礼拝を終えて、病棟に戻った。


 きょうは病棟は空。


 空(そら)はあるけどからなんだよ。


 空はものすごく冷たい雨が降ってる。


 多分このまま雪になって積もり、解けることはないだろう。


 彼が云ってるだけだけどね。


 不思議と当たるんだよ。


 気象庁より、天気予報の当たる確立ははるかに高い。


 不思議ちゃんの不思議能力。


 彼の車はタイヤにも仕掛けがあるから、マツダが引き取りにきて交換して持ってくるような手順になっているらしい。


 パンク自動修復機能。


 パンクしてエアーが抜けても、直ちに元の圧に戻って走行できる。


 警察もいろいろと考えるよね。


 国民の税金を使って、スパイ映画みたいな珍発明をして。


 特殊捜査二課だけなんだよ、こんな特殊車両を与えられるのは。


 本当に特殊なところだから。


 詳細は本部長しか知ることはない。

 特殊捜査一課、いわゆるSITという、篭城やハイジャックの交渉と強行突入を専門とする部署も、交通課から捜査一課、組織暴力対策班に至るまで、本部長と部署の間にはたくさんの組織が介入して、本部長の指示が降りてくるんだけど、特殊捜査二課は本部長直轄の組織で、間に介入するものがないから動きは早い。

 でも、仕事の内容は非合法なものだからね。


 彼の率いる第四班は潜入捜査、いわゆるスパイ組織なわけ。


 日本の刑法では、潜入やおとり捜査を禁じているんだけど、特殊捜査二課は許される。


 内閣調査室、国家公安委員会に続く、日本の第三のスパイ組織。


 でもドライマティーニのシェイク&ステアードは、プロテスタントの律法で禁止だから飲めない。


 名前は名乗ると思うよ。


 でも、ボンド。ジェイムズ・ボンド、とかっこよくは名乗れないだろうね。


 日本人だから。


 車だって潜水艦に可変しないしね。


 そのように改造するには2億円かかるから、いくら本部長直属のスペシャル・チームでも、それは無理だよ。





 きょうは、ガンバ夫婦とチャラ夫婦が外出してるから、わたしたちは病室待機。


 食事は配膳が休みだから、コープかコンビニまで出かけて買ってくる。病院内のコンビニは土・日・祝祭日は閉店ガラガラ。平日は午前9時開店、午後3時閉店ガラガラ。どこがコンビニなんだろう。一応ローソン系列だけど、ロッピーはない。ATMは午後6時まで使えるけど、千円単位の引き出しで、入金も出金も千円から一万円までは210円の手数料を引かれる。一万円から三万円までは315円、それ以上は、五万円までが420円。それ以上は知らない。病院で降ろしたことがないから。


 ほんとにどこも便利にできてない。


 


 「午前中に先輩からお礼の電話をもらった。志村、がんばれよ。頼むから先輩の顔に泥を塗るのはやめてくれ、な」


 アネさんに言われた。


 グランブルー・ドリームスのことでしょ。


 わたしもとうとうミュージシャンになったのか。


 土俵際から反転させるから見てて。


 このままだと、彼らは、彼にかわいがりをされる。


 ゴルフクラブが折れ曲がるほどにね。


 彼らはわたしが守るからね。


 


 「ハンチョウ、志村。きょうは病棟待機だけど、明日にでも、定時であがって映画でも観に行ってきたらどうだ。今頃は新作に変わる頃だろう」


 でも、、先週の火曜に休みをいただいたので・・・・・・


 「はい。ありがたくそうさせていただきます」


 人の言葉をさえぎったな。


 先週の火曜に休みをいただいたので今週は


 「ダメだよ。全部云ったら首が飛ぶ」


 なんで?


