きょうはお盆の中日。

 終戦記念日という人もいるけど、それでも正解だからいいと思う。

 彼がアメリカの公文書図書館で目にした、または聴いたアメリカと日本の、ラジオを使った無条件降伏までのやり取りは、重く心にのしかかってくる。

 無条件降伏を短波ラジオで呼びかけ続けるアメリカに、返事を待って欲しいと短波ラジオで返す日本。

 そのとき、日本の内閣はふたつに割れていた。

 一億総玉砕、つまり国民の最後の1人が殺されるまで、徹底的に戦うべきだとする連中と、国体を維持、つまり天皇制を維持できることを条件に和平を結ぶべきだ、とする連中。

 同盟国のイタリアでは大統領が自殺し、ナチス・ドイツではアドルフ・ヒトラーが自殺。

 日本単独で連合国を相手に戦うなど、無茶だ。

 天皇陛下にどちらを選ぶかを御前会議でまかせることとなった。

 これは異常事態。

 御前会議というのは天皇陛下がご臨席なさっていても、傍聴するだけで、自らの意見を口にすることはない会議。

 それが、天皇陛下に選択を委ねる。

 時の総理大臣鈴木貫太郎の発言が記された文書、今で言う国会議事録に詳細がある。

 天皇陛下は御聖断された。

 「わたしはどうなってもよい。このまま争いを続ければ、なお国民に甚大な被害が及び、アメリカの新型爆弾により、国民は殲滅されるであろう。今は1人でも多くの国民を救いたい」

 それを耳にした、陸軍青年将校たちは、一億総玉砕を貫くべきとしてクーデターを画策。

 それを察知した和平工作派の連中は、近衛兵(現在の皇宮警察官)たちを動員し、天皇陛下をお守りすることに全精力を傾けて、天皇陛下の御聖断を短波ラジオでアメリカに流すことさえ忘れていた。

 クーデターの最初の標的は天皇陛下だったんだ。

 その間に、アメリカは「日本は和平提案を一蹴した」と判断。

 ヒロシマとナガサキに各2発づつの原子爆弾を投下した。

 教科書では1発と習った記憶があるけど、実際には2発だったんだね。

 慌てた日本は、短波ラジオで天皇陛下の御聖断を放送した。

 一方で、玉音放送の製作に取り掛かる。

 原稿を書き始めた侍従長は悩んだ。

 どうしても、漢文調でいい文章にならない。

 見かねた総理大臣は陽明文(中国の古い言語学)学者を招聘して、侍従長の文章を下に、原稿を書いた。

 NHKの録音班に密命が下った。

 録音機を持って、極秘裏に皇居へこられたし。

 4人の録音技師とNHK会長は皇居へ赴いた。

 天皇陛下の御声を録音するから、準備して待て。

 当時の録音機って、テープじゃないんだ。

 レコード盤に直接、溝を刻む方式。

 彼に聴いたら、磁気テープがアメリカから日本に来たのは戦後、数年経ってからなんだよ。って言っていた。

 玉音放送の録音に使われたのは円盤録音機といって、重さが1台45kgあるものだった。

 それを4台、皇居に持ち込み、録音の準備が整えられた。

 でも、録音開始時間を3時間以上回っても、録音は始まらない。

 実は、この期におよんでまだ、一億玉砕派が抵抗していたんだ。

 

