きのうから、暦の上では本格的な冬。
北国の人々は急に口が重たくなるこの季節。
あ、1匹だけあてはまらないのがいる。巡回中に患者さんと碁をやってわーわー盛り上がってた。
あれは、天然記念物だから無視。
とにかく、そんな日に、わたしにとっては記念日とも言える出来事が加わったの。
それは何か?。
初めて患者さんの方から話しかけてくれて、それも世間話。
うれしかったよー。
七年ぶりで、わたしの医師生活で2人目。
最初の患者さんは、ツレのお母さん。
必ず自分から話しかけてくれるの。
最後には必ず、ご苦労様、身体に気をつけてね、って。
ウチの母親にもそんなこと言われたこと、ないから。
あのときの嬉しさが、きょう、戻ってきました。
世間話っていってしまえばそれまでだけどね。
自分の昔話から始まって、わたしの結婚のことになって。
最後は、あの男は絶対に離しちゃいけないよ、あれだけの男は他にはいない。ってね。
大きなお世話だ、このヤロー、なんて云わないよ。
嬉しいよ。
医師や看護師にとっては、世間話を患者さんから持ちかけられるようになったら、同じ目線になれた、ってことなんだから。
佐橋看護師がうまい。
ツレと同じだけうまい。
オヤジ殺しの佐橋、って自分で名乗るとおりおじさん患者と話すのは最高上手い。
才能なんだろうけどね。
ツレはうますぎて、最後は囲碁・将棋に引っ張り込まれるから、佐橋さんよりは下手だね。
ツレのお母さんとは本当にいろんな話をした。
教えられることがたくさんあって、でも、嫌味なこととか他の患者さんの悪口なんかは絶対に云わない。
話がとにかくわかりやすくて、おもしろい。
だから、担当でもない医師や看護師が常に誰か彼か、ベッドの横に座ってた。
一番長かったのは、やっと定年でゆっくりできるとおもった矢先に、看護師が足りないから現役復帰してくれないか、過労でぶっ倒れて死んでいくのをハンディカムで撮影するのが楽しいから、って呼び出されて、復帰した看護師さんだと思う。気が合ってね。まあ、水野手術室長は昔からの友人で、よく来ていたけどね。
ヲタクまでいってたから。
わたしが検査結果の説明をするのに、たまに休めよ、って力づくでわたしから検査結果表を奪って、1時間以上も戻ってこなかった。
アネさんは、そういう状態を冷静に見ていて、患者さんが疲れるからほどほどにしような、って、病棟スタッフに話した。直後に自分が遊びにいってた。
話とやってることが違う!。
あとでツレにその話をしたら、
「あー、それはぼくの嫁選びも兼ねてたんだ。結果は」
1位佐橋看護師
2位わたし
3位が渡辺看護師(ヲタクの奥さん)
ナベちゃんは生まれたときから知っていて、病棟でも、患者さんの苗字を呼ばずに、「おばさま」で通してた。
宇野看護師が看護学校の実習で来ていて、やっぱり「おばさま」だった。
彼女にはよく言っていたよ。
街一番の老舗の酒店を継がなくてもいいの、誰か婿をもらって、店を婿に継いでもらって看護師を続けるとか。ご両親がよく、看護師になることを許してくれたね。なるからには途中で投げ出さないことだよ。ご両親を悲しませるようなことだけはしないでね。
それで、ツレがとにかく宇野看護師に目をつけていて、彼女が脱線したら、
「今すぐ辞表を書いて、寮の荷物をまとめろ。ぼくが一緒に帰ってやるから、帰って実家を継げ。コンビニになったのなら、レジ打ちしてろ」
って怒るんだよね。宇野看護師の実家とも、ツレの実家は家電店と酒店で同じ商店街で、祖父の代からお付き合いがあって。
話が迷宮に入ったけど、とにかく今まで生きてきた中で最高の日だったよ。
ツレのお母さんが、わたしに医師を続ける勇気をくれて、亡くなってしまったことで、わたしは自信を失いかけてふらふらしてたけど、きょうでそれともさよなら。
やっぱり、わたし、医師になってよかった。
ああ、そうそう。
ツレのお母さんがね。レース編みが得意で、病室でもやっていたんだけど、できあがりを、病棟にプレゼントしてくれて、何点かスタッフ・ステーションにあって、少し汚れが目立ったらクリーニングに出してる。
素人では洗えないんだよ、レース編みって。
目の読み方を間違えて洗濯すると極端に縮むんだって。
クリーニング店でも、ここには出してはいけない店もあって、理由は個人の洗濯と同じなんだけど、とにかくうまいクリーニング店を、お母さんは教えてから亡くなったから、その店専門で出してます。
編み目が細かくてね。
わたしには無理。
病棟で一人だけ、レース編みができる看護師さんがいるんだけど、過労でぶっ倒れて死んでいくのをハンディカムで撮影してやる、って看護師さん。
レース編みって、看護師の仕事よりも大変で、同じモチーフを何十枚も編んで、最後にモチーフ同士を編んでつなげていくんだけど、センスが必要で失敗すると何の役にも立たない。それに一目編み違えると全部ほどいて最初からやり直しなんだって。
わたし、最近、ガンダムのプラモデルを作れるレヴェルまでいって、これから自動車や航空機に入るんだけど、プラスティック・モデルなんかよりはるかに、チョモランマと平地の差くらいあるみたい。
目が痛くなるよ、レース編みって。
病室に戻って、ツレに話したら、素直に「おめでとうございます」って言って、冷蔵庫の中から白くま君セヴン・イレヴン・プレミアムを取り出して、
「記念品は白くま君1個です」
1個じゃなくて、3個とか5個に値するし、できればとんとろチャーシューメン脂こってりの大盛り1杯くらいの出来事なんだけどね、わたしにとっては。