つい、今しがたまで、わたしたちの仮の住まいである病室には、昼間勤務を終えた紺野”星目がちな愛くるしさ”看護師と、佐橋”おやじキラー改めおやじホイホイ”看護師がいた。
深刻な相談があるということだったのに、ちょうどわたしと不思議ちゃんが観ていたDVDに惹かれて、肝心な相談は見終わってからになってしまった。
観ていたのは、特撮映画か怪獣映画・ウルトラマン、そう思った人は残念でした。
この不思議ちゃんはただの特撮ヲタクじゃなくて音楽家だよ。
「上からマリコ」のタイトルを変えろってデモを計画してる立派な音楽家。
だから、当然だけど、音楽アーティストのライヴDVDもたくさん持ってる。
ジャケットの背表紙に全部「見本品」ってシールが貼ってある。
メディアと関係者に配布されるもの。
中身は市販品と全く同じ。安上がりでしょ。
彼が音楽を担当したり、俳優さんから役のための知識を教えて欲しいと依頼され、それをすると、DVD-BOXが送られてくる。
TVドラマだったり、映画だったりするけどね。
『きらきら研修医』は新居にありますよ。
観たくないから。
あれは医師にとってリアルすぎる。
わたしもかつては、うさ子先生みたいなドタバタ研修医だったから、思い出すと具合が悪くなる。
『だいすき』
わたしもだいすき。
知的障害者の子育て、って深刻なテーマなんだけど、決して暗くならずにホームドラマに仕上げていて好き。
『JIOKER 許されざる捜査官』
ウチの不思議ちゃんのドキュメントだね。
夏場に、同じ年齢の友人の女優、江角マキコさんから連絡があって、約3ヶ月間法医学者(つまり解剖医)についての役作りを教えてた。
『ブルドクター』ってドラマのためだと思う。
ってことは、DVD-BOXが出たら、見本品ですか。
で、今夜観ていたのは「三枝夕夏 IN db」
恥ずかしながら、そんなバンドが日本にあるとは知りませんでした。
おまけに彼がプロデュースと、バンドはギター・ベース・ドラム・ヴォーカルしかいないので、ライヴのときはキーボードを担当していたという。
いいソロ弾いてたよ。
ヴォーカルは99%ローライズ・デニム。
1曲だけウエディングドレスっぽい衣装で。歌が「ジューン・ブライド」だからね。
ローライズ・デニム、いいよねー。
わたしもデニムにはこだわるけど、さすがにレヴェル37になると、勇気が無いよね。
ノリのいいバンドでね。
二人の看護師はほとんどの曲を歌えるの。
そんなに流行の曲なの?
AKBよりすごい?
「爆発的にヒットしてましたよ。名探偵コナンのテーマ・ソングで」
「そうだよ。ぼくの番組のテーマソングの中の何曲かはこのお姉ちゃんたちが歌ってくれたんだよ。倉木麻衣さんも愛内里奈さんも小松美歩さんもB'zも」
あのなー・・・・・・誰がコナンの真似をしろといった・・・・・・。
T-FALはどこだ・・・・・・。
「そっくり!」
二人の看護師は大喜び。
「本当のコナン君のヴォイス・アクトレスの高山みなみさんは、ぼくの音楽の時のデスクマネージャーの大学時代の同級生なんだ。今井美樹さんとかね。だからTV局で会えば話もするし、音楽ユニットをやっていて、ぼくのマネージャーが頼んで、ぼくがプロデュースしてた。『魔女の宅急便』のヒロインのキキも高山さん。やってみるよ」
あー、これはわかる。
「落ち込んだりもしたけど、わたしはげんきです」
キキだ、うわっ、すごっ。
コナンと声が全く違うんだよ。
やっぱり、ものまねがいいよ。
音楽と同時進行で物まねもやろう。
ツートン青木Jrに負けないって。
宇多田ヒカルもできるし、田村正和さんも、みんながやる古畑じゃなくて、二枚目の田村さんだからね。
ニューヨークでは、ほんとに『ラストラヴ』を演じてた。
リンカーンセンターでライブをさせてもらった後、ハドソン川のほとりを散歩してた。彼は、映画の田村さんと同じサングラスをかけて川べりに何軒ものお土産屋さんがあるから、病棟のすべての患者さんに配ることのできる安価なものをわたしは探したいと言ったら、不思議ちゃんは頷いて、言った。
「そこのベンチで待ってる」
田村さんの真似でね。
わたしは探しながら、ベンチの彼をちら見してたら、田村さんと同じように、サングラスをはずして、フレームの耳に当たる部分から端まで口に入れて弄んだりしてた。
それ以上は田村さんでいられなかったけど。
だって、そのベンチで最期のときを迎えるんだから、田村さんは。
決め台詞も言わなかったしね。
「きみは未来がある 俺は過去だよ」
自分がスキルス癌に冒されていることを知って、伊東美咲さん演ずる唯にさりげなく別れを切り出すシーン。
あとはつぶやき。
「皮肉なものだな。妻と同じになるとは」
妻をスキルスで失い、自分もまた同じ病に冒される。
ところで、深刻な相談。
