患者さんのことで、とにかく困っていました。

 化学療法を行っているのですが、まったく効果がないのに副作用は酷くて、対処療法を行っても、2時間も経つと、また同じ副作用が出てしまい、同じように対処療法。それの繰り返しで。このままだときょうの外泊も無理な状態で。

 

 なんとか週に1度くらい外の世界を見せてあげたいし、病棟にたった1人残れば、配膳がストップしてますから、3食自腹で用意しなければならない。

 でも、行き止まりにぶちあたって、投げ出してしまいたくなっていました。


 一応、病棟待機なので、彼と2人で病室にいました。

 彼は映画音楽の作曲中で、PCに音符を打ち込んでは、自分でメロディーを歌ってみるの繰り返し。


 お願い、気が散るから歌わないでっ!

 って思わず怒鳴ってしまいました。

 それからしばらくは、彼はだまっていました。

 でも、また歌いだしました。

 それも、作曲中の音楽とは全く関係のない歌を。


 ミュージカル『サウンド・オブ・ミュージック』の「すべての山に登れ」

 この曲は行き詰ったヒロインのマリアに対して、彼女が見習いをしていた修道院の院長が歌いかける曲で、物語のラストでは、アルプスを越えてザルツブルグからナチスの追っ手を振り切ったトラップ大佐ファミリーが、高らかに歌い上げるエンディング曲になっています。


 ミュージカル好きで、自身も『屋根の上のヴァイオリン弾き』『レ・ミゼラブル』『ミス・サイゴン』などに出演経験のある彼ですから、ミュージカル・ナンバーを口ずさむことはあります。

 でも、どうして『サウンド・オブ・ミュージック』の「すべての山に登れ」なのか?


 ちょっと、彼の歌う歌詞の意味を考えてみました。

 こんな歌詞です。

 

 

            すべての山に登りなさい

            高い山も低い山も

            どんなわき道でも

            知っているすべての小道をたどって

            すべての山に登りなさい

            すべての川をわたって

            すべての虹を追って

            あなたの夢が見つかるまで


 はっとなりました。

 彼は自分のいいたいことを、ストレートにぶっつけてこないで、歌で遠まわしにアドヴァイスしてくれたのだとわかったんです。

 

 わたしは1種類の対処療法にこだわっていました。

 彼が言いたいのは、すべての対処療法を試しなさい、ということだったんです。

 自分は真剣にPCでの作業に集中していながら、わたしの抱えている問題についても理解してたんです。

 よく、古いことわざで「背中に目がある」といいますが、彼は「背中に目と耳がある」んです。

 そして、わたしの気を逆撫でしないようにストレートに言うのではなく、歌でわたしの心の霧をとり払ってくれたんです。


 それに気がついたら、もうこっちのもので、一番重篤な副作用向けの対処療法を試してみました。

 ダメだったら、他の方法を考えればいい。

 わたしはすべての山を登ってはいない。

 すべての川も渡っていない。

 どんなわき道も小川も渡ってはいない。

 そう思うと、次から次へと対処療法の選択肢が頭の中を駆け巡って、前向きで患者さんと対峙できました。


 幸いにも、ある対処療法で、副作用はまったくなくなってしまいました。

 それで、同じ成分の錠剤を1日3回必ず服用して、それでも具合が悪くなったら、病棟に電話をくれれば、わたしたちのチームが御自宅まで往診して、別の方法を試みます、ということで、外泊届に印鑑を押し、迎えに来た家族の方々とともに、ベッドを後にされました。

 そのときの患者さんの笑顔が忘れられなくて。

 きらきら輝いているんですよね。


 今、問題になっている在宅介護。

 家族は大きな負担になって大変だとは思いますが、患者さんにとっては一番ありがたい方法なんじゃないでしょうか。

 住み慣れた我が家で隣のベッドの患者さんに対して遠慮もいらないし1日2度廻ってくる医師にあちこちいじくり回されることもない。

 家族の負担さえ取り除くことができるなら、希望する患者さんは多いと思います。


 とにかく、彼のなにげない歌に助けられました。


 彼、作曲をしていたのかと思えば、なんとエクセルで、所得税の計算。

 なんとか、節税できる道を模索中だったんです。

 でも、経費が1円も認められない職業ですからね。

 今はAKBを恨んで、彼女たちのCDは買わない。

 そして坂本冬美さんをも恨みだしました。

 彼女とは、同じNPO団体で活動する同じ年齢(彼女は早生まれで、学年は1つ上ですが)なのに、なんで?。

 実は彼女が大ヒットさせた「まだ君に恋してる」が原因なんです。

 あの歌は兄弟デュオのビリー・バンバンがオリジナルで、最初はCMのために、弟の菅原孝さんの曲に彼が作詞した、サビの部分しかなかった。

 でも、しばらくぶりでビリー・バンバンが新曲を出そうか、という時期と、CMを観た人々から誰が歌ってるんですか。レコードはもう出ているんですか、との問い合わせがCMの製品を製造している会社の広報部に殺到して、あの曲をすべて書いて新譜にしてみようということになり、サビ以外の部分も創ってリリースしました。

 でも、いまいちの成績で、たいした印税も派生しなかった。

 ほっとしてたら、坂本冬美さんがカヴァーすることになった。

 でも、演歌でしょ、そんなに売れない。

 彼の周囲の人々はすべてそう思っていたら、ドカーン!。

 今年ではなくても三年経たずに必ず税務署に申告しなければいけない。

 AKBより売り上げが大きいので、苦しむでしょう。

 新曲の書き下ろしは断ることができても、カヴァーはどうしようもないですからね。

 ちなみに、カヴァーの場合は印税ではなくて、二次楽曲使用料と名前が変わり1曲5円になります。

 印税は3円50銭ですが、切り上げられて4円になるんです。

 200万枚を越えてますからね。×5円ですから、儲けはそれだけ出ていますが、税率も比例しますから、儲けが多ければそれだけ取られる。

 そして国会議員さんの歳費という名の給与と、文書交通費という、いくらふくらまして請求しても右から左へ現金で給付される使用用途のわからないものに消えてしまう。

 因果な商売で。

 でも自分で選んだ道だから辞めることは許されない。

 それこそ

 「すべての山に登れ」ですよ。



 一昨日、昼間は「ゴジラ記念日」なんて、はしゃいでいた彼が、ベッドに入った途端に、眠りに落ちるまで小声で「アメイジング・グレイス」という賛美歌を歌ってました。

 なんでだろうと思っていたんですが、きのうは彼の親友の本田美奈子さんの七回忌法要だったんですね。

 彼は仕事で参列できなかったんですが、恐らく彼女に呼びかけていたんだと思います。

 本田さんの最も得意とする曲ですから。


 きのうの朝、それを言ったら、

 「なんであんなヤツのためにぼくが歌うわけ?

 冗談じゃないよ

 ケンカ相手だよ

 いなくなってくれてせいせいしてるのに」


 素直じゃないから。

 照れて、認めないだけなんですけどね。

 大人気ない。