チャラとガンバの奥さんが元・看護師であったことが。
アネさんに。
誰がしゃべったわけでもなく、本人たちが名乗り出たんです。
「二人でずっと病棟の看護師さんたちを見ていて、数が足りなくて大変そうなのがわかってました。きのう、ハンチョウが、高校時代に、この試合に負けたらテニス部を追放される同級生の女の子とダブルスを組んで、彼女のミスを、事情を素知らぬ振りですべてカヴァーして試合に勝った。っていう話を聴いていて、私たちはそ知らぬふりをしているだけで行動に出ないでもいいのか、看護師さんたちのお世話になりっぱなしでいいのかって話し合ったんです。それで、私たちで役に立てるなら行動しようって」
アネさん、目をまんまるくして、しばらく唖然としてたね。
それからおもむろに二人の電子カルテの職業欄を調べた。
「無職になってるけど、これ」
いつものアネさんじゃないの。
どこかが壊れた感じ。
「入院するにあたって辞職してるので、無職かと思って。元・看護師とは書けないですよね」
二人の声がきれいにハーモニーになってる。
看護師よりモスラを呼べばいいのにね。
わたし一回本物を見てみたい。
ゴジラとラドンとモスラって怪獣に共感できるストーリーなんです。
水爆実験で眠りを覚まされたゴジラと、子供の餌を探して飛び回ってただけなのに、阿蘇山の人口爆発で子供共々葬られたラドン。
そして悪徳興行師に拐われた双子の巫女を取り返しに来て、原子熱線砲で攻撃されて、自衛隊が戦闘機で追い打ちをかけて、心ある主人公たちが空港にモスラの紋章を描いて、そこに着陸させて、悪徳興行師から奪い返した巫女を返してやると、モスラはインファント島へ帰っていく。
巫女は、インファント島で行われた水爆実験に巻き込まれた日本の船員たちを、島の植物から作った赤いジュースを飲ませて放射能を除去してくれてるのに、ロリシカ国(ロシアとアメリカを混ぜたのがみえみえ)と、その不思議なジュースのことを調べにインファント島へ、日本と合同で調査隊を送るんだけど、すべてロリシカ主導で、日本側には何も教えてくれない。しかもロリシカの調査団長が悪徳興行師で、それに気づいた日本の新聞記者で主人公が調査船に潜り込んで大騒動。
フランキー堺さんという、すばらしいジャズ・ドラマーでコメディアンで、『わたしは貝になりたい』という、テレビドラマの歴史にその名を刻む名作で、戦犯にされて処刑される理容師の超シリアスな演技もこなす俳優さんが、その新聞記者で完全なコメディーに徹して笑わせてくれる。彼の持ってるシナリオを読んだら7割がアドリブ。彼に絡む俳優さんが上原謙さん(加山雄三さんのお父さん)とかクイズの司会もしていた小泉博さん、黒澤映画の重鎮である志村喬さん。やりにくかったと思うよ。その場で思いつきのボケを受けなきゃいけないんだから。
わたしは気持ちがよくわかる。誰とはいわないけど同じようにボケる医師を夫にもったから。しかも苗字がフランキーさんと同じで、名前はパフュームのプロデューサーで『ライアーゲーム』の音楽監督の中田ヤスタカさんの名前の文字を入れ替えただけだから。
「どこの病院で働いてたんですか」
アネさん完全に壊れた。
「告知室で詳しいことは話しましょう」
スタッフ・ステーションのみんなはお互いに顔を見合ってた。
しばらくして、
「おい、志村!志村のお父さんの部下だったって言ってるけど、本当ですか?」
だめだ、こりゃ。
わたしは知りませんでしたけど、ハンチョウが電話で確かめたら「二人は元気でやってるか」って言ったそうです
元気だったら病院には居ないと思いますけど
脳神経に問題がある人だから
また、しばらくして告知室から三人で出てきました。
「しかしわからないよ、世の中は。釣り糸をたれても食いつかない時代に、自分からビクの中に飛び込んでくるんだから。来週からこの病棟で働いてもらうことになった。ただし、夫の同意書と、初めは短時間で。みんなよろしく」
夫たちは看護副師長がパソコンで急ぎ作成した同意書を記入して提出。
これで彼女たちはこの病棟の看護師となった。
この病棟がいいよ。
厚生病院には戻るな。
上司がぶっこわれた医師だから。
アネさんもきょうは壊れてるけど。
アネさんは即電話を取った。
「あの、医療センターの藤田です。いつもお世話になりまして。ええ、・・・・・・元気ですよ、ウチのエースですからね。・・・・・・ええ、彼が一人いるだけで急に上がりました。末期癌の腫瘍をオペで摘出するんですから。・・・・・・お役所は私の担当で。ところで、志村先生の部下二人、ウチの病棟での勤務についてもらおうと思っているんですが、そちらは問題ありませんか・・・・・・そうですね。調子を見ながら徐々に。・・・・・・ああーいいな、医師だけ足りないんですか。ウチは医師も看護師も。頭が痛いです。でも、自分から名乗り出てくれて。医師が必要になったら連絡をください。エースを出張させます。どの診療科にも対応できますし、スキルスや原発不明癌のスペシャリストですから。それじゃあ二人はいただきます。ええ、自分から働かせて欲しいと名乗り出てくれたんです。世の中、まだ捨てたものでもないですね。それじゃあよろしくお願いいたします」
電話を切ったアネさんはみんなに言った。厚生病院は看護師には困ってない、ただ医師が、給料が安いから、すぐ逃げられるって。国が経営してるか、厚生労働省が経営してるかで違うんだな」