紺野看護師がプロテスタントで、毎週礼拝に行くでしょう。
佐橋看護師との話の中でやっぱりキリスト教の話が出るんだよね。
看護師になるためには、キリスト教的儀式も行わなければいけないし、佐橋看護師も多少はキリスト教についての知識があるから、
「わたしもプロテスタントになれますか?」
突然の発言に、不思議ちゃんフリーズ。
なれるよ
プロテスタントは自分から教会の扉を開くひとを決して拒否したりしない
わたしが一番進めるのは2世や3世と違って、改宗者の場合、1ヶ月くらい洗礼を受けずに礼拝に出てみること
納得がいって、これなら続きそうだし、おかしなところでもないと思えば、それから洗礼を受けてもいいと思う
だいたい長い人で3ヶ月経ってから洗礼を受けた人もいるから、焦らないで
「献金って1回の礼拝で千円でいいんですか?」
金額は決まってないからいくらでもいいの
毎月最終日曜日には什分の一献金といって、自分の月給の什分の一の金額を献金するきまりはあるけど、毎週の献金はいくらでも、その人の気持ち
紺野看護師からも聴いているかもしれないけど、さすがに1円という人はいないけど、神社のお賽銭も今は100円がほとんどみたいだし、わたしたちの通ってる教会には他の病院の看護師さんも十数名いるけど、みんなだいたい千円って自分たちで決めてるみたい
まあ、看護師長とか部長、副看護師長なんかは、もう少し多いみたいだけど、ウチの教会は信者が多すぎるから、千円でも高すぎると思うけどね
「宗教のために生活を犠牲にする必要はないよ。もし、高額な献金を強要したり、全財産を差し出せという宗教があるのなら、それは宗教ではなくて詐欺と恐喝、強盗に問うことができる。宗教は人の心を豊かにするものであって、生活を切り詰めてまで信じるものではない。あくまで、ふつうの女のコとしてオフにはコスメやネイル、肌のお手入れもしたいだろうから、そういうことを楽しんで、余ったお金を献金すればいい。ただ、知ってると思うけど、プロテスタントは飲み物を制限されるよね。飲んでいいのは愛媛農協のポン・ジュースとか鷹栖町のオオカミの桃、あれは高すぎるから、カゴメの野菜ジュースにトマトジュース、ミネラルウォーターにイオンのオリジナルスポーツ・ドリンク。アクエリアスやポカリスェットじゃなくても、イオンのオリジナルブランドのスポーツドリンクでいいの。それと愛媛農協のポンジュース。ぼくはその他に、生まれた時から欠かしたことのない不二家のピーチネクター。コーラって骨をもろくする成分と麻薬が入っているのを知ってた?」
佐橋看護師は頷いた。
「ぼくは、コーラで友人2人を亡くしてる。1人は小学校からのテニス仲間だ。もう一人は小学校からバスケをやっていた。二人とも常にコーラを手放さなかった。練習の前にコーラ1瓶。まだペットのない時代で女性のボディーラインを象った瓶だったけど、練習中にベンチで1瓶、練習終わりに1瓶。突然、全身に痛みが走って、四肢を動かすことができなくなって、親がなんとか病院へ運んだら、診断は骨肉種。治療薬が限られていますから、治療しても、残念な結果に終ります。承諾していただけますね。ふたりとも医師が全く同じ事を言った。そのときに思ったよ。ぼくはコーラの味を知らなくて良かったって。何よりも不二家のピーチ・ネクター。それと愛媛農協のポンジュースしか飲まさなかった親に感謝した。
コーラは一度飲むと止められなくなる。それが麻薬成分の役割。飲み続けて骨肉種になって、まだまだ遠くに開けている未来を閉じる。嫌な話だね。ぼくはコーラを徹底的に恨む。大切な友人を奪った仇をとことん憎む。ところでコーラは飲む?」
ポンジュースを強調しても、愛媛農協から届かないって。
「わたしは、バヤリースですよ。コーラの炭酸って、他のファンタとかの炭酸よりきつくないですか?。のどに突き刺さる感覚があって。風邪や咽頭炎のときみたいな感じがずっと続くから、それが嫌で炭酸系はやめたんですよ。だからバヤリース」
「いいね、バヤリースは。東宝特撮映画にも協賛してくれるし」
だから、自衛隊の誤爆とか、怪獣もバヤリースの看板と森永ミルクキャラメルの看板はよけて通る。
まあ、国会議事堂をぶっ潰してくれたらそれでいいけどね。
「実は、お話しておいたほうがいいかと思って」
佐橋看護師の、こんなに深刻な顔は初めて見た。
「あのう・・・・・・ウチの両親は学会で」
学会って医師のほうじゃないよね。といえば、
「そうかー」
深刻な話の時にボケを放るな!。
「それで、幹部だとか、支部長だとか」
「脱会しようとしてるんです。脱会しても、大勢の学会員が押しかけてきて、近所中に聴こえるように汚い言葉でののしったり、無理やり本部に連れ込んだり。もう、どうしていいか」
