きのうは、彼とわたしの4ヶ月目の結婚記念日だった。


 午前9時から5時まで働いて、まっすぐプライヴェートな時間を楽しむことのできるのだとしたら、きっと、結婚記念日は1年に1度きりで充分なのだろう。


  


 わたしたちみたいに、いつも、どこにいても絶えず携帯の着信音に怯えながら暮らしている者にとっては、1ヶ月に1度、ほんの数時間だけでいいから、世界中の時計を全部止めてしまって時を過ごす、なんて子供っぽいことを空想してしまう。


 そんな時こそ、おもいっきり羽根を伸ばしてみたくなる。


 明日のパンのことを心配することはなくなったけれど、決して大金持ちになったわけじゃない。ソフトバンクの孫さんみたいに、東日本大震災の義援金として財産の中から100億円を出すことなんか絶対に、一生できはしないしホリエモンみたいに他社の株を買い占めて思いのままに動かすこともできない。わたしたちは、ごく普通の人間として街の喧騒の中に埋もれていればそれでいい。


 でも、月に1度だけ、結婚記念日という名目でそんな時間を過ごすことができれば最高なんだ。








 日曜日の洗礼式で、プールの底へと沈められ、プールへと降りるタイル張りの階段に後頭部をぶっつけて、水からあがれば髪型は見るも無残な状態に変わっていた。


 ドライしても二度と同じ彼には戻らなかった。


 そんな月曜の午前中を過ごした昼食時、彼に言った。


 ねえ、きょうの仕事が終わったら、髪を切って、佐々木蔵之介さんに戻そう


 いつもなら、ここで「まだ、いいって」あるいは「明日にしようよ」なんて逃げ口上を並べる彼だけど、きのうはすんなりOKした。


  きのうは、わたしのバースディー。


 今まで36年間生きてきて、37年目に入ったところだけど、きのうが最高のバースディーだった。


 志村家には、誕生日を祝うという風習さえなかったんだ。


 父親もまだ若くて、病院で365日を過ごす人だったから、家族で何かを祝う、あるいは外食をすることはほとんどなかった。


 食卓にはいつも、お母さんと妹の翔子とわたしだけ。


 でも、それが淋しいとか、祝って欲しい、なんて思ったことはない。


 多分、生まれたときから、それが普通のことだったと思い込んでいたからかもしれない。


 だから、友達のお誕生会にも呼ばれたこともなかったしね。


 友達と呼ぶ存在もほとんどいなかった。


 とにかく外の世界なんてどうだっていい。医師になれ。


 わたしもそれを当たり前のこととして受け入れていた。


 クラスの女の子たちがステディな男の子を見つける年齢になっても、ただひたすら進学塾と参考書の毎日だった。


 外の世界は汚い、とさえ言われて育ってきたわたしの前にいきなり現れたのが彼。


 颯爽としていて、てきぱきと物事を片付けていく男性。


 何かはわからないけど、直感的に感じるものがあった。


 以来、逢いたいと思うだけで、不思議と目の前にいた彼。


 わたしの失敗を成功だと言い切る彼。


 そうしてわたしと彼はひとつになれた。


 わたしの生まれた年のことを彼に言わせると、こうなる。


  「キャンディーズがいきなり大ヒットをとばし、解散への第一歩を芸能界に刻みつけた年。


 ある人に言わせれば、ミスター・ジャイアンツ長嶋茂雄選手が「わが巨人軍は永久に不滅です」の名言を残し、グラウンドを去って、その模様が劇場用記録映画として東宝系で公開され大ヒットして、同時上映扱いにされてしまっていたゴジラを再びたたき起こした年。


