妙子が更新してます。
きょうばかりは、客観的な視点から視て記録する必要がありますから。
彼がジャズを学んで、現在の個性的なスタイルを発見し、育てたスクールを見学させてもらいました。
学校っていうから、わたしは校庭があって、校門があって、キャンパスみたいなところだと思っていました。
いわゆる専門学校になるんだけど、日本だってそういう感じの専門学校はあると思うんですけど、違うのかな。
全部が全部ってことじゃなくて、世界的に有名ジャズマンを送り出してきたところだから、とてつもなく大きな、大学なんだけど認可的には専門学校っていうイメージがあったんです。
彼が、この学校のことを話したがらないので、ジャズファンの患者さんに病棟で訊いたんですよ。
「あそこを卒業したのかい。だとしたら、医者にしておくのがもったいないよ。徹底的に絞り込まれていくんだよ。毎日のように中途退学者が出る。一つは自主的についていけなくての退学。
もうひとつは学校が強制的に退学させるんだよ、クラスの足を引っ張って、他の受講者のレベルを下げるのを防止するために。簡単に言うと、ジャズ界の虎の穴だな。ジャズといえばバーグリー音楽院という大学が有名だし、日本人の学生も卒業生も大勢いて、日本の自称ジャズファンはバーグリーを卒業したミュージシャンを一流として受け入れ、他には見向きもしない。
ところが、本物のジャズファンはチャーリーバナーカス・スクールを卒業した者こそ超一流ジャズエリートだと認めるんだよ。でも、卒業できるだけの授業、というよりしごきに耐えて、かつ学校から脱落者の印を押されないような生徒はほとんどいない。ジャズ界の天然記念物だよ」
だいたいはつかめたんだけど、”虎の穴”の意味がいまひとつ理解できなくて。
我が子を千尋の谷に突き落とすのは獅子、つまりライオンでしょ。
”虎の穴”って、聴いたことがなくて、ヲタクが知ってそうな感じがしたから、夜食の時に思い切って訊いたんですよ。
本人は飲み物を吹き出したんだけど、気になったら答えが出るまで追求したい性格だから。
典型的な医師ってこと。
医師以外どの職業にも適さないんですよ、わたしは。
コンビニでレジを打つことさえできないんです。
コンビニで働いてる人は程度が低いって言うんじゃなくて、立派に見えるんです。
わたしもああやって見ず知らずのお客さんに対して、明るくてきぱきと応対できるようになりたいな、って。
憧れてるんです。
”虎の穴”は、やっぱりヲタクが詳しく知ってた、というよりわたしを除く全スタッフが知ってたんです。
TVアニメ『タイガーマスク』の悪役レスラー養成機関で、日々が地獄で、耐えられなくて脱走を試みて殺害される者とか、訓練で死んでしまう者がほとんどで、生き残った者は超一流悪役レスラーになれるんだって。
タイガーマスクは虎の穴のエリートなんだけど、身寄りのない子供たちの施設を慰問するたびに、自分が悪役であることに疑問を持って、正義のレスラーになったら、虎の穴がどんどん刺客を送り込んでタイガー抹殺を企むっていうストーリーなんだ、とそのときに知ったんです。
タイガーマスクは知ってました。
全国至る所で、児童養護施設にランドセルを贈っていた伊達直人とかタイガーマスクがいたのをニュースで知っていたから。
似てるので、菅直人って人は子供手当てを贈ってボコボコにされたんですよね。
でもアニメはね。
女のコだし、ウチでは子供が観る番組って禁止されてたから。
でも、虎の穴はどんなところかの想像はできました。
彼はその地獄の中を這い上がったんだって。
あとになって、ハーバード大医学部卒業、なんて履歴を知れば、地獄を這い上がれたから全米難関大学No.1の医学部を飛び級してまで卒業できたのも不思議じゃないんですよね。
連れて行ってもらいました。
ジャズバーが立ち並ぶ中にあったんですよ。
わたしが想像していたような巨大な敷地にどかーんと建っているようなところじゃなくて、ちょっと期待はずれ。
