・・・・・・疲れた。
精神的にも肉体的にも、限界。
きょうは近所の小学校5年生が病院を訪問して、医師や看護師の手伝いをしながら、仕事を学ぶ、という実習が、よりによって、この病棟に入った。
この病棟は新任の看護師でさえ勤まらないんだよ。
病院の中で一番、繊細で、高度なテクニックが要求されるんだから。
他人の言うことをまるきり聴かないね、今の子供って。
看護師連中も泣いてた。
抗癌剤の点滴の前に、吐き気止めなど、副作用を抑えるための点滴を入れるんだけど、どんな種類の点滴も、落とす速さは患者さんの脈拍と同じ速さでなければいけないの。看護師は聴診器を使ってまで、脈を聴き、点滴をシンクロさせるんだけど、バカガキがみようみまねで勝手に速めたりするのよ。
先生が付いてるのに、何も言わないんだよ。
点滴を速めたために心不全を起こして亡くなる場合があるんだから。
先生も素人だから知らない、で済まされないよ。
もし、そんなことが起きたら訴えられて、厚生労働省にボコボコにされるのは病棟とアネさんなんだよ。
たとえ小学校の実習中に、小学生がやったことでも、責任は病棟にあるの。
紺野看護師は悲壮な顔をしてるし、いつも元気な”おやじキラー”佐橋看護師もうつむいて頭を抱えてるし。
とにかく、いつもニコニコして、何がそんなに楽しいの、って訊きたくなる、ウチの不思議ちゃんでさえ、キレる寸前。
「全然キレてないっすよ。俺をキレさせたらたいしたもんだ」
って言ってるけど、秒読みは1まできてる。
臨床心理士のふたりもそう。
レンタル医師のふたりも完全にキレてる。
ウチの不思議ちゃんは、臨床心理士として巡回してるときに、
「どうして、他人の考えてることがわかるんですか?」
って質問をされた。
素人にそれを教えることはできないの。
資格を授与されるときに宣誓書に、そういう項目があって、サインさせられてるわけ。
素人にそれを教えれば、悪用される危険性があるから。
それに、いくつものクライアント(患者さん)の反応を見て、総合的に判断されるものだしね。
「教えられないことになってるの」
って言ったら。
「どうして」の連発。
「きまりがあるから」って言うと、
「誰が作ったんですか、いつ作ったんですか。どうして教えたらダメなんですか?」
不思議ちゃん、だまって考えていた。
看護師や、臨床心理士班の、自分の部下たちに、泣きつかれてたからね。
この不思議ちゃんが、若い看護師たちにモテるんだよね。
何かを訊いたり相談すると、必ず親身になって答えるからね。
とにかく女性にはジェントルだから。
わたしなら大丈夫。
看護師も気を使って、必ずわたしのいるところで、相談をしたりするから。
男性看護士がふたりで天井を見上げてるの。
不思議ちゃんは、隣に行って同じ姿勢になって、天井を見上げていた。
「何が見えるの?」
男性看護士は声を揃えて答えたね。
「絶望が見える」
不思議ちゃんはつぶやいた。
「この世の中にフェアなものなんて何もない
目には目を
復讐には復讐を
アンフェアには、アンフェアを」
そして、アネさんのデスクに行った。
「アネさん、ご存知でしょうが、この状態では病棟が壊れます。アネさんには看護師や医師、そしてぼくの大切な部下の臨床心理士が今、どんな状況にあるか見えてると思います。ぼくが言うのは失礼ににあたりますが、言わせてください。ぼくは首を切られてもいい。看護師たちや臨床心理士、そして医師たちが助かるのなら、ぼくは喜んで、この病棟を去ります」
「その言葉を待ってたぞ、ハンチョウ。ちなみにわたしは、暮れのボーナスの査定中だ。ハンチョウは1ランクアップ決定」
アネさんはそういうと早速受話器を取り、事務長を呼び出した。
「この病棟に入っている実習は邪魔にはなるけど役には立たない・・・・・・・やっぱりそうか。3階はどうだ?・・・・・・そうか、できればそうしてほしい。頼めるかな・・・・・・うん、わかった。待ってるよ」
それから3分も経たないうちに、事務長が病棟に来て、3階の泌尿器・整形外科病棟に実習を移動させてくれて、やっと平和が戻った。
自分のところを荒らされることを嫌って、他の病棟に押し付けるのはフェアじゃないかもしれない。
でも病棟を守るためにはアンフェアが必要だからね。
8階から4階まですべての病棟が断ったんだって。
前向きな姿勢は悪いとは言わないよ。
でもね、素人に対して答えてはいけないことが医師にはあるんだよ
臨床心理士だって、そう。
相手が患者さんなら、すべての質問に答えるよ。
でも奴等は患者さんじゃない。
危うく患者さんを殺しかけた担当看護師が何人もいる。
先生はそんな場面を見ていながら、ただニコニコと、生徒を注意することもない。
それが今の教育だというのなら、日本に将来はない。
モンスターペアレント対策なのかもしれないけど、正しい道に生徒を導くのが教師でしょ。モンスターペアレントの言いなりになって、正しいことも曲げてしまう。
それが教育現場のあり方なの?。
それはアンフェアなやり方だよね。
まあ、世の中にフェアなものなんてない、んだからそれでいいけど。
不思議ちゃんは間違っていない。
アンフェアな相手に、アンフェアで勝負しただけだから。
きのうの夜食、最高におもしろかったよ。
ヴォジョレーの解禁日でしょ。
病棟でも開けた。
不思議ちゃんが持ち込んだの。
飲むのはアネさんと看護師長なんだけど、ふたりで1瓶750mlきれいに空けた。
まだ足りなそうな顔をして、まったく酔ってないの。
でも、アネさんの言ったことがいい。
「ハンチョウさんよ。おまえ、わたしたちを酔わせてどうするつもりだ、えっ。志村という女だけでは物足りないか。それとも大人の女を抱きたいのか、うん」
彼はわたし以外は抱きません!って起こる場面かもしれないけど、怒る気にならなかった。
昼間はDVDを観て、厚生労働省に罵詈雑言を飛ばしてた人が、こんなジョークを飛ばすんだから。
さすがの大ボケも返すボケがなかったね。