 とうとう、天皇陛下が現れた。

 でも、録音機が設置された隣の部屋だ。

 当時は、国民が天皇陛下の御姿を拝謁することは禁じられていた。

 だって、神様だから。

 今でこそ、どこかのアホ名総理よりも早く、被災地を御訪問され、被災者の方々に御声をかけられるけど、それは今の日本国憲法が天皇陛下人間宣言を行ってからのことだから。

 被災者の方を見てると、お年寄りって、目をつぶって両手をしっかり合わせて、決して天皇陛下の御顔を拝謁しようとしないでしょ。

 まだ、神様だと思っているんだ。

 録音技師でさえ、その御顔を拝謁することはできなかった。

 いよいよ録音がスタート。

 録音したけれど、天皇陛下御自身が、声の調子がいまひとつ気に入らないから、もう一度録音しなおしたい、と仰せられたため、再度、録音することとなった。

 それでも、原稿にある接続詞を飛ばして読んでしまったから、もう一度、と仰せられる天皇陛下を、侍従長はなだめられ、三回目の録音はなくなった。

 NHK録音班が皇居から録音機を運び出していた時、一発の銃声が響いた。

 騒然となる皇居。

 近衛兵が営所から次々と飛び出してきて、皇居の中に飛び込んだ。

 クーデターを画策していた青年将校の1人が逃げ延び、皇居に忍び込んで近衛兵隊長を殺害したんだ。

 もちろん次は天皇陛下。

 でも、青年将校は近衛兵によって銃殺された。

 もし、近衛兵の到着がもう一歩遅れていたら、歴史は変わり、日本という国は存在しなかった。

 昭和天皇って、ユーモアのある方だよ。

 ロスオリンピックのあとの、柔道の山下泰裕さんが、皇居に招かれた。

 天皇陛下は、「どうですか、柔道は骨が折れるでしょう?」

 この場合、骨が折れる、って正しい日本語の解釈だと、大変だったでしょう、ってことだよね。

 緊張の極致にあった山下さんは、答えた。

 「ええ。骨折してしまいまして」

 おいっ、!骨が折れるの意味もわからんのか。

 それでも、天皇陛下は、

 「あー、そうだったの。それは大変でござんしたねえ。もう大丈夫なの?」

 って声を掛けられた。

 また、自伝的小説「窓際のトットちゃん」がベストセラーになったときに、皇居に招かれた黒柳徹子さんには、

 「本がものすごく売れてるよね。儲かったでしょ」

 黒柳さんが、「いえ、そんな」と返すと、

 「そうなの?たくさん儲かったでしょ、ね。知ってますよ」

 

 彼は、昭和天皇陛下にも、現在の天皇陛下にも拝謁したことがある。

 礼宮様と仲がいいんだ。

 彼はWWFという野生動物の保護や繁殖を行う国際的機関に所属していて、日本支部のリーダーを務めている。

 礼宮様は日本支部の総裁で、時々、打ち合わせのために皇居に呼び出されているみたい。

 今は、国連の予算の都合で活動が停滞しているけど、また忙しくなったら、きみを皇居へ連れて行く、って。

 紀子様に負けない御妃を得たことを自慢してやるんだ、って。

 冗談でしょ。

 紀子様と比べるなって。

 現在の天皇陛下には、皇太子様の娘さんが、つまり、天皇陛下のお孫さんなわけで、ものすごく皇太子様に似てるから、天皇陛下にそっくりですね、って卑しくも言ったら、天皇陛下はものすごく照れて、真っ赤な御顔をされて、

 「そうですか。いやー、そんなに似てますか。よく言われるんですが、そっくりですか」

 相好くずされて、喜んでいた、とか。

 礼宮様とはテニスも楽しんだりしているみたい。

 でも、皇居に行くときって、どんなファッションにすればいいの。

 妹に聴いてみよう。

 礼宮様ご一家と一緒に撮った写真を、彼は何よりも大切にしている。

 それと、ダイアナ妃とのカンボジアでの2ショット。

 レディーDは、自分で探知機を押しながら、地雷を見つけ、自分で爆薬を仕掛けて、爆破して歩いた。

 彼もレディーのボディーガードとして、一緒に地雷撤去を行った。

 レディーがサンダーバードに依頼して実現したことなんだって。

 雅子妃殿下が、レディーと同じことをやりたいと申し出たら、宮内庁と総理大臣は意地でも止めさせるだろうね。

 そういう姿勢が雅子妃殿下をうつ状態に追い込んでるんだと思うけど。

 宮内庁も変わらなきゃ。

 

 ごめん、余計な話で、肝心のきょうの出来事が書けなかった。

 お腹の具合が悪くなるような出来事があったんだ。

 明日にするね。


 ただひとつだけ、病院から近いので、夕方、雨の止み間に護国神社の分社に彼とふたりで散歩がてらに行ってきたよ。

 彼の大叔父さんに、今も2人仲良く元気に生きてることを報告してきた。


 落ち着いたよ。