きょう売るドーナッツの個数について、きのうヲタク副医長が計算で個数をはじき出した。
それを信用して、それだけ用意したんだけど、計算はミス。
時間単位に売れた個数を、午前10時の開始から午後5時の終了まで、積み上げただけの単純なものなのに、なぜかきのう、テントを倒した時間から午後5時までを計算した。
つまり、午前10時から、テントを倒した午後1時は計算に入ってなかった。
わたしが気づくべきだった。
彼はボケだし、文系の医師だから。
マイナス思考な性格だと自分でいってるから、引き算はできないけど、足し算くらいは出来て当然なんだけどね。
それに気づいたのはきょうの販売中。
紺野看護師が礼拝から戻って、わたしたちと一緒にテントに入ったときだった。
紺野看護師が変だと指摘したんだ。
ヲタクは病棟に戻ってから、アネさんにしっかりと説教されてるよ、今。
だから、なぜ午後5時まで持ったか、といえば売れなかったから、といっていい。
でも、気に入られているのに売れなかった。
おかしな日本語だけど、そうなんだ。
正解は、
天候のせいで人が出ていなかった。
ゲリラ豪雨のおかげ。
雨があがった途端にわーっとお客さんが殺到して、様子を見にきた市長を巻き込んで、もみくちゃにして突き飛ばし、人だかりから突き出して、買い始めた。
怒った市長は、トランペットスピーカーをテントから「貸せ!」と持ち出して、演説を始めるかと思いきや、お客さんに「並んでください。お願いです。3列に並んでください」って整列をうながした。
お客さんは「並んでたら買えないでしょ!」って口々に反論した。
市長は彼の顔を見た。
彼はうなずいた。
「大丈夫です。充分な数は用意してあります」
「そんなん、前の人がどんだけ買うかわからんでしょ!」
市長は言葉に詰まった。
おばちゃんが正しい。
彼と市長とは市長と医師という役職をとっぱらったマブダチってやつだからね。
市長は、大丈夫か?と目で言ったと感じたから、彼は大丈夫だ、と頷いたんだと思うよ。
ヲタク副医長は自分の計算ミスを看護師に指摘され、メンツ挽回のために必死でお客さんを、市長と2人で並ばせて、ちょうど買い物にきた奥さんは子どもをテントの中のパイプイスに置いて、整列させる手伝いをしてくれた。
気の合ういい夫婦だけど、奥さんが怖い。
リピーターが多いのがうれしかった。
きのう買って食べてみて、おいしいと思ってくれたから、雨の止み間、またいつ降り出すのかわからないのにわざわざ足を運んでくれた。それもわざわざ市内バスで。
相変わらず、ウチのメタボさんは50個買ってくれたけどね。
日曜だから日直は少ない。きのうは日直が多くて、自分の取り分が少なかった。でもおいしかったから、きょうは自分がたくさん食べる、って。
ヨーグルトをつけて食べたらたまらない、とか。
で、買いたいだけ買って満足して、トヨタのブースでまたソーラー・プリウスを眺めて、病院へ帰っていった。
もう、わたしも翔子も何も言わない。
小声で「メタボで死ね」
ってだけ。
それに孤高のエースストライカーがご来店。
お母さんと2人で買い物に来て、ヨーグルトとドーナッツを買ってくれた。
「ヨーグルトは食べても問題ないよね。病院食の選択メニューにあるし、ドーナッツだって、パンと同じものだしね」
「その通り
このドーナッツは、病院の管理栄養士さんがメタボリックの指導教室の推薦メニューにしてもいいって言ってくれた
ただし、がっつかないこと」
「わかってるって。もう懲りたよ。死ぬかと思ったんだから、ほんと」
この前に、コンビニで季節限定のあさりのボンゴレを買ってきて食べて、コンビニのパスタってものすごく硬ゆでだから、喉に詰まらせて、あやうく死ぬところだった。
彼が掃除機のホースを喉に突っ込んで吸い上げて生き返ったけど。
肺癌で助かって、パスタを喉に詰まらせて死んだ、笑い話にならないって。
「このクーポンを持って、そこのビルの地下へいくと、豆乳100%のソフトクリームが100円で食べられるから、食べてみろ。最高にイケるから」
「豆乳も選択メニューにあったよね。いってみるよ、ありがとう」
「火曜日に元気で戻って来いよ」
彼が貯めていたクーポンだけど、エースストライカーと母親の空白の時間を埋めるために使われるのならいいよ。
わたしたちはまた、店に通い詰めて貯めるから。
午後5時にヨーグルト500ml2個を売ってSOLD OUT。
市長はもみくちゃにされて髪形もぐしゃぐしゃ。
一言つぶやいた。
「この世の中で、もっとも強いのは、買いたいものを何が何でも手に入れようとするおばちゃんの力だ。あれで代替エネルギーができるかもしれない」
「やってみろよ」
彼は呟いた。
彼が遠出しようとすると決まって雨になることが、学生時代は多かったんだって。
「でも、きょうは雨に感謝するよ」
ヲタクのまちがった計算を考えずに盲目的に信じて持ち込んだ個数が、雨によって結局は正しいものになった。
さて、明日は最終日。
気合を入れて今夜も寝ずの番。
明日の午後7時から閉会式と、審査結果の発表がある。
審査なんてどうでもいい。
って彼は言うけど、わたしは一等賞が欲しい。
市内のお店で売られて、開発者には1個売れるごとにお金がはいってくるんだからね。
それに何よりも、自分でゼロから苦労して考えたものがこの先この街の名産として残るんだよ。
彼の苦労の結晶を3日で消したくない。
他の出品物はみんな、ひねりがない。
地場産小麦を麺にした普通のラーメンとか、米粉のパンとかすでに商品化されているものばかりだから。
ゼロからの発想は彼だけ。
アネさんは言った。
「なんで米を発酵させてヨーグルトにするんだ。米を発酵させるなら日本酒だろ。純米酒のほうが絶対にいいって、もったいない」
彼は、
「うれしそうに買った蒸しドーナッツとヨーグルトを抱えて帰っていくお客さんの姿だけで充分だよ」
なんていうけど、それはそれとして、ね。
さて、最終日、ありったけの材料で作れるだけ作る。
わたしもきのうから手伝ってるし。
料理を作る能力はゼロだから、かき回すのは悪いかなっていうのは、なかった。
だって、自分から料理を作る現場に入っていったのは、今までになかったことだから。
ドーナッツのくぼみにフルーツを並べる役を与えてもらった。
その下のクリームは、宇野看護師がやってくれた。
なかなか、やってるうちに要領をおぼえるからうまくなる。
「どんどんうまくなって、実家のコンビニを継げよ」
相変わらず、彼は一言多い。
わたしには、彼が一つ見本を作り、その通りに並べるように言ってくれた。
最初はまったく同じにしようとして箸で計ってみたりしてたら、そこまでこだわらなくていいよ、って彼が言ってくれた。
「君の持ってるセンスでいいよ」って。
そしたらスピードがあがって宇野看護師からわたしへスムースに流れ、最後に彼がゼリーを流してコーティング。
きょうの午前0時から深夜勤務に、佐橋看護師と紺野看護師がついたので、手伝ってくれたしね。
勤務に就いたけど、患者さんはすべて外泊で留守だから、仕事がないって。
佐橋看護師は自分で言ってた。
「わたしは3ない。身長がない(たしかに150cm前半)。仕事がない。男がない」
男はいらないんじゃないの?
「アブない生き物だから、いらない。紺野ちゃんと2人で生きていく」
あんな現場を目撃したらトラウマになるよ、確かに。
みんな、もう1日だけ彼に力をください。