 またある人に言わせれば、それまでのTVでは異色であったアニメ『宇宙戦艦ヤマト』が日曜日の午後7時30分という、裏番組に『カルピスまんが劇場』枠の『アルプスの少女ハイジ』後続の『フランダースの犬』(アントワープ大聖堂の、憧れのルーベンスの絵の前で冷たくなってゆくネロと愛犬パトラッシュの姿は想像するだけで2Lの涙が出るよね。1Lだと沢尻エリカ様だしね。微妙だよ。でも、物語の舞台になったベルギーでは、日本から輸出されたアニメで初めて、この物語の存在を知った人がほとんどで、アニメが爆発的人気になったために観光コースに組み入れられて、ネロとパトラッシュの銅像ができた。ベルギーの人々は今でも、この作品は日本人が書いたと思い込んでいる。本当はイギリス人の作家なんだけどね。アメリカでは、ラストが変更されていて、ネロとパトラッシュが死なないことにされている。出版社によってラストが違うんだ。ネロの父親が名乗り出るとか、大聖堂の管理者である牧師に発見され、医者に担ぎこまれるとか。アメリカ人はハッピーが好きだからね)を敵に回して、まさに片道分の燃料を積載して、最後の希望を求めた年」








 そして、昼食時にまずは結婚記念日のプレゼントをもらった。


 腕時計型ハートレート・モニター。


 腕時計なんだけれど、時間を表しているんじゃなくて、上半分には脈拍、下半分には心拍が表示されるようになっている。


 液晶表示画面がタッチ・センサーとなっていて、上半分に触れれば、脈拍が全画面に波形つきで表示されるし、下半分に触れれば、心拍が同じ形で表示される。


 パネル中央に触れれば、普通のデジタル式腕時計となる。


 テニスの時に使うためだって。プロ・プレイヤーも愛用している人は多いらしい。日本人って、ものすごい発想を持ってるよね。


 もちろん、色違いのものを彼も使っている。


 マラソンに応用したのは、シドニー・オリンピックの時の高橋尚子さん。


 Qちゃん。


 ゴールテープを切る頃には、監督が単なる酔っ払いのおじさんになっていたという、かけっこの好きな彼女。



 仕事終わりに、ふたりで美容院に走った。


 「先に、切ってから食事にしよう」


 わたしがだまっていると、彼は続けた。


 「それまで、待てない?」


 待てる


 わたしもそのマタンゴ怪人みたいな顔じゃなくて、佐々木蔵之介さんと食事がしたい


 マタンゴ怪人って言い過ぎたかな・・・・・・でも、フェンダーミラーにはマタンゴ怪人が映っている。


 東宝特撮映画の名作であり、グレードの高さにおいて、今も越えることのできないハードルとして存在する映画だと、いつか彼が教えてくれた。


 原作はイギリスのミステリ・怪奇・海洋冒険小説の巨匠、ウィリアム・ホープ・ホジスンの「闇の声」。ページ数にしてわずか3ページに満たない小説。


 それを、東宝が映画化するに至って、現代日本SFの父と言われる編集者で作家の福島正実さんとショートショートSFで知られる作家、星新一さんが脚色した。


 公開当時に社会問題となっていた麻薬・ドラッグ・ピロポンなどを、毒きのこという形で表現し、それを食べた人間は神経を病み、笑顔が絶えなくなって、やがてはキノコ人間と化して、胞子をばらまき増殖していく。


 そう、彼の額はそのキノコ人間になる前の、キノコ化初期段階の怪人にそっくりだ.