 「この病院にも多分会社法はあるでしょう。なければ事業所としての許認可は受けられない。会社法の規定で、上司には絶対服従。陰口、悪口、上司に対する批判をした場合、解雇できるとあります」


 「会社法か・・・・・・あるかないか、明日、事務に訊いてみるけど、事業所として許認可されてるから、あるんだろうな。ということは、あれか、読売ジャイアンツの場合、清武代表の処分が正しいってことか?」


 「もちろんですよ。代表権はないといえ、実質的なオーナーですから、渡辺さんは。どんなに陳腐なことでも渡辺さんの言うことに対して逆らったわけですから、処分として妥当です。長島さんも、家族が見たことのないほど激怒して清武代表を責めたって娘さんが教えてくれました。彼女とは同じNPOでいろいろと動いてますんで」


 「じゃあ、わたしが、前院長が院長時代にやっていたことはすべて引っかかってたんだな。それを奴は受け流してくれた、ってことか。まいったな、借りをためこんでる」


 会社法か・・・・・・なるほど、そんな法律もあるわけだね。


 酔っ払って上司の悪口を言ったり、陰口を云ったりしても問題はないんでしょう、意識が混濁してるから


 「そんなのは関係ないの。どんな状況下においても法は適用される」


 「でも、医長として命令する。この病棟に限って、会社法は適用外にする。上司の命令は絶対服従だから、いいだろ、これで」


 わかりました


 「だったら、明日の夜は、ハンチョウと志村は外出。映画に行く。観たい作品があるだろう。『怪物くん』とか」


 あれは、25日から公開なんです


 「あー、そうか。セヴン・イレヴンで700円以上買うと、スピードくじで、怪物くんのグッズが当たるんだ、引いてみたら、はずれだよ。何回引いてもはずれ。ひょっとして当たりを入れてないのかと思ったり。だから、もうてっきり公開されてるんだと思ってた。映画の前宣伝なんだな。なるほど。でも映画は1本じゃないだろう」


 今、話題になってるのが、くまだまさし原作の『アントニオ猪木』。


 ちがうでしょう。


 さだまさし原作の『アントキノイノチ』でしょう。


 なんでキュートンくまだがあんないい話を書くの。


 『アントニオ猪木』を書きそうなのはおまえだよ。


 オペ室に闘魂タオルを首にかけて入ろうとしたくせに。


 なんでもプロレスにするな、おまえは!。


 「どんな映画なの『アントニオ猪木』って?」


 「簡単に言うと、ですね


  


     この道を行けば


     どうなるものか


     危ぶむなかれ


     危ぶめば道はなし


     踏み出せば


     その一足が道となり


     その一足が道となる


     迷わず行けよ


     行けばわかるさ








     運は


     勇気の無い者には


     めぐってこない


     何が起ころうとも


     総てに感謝


     ありがとう


 


 っていう映画です」


 違う、そうじゃない。


 「いいね。医者にそのまま当てはまる。すばらしいね。国があまりにも安全を優先させるばかりに、死ななくてもいい患者さんが命を落とす世の中だ。すばらしい言葉だ。医者はみんな心に叩き込んで実行すべきだ」


 全然違います


 さだまさしさんが書いた小説の映画化で『アントキノイノチ』っていう、心に傷を抱えている男女が、遺品整理業という職業を通じて出会い、遺品に触れることで生きる勇気を取り戻していく、というストーリーです






 彼は音楽プロデュースを努めながら、こういうばかげたことを


 「さだまさし、って「灯篭流し」のか。「関白宣言」のか」


 「映画を作って、失敗して借金取りに追われて、ぼくの所属していた事務所にとびこんできたさだまさしです。コンサートでは喋りが2時間で、歌うのは40分のさだまさしです」


 まだ、みんなに招待券を配ってないよね?


 「今夜の夜食や明日の朝礼の後なんかに配るよ」


 たくさん券をもってるんですよ


 来年の2月公開の『はやぶさーはるかなる帰還ー』って、川口プロジェクト・マネージャー役が渡辺謙さんという


 「渡辺謙。いいなー。あんな男がいたら、わたしは医者を捨てて結婚を申し込むな」


 「川口さんって、あんなにカッコよくないですよ。新人時代に、大晦日の紅白が始まるまでにカラーテレビを取り付けろって客からガンガンクレームの電話が来て、朝6時から真冬の屋根の上でアンテナをとりつけて、滑り込みですべてをこなして、最後の家が終ったのは午後8時58分ですからね。昔は紅白は午後9時開始だから、ぎりぎりですよ。そうしたら41度の高熱を出して、そのまま病院送りですからね」


