毎日、コロンビア大学をヤホーで調べているんだけれど、医学部に行き着かない。


 臨床心理学には行き着いたんだけど、医学部がない。


 付属病院は見つかった。でも医学部が見つからない。


 ひょっとして、彼は何かわたしにかくしているんじゃないか?。


 本人に訊いてみても、はぐらかされるばかりで先へ進まない。


 自白させるにはいい場所があるよ。


 彼の個人ファイルもちょうどあるし、本人が吐かないのなら、周囲から状況証拠を集めて、自白に持ち込む。


 刑事が相手だと難しいんじゃないか?。


 いい質問ですね。


 わたしには武器がある。


 フライパンじゃないよ。あれは、殴ると吐くものも吐かせられなくなる。


 彼の一番弱い部分に訴える。


 女の一番の武器は涙。


 うそ泣きでも、彼は落ちるんだよね。おろおろして、


 「どうしたの。ぼくに何か悪いところがあるなら率直に云って」


 とくる。


 実行するよ。


 


 ほこほことした夜食の時間。


 仕事以外の話題で頭を休めるのが決まり。


 でも、ごめん、きょうはそうならないと思う。


 


 あの、わたしは今、夏休みに彼の足跡を追う旅で、ニューヨークに行くから、予備知識を入れておこうと思って、ヤホーでニューヨークについて、特に彼の卒業した大学を調べてるんだけど、臨床心理学は見つかったんだけど、医学部がいくら捜しても見つからない


 なんでかな、って思っていて


 彼の顔色が変わった。


 それだけじゃない、アネさんと、きょうで院長室の後片付けを終えて、本当に病院を去る、前院長の顔色も変わった。


 やっぱり、隠し事はある。それも3人グルになってのことだ。


 彼の個人ファイルを見せていただけませんか?


 個人情報保護に触れるというなら、結構です


 でも、この病棟は、他の病棟と違って、仲間じゃないですか


 最高のチーム・ワークで末期癌と取り組んできた仲間じゃないですか


 前院長とアネさんは目をふせた。


 サコちゃん、サコちゃんはわたしに隠し事は絶対にしないよって、いつも云ってくれるよね


 わたし、その言葉を信じて今まできたんだよ


 (そろそろ、いくよー)


 サコちゃんのこと、わたしずっと信じてるから


 (涙スイッチON)


 ここでサコちゃんの言うことを死ぬまで信じているから


 「わかったよ。ぼくの個人ファイルを見ていいよ。それにあることが、本当のぼくだ。アネさん、もう隠していることに疲れました。洗いざらいぶちまけてしまえば、楽になれると思います。でも、これだけはミッちゃん(ばかっ!わたしは妙子、タエちゃんでしょ、ブログでは。危ないなー、もう。)に約束して欲しい。これから見るもの、ぼくの言うことにショックを受けるか、かなわないからって理由で副医長2人制を解消したい、なんて絶対に言わないで。それを約束してくれるのなら、個人ファイルを見せるし、正直に話すよ。ぼくは総合診療医としてはコロンビア大学を卒業していない。臨床心理士のみだ。アネさん、本人が許可するんですから、ファイルを公開して構いませんね」


 アネさんは頷いた。


 「志村、おまえさっきヤホーで調べたっていったな。ヤフーの間違いだろ。それともナイツの塙くんのギャグか」


 ヲタクが訊く。


 ウチは夫婦でナイツ・ファンですから


 彼の身体を張ったボケ方は、世界の北野さんですけど


 「だとしたら、ひとつ忘れてるな。世界の北野さんといえば、他人の車の車庫入れだよ。あれほどすばらしいギャグはない」



 27時間TV名物ね。


 明石家さんまさんの車をボコボコにしたり、解体してオブジェにしたり。


 あれだけは絶対にやらせません!