 これを見ながらの食事となると、我ながらぞっとする。





 ただ、それが病気によるものだから、かわいそうな気はするけどね。


 でも、彼はよく病棟で、わたしや看護師たちに言う。


 「かわいそう」だと思っちゃいけないよ。


 医師や看護師と患者さんは常に対等な存在でなければならないんだ。


 お互いが対等な位置にいて初めて、患者さんは本当のことを話してくれる。


 同情は上から目線だからね。


 臨床心理士の基本なのだと言っていた。


 医大ではそんなことは教えられなかった。


 技術のみ。


 一番最初は、患者さんとのコミュニケーションから始まるのにね。

 彼から教わることは多い。



 アメリカの最難関大学の医学部出身という、すばらしいキャリアがありながら、それをひけらかすわけでもない。


 看護師の中へ飛び込んでワーワー言って喜んでる。



 イメージ的には、カップ焼きそばのCMの佐々木さんがいいかもしれない


 「カップ焼きそば・・・・・・あー、太麺とかいうやつね」


 「きみは?」


 基本的には今まで通りで、夏だから少し軽め、かな


 「じゃあ、ぼくもそうする」




 最近は美容院へ行くと、何も言わないのにさっさと、佐々木さんの髪型にされてしまう。


 彼に似合うのはこの髪型しかないってことだよ。


 美容師さんが言うのなら、その通りにすればいいんじゃないの。


 まさか、臨床心理士や医師がパンチパーマってわけにもいかないしね。


 


 食事は、ホテルの展望レストラン。


 今夜のためにこんなところを予約しておいてくれたの?。


 ホテルの屋上のビヤホールじゃない。


 それはアネさん医長だったら大喜びしそうなプランだけどね。


 でも、わたしたちはあくまで神によって結ばれている身だから、代償として律法を守らないとね。


 わたしが生まれた街の夜景を見ながら、食前酒の赤ワインの代わりにノンアルコールのオリジナル・カクテル。


 バーテンダーさんが、飲む人を瞬時に見分けて、その人のためだけにテーブルまで来て作ってくれる。


 どうしよう、わたしって、おもいっきり、ストーンウォッシュのデニムに半袖のパーカーだよ。


 彼はチノパンに、アニエスbとかいうメーカー、いや、ブランドだったかなの半袖のポロシャツ。


 こういうところって、フォーマルに着飾っていないと入店しちゃいけないんだよね。


 でも、彼はわたしの手を引いて、堂々と入店して、それに対してウェイターは制止するでもなく平然と頭を下げ、テーブルまでは、グレイの髪の男性が案内してくれた。



 そして、フルコース・ディナー。


 