 「でも、おもちゃを買ってくれた恩人だろう」


 「尊敬と感謝の念はあります。だから音楽でほんの少しだけでも返せたらと思って」


 「3月も「はやぶさ」だろう?」


 「あれは降板しました。JAXAはあまり登場しないんですよ。一人の少年が「はやぶさ」に託した思いを映画にしてるので。後任に冨田勲さんが入ってくれて、ぼくなんかよりずっとすばらしい音を付けてくれると思います。事務所でスケジュール管理をミスって、めちゃくちゃなんです。だから、少し整理しないと


 2月も、モスクワで録音したい、現地のオーケストラは金管が鳴るから、使いたい、って正直に話しました。東映の創立60周年記念映画なので、予算は潤沢かなと思ったんですが、そんな予算はないよ。シンセサイザーでいいから。観客は音楽を聴きに来るわけじゃない。会社法という壁があるから、それ以上は云えませんからね。東映の会長が陣頭指揮を執られたんですが、あっさり一蹴されて後は一切口を聴いてくれません」


 だろうね。


 モスクワに日本映画の音楽の録音に行かせろっていうほうがどうかしてるんだよ。


 確かに、『ゴジラ×メカゴジラ』(ゴジラ主演 釈由美子さん共演)では、音楽プロデューサーをやってモスクワで録音してすばらしい音楽を作ったと思う。ゴジラ映画では第1作に続く出来だと思ってるよ。でも、それは東宝が各プロデューサーに予算を預けて、好きなようにやらせたのと、東宝のトップスターゴジラが主演する映画だから豪華にしたいからだよ。黒澤映画と同じスタッフだし、扱い方が黒澤映画と同じだから。ゴジラと黒澤の東宝だった。


 ゴジラも黒澤もなくなった今、とうとう東宝も自社製作ゼロという、落ちるところまで落ちた。





 東映はトップが総ての予算を握って配分するような方式の会社だ、ってことで、会社によって違うんだって。


 会社もハリウッドほど物分りもよくないんじゃないの。


 あきらめて、こつこつと作ってあれだけのものを完成させたんだから偉いよ。


 TVだって、話題になる『妖怪人間ベム』を断って、『秘密諜報員エリカ』なんていう深夜枠のドラマを選ぶし。変わってるよ。


 とにかく、スパイ・ドラマが書きたくて、ジェイムズ・ボンドが目標だったの。


 でも、もうおそらくoo7の新作はない。


 だったら日本のスパイ・ドラマでいい。


 内閣調査室調査員がヒロインだから、普段、内閣調査室と連携して動く特殊捜査二課第四班所属の彼にはもってこいなのかもしれないしね。


 『怪物くん』は見事にこなしたけど、映画版は新たに音楽を足さない。TVのを流用するから書き下ろさなくていいんだよ、って。


 連絡を受けて、彼は云った。





 世の中にはフェアなものなんか何もない


 目には目を


 復讐には復讐を


 アンフェアには、アンフェアを





 そして、『妖怪人間ベム』の依頼を一蹴した。


 


 上司が行けと云ったんだ、会社法を守ろう。


 でも、『アントニオ猪木』は観ないよ。


 あくまで『アントキノイノチ』だから。


 さださんは『アントニオ猪木』から『アントキノイノチ』というタイトルを発想したんだろうけど、シナリオを読むとものすごくまともな映画。


 『ステキな金縛り』と正反対。


 あの映画はよかったよ。


 西田さん、最高。


 深津絵里さんがよくついていったよ。


 少年課のすみれさんがあんなに演技派になったとは。


 西田さんが常に隣で悪乗りするのに、きちんと自分の芝居をしてる。


 普通だったら、それ止めろ、って西田さんをフライパンで殴るけどね。


 ピーター・セラーズを超える悪乗りだからね。


 深津さんにアカデミー最優秀助演女優賞だよ。


 よく我慢して芝居を続けたから。


 


 さあ、サコちゃんはまた泣くねー。


 


 涙は心の汗だ。Let's Begin !