きのうの記事の後半です。

 

 イオンでは、さらにわたしにバースディー・プレゼントをくれた。

 わたしがこだわる、デニムをメインにしたトータル・コーディネイト。

  「よう。久しぶりー。決算期に全然来てくれないんだもんなー」

 ショップの店員さんは彼に気軽に声をかけた。

 地黒か焼いたのか、わからないけど、モデルのような体型の割には腕ががっしりとした女性。

 「決算期は末期肺癌で死ぬか生きるかだったもんなー」

 「いやだー、ほんと?」

 「ほんとー

 天国へ行ったら、怖い顔した神様がいてさ

 おまえはもっと、世の中のために額に汗して働けー」

 「やっぱ、デラ、いたんだー」

 「怒ってラケット振り回すから、あっぶなっかしくて

 だから、戻ってきた

 あのままだったら、今頃は」

 「コートに血を吐いてぶっ倒れてた」

 「忘れてた

 結婚したんだ、ぼく

 4月1日に」

 「はぁ?ぼくは一生結婚はしません、と言ったのはどなたでしたっけ?」

 「きみだって」

 「結婚したんだろー。いいえ、まだ、っていうか、結婚してたらここでこんな時間までこんなことしてないし」

 今は既婚女性もどんどん社会進出するべきだと思うけどな

 「わたしのポリシーがそれを許さないの。You know?」

 「I know.,but

 ぼくの妻は医師だよ。病棟勤務の」

 「へー。もしかして隣の彼女?」

 「まあね。驚いたか」

 「それは、あれだよ、医師という同じ職業の者同士だから、女性の社会進出なんて言えるんだよ。まだ、世の中そんなに甘くはないぞ」

 「ところでさ、彼女のトータル・コーディネイトを引き受けてくれない?デニムにはこだわってるんだけどさ」

 「パッと見。そうね。デニムの履きこなしはイケてるね。プラス、一点選ぶとすれば、か」

 「一点でなくてもいい。このWAONにチャージされてる分だけ」

 彼は、彼女にWAONカードを渡した。

 「フルチャージしてあるから、50まではいけるでしょう」

 けっこう、ショップとかって高いんだよね。

 しまむらやユニクロのなんとありがたいことか。

 でも、ユニクロはどこかの官房長官が私服で着てるというニュースが流れてから、わたしはピタッと着なくなった。

 あんなアホと一緒にされるのがたまらないし、ユニクロのイメージをぶち壊してくれた。

 もう二度とTVカメラの前に出るな。


 「はい、一応、カードは一旦返しておくね」

 「ごめん、お手洗い、どこ?」と彼。

 「ここに来る前に、ライブハウスでスポーツ・ドリンク2L一気したから、やばそう」

 「向こうに渡って上を見たら看板が下がってるから、それに従いな」

 「はい、そうします」


 「うん、パーフェクト」

 いろんな服と小物をデニムと合わせてみて、わたしは何度も試着をして、次々とデニムをベースにした服飾・小物を決めていった。

 彼が見たら、恐らくこのショップのある3階から飛び降りるよ。

 何がって。

 うーん、きっぱりと。

 ショートパンツ姿、デニムの。

 上はブラトップにシャツのボタンをすべてはずしてへその辺りでシャツのすそを縛り、腕は肘の上まで袖まくり。

 ビーチで遊べるようなスタイル。

 普段は軍隊の礼装みたいにフォーマルな感じだから、プライベートは正反対の遊び心のある感じにしてみたい、って希望を言ったら、こうなった。

 またショップの店員さんってうまいんだよね。

 今は四十代を過ぎて、中学生や高校生の子供がいる母親が、デニムで思いっきり遊んでる、って。

 たしかにイオンでもすれ違う女性を見ていると、それぞれの年代の女性が、それぞれの年代に合わないようなデニムの履きこなしをして、思いっきり遊んでる。

 わたしは正直に年齢を言ったんだけど、今は実年齢より下の年代の着こなしをするのが流行りなんだって。

 わたしは、今まで厳格に躾けられてきたから、その殻をできる限りの力で割ってみたかった。

 自分を表現することさえ、押さえつけられてできなかったから、それをはねのけたかった。

 瞬間、瞬間がものすごく充実していた。

 殻を割ることも、ちょっとだけハメをはずすことも全部彼が教えてくれたんだ。


 「見て、彼女。まったく違う女性みたいでしょ」

 店員さんは言った。

 「えっ?」

 お手洗いから戻ってきた彼の目が点になってる。

 「女子高生みたいだよ」

 「そうでしょ。あんたのために頭を使ったんだからね」

 「その分は高校の時に前払いしたでしょ」

 ね、ちょっと年齢的にまずいよね?