 ちょっと、こんな格好でこんなところへ


 わたしは小声で訊いた。


 「ふたりともカジュアルなスタイルでOK


 普通は入れてはくれないだろうね


 このホテルだから、ぼくもそれが言えた


 気にしてばかりだと、食事が喉を通らなくなるよ


 このホテルとぼくとの関係は、1年に1度クリスマス近くにディナー・ショーを開くことを頼まれているんだ


 今年で7年目なんだけど


 なかなか、何もない日に席を埋めるのは、正直どこのホテルでもだんだんつらくなってきている


 だから、年に1度のクリスマス・ディナー・ショーのときだけは満席にする


 ディナー・ショーの料理って、見かけは食材に糸目をつけないように見えるけど、実は裏があってね


 客も、目当ては音楽だから料理の食材にまではどうこう言わない


 だから、ぼくがしっかりとした音楽を奏でればそれですべてが許される


 ホテルも6年間いい目を見てきたから、リザーブのときに、カジュアルな衣装ではどうだろうか、ちょっとお願いしてみたらすんなりとOKが出たってわけ


 お互いに持ちつ持たれつ、ってやつさ」


 まったく、彼ってどういう人なの?。



 食後には、白ワインの代わりの、食前とは違うオリジナル・カクテルをバーテンダーさんがテーブルで作ってくれた。


 バーテンダーさん曰く、食前は結婚記念日のためのオリジナルで、食後はわたしのバースディーのためのもの。


 もちろん、カジュアルなスタイルではあっても、チップという礼儀だけはきちんとしていたよ、彼は。


 ホテルでは気を利かせて、コースには入っていないバースディー・ケーキを用意してくれていた。いわば、ホテルからわたしへのバースディー・プレゼント。


 何を勘違いしたのか二段重ね。


 2人で食べきれるだろうかを検討した結果、病棟で切り分けることになり、箱に入れてもらって、車の中ではわたしの膝の上。


 2シーター・カーってこういうときに困るんだよね。


 特にAZ-1は、2シーターの中で最も狭い。


 出口で、オーナーに呼び止められた。


 やっぱりまずかったんだよ。


 「今年のディナー・ショーの料理などにつきましては、後日、改めまして、グラン・シェフも同席した上で打ち合わせを行うということで」


 「あっ、その件ですが、ぼくなりに構成を考えてみたので、その打ち合わせの時にでも、ご意見を伺わせていただけますでしょうか?」


 彼は2枚組のCDをケースに入れたものをオーナーに渡した。


 演奏する曲を大まかに、編集したCDだという。


 演奏する曲によって、グラン・シェフは料理を創造する。


 音楽と料理のハーモニー。


 それが、6年間、同じホテルの展望レストランという大きな空間を埋める秘訣なのかもしれないね、って彼は方眉を吊り上げた。


 「年によってだが、だいたい2日間になってしまうんだ


 客はぼくの演奏でディナーを楽しみたいし、ホテルも客を入れれば入れるほど儲けが出る


 だから、1日分の予約を超えた分についても席を取り、客を入れる


 次の日にはもう、追加公演を頼む、って


 一番酷い時は3日続けて、という年があったよ


 リゲインからユンケルの一番高い二千円のドリンクに変えてがんばった


 ディナー・ショーのステージって、難しいんだよね


 客あしらいは1対1の関係を保たなければならない


 通常のライブ・コンサートでは、1対マスの関係だから


 ノッテるかい!あまえらのためにいくぜっ!愛し合ってるかいっ!


 真ん中、ノリが小さいぞ!


 ディナー・ショーでは、すべてではなくとも、いくつかの客席を周り、きょうのお召し物を何かにたとえて、ちょっとほめたり、けなしたり


 そのバランスがね、けなされすぎるといい気はしないけど、客としては少しいじられてみたいっていう願望もあるんだ


 美川憲一さんが、常にディナー・ショーでトップを獲るのは、それが見事だから


 見習わなければいけない点はほんとうに多いよ」





 彼は突然、何を考えたのか、ライブハウスへ車を走らせ、駐車場に入れた。


 すぐそばの、都市銀行のものだ。


 昼間は管理人がいて、駐車スペースを指定されるが、夜間は自由。


 そしてわたしは彼にせかされるかのように、ライブハウスのドアを開いた。


 看護師たちの間で、30代女性が聴きたいようなライヴ・アクトを入れてる、落ち着いた空間がある、ときいていたけど、ここがどうやらそのようだ。


 案の定、今夜も客はいるのにステージが空だ。


 ストリートで警官の姿に常に怯えながら歌っているアマチュアにでも開放した方がいいと思うよ。立派なステージがあるのに、もったいない。


 「あっ、ここは、ぼくの所属する音楽事務所が経営してるんだ」


 えっ、自分たちの歌う場所は自分たちで確保してるんだ。すごい。


 わたしを一番ステージがよく見えるカウンターに座らせ、彼はわたしのために、オレンジ100%のソフトドリンクを。


 バーテンダーさんは、いや、彼が店長と呼んでいるから、店長さんか。


 あれはアセロラだ。


 健康に最高。


 一気いかせていただきます、と飲み干した彼の顔色が急変した。


 まさか、唐辛子?。


 そこまで、彼って音楽プロダクションでは嫌われてるの?。


 この前までは、ZONEのコたちにずいぶんとなつかれてたけど。





 彼、メニュー表のスポーツ・ドリンクを指差してカモン・ポーズ。


 きたきた、これをね、ぐっと、って、2Lかいっ!。


 それはさすがに、一気できまシェーン。


 普通は500mlだよね。


 不思議ちゃんの所属するプロダクションだから、やっぱり不思議ちゃん?。


 とりあえず、1Lだけ一気して、彼はステージへあがった。


 ちょっと、エレクトリック・ピアノを転がしてる。


 YAMAHA CP-88。


 日本が生んだエレクトリック・ピアノの名器。


 ころん、とした感じの丸っこい音は、他のどんなエレピにも、そしてシンセサイザーにも真似できない。


 最近はPC上で、歴史上の名器をシュミレートすることができるから、とは言っても、88だけは無理だと思うよ。


 「どーもっ、お久しぶりでございました」


 客たちが一斉にステージを見た。


 


