を送れることが最近発表された。
人間は1日に約1リットルの水分が逃げる、とずいぶん前から言われていた。それは、何もしない、全く動かない場合で、尿もしないことが前提。少し動いたり、尿意を催したら排出すると、3リットルの水分を失うことになる。
1・5リットルのペットボトル2本に水を入れ、冷蔵庫に入れておき(本当はあまり冷やした水を飲むのは良くないみたい)、それを、喉が渇いたら飲む。お腹が空いたら飲む。それの繰り返しで、人間は一生生きられるとレポートには書かれていたが、彼ははるかに前からそれを実践していた。
彼のお母さんが親友にだまされて背負わされた膨大な借金を返すためにとった作戦だった。
本当は生活保護費で借金を返すのはいけないことで、生活保護法に触れる。でも、ケースワーカーの面談の日には、きちんと3食、食事を摂って、健全な生活をしてるように見せかける。
得意の心理学を応用して、ケースワーカーをだます。それを続けていた。
詐欺師と心理士って、1枚のカードの表か裏かの違いしかないと、わたしは思う。
坂道を登って、彼の先祖代々の墓の前に立つ。
お母さんには、わたしがどう見えているのだろう。
きょうのわたしはいつものデニムじゃない。
お母さんからプレゼントされたばかりの和服姿だ。足袋も草履もすべてプレゼント。
彼が読経を始めて、焼香が始まって、とにかく手を合わせたら、順次後ろの人と変わる。そういう決まりをアネさんは作った。
ウチの変なおじさんはロウソク守り。短くなって消えそうになったら次のロー速に立て替える。
メタボには軽すぎる運動だけど、まあないよりはいい。
不思議なもので、ひとつのお経が終わるとローソクが1本なくなる。
短い、わたしたちでも十分理解できる言葉の経文の場合は2つ、ないしは3つで1ほんのローソクがなくなる。
どういうわけか、長い(15分)経文が終わると、短いのが連続する。そして新しいローソクが灯ると、また長い経文、というかちょっと歌のような節がついた経文。「正信偈(しょうしんげ)」という浄土真宗西本願寺派門徒ではメインとなる経文だ。浄土真宗の開祖親鸞上人(日本史の仏教伝来の割と後の方に出てくるからわかると思うけど。浄土真宗は仏教の中でも後期に成立した。親鸞上人は1029巻の経文や解釈、経文の教えを残した)が一番大切にしなさいと書き残した経文。
その後、「念仏 和讃六首(わさんろくしゅ)」という、「南 天 阿 彌 陀 佛(なーもあーみだーんぶ)を繰り返す経文から「回向(えこう)」というほんの二十文字を読み上げて終わる。始まりの「仏説 阿弥陀経」から約1時間20分。
最後の「回向」の最後の往 生 安 楽 國(おうじょうあんらっこく:っは読まない)で、最後の人のお焼香が終わった。
病棟は看護師から衛生管理者、臨床心理士まで全員参加していた。
4Fはからっぽ。
きょうは6F病棟が救急体制だからね。
それに水野オペ室長ご夫婦。
麻酔科長。レントゲン室の、紬のデイパックをもらった女の子。
そして放射線科医。
女性で、アネさんと同じ年齢の東大卒。
もちろん、元・全共闘。
退職金が一番高い時を狙って退職を目論んで、後任の採用に期待するが、待てど暮らせどなし。今ではもう、あきらめて、アネさんと、とことん働いて疲れで病になりながらも働いて、最後は病院の廊下でブッ倒れて、あの世へ行く。後に残ったほうが死に水をとって、枕経は彼があげる。
そこまで計画されてる。すばらしいよ。
放射線技師2人は参加できなかった。なぜなら、病院が休日体制でも、土曜と日曜以外は、在宅や一時退院の患者さんが放射線にくるから。いまだに粒子線照射器の使い方がうまくいかずに、アネさんと目が合うのを極端に避ける。CTやMRTも2人が操作するんだけど、アネさんに捕まりたくないから、4Fのスタッフ・ステーションに、写真を窓口から投げ込んで逃走する。
そして、彼のスタッフを自認する麻酔科長。
