彼の精神科の予約診療時間が昼食時間になっていたので、診察後、外食で済ませて、彼のマンションへ行った。

 カメラを調べると、幸い侵入はされていなかった。


 しかし、奥さんを在宅介護しているという旦那さんの自転車がきのうの夜中からきょう早朝にかけて盗まれてしまったという。

 途方にくれていたよ。

 これから毎日何度も薬局だのスーパーだのって、買い物を徒歩でしなくてはならない。当然、奥さんはその時間一人になるわけで、その間にどんな事故が起こるかわからない。


 家主本人がマンションの敷地内にいた。

 彼によると年に3台くらい車を乗り換えるという。

 それもすべて新車。

 現在はルーフがソーラーパネルのプリウス。


 彼はどこにいるか探した。

 2階で自転車の鍵を破壊していた。

 彼は慌てて階段を昇り、家主に問いかけた。

 「あのう、差し押さえ許可証はお持ちですか?」

 差し押さえ礼状?。

 何の関係があるの?。

 家主のやっていることは明らかに窃盗行為でしょう。

 

 家主は階段を降りてくると、車の中から封筒を取り出した。

 封筒の中の書類を取り出し、彼に提示する。

 「そうですか。ご足労をおかけしました。お仕事をお続けください」

 

 「病院に戻ろう」

 彼が車に乗り込んだので、わたしも乗った。

 「ちょっと待ってよ」

 彼は携帯を耳に当てた。

 「ああ。きのうの被害届、取り下げる・・・・・・効果がないよ。差し押さえ礼状を持ってる。・・・・・・だろうな。もう警察は動けない。すまないけど、そういうことだ」

 彼は携帯を切った。

 「どういうこと?」

 「裁判所のお墨付きを取って窃盗行為を行っている、ってことさ。つまりすべては裁判所の代行であって、犯罪ではない」

 お墨付きなんて簡単に取ることが

 「できるよ、申請すれば。今はほとんど通る。以前は審査にものすごい時間がかかって、はねられることがほとんどだった。でも今は、破産法が改正されて、金融会社、いわゆるサラ金や街金が返済不可能で破産した人から、貸した金を全額返還させることができるようになった。でも、破産者だから返還する金はあるわけがない。そこで、裁判所に差し押さえ許可を申請して、破産者の持つ家具や家電品を持ち出すことができるようになった。破産者の部屋の、一戸建てだと家を一番に押さえるし、マンション住まいだと鍵を勝手に変えることも許される。

 そんなわけで、申請から許認可のスピードをあげる必要に迫られて、東京地裁では目くら印で申請を通すようになった。

 日本のあらゆる裁判所の書類申請や裁判は東京地裁に従う方式になっているから、全国の裁判所がそうなった。

 今なら、申請したら次の日には申請者に郵送されるんじゃないかな。

 とにかく、今、家主がやっていることは裁判所が正しいと認めたことだから、警察にはどうすることもできない。

 民事で争っても敗訴するだろう。今回は住人の負け。

 でも、カメラは仕掛けておくよ。秋になると、このマンションはホームレスの家宅侵入が頻発するからね」

 

 裁判所が犯罪を助長する世の中なんだ。

 信じていいものはなにもない。


 ただ1人、サコちゃんだけは信じたい。