 エレピをね、ステージの中央へと、1人で移動するんかいっ!。


 なんとか、動かした。


 白鳳と結びの一番が取れるよ。


 


 「さてっと、は-い、ここに注目してください


 みなさんは、人は決して一人では生きては行けない、ということを知っていますか?


 はいっ、人という字を一筆書きで書いてみてください」


 金八先生?。


 「書けますか?


 書けませんよね?


 それがすべてを表してるんです


 どうぞみなさん、支えあって生きていってください」


 やっぱり金八先生か。


 ハガネにはなれないか。


 「世界には、わずか二千円の治療費がないために落とさなくてもいい命を落としている赤ちゃんが大勢います


 わたしたちは、二千円なんて一回コンビニに行けば、使ってしまうようなお金です


 それで1人の赤ちゃんの命が助かるんです」


 ああ、なるほど、ピアノを弾く前の指のストレッチね。


 同じクラシック出身だからわかるよ。


 指の腱って手首まで延びているから、一本ずつ指をストレッチしてから、手首をよくこねるように回す。


 プロは大切にしなきゃね。


 彼はピアノもヴァイオリンも弾くから、指と手首は特に大切にしなきゃいけない。


 いつか、野球をしたことがないって言ってたけど、ピアノやヴァイオリンには絶対にやってはいけないスポーツだからね。


 「かと思えば、地雷で、片足だけを、または片手だけを失って、地面を這いずるようにして生きている人々もいます


 ぼくはかって、ダイアナ妃とともに、カンボジアの地雷原を歩き、地雷を撤去しました


 プリンセス自らが、地雷を除去したんです


 日本で、もし雅子妃が同じことをしたいといった場合、どうなるでしょう?


 宮内庁と総理大臣は必死で引きとめて、彼女の思いを封じるでしょう


 そんなわけで、坂本龍一さんを筆頭に、世界の文化人、そして日本のミュージシャンが賛同して、地雷全廃プロジェクトを立ち上げるために作った曲を」


 何かを想うように、彼は一息ついた。


 「発起人である筑紫哲也さんはもう天に旅立たれました


 でも、わたしたちは忘れません


 筑紫さんの夢であったZERO LAND OF MINEを必ず実現します」


 よし、指はOKだね。


 「「ZERO LAND OF MINE」をショート・ヴァージョンで」



 「ありがとうございました


 えー、この夏はみなさん、映画には行かれましたか?」


 行ったよー、の声があちこちから聴こえる。


 「やっぱりハリー・ポッターかな?


 『ロックーわんこの島ー』とか?


