彼が3人いる。わたし、コンタクトのつけ方を間違えたのかな。

 いや、絶対に違う。本当に彼が3人いる。

 

 

 もう最高の披露宴だったよ。

 もちろん、病棟内披露宴を除いては、ってことだけど。

 彼のゲストがすごい人ばかりで、夢を見ているみたいな時間だった。

 

 それに比べて、わたしのゲストってサイテー。

 何とか病院院長だとか、医療法人なんとか会理事長だとか。

 わたしの全く知らない人ばっかり。

 要するに父親の仕事関係を集めたの。

 父親の披露宴か、って言いたいよ。

 

 先週はアネさん医長が出席してくれたから、きょうは留守番で、ヲタク副医長が4F病棟のまとめ役だった。

 かわいそうなくらい頭を下げまくり。私のゲストにね。


 彼のゲストが場を作ってくれた感じがする。

 わたしのゲストって、昔からある決まりきった挨拶なんだよ。

 みんな、ほとんど同じでさ。


 決まりとして、新郎側のゲストがスピーチするときには、新郎がその人の斜め後ろに立つ。

 新婦の場合も同じなんだけど、、ステージから突き落としてやろうかと思った。


 彼のゲストとはあまりにもレベルが違いすぎる。


 彼のゲストの最初は柳葉敏郎さんだよ。

 『踊る大捜査線』の室井管理官。

 おもしろいの。

 彼に向かって言った言葉がね。

 思わず、笑ってしまいました。

 「おまえは、いつか、一生結婚はしないっていってたよな。なのに、この場はなんだ、うん。どこでこんな美人を手に入れた。吐け!すべてを吐いたら楽になるぞー」

 彼は首を振ってたけどね。

 そうしたら、青島刑事が出てきた。

 織田裕二さん。

 彼とは同じ年齢の芸能関係者が立ち上げたNPOで一緒にチャリティー・イベントを行ったり、彼が織田さんのために楽曲を提供したりしてる仲だとはわかっていたけど、まさか来てくれるとは思わなかった。

 織田さんの、身内だけの披露宴に、彼が出席したお返しだそうだけど、北海道まで来てくれるとは思わなかったよ。

 織田さんは言った。

 「あのさ、一生結婚をしないって言ったよね。ここがどこか、わかってないの?それはいいとして、どこでこんな美人をゲットしたかを、洗いざらい吐いちゃおうよ。ものすごく楽になれるんだけどな」

 彼はまた首を振った。

 柳葉さんがまた出てきて、言った。

 「もういい、青島。時間の無駄だ」

 室井さんで言うの。

 それに対して織田さんが答える。

 「室井さん、事件は会議室じゃない、現場で起こってるんだ!」

 「まあいいから聴け。この場はオレが仕切る。他の者にはガタガタ言わせない」

 で、最後に祝福の言葉をかけてくれて、終わり。


 続いてステージにあがったのが、もう1人の彼。

 佐々木蔵之介さん。

 慌てて、彼はステージに飛んでいった。

 そして、お互いの顔を見て、笑ってる。

 指を刺しあいながら、しばらく笑ってた。

 そして、佐々木さんがマイクを握った。

 「あのう、申し訳ございません。ぼくは台本がないと何もしゃべることができないので、おかしな話ですが勘弁してください。

 新郎とは、ぼくがサラリーマンを辞めて舞台の世界へ飛び込んだときからの知り合いです。彼は音楽監督を務めてくれていました。下手な芝居に素敵な音楽をつけてもらった。それから、なんか気が合うというか、彼が東京にいるときは、食事に行ったり、ファミリーレストランなんですけどね。ドリンクとサラダがタダだから。その後も縁があってまた仕事を一緒にできる場がありました。『ハンチョウー神南署安曇班ー』という刑事ドラマなんですが、彼がカッコよすぎるオープニング・テーマを提供してくれました。なんか、よくわからないんですが、トランペットをひとりで多重録音して作ったとか。ちょっと、ぼくにはカッコよすぎると今でも思ってます。それとエンディング・テーマのプロデュースもしてくれたみたいで。彼のおかげでシリーズは、先日4を終えることができました。

 おい、またシリーズ5で逢おうな。

 そして、きょうのおふたり、まぶしいくらいに輝いて見えますよ。

 おめでとうございます。ずっとお幸せに」

 うれしいよ。

 安曇班長から祝福されるなんて。

 この瞬間、わたしは世界一の幸せ者だよ。

 『ハンチョウ』はシリーズ1から一度も見逃したことがないくらい好きなドラマなの。

 病棟スタッフすべてが好きで、観てる。

 観てるだけならいいんだけど、病棟スタッフを安曇班に見立ててる。

 わたしたち4F病棟スタッフは友情で結ばれているんだ、なんて、ドラマの台詞をパクッたりね。末期肺癌病棟って、スタッフにそのくらいの遊び心がないと持たないんだ。そこに4月から本物の安曇班長と同じ顔をした彼が加わったの。

