わたしたちの勤務する病棟から、初の退院者が出た。
それも二組も。
病院としては、わたしたちの病棟はサナトリウム、つまり、患者さんの終末を看取るために存続させている、と云っている。
死を看取るための医師であり、看護師であり、病棟薬剤師であるってこと。
元気になって1F正面玄関から退院されたりしたら、病棟の存在理由がなくなるとか、よけいなことをやりやがって、なんて陰口をたたく職員は数多い。
晴れの日を素直に祝ってはくれないんだよね。
二件とも彼の担当患者さん。
彼は正面玄関の外に、アネさん、ヲタク、そして各々の担当看護師とともに立ち、丁寧に患者さんを見送った。
おまけにプレゼントまで用意して。
マツダオート株式会社の営業所長さんには、フルジップアップの秋用パーカー。
ユニクロだけど、表地と裏生地の間に薄めにダウンが入っていて、これからの季節のお出かけにぴったり。
2週間ごとに病棟に直接診察と検査に来なければいけないから、そのときにでも着てください、って。
そして、彼の手作りのグルメ本。
ラーメンだけじゃなく、あらゆる種類のグルメを網羅した。
パソコンで作成して、地図まで載せた。
手作りの冊子。
そして、彼の親友である孤高のエースストライカーには、サッカー以外の世界を教えてやりたい、って任天堂3DSとそのゲームソフト。
同年代のコってほとんどTVゲームか携帯ゲームって持っている世の中だからね。
彼もまだ、エースストライカーに、癌発症以前のようなハードなサッカーの練習は禁じているから、暇な時間をゲームで紛らわすため、だって。
エースストライカーの家庭環境ががらりと変わった。
母親は彼を虐待する父親と調停での離婚を希望していたのだけど、時間がかかるというウチの彼の判断で、弁護士にすべてを任せた。
祖父の代から彼の家庭の顧問弁護士をしていた弁護士も、孫の時代になり、まだ若い女性弁護士が着手金など、一切の費用を無償で動いてくれて、一発解決。
母親には、父親の全財産と毎月の給与の4分の3が渡ることになった。
そして、父親は母親やエースストライカーに接見することも禁じられた。
すべては家庭裁判所の判決だから、守らなくてはならない。
給与の差し押さえって、できるのかをウチの彼に訊いたら、法律の改正で、父親の会社に裁判所から命令が行き、給与が裁判所を経由して、父親の取り分が裁判所から支払われるようになるんだって。
ウチの彼も絶対に離婚できないね。
自分で額に汗して、睡眠時間を高校のときから1時間にまで削ってアルバイトを2つもこなして買い集めた特撮に関する映像資料や文書、書籍、1億近いヴァイオリンを先頭にあらゆる高額な楽器類などの財産とこの病院で支払われている給与の4分の3を失うことになるから。
虐待の件も裁判所で認めた。
慰謝料も父親に請求する手続きも取られた。
虐待に対する逮捕権は警察に委ねた。
特殊捜査二課第8班という、班員がすべて女性の、性犯罪特別捜査班LVUがすでに、逮捕に向けて父親の尾行を始めている。
逮捕と言っても、書類送検で勤務している会社には一切を悟られないようにする。
逮捕して刑務所行きとなると、会社は解雇になり給与が無くなる。それを計算に入れてのことだ。その班の班長は、ウチの彼をサコちゃんと呼ぶ女性。
わたしとメルアドを交換してメル友になってくれた彼女。
今は絶対に離婚はできないよ。
男性は法律で身ぐるみを剥がれる。
法律は女性の味方なんだ。
これで、エースストライカーと母親は、人並みの生活ができる。
贅沢はできないかもしれないけど、普通の生き方をすることはできる。
それにしても、父親の個人保険、いわゆる自動車保険とか生命保険、まで裁判所が強制的に解約して、積立金を母親に振り込むっていうんだから、ほんとうに恐ろしい世の中だよ。
でも、法律はかよわい女性の味方であると知ったら、強くなることができる。
がんばるなよ、孤高のエースストライカー。
退院したことは、ウチの彼がLVU班長に連絡を入れた。
本格的にいくよ、って彼女は喜んでいた。
それにしても、うらやましーよ。
わたしも一回でもいいから正面玄関立ちをしたい。
アネさん医長もヲタク副医長も看護師たちも、緊張でガチガチ。
全員、初めての経験だから。
彼は目に涙をためて見送っていたと、看護師たちに聴いた。
溢れなくてよかったね。
おめでとう、サコちゃん。