 「志村、彼からの頼みで、わたしと前院長の間の秘密にしてきた。あまりにも、志村だけじゃなくこの病棟のスタッフにも、衝撃が多すぎるからなんだ。それを表沙汰にすることで、彼はこの病棟スタッフから浮いた存在になってしまうと思ったから、今まで隠してきた。


 志村も、スタッフのみんなも約束して欲しい。


 彼のすべてが明かされても、今まで同様、彼と接してほしい。それを約束できるのなら、彼のすべてを明かす。でなければこの話はここで終わりだ」


 「医師はどこの大学を卒業したかが問題じゃない。腕じゃないですか。東大を出ても頭ばっかりで実際の治療が何もできないヤツ、この街の医大を出ていても、内視カメラの腕は抜群なヤツ。どれだけの病人を救えるか、それがいい医師と悪い医師の違いであって、学校じゃない」


 ヲタク。


 「おまえ、今、どさくさでわたしと志村を比べたろう!」


 「アネさんは頭だけで何もできないんですか? 自分でそんな評価しかしていないんですか? ぼくが言いたいのは、日本の医学部のトップの東大でも、論文にばかり夢中になって、患者さんはそっちのけの連中が大勢、医師だと名乗っているってことで、アネさんは論文は部下にまかせて患者さんに夢中になっているようにしか見えませんけど」


 「まあ、いい。彼のファイルだ。志村」


 アネさんはわたしにファイルを渡してくれた。


 臨床心理士はコロンビア大でいい。


 彼がナースなら、コロンビア大のナース学部は全米トップ5に入るところだからね。


 総合診療医ードクター・ジェネラル・・・・・・うーん・・・・・・・ヴぇっ。


 ホントに?。


 修了証も本物?


 本物だと確認。


 背筋が凍る。


 知らなかったほうがよかったかもしれない。


 わたしは恐る恐るヲタクにファイルを廻した。


 「余談だけど、志村のお父さんもすべて知っているからな。結婚相手に隠し事があるって言うのは親としては不安だろ」


 変なおじさん、恐らく思考停止状態を起こしたろうね。


 きょうの礼拝の時に、わたしが知ってしまったことを言うべきかどうか。


 「これ・・・・・・心臓に悪い・・・・・・」


 ヲタクは中島カントクにファイルを廻した。


 「へー、すごい履歴。コロンビア大学って、映画のロケにたくさん使われてるよね。一番代表的なのが『スパイダーマン』シリーズ。主人公のピーター・パーカーは2でコロンビア大学に入学するしね。あと、『ウェストサイド・ストーリー』。プロデューサーのジェロム・ロビンスとロバート・ワイズ監督がコロンビア大学の卒業生で。わたしが一番好きなのは『レナードの朝』。あれは奇跡に感動した。


 えーっ、これ、これ、確か最新の全米大学医学部ランキングでトップ。・・・・・・」


 中島カントクはガンバにファイルを渡した。


 「・・・・・・これ、ぼくでも知ってるじゃないですか。ちょっとまずいじゃないっすか。もう将来の医長は決まりですよ」


 ガンバはチャラにファイルを渡した。


 「えっ、ハバ、えっ、ハバー」


 チャラの妻が笑いながら、夫にかわって読み上げた。


 「ハーバード大学医学部。えーっ、ハーバードってあの」


 「あの、って他にあるのか、ハーバード大学って?」


 「知りません。でも、多分、あのハーバードだと思いますけど」


 「そうだ。だから、心臓に悪いだろ。患者さんをおいて医師が心不全なんか起こしたらえらいことになるから、言えなかったの。


 どうだ、今まで通りに彼をこの病棟のメンバー、いや、仲間として浮かすことのないように認めてくれるか?」


 宇野看護士は驚いてスプーンを床に落とすし、飲み物を飲んでいた副看護師長は吹き出してむせてるし。


 でもねー、こんな大ボケがハーバードの医学部とは。


 天才となんとかは紙一重っていうけど、彼のことを云ってるんだね。


 「どうだ」


 「ハーバードを2年で卒業、大学院へ、か。寝る暇なかっただろう」


 ヲタク。


 「いや、そんなことはないですよ。1時間か2時間は寝てました。ありがたいのは図書館が24時間営業なんですよ。だからいつでも、欲しい資料にアクセスできるんです」





 ハーバード大学か。


 見学してみたいな。


 でも、確かニューヨークじゃなくてボストンだからね。


 時間取れないか。


 わたしにわかるのは、わたしの卒業した旭川医科大学とは違うってこと。


 だけど、変なおじさんがよく今までだまってたよね。


 あの人の口は空気より軽いからね。


 「志村、どうした。彼をこの病棟の仲間として認めてくれるか」


 あっ、何、みんなは頷いたんですか


 「どうした。夫の秘密がバレて、受け入れがたくなったか。離婚したくなったか」


 いえ、わたしは学歴じゃなくて人間に惚れて、片想いして、つまり、今があるわけで、医師は学歴じゃなくて腕ですから、今までのようにボケるのをやめなければ


 「ボケはやめたくてもやめられないだろうな。ハンチョウの場合、天然みたいだから。回診の時はわざとだけど、それ以外は天然としか思えない。天然ボケを治すことのできる医師はいないだろう。総合診療医でも無理なんだから」