病院のスタッフはありがたいよ。
彼がそれだけの信頼を勝ち得ている証拠だからね。
こなくてもいいのは変なおじさん。
絶対、他に目的があるんだから。
例えばソフト、
「この町でお薦めのソフトクリームはどこだ。こう暑いと恋しくなる」
アネさんは言った。
「牧畜農家が開いている店があります。搾りたてをそのまま冷却器に入れて、巻いてくれる。ただし、ものすごく濃厚です。練乳を舐めてるような感じで、後は喉が乾きますよ」
彼が言っていたのは、吉田君の家だ。
きょうはお父さんにも会えるかな?。
お父さん、どうぞ。
「ガッチョーン!」
『オレたちひょうきん族/TAKECHIANMAN』より。
「喉が乾けばジュースでも飲めばいいだけだろう。場所はわかってるな?」
「もちろん」
「じゃあ、先に納骨堂へ行って、それから先導してもらう、OK?」
「OK」
ところが、納骨堂に入れてもらえなかったんです。
ちょうど、納骨堂へ入る廊下の両脇の部屋から納骨堂の廊下にまでテーブルをつなげて、葬儀の繰り上げ法要(初七日を葬儀当日に行う。でも、初七日は家庭の仏壇の前で、料理を仕出し屋さんから取り寄せて、菩提寺の住職を呼んで、派手にやるんだけど。ってことは、葬儀後の繰り上げって何の繰り上げなんだろう?。初七日から七日ごとに住職のいい加減なお経とドンチャン騒ぎが四十九日法要まで続く。)の最中で、住職が、日を改めてくださいってことで。
びっくりすることを言うね。
4F病棟に葬儀社が入り込んで、入院患者さんに営業して回って、アネさんにつまみ出された。その葬儀社が残していったパンフレットを観ると、通夜と葬儀だけで、500万円以上のお金がかかる。その他、住職や(葬儀は3人の僧侶で執り行うから)僧侶のお布施、寺のレンタル料金、座布団と通夜のときに敷く布団のリース料、故人の町内会の方たちの炊き出しがあれば、キッチンの使用料、そして戒名と、つけてもらった住職にお布施、諸々で1000万円弱かかるんだって。それが葬儀社の会員になって、毎月一定額を積み立てるだけで、半額近くなるんだっていうの。積立金でお布施とかリース料、キッチンを使えば使用料、仕出しでするならその料金が出るから、積立をすれば安上がりですよ、ってこと。
そういえば、以前住んでいた家のお隣さんで葬儀を出して、自宅を担保にして銀行から融資を受けてた。それが不動産価値が低くて、融資金で足りなくて、消費者金融のビッグローンとかいう、数百万円を融資する商品にまで手を出して、公的連帯保証人紹介センターで保証人になってもらうための入会金とか、保険金。融資が成功したら、その30%を支払う、とか、お金で大騒動だった。結局、家が銀行と消費者金融の二重担保で、売却して引っ越したってことがあった。近所の噂では、破産して民事再生法になったとか。一般新聞に大きく破産と民事再生法にどこの誰が適用されました、って載るから隠してもバレるんだよね。
裁判所の前を通れば、ショーウィンドウに大きく破産者として名前が貼られるし。
でも、彼から破産の話をいろいろと聴いてるんだけど、制度的に矛盾してるんだよね。
破産というのは「私はもう1円のお金もありません」という状態を法的に表している。それを裁判所が「この人は1円のお金もないことを裁判所で認めます、って宣言する。それが破産宣告。だけど、民事再生法は、消費者金融なんかのように法定金利20%を上回ったところは、利息を20%にカットして再計算をして、返済計画書を作成しなさい。それができたら、破産者に返済させます、ってこと。「1円もお金がない」破産者に毎月返済しなさい、って言ってるわけでしょ。どうやって払うのか、だよね。彼が言うには、家財道具で、法的に売ってはいけない、TV・冷蔵庫・ガスレンジ以外の家財をすべて売る。TVも今のプラズマや薄型は売却しなきゃならない。