 この夏のジブリ映画はちょっと、ね、伸び悩みかなー、なんて


 主題歌を歌って、宣伝、するわけじゃないですよ


 自分の観たい作品を選んで観ていただいてけっこうです


 まあ、10月1日は、できれば『HAYABUSA-はやぶさー』という、素敵な、なんと日本人とは優れているのだろうと世界に胸を張って自慢できる映画が公開になります


 それはね、ファースト・ディーか水曜のレディース・ディーあたりでいいので


 話を元に戻します」


  ジブリ映画主題歌「さよならの夏」~『コクリコ坂から』~



 この音源は本当に彼の声なんだ。


 YouTubeにUPして宣伝してた。


 それから、彼は嫌いなはずのラップのケツメイシの「こだま」他、数曲を歌い、いよいよクライマックスになったみたい。



 「きょうは、ぼくの結婚記念日です


 ワーキャー言われるのはこんなときだけか


 もっと違う時にワーキャー言って、お願い


 そして、彼女のバースディーでもあります


 最後に彼女のためだけに歌いたくて、ぼくは今、ここにいます


 歌わせてください


 他の方は耳をふさいで、なんていうと、社長から説教を食らいます


 ぼくより年下のくせに、役職は上ですからしかたありません


 それでは、聴いてください」



 「ありがとうございました


 アンコールはありがたいんですが、イオンが閉まると買い物ができなくなるんです


 それでは失礼します


 また、土曜日にホールで、バンドのメンバーとしてお会いしましょう


 それと、ZONEのニューアルバム、8月10日リリースです


 9日夕方にはCD店店頭に並ぶので、2枚組のほうを迷わずに買ってください


 それと、サカナクション「バッハの旋律を夜に聴いたせいです」もよろしく


 それじゃ、おやすみなさい」


 彼はステージを降り、カウンターで残りのスポーツ・ドリンクを一気。


 「ところで店長、何、あの真っ赤なジュースは?」


 「イチゴです。イチゴ100%はどこにもないでしょう」


 「当たり前だよ


 酸味が強すぎて100%じゃ飲めないから、どこも出さないんじゃありませんか?。


 You know?」


 彼とライブハウスを出た。


 ねえ、最後の曲、素敵だったよ


 ハンカチ濡れちゃった


 「あれはね、大江千里さんの曲で、「砂の城」


 この前、話したよね


 ぼくが高校生の頃、ふざけ半分で小説を書いてコンテストに出したら、大賞をもらって、石原東京都知事がえらく誉めてくれた、って


 その作品が出版から2年後に映画化された


 VHSは持ってるんだけど、DVDになってない


 その映画のために大江さんが書き下ろしてくれた主題歌なんだ


 出版直後から、映画化が決まっていて、2年間は何をしていたかというと、ひたすら神戸の街のあちこちをロケハンって、ここでロケをしたらどうなるかって、実際に背景だけをフィルムに収め続けた


 そして、しっかりとした背景の前で、新人俳優を多数起用して製作したんだ


 同じ年齢の友人も友情出演してくれた


 弁当だけのノーギャラで


 有森也実はユーイチとレイコのクラスの担任で、小説では彼らに嫌われてる


 最初は文句をつけたみたいだけど、フィルムが回りだしたら、嫌味な先生になりきっていた


 シンガーソングライターの松岡英明は寺の住職で、最も住職に見えない住職」


 それってありだよ


 やくざの親分が刑務所の中で読んだ聖書で、キリストに目覚め、足を洗って立派な牧師になる時代だもの





 「ぼくの想いを歌にして届けたつもりだったけど、不器用だから」


 そんなことない


 世界中の時計は今、止まってる


 「そんな気がするよ、ぼくも」


 彼は話し続けた。


 「あれと同じモデルのエレピでね


 むかし、ライヴの時に、天板の上に飛び乗って、いい気で客と一緒にジャンプしてたら、バリッという音とともに膝までピアノに埋まった


 そのときは、モーニング娘。とか谷村新司さん、財津和夫とチューリップとか、渡辺美里さんに大江千里さんがいる大手に所属してたんだけど、6時間説教された


 たかが、88万円のエレピで


 そりゃー、ヴェーゼンドルファーだったらわかるよ


 88万円なんて渡辺美里さんが西武ドーム1回やれば回収できるじゃない


 肝っ玉の小さい事務所だよね」


 普通は怒るでしょ。何で、彼の壊したエレピのために渡辺美里さんが西武ドームでライヴをしなければいけないの?。


 こんなところも不思議ちゃんなんだ。


 おもしろい。




 ごめんなさい。文字数制限に引っかかっちゃいました。


 削れば済む話なんだろうけど、どこも削ることができないんです。



 すべてが夢のような一日で。すべてをお伝えしたいから、続きは明日の更新まで待ってください。