昼休みに、彼に初めての面会客が訪れた。

 名前を聴き、彼が通してかまわないと判断した。

 とても美しい女性。

 クール・ビューティーっていうのかな。


 「なんか大変なことになってるらしいって聴いて、飛んできたんだけど」

 女性は言った。

 「実は去年の暮れに大腸癌になって、全摘出。今年の1月末に肺癌になって、腫瘍を全摘出。今は再発待ち、ってとこだね」

 彼は答えた。

 わたしは病室を出ようとした。

 彼女と彼の間には、他人が割り込んではいけないような空気が流れていたから。

 「ああ、いてもらって全然かまわないよ。あのね、彼女はFBIアカデミーに一緒に通っていたんだ」

 「一緒に、じゃなくてただの同期でしょ」

 「そうともいう」

 「そうしか言わない」

 「どうでもいいけど。ぼく、実は4月に結婚したんだ。報告が遅れてごめん。で、彼女がその相手。呼吸器外科医で、ぼくの命の恩人」

 そういわれると照れるよね。

 「あれっ、ぼくは一生結婚しないんじゃなかったの?」

 「さすがは遼子女史。憶えてたんだ。でも、人間の気持ちは風向きによって変わるんだよ。それとも、ぼくに気があった、とか?」

 「冗談でしょ。500%ありえないから」

 「そこまで言うかな。まあ、いいけど。それで、命を救ってくれたこの病院に4月1日から、臨床心理士として勤務している、ってわけ」

 「やっと、犯罪者以外の心を読むことができるようになった、ってわけだ。最高に幸せでしょ。こんな素敵な彼女と結ばれて、天職を生かすことができて」

 「まあね。ところでどうしたの、急に?。きょうは非番?」

 「あれー、そうだよね、言ってなかったもんね。警察は依願退職しました、2年前に。それで今はルポ・ライターなんだ」

 「どうして辞めたの、天職じゃなかったっけ、警察官は。警視庁でもきみの才能を見込んでFBI研修に出したんだろ、国民の尊い税金を使って」

 「それがね、夢と現実は全く違うものなの。容疑者を逮捕して、這い蹲るようにして証拠をかき集めて、鑑識に徹夜で作業をお願いして、さあ立件というときに、上から見送れ、この事件はなかったことにする、ってね。主席管理官のバカ息子でさ、要するに上にはその上があって、ご機嫌伺いのために事件をもみ消す。そんなことが続いたら、やってられないでしょう」

 「警視庁も所詮は官僚組織だからね、いろいろあるさ」

 「それで、あなたにお願いがあって、ここまで飛んできたんだけど」

 「なに?」

 「沖縄の海底遺跡を1人で調査していたんだって?どのくらい進んだ?それとも、もう答えは出た?」

 「そっち系統のルポ・ライターなわけ?事件関係かな、って思ったけど」

 「分野を決めてたら生きていけないの、今のお仕事は。事件から科学までなんでも首を突っ込まないとね。もし、答えが出たのならば、わたしに売ってくれない?。もちろん、あなたの仕事として記事にするから」

 「それが、ね。まだ答えは出ていない。あくまで推測として仮説はまとめた。そうしたら、あまり離れていないところで、まったく様式の異なる海底遺跡を見つけてしまって、訳がわからなくなって、なんとか2つの関連性を調べようと思っていた矢先に、癌が2つ関連してしまって」

