2005年12月2日 15:00。
この日をわたしは永遠に忘れない。忘れられない。
彼のお母さんが天に旅立たれた日と、その時刻。
病室は静まり返っていた。
何も言わぬ母親の顔を笑顔でみつめ、彼はそっと、おやすみ、と言った。
わたしは、それが厚生労働省指針に違反することであるのを知った上で、蘇生の準備を看護師に頼んだが、彼はわたしの目をしっかりと見つめて、首を横に振った。
「せっかく、やっとゆっくり休むことができたんだから、起こさないでくれる?」
研修医としての生活をやっと終えて4ヶ月。
あの頃のわたしは、まだ1/10人前の呼吸器外科医だった。
でも、とりみだすこともなく、極めて冷静に対応する彼に、わたしは衝撃を受けた。
看護師たちも、スタッフ・ステーションで噂をしていたくらい、ありえない態度だったのだ。
「死亡診断書をお願いします。志村先生。1Fの会計が閉まったら、明日また出直さないといけないから」
まるで、感情というもののまったくない人間、いやロボットのような言動をする彼が、わたしは信じられなかった。
未曾有の大震災に見舞われた、中でも、街としての機能が麻痺して、ただ燃えさかる神戸市長田区で初めて出会った頃の彼はヒューマニストで、泣きたいときは被災者と共に泣き、笑いたい時は被災者と共に笑う、前面に感情がぽろぽろ零れ落ちる人間だったから。
それが、医者になったわたしが再会したときの彼は、現実主義者で、マッド・サイエンティストのような言動を頻繁に行っていた。
自分の母親を、モルモットのように、あらゆる厚生新薬の治験に利用し、癌を解放に向かわせるようなことは何一つかんがえてはいないように見えた。
わたしは、毎日、必ず打合せをしなければいけない立場にあったけれど、その時間がくるのが恐ろしかった。
「今までたくさんの人々に多大な迷惑をかけてきたからね。今、ここで恩返しをしないと」
そんなこと、ないよ。
建設業会計士としてゼネコンに勤務し、毎月20日頃になると、会計事務所が迎えに来て、無理やり引っ張っていく生活の中で、彼を立派に育ててくれた。
いったい誰に迷惑をかけたというの?。
親友にだまされて、保証人になったために自己破産を経験して、一度はすべてを失ったかもしれない。
でも、それは被害者という立場でのことであって、自分が苦しんだだけで、誰にも迷惑をかけてない。
詐欺という犯罪に巻き込まれたに過ぎない。
あれから7年が過ぎた。
でも、あの日のことはカラーではっきりと思い出すことができる。
彼の言動。
わたしの言動。
看護師の言動。
若い看護師たちは泣きじゃくって仕事にならない。
そればかりか、手術室長と、彼のお母さんと一番仲の良かった、人間血管感知器の看護師も泣いてしまって仕事に戻れない。元全共闘で怖いものなし、ケンカ上等のアネさんでさえ、ぽつんとデスクに座り、うつむいたまま、何を訊いても返事がない。
彼のお母さんの旅立ちが、病棟に与えた影響は計り知れない。
手術室長と人間血管感知器が御遺体を清め、わたしが死亡診断書を書くあいだ、彼は面会棟で、自販機からスポーツ・ドリンクを買って飲んでいた、という。
きょうは7回忌。
アネさんは、
「もう墓地は雪でダメだから、午後3時から納骨堂で執り行おう。ハンチョウと志村は午後から休むこと。いいな。坊さんを呼ぶのか、それともハンチョウが読経するか?」
「本人が、坊さんを呼んで会食をするような派手な法事はしないこと、と遺言状に書き残しているので、本人に従います。約束を破ることを最も嫌った人間なんで」
「だよな。やっぱりそうか。わたしと似たところがあるから話が合うんだ。いやー、わかるよ、その気持ち。わたしも同じことを考えてるから。仕事中にぶっ倒れてくたばったら、病院のごみ焼却炉で焼いて欲しいんだ。今の時代はシンプルじゃないか、やっぱり。だって、葬儀を出したら500万円だぞ。持ち家がある奴は家を担保に銀行から金を借りることができるけど、賃貸マンション住まいは銀行も相手にしないから、サラ金闇金からかき集めるんだと。冗談じゃないって。そんなにして豪華に送って欲しくないよ。ほら、よく新聞広告が入ってる、家族葬か、あの程度だね。10万円から50万円まで、いろんなプランがあるっていうから、10万円でいいよ豪華な葬儀をしたから三途の川を渡してくれるってものでもないしな。でさ、病棟から、わたしと人間血管感知器さんが、午後から出てきて、七回忌に出席してそのまま順夜勤に入るから。それと水野手術室長は旦那さんも列席するって。それからナベがくる。ヲタクは勤務中だからダメだけど、生まれた時から可愛がってもらったから、どうしても列席したいそうだから。まあ、そんなところだ」