「うれしいね。それはぼくの仕事だ。まず、本部に連れ込む。これは拉致。連れ込まれたら、支部長とご両親だけ狭い部屋に入れられて説得工作が始まって、外鍵をかけられていて、支部長の合図があるまで外に出してはもらえない、そうだよね?」
佐橋看護師は頷いた。
「監禁がプラス。近所に聴こえるような声でののしった。これは人権蹂躙。そして騒音。拉致監禁だけで査定はあがるのに、人権蹂躙に騒音か。今年はウチがもらったぞー」
不思議ちゃんは携帯をかけた。
「あっ、本部長。いいニュースです。学会で動けます。ぼくの勤務している病棟の看護師のご両親なんですが、脱会したところ、近所に学会員が大勢で押しかけて近所中に聞こえるような声で罵詈雑言を浴びせ、家から連れ出し、狭い小部屋で支部長とご両親だけにされ、外鍵をかけられ、支部長の合図があるまでは、鍵を開けてはくれない、ということです。近所に聴こえるような声は騒音被害、罵詈雑言は人権蹂躙、そして連れ出したので拉致、小部屋に入れられ、外鍵をかけたのは拉致。どうですか、成立しますよね・・・・・・はい、連絡を取ります。まず被害者保護を優先してもらいたいんですが、・・・・・・いいですか。ところで礼状は?・・・・・・大丈夫ですよね。必ずお願いしますよ。ぼくが身動きを取れれば・・・・・・はい、わかりました。住所・・・・・・ですか、ちょっと」
佐橋看護師は実家の住所と電話番号を書いた紙を不思議ちゃんに渡した。
「いいですか、読み上げますよ」
不思議ちゃんは受取ったメモを読み上げた。
「東署じゃないですよね。ウチのヤマですよね。だったら早速動かしますよ。礼状をよろしく・・・・・・えっ、公休? あのねー高給取りが公休なんかとってる場合ですか。
とりあえず、支部から崩しますよ。公安とのタッグでいけるでしょう。創価学会については内調室が動けない。公安も色めき経ちますよ」
それから、不思議ちゃんは早速、自分の部下たちに状況を話し、特に創価学会に潜入している部下には注意を喚起した。
「今、現在、御両親とは連絡が取れる?」
不思議ちゃんは佐橋看護師に訊いた。
彼女は首を振った。
「支部に監禁されている脱会者が2名いるらしい。探し出して解放し、自宅まで送り届けてほしい。自宅周辺には公安が張り込みをかけるから。頼んだよ」
電話を切るなりまた電話。
「もしもし・・・・・・はい・・・・・・そうですか。お願いできますか。・・・・・・・それはもう、頼らないと、ウチには7人しかいないので。よろしくお願いします。現在、支部に監禁されている脱会者が2名いるので、こちらで解放して、自宅まで送らせます。後はよろしくお願いします。交通課と違って、こういうことでもないとウチもなかなか厳しくて」
彼はくすっと笑って、電話を切った。
「御両親は今夜中に解放されて、自宅に戻ることができるよ。公安が自宅を24時間張り込んで、動きがあれば、明日以降、きつく取り締まる。日本中で初めての行動に出たんだ、絶対に成功させて見せる」
政党を持っているために、今まではどんな罪を犯しても、創価学会にだけは手を出せずに歯がゆい想いをしていた不思議ちゃんの目が爛々と輝いていた。
あの目は、患者さんの胸を切開して、肺の腫瘍を摘出している時にしか見せない目だ。
「最後におもしろい話をしようか。池田大作さんは病気だよね。信者には日付まで予告して、その日に総本部に現れる、なんて言っているみたいだけど、入院している病院の担当医の話だと、それはあまりにも無理だ、ということだ。その入院先から、ある新興宗教に入信して、通いつめてる。その宗教は、水道水をコップに汲んで神棚に上げると、2時間後に神の力が加えられてお酒に変わる。それを、外科なら患部に塗る。内科なら飲む。それを続ければたちまち病気が治る、っていうんだ。もちろん水が酒に変わるなんて科学的にありえないし、ぼくは実際にその宗教に潜入していたから、鑑識で、本当に酒に変わっているのか調べてもらった。案の定、単なる水道水。でも、日本人の性質は、常に他人と同じでなければならない、でしょ。だから、宗教の役員が1人、酒に変わったといえば、わたしもわたしも、と全員が話をあわせる。
日本で新興宗教がどんどん誕生するのは、日本人の性質が利用しやすいからなんだ。御両親は学会の裏側に気がついて、脱会を決めたんだと思うよ。その勇気はすばらしいよ。あとはぼくらが絶対に守りきる」
「もし、ウチの両親もプロテスタントになりたいと言えば、受け入れてくれますか」
求め来るものに対して、教会の扉は常に開かれていますよ
佐橋看護師に笑顔が戻った。
ふたりは連絡通路を通って、寮へと帰っていった。
直後に、不思議ちゃんに連絡が入った。
「奪回成功したって。まずは第一段階クリアだね。あとは公安でよろしくだね」
しばらくしたら、佐橋看護師の許に御両親から連絡が入るだろう。
佐橋看護師を泣かせるような真似はしないでよ、サコ班長。