だって、そんな虎の穴と呼ばれるところなら、たくさんの生徒が地獄を経験してるイメージがあるじゃないですか。
ところが、四階建ての小さなビル。
日本の進学塾みたいな感じなんですよ。
もう80歳は越えてるだろうかに見えるお年寄りがいて、生徒は譜面台を前に立てて、そのお年寄りをぐるりと囲んでるんです。
そのお年寄りが、校長であり、講師のチャーリー・バナーカスさん。
サックスのクラスだったんですが、生徒を指名して、まず自分があるフレーズを吹くんです。で、生徒にそのフレーズに続くフレーズを即興で作って吹かせる。
譜面台にあるのは譜面じゃなくて、ブルースの調性を書いただけの紙。
1.Am
2.Dm
としか書かれてないんですよ。
ブルースのコード進行は決まっているから、それにコードを当てはめるだけなんですけど、フレーズとして前に出されたものに繋げていくようなものでなければいけない。さらに、ただ繋げればいいだけじゃなくて、講師が次に指名した生徒に繋げてやるようなフレーズでなければいけない。
そして1回りして最後の生徒が閉めるフレーズを吹く。
すると講師は、いろいろと一人一人に注意をするんです。
わたしも、彼に教えてもらいながら、ジャズの理論を勉強してるから、ほんの少しはわかるつもりなんです。
ブルースって、ジャズ理論では最初のページだし。
わたしは、生徒たちは全員素晴らしいと思ったんですけど、フレーズの組み立て方が悪いとか、とにかくこれ以上叩いたら自殺するんじゃないかと思うくらいボコボコにするんですよ。
フレーズの組み立てが悪い、って、ジャズって自由なんだからいいじゃない
思わず本音をつぶやいたわたしに彼が、
「それは違うよ。ジャズは自由じゃない。自由だったら理論なんか必要ないよね」
それは、そうかも
「ジャズは呼吸ができなくなるほどきつくぐるぐる巻きに縛られた中から創造できるポイントを見つけ出してフレーズにするものなんだ。クラシックは理論通りに演奏する音楽でしょう。ジャズは理論の上に創造を乗せて表現する音楽なんだ。クラシックより縛りははるかにきついよ」
そんな話をしているうちに、12名の生徒のうち4名に対して、チャーリー・バナーカスさんは退学勧告を行いました。
「残念ながら、きみの才能はここまでだ。これからここで授業を続けても、どこかで必ずきみは行き詰ってしまう。それがわかっていながらこのまま続けているというのは、お金をどぶに捨てるようなものだ。悪いことは言わない、きょうでここから引き揚げろ。もし同意せずに残りたいというなら残ればいい。でも、私はきみに何も教えはしないし、クラスに出席はさせないよ。なぜなら、きみのためにもっと才能を持った連中が上に伸びていくことができなくなるからだ。
野菜の話をしよう」
「はじまったなー」
彼がつぶやきました。
「・・・・・・野菜を作るには種を蒔く。そして毎日、天候を厳しい目で判断して水をやる。そうするうちに芽が出て、葉をつけ伸びていく。でも、それらすべてを伸び放題にしたら、まともな野菜はできないんだよ。
葉が出てきたら、一定の間隔で、こいつはあまりいい野菜にならないだろうと思うものを抜いて殺してしまうんだ。いい野菜にならないものをそのままにしておくと、いい野菜になるものが吸収すべき栄養分を、いい野菜にならないものが横取りしてしまうんだ。ここまで言えばわかるよな」
要するに、これ以上上にいけるだけの才能を持っていない生徒は、野菜と同じように間引きして、才能を持った生徒だけを育てる。
ジャズ界の勝ち組を製造するってことでしょ。
これが虎の穴なんだ。
競争のない世の中なんてない。
いつもお互いの足を引っ張りながら、上をめざす。
わたしはそれでいいと思う。
競争のない世の中なんてつまらないし、最低だよ。
誰も前向きになる人間はいなくなり、パチンコに明け暮れ、毎日を生きる。