彼は言った。
「ぼくの母の弟が胆嚢癌で入院してた時、担当の看護師さんが、人使いは激しいけれど給与が安い。他の病院に移りたいけど、手放してくれない、あらゆる嫌がらせをされる、なんて話してましたね」
「そう。あそこは看護師を人間扱いしないからね、上がお役人だから現場がわからないの。私もあの病院出身だからわかるけど、院長や総務は上と下との板挟みでかわいそうだった」
看護副師長って厚生病院出身だったんだ。
師長は赤十字だし。
すごい経歴だね。
アネさんはまた電話を取った。
「事務長」
土曜日だから休みだって。
「あのさ、ウチの病棟で新人看護師二人採用したから」
って出勤してるの?。
「ガンバとチャラの奥様。元・厚生病院の脳神経外科の看護師だったんだよ。電子カルテは無職になってるから気がつかなくて。入院を機に辞職してるから、無職になってたんだ。二人でお手伝いがしたいって言ってくれたから、甘えることにした。月曜からでもって言ってくれてるんだけど、キャップと制服の用意はお願いできるかな。・・・・・・そうか、土曜日だから。うん、いいよ月曜の朝。えっ、あーそうだ、今はナースキャップはないんだ。悪い。いきなり採用してくださいって言われたもんで、頭が混乱してる。でもさー、新人といっても看護師としてのキャリアはあるわけだろう。即戦力は貴重だぞ。等級はナベと同じ現場復帰でどうかな。・・・・・・そうか。じゃそれで」
まあね、混乱もするよ。
看護師不足で悩んでたところに、いきなり働かせてくださいだもん。
彼女たち、勇気あるよねー。
ところ変わって、わたしたちの居室。
彼がしきりに窓の外を気にしてる。
「あの車とナンバー」
職員駐車場の空きスペースにずっと停車している車がある。
「何を考えているんだ」
知り合い?
「ウチの班の車だ。正面玄関と救急搬送入口の前にもいる。何を考えているんだか」
出て行って訊けば?
「もう一日、放っておいてみる」
ノックの音がした。
扉を引くと、わたしの唯一のメル友。
北海道警察旭川方面本部特殊捜査二課第八班(通常、警察はすべて7という数字で成り立っている。捜査7課、それぞれ7班。八班というのは超法規的措置のスペシャルユニット。性犯罪特捜班)班長の織田警部。
「ちょっとサコちやんに話しておくことがあるし、遊びに来たけど忙しい?」
土日は患者さん、外泊で病棟が空だから、緊急事態待機勤務で暇をもてあましてるんだ
「じゃあ、いいかな」
どうぞ
「まず、サコちゃん」
わたし、席をはずす?
「一緒に聴いて。関係あることだから」
いつもは明るい彼女が深刻な顔をしていた。
「サコちゃん、私たち裏のスペシャルユニット全員がマルホ対象になったの」
マルホ?
マルハのソーセージと魚缶はおいしい。
「それで、彼等」
「特捜二課第四班の連中は上に無断でああやって張り込んでるんだよ」
「首覚悟の行動か。ぼくなんかのために。マルホになったということは」
「マルタイの目撃証言がかなりあがってるってこと」
「マルタイも拳銃を携帯してる。サコちゃんもデザート・イーグル携帯してるでしょ。私たち全員に常時携帯命令が出て、やっとマルタイが現れたってわけ。いい部下を持って幸せだね、サコちゃんは。四班の仲間意識ってものすごく硬いから」
あとで彼に訊いたら、マルホというのは保護対象者。
マルタイは容疑者。
彼と織田警部夫妻と数名が表の警官の顔の他に、超法規的措置名目で、表の警察官ではできないことを方面本部長の直属でやっている。
ある時、介護ホームのビルを、勝手に名義を書き換えて入居者を追い出し、自分の組の事務所にしてしまった暴力団を潰した。彼らが団員に手錠をはめてデスクの脚につないだ後で、組織犯罪対策班(いわゆるマル暴)が乗り込んで、暴力団は完全に壊滅したかに思われたが、組事務所にいなかったヒットマン(要するに敵対する暴力団のトップを殺害する役割)がいて、彼らをねらってうろついてる。
しばらくは行方がわからなかったが、最近になって目撃証言が相次いでいるから、警察としては警察官である彼らの殺害を狙って組を潰された仕返しを実行しようとしていることを掴んだから、彼らを保護対象に指定して守る傍ら、彼らには拳銃常時携帯を命じた。
「というわけで、こうやっていつも拳銃を携帯してるってわけ」
彼女は拳銃を取り出した。
なんときらびやかな、こんな拳銃もあるんだね。
「あー、デコったな。あーあ、まずいよこれは。うわーデコってる。似た者夫婦だ。本部長にバレたらクビだよ、これ。なんで拳銃をデコるかな」
「携帯や私の持ち物とのバランスがとれないから。大丈夫、なんとかなるって」
いいじやない。これで警部なんだから。
それから世間話で盛り上がった。
彼はしきりに織田警部に言う。
「スカートが短い」
「だからスカートが短い」
無視されてるのにね。
おまえはソフトバンクの白戸家のお父さんか。
『誰も守ってはくれない』という、保護対象者と刑事さんの映画があったけど、警察はどこまで彼を守ってくれるのだろう。
守ってくれるというのは名義上だからこそ、彼の部下たちはクビをかけて彼の警護にあたってるんだろうね。
どこから狙撃されるかわからないのに、彼は気にもかけてない。勇気あるよねー。
殉職なんていやだよ。