むちゃくちゃな1日でした。


 礼拝が済んだ後、家族で食事のプランを断って、病室へ飛んで帰り、わたしはカジュアルにデニムにパーカー。

 彼はテニス・ウェアの上にウォームアップ・ウェアで病室を飛び出して、試合の行われるテニス・コートへ。

 途中のコンビニで、彼がお弁当を買ってくれて、

 「ぼくは試合の前に普通の食事は摂れないんだ。試合中にすべて吐き戻すから。コートにそんなことをしたら監督に殺されるよ」

 コートの駐車場に車を停めて、わたしはお弁当と飲み物を。彼は流動食タイプのカロリーメイトを流し込んだ。

 試合中に許されるのはゲームとゲームの間のわずかな休憩のスポーツドリンクだけ。

 彼はボトルに粉末タイプのものを作り忘れて、2Lの完成品をコンビニで買った。


 試合はものすごかった。

 快進撃ってこんなことをいうんだろうね。

 1ゲームも落とさず、男子は5セットマッチなのに、フルセットに持ち込まず3セットで終わらせていく。

 小学3年生だから、レヴェル9くらいのとき以来のペア復活だから。

 今がレヴェル44だから、35年のブランク。

 それで、あんなにぴったりと呼吸が合うなんて、よっぽど監督にしごかれたんだろうね、ペアとしての呼吸を合わせる訓練を。

 

 もともと、彼のテニスは転校先の学校で、彼がいじめられているのを知った、彼の担任が学級委員長と組ませることで、委員長と打ち解けさせ、いじめを次第になくすために考え出した。

 試合に出てそれなりの成績を収めると、クラスでもすごいと言われ尊敬されていじめはなくなる、っていう目論見だった。

 いざ、練習をするうちに二人にテニスの素質を見出してしまって、いじめは二の次になってしまった。

 考えてもいなかった全国ジュニア大会。

 そしてジュニアの頃から目立っていた、あの暑苦しい松岡修造くんを倒すに至った。

 監督の計算外が続いて、いじめも消えた頃、彼はまた転校。

 ペアは解消された。


 35年前の光景が今、こうして再現されている。

 二人のコンビネーションに、監督も何も言わず、ただ見入っている。


 そして決勝でも1ゲームも落とさずに3セットで、完全優勝。

 監督の目には涙があって、何度も拭くんだけど止まらない。

 顔が怖いんだよ。

 やくざの親分みたいな感じで、近寄りがたい。

 

 表彰式で授与されたメダルを、二人は観客席の監督にかけてやった。

 そして、お互いにがっちりと握手を交わした。

 相方は更衣室で着替えたけれど、彼は着替えを持ってきていない。

 とりあえず、病室を飛び出したからね。


 二人が再会したのは、駐車場。

 彼が自販機で買ったファンタを相方に投げ渡す。

 相方はにこっと笑って、受け取った。

 「おい、今は何をやってる。ミュージシャンだと聴いたけど、順調なのか?」

 「それもサイドビジネスだよ。本職は総合診療医兼臨床心理士」

 彼は返した。

 「大変だろうジェネラル・ドクターは圧倒的に数が足りない。その上、また数が足りない臨床心理士か。よく体が持つな」

 「去年の11月に大腸癌から生還して、今年の春には肺癌から生還した。日頃の行いが悪いと見えて神様に蹴落とされた。ところで、おまえは?」

 「北大付属病院第三外科勤務だよ。きょうも深夜から勤務に入る」

 「癌病棟か。同じだな。ぼくも末期癌病棟勤務だ。妻も同じ病棟の医師だ」

 「おまえにはもったいない彼女だな」

 相方は笑った。

 云えてる。

 不思議ちゃんにはもったいない。

 「総合診療医は原発不明の癌やスキルスと正面から闘える貴重な存在だ。患者さんのためにもおまえが命を落とすようなことはするなよ。それから、ウチの奥さんだ」

 車の助手席のドアが開いて、陽に灼けた女性が立ち上がった。

 「誰だかわかるか?」

 「ぼくのよく知っている女性だろ・・・・・・藤井か。隣の家の藤井だ。同じスクールバスの隣の席だった藤井美智子だ」

 「呼び捨てかい!」

 彼女はいった。

 「何十年とつきあって、今年の4月にやっと婚姻届を提出した。北大病院のソーシャルワーカーの1人だ。おまえと同じで職場の同僚で夫婦ってヤツだ」

 「びっくりした。あんまりきれいになっていて、見違えたよ」

 「あなたは変ってない。顔は小学3年生のまま。クラスメイトの誰が見てもわかる」

 「精神的にも成長してないからね」

 「ごめん。ゆっくりはなしたいんだけど、帰らなければならない時間だ。携帯を赤外線モードにしろよ」

 彼は携帯を取り出し、赤外線モードにした。

 「OK。いつでもこい」

 彼の携帯に、相方の携帯のメルアドと電話番号が送られた。

 「よし、こっちもOKだ」

 彼は相方に携帯のメルアドと電話番号を送った。

 「ぼくらの街も小学校も病院も全部なくなった」

 彼はいった。

 「でも、心の中には永遠に存在するんだ。それを忘れるな」

 「お互いに」

 彼は返した。

 相方夫婦はスカイラインGT-Rに乗り込み、去っていった。

 「さて、ぼくらも一旦病室へ戻ろう。シャワーを浴びて、一休み、する暇もないか。街中ライブだ」

 どんなバンドで、どんなライブなのか、楽しみー。