いや、競争がなくなれば企業は弱体化して、従業員を雇用しておくことができなくなる。
そうしたら、生きることすらできなくなる。
生きていくってことは絶えず誰かの足を引っ張り、蹴落としていくことなんだ。
今、ニューヨークで起きているデモのスローガンは「格差是正」。
でも、彼らが求めているのは競争のない世の中なんかじゃない。
競争するためのスタートラインにつかせて欲しいってこと。
確かに虎の穴だけど、わたしには良心的に思えたよ。
日本の進学塾だって成績の悪い、授業についていけない生徒がいるでしょう。
でも、講師がそのコに対して面と向かって、おまえは授業についていけるだけの能力がないから、能力のあるやつの邪魔になるだけだ。授業料をどぶに捨てるようなことはするなよ。もう今日限り来なくていい。来てもクラスからつまみだすぞ、なんて言わないでしょう。
授業料欲しさで、ほったらかしにしてもクラスに置いておくよね。
わたしも進学塾経験者だからわかるよ。
夢を追いかけるのはいいことだと思うよ。
でも、自分がそこにたどり着けるかどうかを知っていないと、後悔が残るだけだからね。
いつまでたってもあきらめきれずにいると、人生が狂ってしまう。
だから、おまえには無理だ、向いてないって、きついかもしれないけどストレートに言ってくれるというのはものすごく良心的だと思う。
それで、新しい自分を探すことができるでしょう。
ここは決して虎の穴なんかじゃない。
世界で最も良心的な場所だよ。
でもねー、こんなにピリピリとした緊迫感のある授業を毎日受けてたら、胃潰瘍になる生徒もでるんじゃないかなー。
とにかく息もできない緊迫感が、見学者のわたしにも伝わってきましたよ。
変な汗をかいた。
授業の合間に、彼を育てたチャーリー・バナーカス先生とお話をすることができました。
まず、入学のためのオーディションのときから、彼は変ったヤツだと感じた、って。
入学のためのオーディションってことは、入学前に才能があるかないか選別されるんだ。
日本の音楽大学だって実技って試験科目があるから、同じことかもしれないけど。
授業でもどこか飄々としていて、講師の話を聴いてるのかいないのかわからない素振りなんだけど、指名すると講師を驚かすような素晴らしい答えを返してくる。
彼みたいな才能の持ち主を教えたのはマイケル・ブレッカー以来だ、って。
マイケル・ブレッカーって、彼も大好きなミュージシャンで、テナーサックスとEWI(エレクトロニック・ウッドウィンド・インストゥルメント。クラリネット型シンセサイザー。T-スクウェアでも「TRUTH」って、90年代のF1グランプリ中継のテーマでメロディーを吹いてる)で、ジャズに電子楽器を持ち込んだとして異端児扱いされてるけど、グラミー賞のジャズ部門でディビッド・サンボーンというアルトサックス奏者と争ってるハイパー(スーパーよりすごいということをこういうみたい)ジャズマン。
すごい以上の言葉を知らないからそれしか言えないけど、64分音符とか96分音符を吹くの。
クラシックで生きてきたわたしには、そんな音符って存在するわけ?って世界に行ってる人。
ウチのツレも同じような音符を吹き分けるんだけどね。
ちなみに、彼がアメリカで所属している音楽事務所はマイケル・ブレッカーと同じところです。
とにかくスパルタなんてもんじゃないスクールの2年目で、スカウトされてプロになってしまった(日本では高校1年生でスカウトされてプロのミュージシャンだったけど)んだから、ジャズマンとしては、彼は超一流だってこと。
ボケも超一流だけどね。
もう、ニューヨークにいる時間もそう長くないんだけど、やっと、なぜ彼が名門ばかりを卒業できたのかが1本に繋がりましたよ。
キーワードは「講師の話を聴いているのかいないのかわからないけど、テストや実技は最高点を取り続ける」
彼を教えた講師のすべてが、まったく同じ言葉を口にするんですよ。
それは、今の病棟でも同じです。