 病棟スタッフと患者さんが開いてくれた披露宴で、感極まった彼が、医長に向かって、「アネさんと呼ばせてください」って叫んだのをきっかけに、病棟の医師にニックネームがついた。そのときに彼は佐々木蔵之介さんにあまりにも似すぎていたためにハンチョウっていうニックネームがついた。4F病棟臨床心理士班班長でもあるんだけど、カタカナでハンチョウとは言わないから。


 続いても彼。ふたりめの彼。

 神奈川県警捜査一課強行犯係第四班班長伊達一義警部。

 『JOKER 許されざる捜査官』の堺雅人さん。

 ウザくて、超カッコ悪い仏の伊達さん。

 彼の癖が伊達さんにそっくりなの。

 日本庭園の写真を観て「和む」を連発したり、金庫を開けるのが得意だって言いながら、結局は「ムリでした」で終わり。

 でも夜は、法で裁くことのできない犯罪者に制裁を下す。

 「法が裁けなくても、オレが裁く。おまえに明日は来ない」

 

 堺さんは彼とのつきあいを話してくれた。

 舞台俳優で、客が入らなくて打ち切りになったり、仕事がまったくなくなったり、かなり苦労していたんだって。

 そんなときに、DVDオリジナル・アニメのヴォイス・アクターのオーディションがあって、ダメもとで受けたら主人公の声を担当することになった。それが、彼の推薦らしい。

 日本のSF小説「戦闘妖精雪風」っていう物語なんだけど、映像化するにあたって、音楽監督をした彼が原作の大ファンで、堺さんの声が主人公にぴったりだ。彼以外に考えられないし、彼じゃなければこのアニメは失敗する。堺さんが主人公を演じてくれないのなら、ぼくは音楽監督を降板するとまで言ったんだって。ついさっき、彼に聴いたんだけど。

 主人公はクールで、無表情でまるで機械みたいな戦闘機パイロット。

 堺さんはオーディションで見事に、そんな主人公を演じたんだって。

 それで立ち会っていた彼が一目ぼれした。

 で、プライヴェートでも仲良くなって、一緒に食事をしたりするようになった。

 ファミレスで一番安いメニューを頼んで、無料のサラダとドリンクでおなかを満たすのが常識だったみたい。

 話は、お互いの貧乏自慢。


 堺さんはそんな話をおもしろおかしく話してくれた。

 伊達さんの笑顔でね。

 彼も同じ笑顔で聴いていた。

 最後に、堺さんはこう言った。

 「ほんとうにおめでとうございます。ぼくより早くなっちゃったけど、別に恨まないから。あのう、ぼくの結婚についてのことが、マスコミで騒がれているらしいんだけれど、マスコミがいうほどじゃなくて、うーん、結婚するかもしれないし、しないかもしれない。でも、本当に素敵な人を見つけることができてよかったね。もし、ぼくが結婚したら、祝福してね」

 伊達さん得意の「かもしれないし、そうじゃないかもしれない」。

 やっぱり本物の堺さんなんだ。

 

 彼にとって、懐かしい人も来てくれた。

  ステージに上がり、マイクをつかむなり、彼女は言った。

 「後ろに立っている男は、わたしをもてあそんだあげくに、革命の首謀者として警察に売りつけました。私の名前はエポニーヌと言います」

 彼は意味がわかっているからいいけど、会場の列席者は、彼を極悪人だと思うよね。

 「というのは役の上でだけです。ごめんなさい。楽屋での彼はとにかく共演者に気を使って、観ていて痛々しく感じることもありました。そして、私は教えられました。舞台俳優の基本と礼儀について。そんな彼ですから、結婚しても奥様に気を使うんじゃないかなと思います。わたしはうらやましいです、彼の奥様が。わたしも夫がいます。ジャズ・ピアニストで、彼とも何度も一緒に演奏をしていると思うんですけど、きょうは仕事の都合で来ることができませんでした。でも、彼の、他人に対する気遣いをわたしの夫に叩き込んで欲しいと思います。アカペラですが、彼にとって耳が痛くなる曲をプレゼントさせてください。ミュージカル『レ・ミゼラブル』から「オン・マイ・オウン」」

 彼女は歌ってくれました。

 島田歌穂さん。

 彼はミュージカル『レ・ミゼラブル』に出演したことがあった。

 オーディションでモンパルナスという役を手にした。でも、コイツがとんでもない悪役で、常に流行の最先端のおしゃれをしていないと気がすまない。

そして「おしゃれをする」ために犯罪に手を染めるんだ。平気な顔で。

 マリウスという青年弁護士に恋をしていたエポニーヌを自分のものにしたくて巧みに近づいて、ゲットする。でも、まだエポニーヌの心はマリウスにある。それを知って、あることを思いつく。