 回診のボケはねー


 「あれは、彼の治療だ。薬や先進医療だけが治療じゃない。副作用のない最高の治療だ。見ろ、最近のこの病棟の成績を。おかげでベッド待ちがどんどん増えて、事務長は抜け毛が増えて困ってるって」


 肝心の彼は、話に頷きながら夜食に夢中。


 自分で作っただけあって、いろいろと改良点を探してるんだろうね。


 でもねー、ハーバード卒の総合診療医で、コロンビア大学卒業の臨床心理士で、音楽家で、作家で、俳優で、才能を独り占めだよ。


 彼が観せてくれた終戦後すぐの映画『七つの顔をもつ男』では主人公は元盗賊で、改心して正義のために犯罪者と闘うんだけど、七つの顔があるの。


 あるときは片目の運転手、またあるときは奇術師、あるときは探偵多羅尾伴内、しかしてその実体は、藤村大造だ、って、クライマックスで名乗るんだけど、変装して犯罪者の近くに潜入して、実は、ってパターン。


 国民的人気があって十数本の続編が作られているんだけど、現在、DVDになっているのは2本だけ。彼は両方を持っていて、観せてもらったけど、まさに、あの主人公だね。



 GHQが斬り合いのある時代劇を禁止したために、時代劇俳優だった片岡知恵蔵さんに現代劇を、って企画されただけあって、喋りが時代劇がかってるし、名乗りは歌舞伎の大見得なんだと思う。


 彼が現代の藤村大造だよ。


 


 みんなから浮くことを心配してアネさんと前院長と変なおじさんだけにしか知らせなかった。


 恐らくいじめの影響なんだと思う。


 でも、この病棟はそんなところじゃないよ。


 みんな今までと同じように仲間だよ。





 「ウチの病院な、医師不足で大変なんだよ。ぼく一人が帰ったところでどうにもならない。ウチに移籍してくれると」


 「こらっ、ヲタク!。自分がよければ、この病棟はどうなってもいいのか。おまえを育ててくれたのは、どこだ。この病棟だろ。それを忘れるな。いいか、雀百まで踊り忘れずっていってな」


 「ウチの父親と友達だよね。で、テニスクラブでも講師をしてもらってるし、会員にもなってくれてる。まあ、子供っぽい院長だけど、ウチにきてくれたらいつも一緒に遊びに出られるよ」


 「カントク、おまえ、人の話を聴け、コラッ。雀百まで踊り忘れず、というのは、一宿一飯の恩義は死ぬまで忘れないっていうことわざだ。でもな、昔のことじゃないんだぞ。今の社会に一番欠けてることだ。いいか、こころにしっかりと刻み込め。彼を引っ張られたら、この病棟はどうなる。ただでさえ、わたしは医師を捜してるんだ。看護士も捜してる。


 だから、ハンチョウのすべてを明らかにすることは避けたかった。こうなることはわかってるからな。ほんとにおまえらってヤツはそんなに冷たいヤツなのか」


 「うーん、うまい」


 「おっ、おまえにしちゃうまいことを言うね。前院長」


 「明日からも夜食に参加していい」


 「夜食? 金取るぞ。それでもいいなら」


 「毎日飲み物を用意するよ、現金じゃなく。それでいいだろ」


 「勝手にしろ。だから、雀百まで・・・・・・」


 


 ほんとに楽しい病棟だよね。


 ハーバード大医学部卒の彼と、わたしではバランスが取れてるのだろうか。


 「副医長の話、辞退するなよ。ミッちゃんが辞退するのなら、ぼくも辞退するから」


 わかりました。


 医師は学歴じゃなくて腕、か。


 だよね。


 ボケ続けてよ、これからも。


 ねっ、サコちゃん。