本当にカルテを読んで、CTやMRIの画像を頭に入れて、オペに執刀してるの、ってくらいで。とにかくさっと視て、さっと読んでなんですよ。
それで、絶対にオペは不可能だっていう患者さんのオペをやりたがって。
アネさんは、恐らく開いてみても摘出は無理だと悟って閉じるだろうって言う考えで経験を積めってオペを許可するんですけど、すべて全摘。
それが厚生労働省にバレるとガイドライン違反でとんでもないことになるんですよ。
厚生労働省では、肺癌はⅠ期とⅡ期ーAという最初期の、腫瘍が2cm未満の場合しかオペをしてはいけないと決めてるんです。
彼は4cmとか5cm近い腫瘍もオペで平気で摘出してしまう。
アネさんは厚生労働省にバレたときの言い訳をいつも考えてる状態で。
出てきた答えが、
「官僚の分際でうるさいことを抜かすならぶん殴ればいい」
なんて言ってるし。
「ヤツのオペはいいな、スリリングで。摘出した腫瘍を測ったらほんとにレントゲンと同じ大きさなんだよ。面白いよ。レントゲンは医学にとって最大の発明だな。等身大で写るから比べやすい」
なんて笑ってるけど、彼を認めてるってことなんでしょう。
「志村の内視カメラの腕とハンチョウの医師と臨床心理士の腕だけで、この病棟は独立してもやっていけるぞ。病院が潰れたらそうしような」
なんて笑いながら言ってるけど、こうしてみると彼はわたしなんかよりずっと修羅場をくぐって挫折したり立ち直ったりを繰り返していたから、今があるんだろうと思います。
わたしは彼のような苦労はしていない。
彼はそれを絶対に表に出さないで、ボケに見せてるんですよ。
不思議ちゃんも実は演技かもしれないな、と、この旅で思いました。
まだ、彼には大きな山があります。
リンカーンセンターでの復帰コンサート。
復帰といっても、勤務医がメインだから、忘れた頃にCDをリリースするくらいだけど、って本人は言うけど、ニューヨークで演奏するのは7年ぶりだから、その意味の復帰コンサートでいいと思うんですけどね。
コンサートの収益は東日本大震災の義援金にしてくれるようです。
主催してくれる方々と打ち合わせをしたら、以前のロスアンゼルス大地震やニューオリンズを壊滅させたハリケーンのときに日本からNGOが次から次へとやってきて、親身になって世話をしてくれたけど、まだ俺たちはその恩を返してないから、これだけしかできないけどさせてほしい。駐日米軍の顔しか見えなかったのは残念だ。でも俺たちが現地へ行ってかき回しても役に立つどころか、迷惑をかけるだけだ。だから、できることで協力するから1日も早く元通りの姿を取り戻して欲しい。だって、日本ほど美しい国は地球上にないだろう。
日本が世界一美しいなんて思ってもみなかったんです。
そのことをアメリカ人に気付かされて、ちょっと恥ずかしかったですよ。
復帰コンサートでサプライズを仕掛けます。
主催者には、夫婦でデュオをしたい、って申し出てあるんですが、バンドのメンバーも知らないんです。
彼がまだ肺癌だった頃、病室で作曲した曲があって、アルトサックスとピアノのデュオなんですが、それにわたしが主にピアノパートに手を加えて、2人で完成させた和ジャズとあえて命名したんですが、日本の和のメロディーにジャズのテイストが入っていて、我ながらいい曲だと思ってます。
彼は余命宣告を受けたあとで、命が消える前に何か残したいという気持ちで書いたんだと思います。
タイトルは「桜ーSAKURA-」。
とても切なく響くサックスに、七弦琴の奏でるようなフレーズを連続するピアノ。
アメリカ人の耳にはどう響くか解らないけれど、わたしたちを歓迎してくれたニューヨークに贈る置き土産にでもしてもらえれば幸いです。
きょうは、迷宮に入らないで閉めることができました。
ちょっと入りかけたけど、まあ、きのうより成長はしてるかな。
明日も必ず更新します。
もう一歩成長した記事になれば最高です。