あるときモンパルナスは革命への野望を持つ。そして革命を起こすけど、首謀者をエポニーヌだと、警察に密告して、自分はまんまと逃げ延びる。


 ア・カペラの「オン・マイ・オウン」最高だった。


 次が一番うれしかった。

 ホンジャマカの石塚英彦さん。

 わたし大ファンなの。

 何を食べても、ものすごくおいしそうに食べるでしょ。

 で、まいうー、で決める。

 スピーチは、ひとりノリ突っ込み。

 「北海道も暑いですね。汗がすごくて、目に入って痛いの痛くないのって、痛いの。きょうは40℃くらいあるんじゃないですか。ってデブだからそんなに暑いのか」

 もう、とにかくわたしは笑いっぱなしで、何を話してくれたか憶えてないよ。

 ただ、彼と石ちゃんと松村邦洋さんたちデブで会を立ち上げて、食べ歩きとか大食いにチャレンジしてたんだけど、彼が突然70kgも痩せてしまって、会から追放されたとか、話してたのは憶えてる。

 ほんとに3日で70kg痩せたのか、って思う人もいると思うけど、本当だよ。わたしと4Fスタッフが証人。

 その頃、彼はわたしのいる(今は彼もいるけど)病院で、毎日ボランティアスタッフをしてくれていたの。

 国立病院って国の締め付けが苦しいから、正職員を必要なだけ採用することができないの。だから、足りない分をボランティアでカヴァーするの。

 彼は、お母さんがお世話になったからって、4Fで働いてくれた。

 患者さんをベッドから車椅子に移したり、CT室やレントゲン室、放射線室なんかに車椅子を押して、引率したり、けっこう大変な仕事が多いんだ。

 神経も使うしね。患者さんとのコミュニケーションもしなければならないから。また、4Fの患者さんってわがままなの。余命宣告を受けている人ばかりだから、好き勝手にふるまうから。

 それでも彼はボランティアを続けた。

 食事がつくだけなんだよ。

 

 ある日、出勤してきたら、別人みたいに痩せてるの。

 次の日は、さらに痩せてる。

 その次の日は、げっそり。

 仕事がきついんじゃないか、とか食事をきちんと摂ってるか、とかスタッフは心配したんだけど、本人は元気で。

 ちょっと体重計に乗ってみて、って、乗せたら53kg。身長は175cmあるから、あきらかに痩せすぎ。

 徹底的に原因を調べたほうがいい、って、調べたんだけど、どこにも異常はない。

 つい最近になってわかったんだけど、原因は生活保護だった。

 月初めは3食きちんと食べられるんだけど、半ばになると5日に1食になって、月末は一週間絶食状態になる。

 生活保護って、ものすごく少ないんだよ、今は。

 基礎年金と同額は認められない、って年金生活者が集団提訴した。

 結局、世間一般の常識としては生活保護受給者って、負け組なんだよ。

 だから、基礎年金と同額の保護費を支給されたら、年金生活者も負け組に観られてしまう。捻じ曲がったプライド。

 憲法第25条が適用されて、原告の訴えは認めないのが裁判所だと思ったら、すんなりと認めたの。

 日本の裁判って、東京地裁で出た判決に全国の裁判所が従う方式で、東京地裁が、生活保護費は基礎年金を下回るべきである、って判決を出したから、全国の裁判所が同じ判決を出して、生活保護費を一斉に引き下げたの。それで、1ヶ月、最低限度の生活を送ることさえできなくなってしまった。

 彼がその被害者だった。

 生活保護を3月末で、自ら廃止届を出してしまってから、実はね、って話になった。

 酷い話だよね。

 不必要な人間はものすごい額の歳費(議員さんたちの給与)を受け取ってるんだよ。

 被災者を置き去りにして、天下取りに夢中になってるバカが月に数百万円ももらって、今日の生活さえままならない人間は生きることすらできない額しか得ることができない。

 国会を延長するって言ってるけど、実際には開かれていない。でも、延長しているわけだからその間も歳費は支払われてる。

 勝ち組はどこまでも金儲けを追及できて、負け組は生きることすら許されない。

 彼がよく言う、ドラッガーの、「経済至上主義と全体主義ほど恐ろしいものはない。経済至上主義は平等であるはずの人間に階層を生む」

 その通りだよ。

 あっ、ごめんね。話がそれた。


 石ちゃんの後がすごいの。

 佐野史郎さん。

 「先に結婚した者のアドヴァイスだと思ってください。ぼくは妻とバンド活動をやっています。夫婦の間がうまく行くためには、共通の趣味を1つでいいから、持ってみてください。それと、おせっかいになりますが、子供は作らないほうが夫婦の仲はうまくいきますよ。恋愛関係時代のままで、すごく新鮮ですから。子供がいると、子供を中心に経由しての夫婦関係になってしまいますから、お互いを想う熱が一気に冷めます。これは、ある本に書いてあったんですが、離婚率の統計を見ると圧倒的に子供のいる夫婦が多いんだそうです。