リサイクルショップで、ブラウン管TVを買って、破産者や貧困家庭、老人のみの家庭、生活保護受給者に総務省が無料レンタルしてくれる外付け地上デジタル・チューナーを取り付けてテレビを観る。彼も生活保護時代はそうしてたけど、簡易チューナーというにもあまりにもちゃちな製品で、チャンネルが1局しか取得できない。つまり、そのチャンネルしか観ることができない。それも、快晴の日だけ、雨や風、雪の日は全く映らない。有名な、パソコンのメモリや周辺機器のメーカーなんだけど(コクヨ・バッファロー)、同じものがヤマダ電機で4980円で売ってる。今年になって、ラジオ1台は売却してはいけないように改正されたんだって。災害情報用にね。
わたしは、葬儀なんかいらない。
どうしてもというのなら家族葬がいい。
妹と母親と彼が参列してくれてね。
変なおじさんは来なくていい。
邪魔だ。失せろ。
本当は遺体のわたしに彼が添い寝してくれて、ぎゅって抱いてくれたらそれでいい。
「あのどんちゃん騒ぎ、後で泣きを観るぞ。繰り上げをあんなに派手にやると、葬儀社の積立をしていても、700万円近くかかる。これから毎週だからね。四十九日は特別料理だし。民事再生法の犠牲者が増えるな。今どきの消費者金融は頭が良くて、法定金利で融資をしてるから再計算はいらない。貸した分はそのままの利子付きで1円の果てまで回収できる。
もう、葬儀の時代じゃないよ。亡くなった場所から火葬場直で骨箱に入れて、家庭の仏壇の前にテーブルか何かを置いて安置するだけでいい。お参りしたいなという人は香典返しなんか求めないから。それで、お経のCDを七日ごとに流して、四十九日は納骨のみ。生のお経がいいのなら、ぼくがあげる。お布施なんてどうでもいい。でも、気持ちがあるなら、10円でも50円でも包んでください。商売の中で何がいい?。僧侶と農家。農家はほんの少しだけ税金を取られる。いわゆる地方税、住民税。僧侶は住民税も免除される。とにかく税と名のつくものは1円たりとも免除。儲けようと思えば僧侶か新興宗教の教祖だ。もう、入れ食いですよ」
車が牧場についた。
みんな楽しそうにソフトクリームを舐めている。
きょうは異常に暑かったからね。
「おべべにたらしちゃだめですよ。700万円が台無しよ」
アネさん・・・・・・。
本当に、飄々として言うからね。そこは彼とそっくり。
変なおじさんは、目を爛々と輝かせて舐めている。
おまえは子供か!。
「孫悟空って知ってる。居酒屋じゃない方のだよ」
病院の向いに巨大な看板があって、それが「居酒屋 孫悟空」。
看板だけで、お店は車で10分以上かかるところなんだけどね。
西遊記でしょ
三蔵法師のお供の猿の孫悟空
「そう。じゃ、三蔵法師は天竺へ何をしに行ったんでしょうか」
馬鹿にしてるよ。
経文を授かるために行ったんだよ
「その経文って、どんな経文?」
そこまで突っ込むか・・・・・・。
そこまで習ってない
「それはそうだよ。教えなくていい。でも意外とぼくらの近くにあるよ。実家は浄土真宗西本願寺門徒だよね。だったら、いつも聴いてるよ」
正信偈(しょうしんげ)
「近い。正解は、佛説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)。経文の最初に、読まない文章があってね。現代語訳にすると、姚奏(ようしん)三蔵法師が授かってきた経文を自ら翻訳したものです、と書いてある。三蔵法師のフルネームは姚奏(ようしん)三蔵っていうんだよ。
正信偈(しょうしんげ)は一番大切な経文だ。でも、毎日読経して仏様にあげることができるのは何をおいても佛説阿弥陀経(ぶっせつあみだきょう)。最初は必ず阿弥陀経。いきなり正信偈(しょうしんげ)をあげたら阿弥陀様が怒って掛け軸から出てきて説教をされるよ」
しかし、聖書の解釈でも、素人にもわかりやすく、ギャグを入れながら話すし、仏教もそう。これって、きちんと読み込んでいなければ自分のものとして解りやすく話せないからね。