 彼、きょうもおもしろいことを言うね。

 でも、ちょっと人をバカにしてない?。

 「とりあえず調査が進んでいるだけでかまわないから、売ってもらえる?」

 「いいよ。ところで、ブランク・ディスクは持ってきた?CD数枚か、DVD」

 彼女はDVD-Rをバッグから取り出した。

 「最高だね。今、焼く。写真がけっこうあるから」

 彼はPCを起動させ、彼女から受け取ったDVD-Rをドライブに挿入し、バーナー・ソフトでファイルをDVD-Rに焼き付けていた。

 「そう。ありがとう。それで、報酬は今すぐ支払えないけど、わたしが記事にしてデスクに買い取ってもらえたら、その価格の50%ってことで、どう?」

 「OK。1割でもいいけど」

 「ありがたいけど、買い取り価格は50%と決めているから」

 「まじめですね、あいかわらず。おっ、焼けたよ。ちょっと焼きミスを調べてみるから、待ってね」

 「ありがとう。ところで」

 彼女は唇をなめた。

 「この街でも、最近、神隠しが続いているそうじゃない?」

 まずいよ。彼女、正体をつかんでいるのかもしれない。

 「あー、神隠しね。あの、法で裁くことのできなかった、あるいは適正な判決が出なかった犯罪者が、行方不明になる、ってやつ」

 「そう。正義のヒーロー。まさか神様の仕業ってことはありえないでしょう」

 「もちろん、そうだろうね。人間の仕業でしょ。なんか闇の制裁人みたいな人物がいるんじゃない?」

 「としか考えられない。それも警察組織の中に答えに繋がる何かがありそうな気がして。わたし、徹底的に調べてみようと思ってるの」

 「あんまり危険なことに近づかない方がいいんじゃない?そんなことで命を無駄にすることはないと思うけどな。これから、遼子女史の目にかなう素敵な彼氏が現れるかもしれない。結婚を選べば?ぼくは結婚してみて、”一生結婚はしない”って言ってた自分が、いかにバカだったかを知ったよ。おっ、きれいに焼けました。はい、どうぞ」

 彼は遼子女史と呼んでいる女性に、DVD-Rを渡した。

 「せっかくの命なんだから、自ら縮めるようなことはしないでよ。せっかくのモデル体型を生かしたら、素敵な恋をつかめるんだから。きみに告白する男性は多いよね。でも上手に断ってる。仕事が生きがいの人生なんかつまんないよ」

 「アドヴァイスをありがとう。でも、あなたならわかるでしょう、わたしの性格が、それを許さないってことが」

 「はい。でも、上層部の家族の犯罪をもみ消すような警察だからね、相手は。きみの命が心配なんだ。それに、せっかく生まれてきたんだから、人生を楽しまないとね」

 「わかりました。そう言ってくれるのはあなただけよ。あらっ、ごめんなさい、お昼休みの終わる時間ね。それじゃあ、このDVD-Rが売れたら連絡するから、そのときに振込先を教えてくれる?」

 「わかった。これが連絡先。ところでどうするの、これから」

 「旭山動物園の取材。依頼されてね。記事にすると受けるんだって、旭山動物園って」

 「じゃあ、面会に来てくれたお礼にいいことを教える。取材が終わってからでいいから、このどっちかへ行ってみて、半端なくおいしいから」

 彼は手早くメモすると、それを女性に渡した。

 「ラーメン店。この街の食の名物だから」

 「ほんとに?記事にできそうね、グルメで」

 「充分いけると思うよ」

 「わかった、必ず行ってみる。それじゃあ、ごめんね、突然訪ねてきて」

 「久しぶりに会えてうれしかったよ、じゃあ」

 エレベーターの前まで彼女を送り、別れた。

 ちょっと、大丈夫なの?

 「何が?」

 神隠しを徹底的に調べるって

 「別にかまわないよ。彼女の自由だ」

 だって、正体がバレたら

 「この病棟ではバレてるよ。でも何も変わらない。むしろ、彼女の命が心配だよ。警察の上層部って裏社会との関係も深いからね。神隠しと同じ手口で人間の1人や2人を葬ることができる。ただし、その場合は実弾だけどね」

 確かに、病棟の何人かのスタッフは神隠しの正体を知っている。

 でも、ルポ・ライターとなれば、世間に公表するわけだし、やっぱりまずいよ。


 先日、札幌の篭城事件で、彼と同じく掌に深い傷を負った警察官の友人の奥様が病棟に訪ねてきた。

 「お礼が遅くなって申し訳ございません。抱えていた事件が片付いて、やっと休みがもらえたので。あの、こんなもので失礼なんですが、休憩時間にでも召し上がってください」

 彼女は紙包みの箱を差し出した。

 「そういうものは受け取れない決まりになってるんだ」

 アネさん医長。

 「それでは、気がすみません。彼、丁寧に縫合していただいたおかげで、何の不自由もなく手が使えるんです。あんなに深い傷、もし化膿したりしたら、生命に関わる可能性もありますから。助けてもらったお礼にぜひ、受け取ってください」

 「そう。人の気持ちを無にするのも好きじゃないから、ありがたく受け取らせてもらうよ」

 彼女、タンクトップに、お尻がちょっと顔を出すような、ハイ・カットのデニム短パン。

 彼、目をキラキラさせて、その姿を見てた。

 やっぱり男の子なんだね、頭の中には心理学だのドラッガーの経営学だの、訳のわからないものばかり詰め込んで、イッチゃった人かと思ったけど。

 わたしも挑戦してみようかな。おもいっきりハイ・カットのデニムに。

 彼の全部を鷲掴み、ってね。他の女性なんて目に入らなくしてやる。


 うわー、結婚してから、ちょっと子悪魔っぽくなったかな、わたし。


 ちなみに、わたしはきょう現在、ポイされてませんよ。