 わたしは訊いた。

 「全然

 いいと思います

 デニムのショートパンツが光ってるよ

 お尻が半分見えてたりしたら、問題があるかもしれないけどね」

 「そんなのはわたしも勧めない。あれは一部の露出狂がやればいい。過度に見せれば男が落ちるなんて、同じ女性としてサイテー。でも、これだと、今、わたしが履いてるのと同じ丈で色落ちの度合いが違うだけだから。ところで、質問、わたしっていくつくらいに見えます?」

 二十代前半かな?ウチの妹が32だからそれより8つくらい年下

 「正解です」

 「なんだ、その得意気な顔は。だまされるなよ、このおばちゃんは今年で44歳だ。

もう誕生日は過ぎたよね、7月31日に」

 「おまえはな・・・・・・突然、留学してコロンビア大学の医学部へ入る頭がありながら、デリカシーつうもんがないのかよ。教科書詰め込みすぎて、耳からデリカシーが流れ出したか」

 「44歳のきみが着こなせるんだから、これからはもう少し大胆なデニムの履きこなし方をしてもいいんだって言いたかっただけだから」

 出た、ジョーカー伊達警部的逃げ口上。

 「彼女とは高校のテニス部で、ミックス・ダブルスを組んでたんだ

 クラスが違うだけで、同期生っていうのかな

 あっ、今、彼女にテニスを教えてるんだ

 って言っても、基礎トレーニングは終わって、ゲーム・メイクの相手を探してる」

 「ってことは、あれ、あんたのあの変なグリップとかも教えたの?」

 「教えた」

 笑顔が完璧に堺雅人さん。

 「3日目でパワーボールを打って、金網に穴を作ってる」

 「懐かしいよねー。朝5時から学校のコートへ来ては、教頭と2人で金網に分厚い板を当てて木槌でガンガン叩いてたね、あんたは。デラがさ、おまえ、おまえはもっと加減することを憶えろ。他の部から見たら単なる器物破損行為じゃないか、って。デラも肺癌だったもんね。あっという間にいなくなっちゃった。あんたは葬儀にも出られなかったんだったよね」

 ふたりだけの想い出の中に、わたしは入らないほうがいいよね。

 しばらく、だまっていよう。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  「まあね

 一時帰国したときに、学校へ寄って住所を教えたんだけど、知らせがなくてさ

 やっと届いたのが2年後だった」

 「その間に校舎を新しいのに引っ越したでしょ。そのときにかなり紛失した書類とかがあっていろいろ大変だったみたい」

 「旦那の赴任先もわからないし、墓地もわからないし」

 「わたしも葬儀に列席してからは、まったく連絡が取れなくて。教頭もわからないらしいしね。随分と虐められたけど、あの頃が最高によかったね」

 「もう、止めたの、テニスは?」

 「続けてるよ。わたしからテニスを取ったら何も残らないからね。今はコナミ系のテニス・クラブにいる」

 「ぼくはグリーン・ヒルズ」

 「やっぱり医者は違うのね。あんな高い会費を払えるなんて」

 「いや、会費は払ってない

 あのクラブを経営している病院の院長と友達で、無料会員

 いろいろと訳があって、日本へ戻ってから生活保護で生きてたから、会費なんて払えないよ

 4月からは払う、って言ったら、じゃあ少しだけって、ものすごい安い会費なんだ

 もし、グリーン・ヒルズでよければ訊いてみようか

 予算はどのくらい?」

 「そうね、あの施設を利用できるなら月5万ってとこかな」

 「わかった

 訊いてみて、また買い物に来るよ

 イオンにはよく来るんだけど、タワーレコードだけとか、お惣菜だけとかが多くて、なかなか

 でも、こうして彼女のコーディネイトをお願いできるなら、いつも寄る」

 「あんたも若いよね。3日には44歳でしょ。なのにアニエスbを着こなしてるんだから。ねえ、診療科目は?」

 臨床心理士と総合診療科および法医学

 「あー、今話題になってるやつだよね。EPEG見たらNHK総合で木曜だったか金曜だったか、総合診療医とか書いてあったよ。カウンセラーと総合診療科とブルドクターか。あんたらしいよ。がんばれ」

 「ありがとう」

 「そのがんばれ、じゃなくて、これ」

 「何ですか、この赤いカードの束は?」

 「今、イオンでは”がんばれファイターズ”セールをやっていて、このカードに、ねえ、あそこに赤い箱が見えるでしょ。あそこへ行って住所と名前と年齢と電話番号を書いて、いろいろな賞が箱に書いてあるから、カードのここの賞のところに記号を書いて箱に投函すると、抽選でいろんなものが当たるってわけ。これだけ枚数があるから、書くのをがんばってってこと」

 「店長さん、手伝って」

 「やる暇はない。これから検品して、売り上げ出さないと。こんな時間にどかんと売れると思ってなかったから。点数をありがとう。200円残金」


 結局、彼とカードを半分に分け、せっせと記入しまくった。

 彼は途中で何度も、っていうか1枚書くごとに、「腱鞘炎になるー」ってアヒル口。

 そして、一夜干し炙りイカを全部で20皿買い、イオンを後にした。

 最後に、寿司屋に寄り、10人前の握りを2皿買って、帰途に着いた。

 彼が膝にケーキを、わたしが膝に寿司の大皿を2枚のせて、病院へ。

  

 きょうの夜食は特上生握りと、一夜干し炙りイカ1皿ずつ。

 もちろん、20人なんて夜食は食べない。

 ただ、1人前で1人がなんとかお腹を満たせるか、と言われればそうではないから、1人2人前検討で決めた。

 残りの炙りイカはアネさんのお使い。

 初めてじゃないよ。


 こうして、昨日の長い夜は終わりを告げた。