洗礼式のときがそうだった。
プールに沈められて、バプテスマを終えた後、濡れたものを着替えて、髪を整えて、列席者の方々にスピーチを聖書の言葉を引用しながらするんだけど、教会の中に笑いが起きて。
わたしはあまりにすごい彼の体験話は作り話だと思いながら、おもしろいから聴き入っていた。
心臓喘息の発作で喘息の主治医の病院に担ぎ込まれて、蘇生措置が行われたんだけど、失敗。5分ルールで彼は死亡宣告を受けた。
本人は夢の中にいて、ボロ布をまとったヒゲを伸び放題にした男性が近づいてくるんだって。ホームレスだ。金を巻き上げられる、どうしようってあせったらしいの。顔がはっきりと見えるくらいに近づいてきたら、世界史の時間で肖像画を見た男にそっくりだって。
「私は神の使い、イエスという者だ。きみには私の使いとしてやってもらわなければならないことがある。だから、死んではいけない。心を解き放ちなさい。そしてゆっくりと上体を起こしてごらん、ゆっくりと。私がきみにやってもらうことはなんなのか。それは自然にわかるときがくる。今は起き上がってごらん」
で、彼はゆっくりとベッドから起き上がったら、心拍計とか電気ショック(昭和57年頃は使えたんだね)を片付けていた看護師が飛び上がって悲鳴を上げて逃げ出した。隣室で死亡届を書いていた医師が飛んできて、処置室に入ろうとしないんだって。入口のドアにつかまって、「どうした、なんで生きてるんだ。聴こえるか」
彼は返事をして、医師はまたびっくり。
診察をすると発作はすっかり収まり、ゼイゼイヒューヒュー音がかすかに聞こえるかないか。
医師は言った。
「死亡届を書いて、印鑑を押したんだけどな。悪いけど、書いたからレセプト、会計で3000円払ってね。処置は別料金だから。診断書類って1度書いたら破棄できないことに厚生省で決まってるんだ。そういうわけで支払って帰って。書いたものは渡すから、処分していいよ」
臨死体験って言うけど、医師が死亡宣告をしたら臨死じゃないから。そんなに軽々しく人の死を宣告しないからね、医師は。だから完全に死んでたんだよ。
その話をアネさんにしたら、その病院が、ウチの病院から徒歩5分くらいで行ける病院で、喘息治療に関しては全国的に名前の知れた医師なのね。
アネさん、さっそくそこへ電話して、何年の何月何日に、こういう患者さんがいたかを訊いた。彼を診察したのは院長で、本人が電話に出てくれて、あのことは思い出したくもないって。それしか言わない。
アネさんは事実だと確信したって。
後になって、引越しの時に、その死亡診断書が出てきて、病棟の中は大笑い。
冷静なあの院長がこんな凡ミスを起こすのかって。
でも、わたしはイエス説を信じる。
教会にはいるの、同じ体験をした人が。
彼は、末期でうわべだけの治療をして、亡くなるのを待つ患者さんたちに明日をプレゼントするのがイエスがぼくに託した使命なんだろうと思う、って、不可能なオペを成功させている。
彼の洗礼式のときの洗礼者は変なおじさんだから。
彼の頭をプールの階段に叩きつけたりして最悪。
その後のスピーチでも、点滴や注射の針の太さによって患者さんの反応がどう変わるとかって、おかしな話で、なかなか聖書の言葉に行き着かない。
最後に無理やりこじつけて終わり。
ウチの家族はみんな下を向いてました。
真っ赤な顔をして。
母と妹とわたしと三人同時につぶやいた。
「早く死んで」。
彼のお母さんからの時を越えたプレゼントの着物は、妹と分けました。
彼女の方がほんの少し、わたしより背が高いので、裾を直さないとね、と言うと、
「僕に任せなさい。仕立てを手伝っていたこともあるんだ」
さっそく自宅から裁縫セットを病室に持ち込んで直してます。
TVを観ていて、手元を見ていない。
これで、完璧なものだったら、すごいよ。
妹は深夜勤で、引継ぎを終わる頃。
合わせてみよう。
失敗したら、
早く死んで。