金曜の夜って好き。
なんか、ちょっとほっとするんだよね。
患者さんはほとんど外泊に出るから、病棟は淋しいくらいなんだけど、その淋しさがいいんだ。
わたしたち医療関係者ってみんなそうだと思うよ。
本当は毎日、こんな淋しさが続いてくれたら、って思う。
明日からは三連休か。
わたしたちには関係ないけどね。
外泊中の患者さんの容態が悪くなる危険性もあるから、病院にすぐに戻れる範囲内でしか外出できないし。
容態が悪くなった場合、2つの方法が選ばれる。
患者さんの家族に、患者さんの状態がどのようなものかを聞き取って決まる。
1つは、救急車で搬送してもらう場合。
これは、最近難しい。
本来なら救急車なんかいらない程度のことで呼んでしまう人が多い。
タクシーだったら料金がかかるけど、救急車ならタダだし、って考え方だと思うんだけどね。
救急車だって、実はタダじゃないんだよ。
理由は説明できないことになっているから、ごめん。
もう1つは、ウチの病院、というか病棟だけの実験的な方法。
チーム診療。
臨床心理士と医師、看護師が患者さんのお宅に往診するパターン。
といっても、チームは1つだけで、まだ実験段階だけどね。
チーム名「ABCC」。
彼がAでわたしがB。
Cは佐橋看護師。
もう1つのCは紺野看護師。
乗っている車の頭文字をとって名がついた。
彼はマツダ・スピード・オートザムAZ-1.
わたしはHonda ビート。
佐橋看護師と紺野看護師は2人ともスズキ・カプチーノに乗っているからCが2つ。
出動は2台。
彼とわたし、そして看護師2人で1台。
実際にきょう、初出動がかかった。
わたしは彼のAZ-1、佐橋看護師は紺野看護師のカプチーノで。
途中で、事故の後の現場(げんじょう)鑑識をしている道路があって、警察が規制をかけていて、車がストップ。
だめだ、と思ったら、彼がガルウィングをはねあげて、車から飛び出し、警察官の1人に近寄っていった。
何やら話しこんだら、警官はいきなり彼に敬礼。
規制のコーンをよけて、パトカーを引っ張り出した。
彼が帰ってきた。
「パトカーが先導してくれる。うしろにも伝えてくる」
あー、使ったね、メテオールを。
彼が車に乗り込んできた。
「パトランプとシグナル・コントロールでスムースに目的地だ」
やったの?メテオール解禁
「1分間だけ。危険と判断した場合、現場の判断で解禁することができる。78条だったかな」
ふっと笑った。
「それじゃあ、いきましょうか」
彼はアクセルを踏み込んだ。
さすがにまずいと思うよ
「後できちんと本部長には連絡を入れておくから」
まあ、彼と北海道警察旭川方面本部長はラジコン仲間だからね。
それに、別の仕事での関係もあるし。
おかげでノンストップで、患者さんの家の前に着いた。
記録的な速さ。
やっぱり、何はなくともパトカーだね。
でも、信号をコントロールできるとは。
おかげで患者さんの処置は大成功。
緩和ケアだったんだ。
きのうの表を患者さんに記入してもらって、彼が痛み止めを選定し、看護師が、1人は患者さんの腕を固定し、もう1人が注射。
それで、終わり。
わたしは何なんだ、って。
聴診だけじゃない。
それも痛みと何の関係もないんだよ。
蒸すから心臓の方がつらくなるといけませんから、とか言って脈をとったり。
医者はいらないってか。
そういうことをしてると、わたし、グレるよ。
どうせ医者なんか派遣社員なんでしょ。
いらなくなったら、ポイなんでしょ。
あっ、彼も一応医者か・・・・・・免許持ってた。それも英文の。
なんで、同じ医者で区別されるわけ。
そりゃ、彼のほうが学校としてはランクがはるかに上だよ。
でも、症例はわたしのほうがたくさんこなしてるんだ。
緩和ケアで画期的な方法を編み出したからって、なにさ。
わたしだって内視鏡の操作では病院一の腕なんだぞ。
この前なんか、腫瘍のほんの一部だけを検査用に切除すればいいのに、調子に乗って腫瘍を全摘出したんだから、へっ、どうだ。
って、それは言っちゃダメ。あれは失敗。
あの後で、臨床検査部が病棟のスタッフ・ステーションに殴りこんできて大変だったんだから。
いつもだったら、アネさん医長が喧嘩上等で追い払うんだけど、あの時だけは素直に謝ってた。
「わたしは、いわれのない罪で頭を下げたのは生まれて初めてだ」
彼が臨床心理学かなにかで、アネさん医長の怒りを収めてくれなかったら、わたしは首が飛んでた。
でも、患者さんも落ち着いてくれたし、往診実験は成功。
24時間効果があるっていうから、もし明日になってまた痛みが出たら、わたしたちが駆けつければいい。
わたしはいらないかもしれないけどね。
だけど、いいのかな。
彼のやらかしたことは偽警察官でしょ。警察官のコスプレをしただけでも犯罪になるはずなんだけど。
安曇班長だと、警察官が錯覚したからパトカーで先導してくれたんだから。
絶対に罪だよ。
本部長にお詫びの電話を入れた彼。
怒鳴られるかと思ったけど、笑いながら話していた。
「患者さんはその後どうなったかだって。市民の命と安全を守るのが警察の役目だから、今回は、その警察官に感謝状の1枚でも出しておくって」
やっぱり、類は友、って本当だね。
不思議ちゃんの友は不思議ちゃんなんだ。