「アネさん、病棟を空けてかまわないんですか。気を使わないで下さい。お気持ちだけで」
「いいって。あのなー、お留守番がくるんだよ。っていっても登山男だけどな。一応医者だからお留守番ぐらいはできるだろう。三歳児じゃないんだから」
前院長が陰で支えてくれるのか。
なんだかんだ言うけど、アネさんと前院長って、結構気が合うんだよね。
すごい。
それにしてもすごい人数の列席者。
今朝まではふたりだけでシンプルにやろうね、って言ってたんだけどね。
やっぱり、お母さんの人格だよ。
病院にとってあんなに模範的な患者さんはいなかったからね。
志村家は、何の音沙汰も無い。
恥ずかしいよ、わたしは。
ウチの変なおじさんは、病院にいてもいなくても、別に相手にされてないんだよ。
1日大きなデスクについているだけ。
居眠りしようが携帯のゲームをしようがおかまいなしだから。
デスクから動かない。
そんな人が新しいプリウスが欲しくてたまらない。
彼のDVDファイルの中に、スパイ映画なんだけど、ドタバタコメディーのTVドラマがあった。
『ピンクパンサー』シリーズのスタッフが製作した『それ行けスマート 0086は笑いの番号』。
数年前にキャストを一新して映画化もされた。
その、ドジなスパイのマクスウェル・スマートが面白い新兵器に乗っていた。
ジェームズ・ボンドでいう、ボンド・カー。
それが、なんとデスク・カー。
中央の引き出しからメーターやハンドルがせり出してきて、デスクのキャスターがタイヤで、ご丁寧にデスクの上にミラーとフロントガラスがせりだしてきて、フリーウェイをぶっ飛ばす。隣の車線も反対車線も見とれて車を停めた為にフリーウェイであるはずのない渋滞が起こる。
ウチの変なおじさんの新車はあれがいいよ。
病院の壁をぶち破って走らせたら爽快だと思うよ。
結局、志村家は全員揃ったけどね。
みんなで長々と車を連ねて、約1時間、隣町まで走りました。
彼の車のカーコンポからは、この日を飾る曲が次々と流れていた。
コブクロ「蕾」
浜田省吾「Father's sun」
この曲は、浜田さんのお父さんが亡くなった時に、霊柩車の棺の横に乗り、お父さんの亡骸を囲んだ棺にもたれていた時に、メロディーが湧き出したのだとか(彼:談)
いろんな曲が流れたけど、やっぱり、一番印象的なのは、
川嶋あいさんの「・・・ありがとう・・・」
詞がストレートにぶつかってくるからね。
この曲に乗せて、彼は、自分をここまで育ててくれたお母さんに無数のありがとうを、心の中で言ってるはず。
「生きている時って、恥ずかしくて言えないんだよね。どんなことでも言い合える親子関係だったけど、この言葉だけは、とうとう言えなかったな」
だよね。
考えてみるとわたしも、この言葉だけは言ってない。
国公立の医科大学だったけど、大学6年間の授業料だけで400万円くらいかかってる。
医学生って、授業についていくために半端じゃない自習をしなければいけない。
普通の大学生の数百倍だよ。
睡眠時間は3時間。
だから、アルバイトなんかできない。
学費の400万円はすべて両親の負担。
変なおじさんが出してくれていたわけ。
就職して、年収が軽く1千万円を超えるのに、いまだに返納してない。
お金を返すことが嫌なんじゃなくて、返す時に「ありがとう」って言うのが照れくさいだけなんだけどね。
たった五文字なのに、旧約聖書の最初から新約聖書の最後までを読み上げるよりも難しい。
いつか言おうって決めてるけど、また今度ってなってしまう。
さあ、大変人数が多すぎて、納骨堂の前に全員が揃えない。
隣のその隣のそのまた隣の家の納骨堂の前まで並んでね。
彼が一番奥で小さくなってお経を読むこと約1時間。
順番に御焼香。
正式にはお経は51分間だって。
法要だからすべてのお経を上げなければいけない。
彼にとっては声とろうそくとのハンディーキャップマッチ。
お経はテナー以下の低さで読まなければいけない。
まあ、最近はおネェ系僧侶がテレビの人生相談なんかで話題になってるけど、彼は浄土真宗西本願寺派のお寺の血を引いているから、低い声の読経にこだわらなければいけない。
それを遣り通したよ。
また成長した。
ろうそくはね、お経がいくつもあって、1つのお経に1本のろうそくって決まりがあって、お経を読み始めるときにろうそくに火を灯して、お経が終るのと同時に、ろうそくが無くなり、火も消える、というのが正式な作法。
彼はお経の書かれた本を手にしてはいるけど、本を読み上げてるわけじゃなくて、頭にすべてが入ってるから、本を見ないで、ろうそくを見つめて読経していた。
今回も、パーフェクト達成。
みんなに見えないように小さくガッツ・ポーズしてた。
シンクロってそれだけ難しいってことなんだね。
ナベちゃんがぽつんと言った。
「もう・・・・・・7年か。もう、死んでもいい、ウチの両親はまだぴんぴんしてるのに、おばさまが先に逝ってしまうなんて・・・・・・ウチのはふたりとも根性が悪いから、仏様が呼んでくれないんだよね。極楽浄土が穢れるから・・・・・・」
「そんなことはないよ、ナベちゃん。ウチの母親の分まで生きてもらわないとね」
「最近、よくこぼすんだよね。雅ちゃん(彼のお母さん)が置いて行った、って。友達が少ないから、おばさまがいなくなったのが、相当寂しいみたいで」
「加藤さんも元気で?」
「今朝、電話して、きょうはおばさまの七回忌だよ、って言ったら、嘘だろ、って。おれの時計は2005年12月2日に止まったんだよ。七回忌だなんてそんなばかな・・・・・・」
って、ものすごく深いため息をついたまま無言でね。
説明しよう。
加藤さん、とはナベちゃんのお父さんのお兄さんで、家業の穀物店を継ぐことを嫌い、わたしの卒業した高校から、東京の大学へ行き、開局を控えたフジテレビに入社。製作部門でプロデューサーを務めていた、彼のお母さんの同級生で、演劇と合唱の仲間だった。
主にアニメ作品のプロデュースが多く、代表作は『妖怪人間ベム』『昆虫物語みなしごハッチ』『けろっ子デメタン』『科学忍者隊ガッチャマン』。また実写ドラマ作品としては、『科学忍者隊ガッチャマン』の元ネタ、あるいは原作と言われ、長期間に渡り高視聴率を保ち続けた伝説のドラマ『忍者部隊 月光』がある。
フジテレビ退社後は製作会社を起業し、最近では『JOKER 許されざる捜査官』などのヒット作品も生み出している。だから、彼が『JOKER 許されざる捜査官』の音楽監督をできたわけである。
おろか・・・・・・ぶっ
こうして、七回忌はとどこおりなく、多数の方々に列席していただいて、無事に終った。
この次の法要は十三回忌。
きっと、そのときも多数の列席者が見守ってくれるだろう。
あのお母さんは人を惹きつける(引きつける)人だから。
だって、わたしと彼を引きつけてくれたじゃない。
レース編みという同じ趣味で結ばれていた人間血管感知器さんと水野手術室長に、彼はお母さんの遺品のレース編みの本を数十冊ずつと、編み針のセットを1組ずつ形見分けした。
ふたりとも、喜んで使わせてもらう、と受取ってくれた。
病室に戻ると、彼はノートパソコンに向かい、なにやら打ち込んでいた。
「きょう、列席してくれた方々に、些少で悪いんだけど、菓子折りの1つずつでも贈ろうと思ってね。問題ないよね?」
ないよ
でも、ナベちゃんに贈ると、ヲタクが手を出すからなー
メタボがね。まあいいか。医者なんだから自己管理するのが当然だし、あの、今朝
のテレビの、道行く人に聞くアンケート調査の結果
旦那さんは奥さんに先に逝かれたら、後を追いたい気持ちにかられる
奥さんは、旦那さんに先に逝かれたら、翌日から新しい男性を捜し求める
ヲタクがメタボで逝ったら、ナベちゃんは翌日には看護師に復帰して、新しい男性を捜し求めるってことになるでしょう
大丈夫だよ
2005年12月2日 15:00。
あの日から七年目の夜が終ろうとしている。
わたしは1/5人前の呼吸器外科の医師になれたのだろうか。