 きょうはもっと話そうと思ったんですが、どうも、やりにくい方が列席されているので、これを挨拶と代えさせていただきます。おふたり、心からおめでとう」

 やりにくい方が列席?。

 とにかく言葉の意味がわからなくて。


 次は川渕幸一さんという方だった。

 芸能人じゃなさそうなんだけど、彼とはとても親しい間柄みたいで、挨拶の前に、ふたりで何やら話してる。

 いざ、挨拶が始まってわかったの。NECという、現在はパソコンで有名なメーカーの人だって。

 挨拶を聴いていると、彼の実家が家電店を経営していた時に、新入社員の営業マンとして北海道に飛ばされて、家電店に出入りしてたって。

 その話が終わると、はやぶさプロジェクトの話が始まった。

 そこでやっとわかった。

 はやぶさプロジェクトのプロジェクト・リーダーの川渕さんだって。

 彼がニューヨークにいた時に、川渕さんがはやぶさプロジェクトのリーダーだって知って、時々国際電話をかけてくるようになった。それが、奇妙にトラブルが発生して、プロジェクトが落胆している時に、はやぶさはぼくの希望だ、だからなんとか地球に還してやってください、とか、国から中止命令が出た時は、あの12月31日のことを憶えていますか、41℃の高熱を発しながら、ひざまで雪のある屋根に昇って、朝6時から、紅白が始まる午後9時までにカラーテレビを取り付けろっていう客の無茶な言葉に必死で答えたじゃないですか。あのときより怖いものはないじゃないですか。お願いします。はやぶさプロジェクトを成功させてください。遠くで応援しています、って励ましてくれたんだって。

 最後に川渕さんは言ってくれました。

 彼は、はやぶさプロジェクトのもうひとつのセクション・リーダーだ、って。

 彼がプロジェクトの誰より、一番、はやぶさが地球に還ってくることを待ち続けたんだと思う。

 彼はそんな男だから、ここぞというときに、ぽんっとエールやアドヴァイスをくれる人です。悩んだり落ち込んだりした時は、まず誰よりも彼を頼ってください。必ず前を向く勇気をあたえてくれますから、ってわたしに言ってくれた。

 確かに、今までに何度も彼に助けられたよ。

 彼の一言で心がとても楽になるんだ。


 病室に戻ってから、佐野さんの言葉の意味がわかった。

 10月公開の映画『はやぶさ』で、佐野さんは川渕さんを演じるの。

 本物と同席したために、萎縮したってこと。

 彼も、『レ・ミゼラブル』公演中は、得意な加賀丈史さんの物まねを封印したって言うから。彼が出演していた時のジャン・ヴァルジャンが加賀さんだった。本人を目の前にしたら、さすがにやれない、って。

 だから、おかもとまりさんが好きなんだって。

 彼女は、本人の耳元でまで物まねを平気な顔でするでしょう。

 その勇気が素晴らしいんだって。


 その次が、シャープ株式会社旭川営業所長。

 シャープはカラーTVではNECにかなわない。でも、絶対に、どこの家電メーカーでもかなわない秘密兵器を市場に出した。それが日本で最初の電子レンジ。

 アメリカの、電子レンジの考案・開発会社のジェネラル・エレクトリック社から製造・販売権を買って、売り出したんだって。

 今では当たり前のターンテーブル、あの、料理を乗せてスイッチを入れたら、ぐるぐる回る台。あれはシャープの特許で、未だに他のメーカーから特許使用料が入ってくるんだって。

 それを、彼の祖父がまず第一号を買った。価格は56万円。

 今だったら1万円以下のもあるのにね。

 それで重量が約60kgもあって、男性二人で何とか持ち上がるかな、っていうものだった。

 彼の祖父は、近所の人たちを集めて、シャープの営業マンに料理教室と詳しい使い方や仕組みを説明させた。

 それが、当時の新入社員だった、営業所長で、つい、調子に乗って、この電子レンジは魔法の箱です。試しに、二級酒をお銚子に入れて、電子レンジのスイッチを押すと、たちまち一級酒に変わります、って言ってしまって。でも、それを飲んだ人が、本当に一級酒の味がする、って言ったために、ウチでも欲しいって言う人がたくさん出てきてしまった。でも、会社でも、大卒初任給が3万円の時代に56万円もの製品がそんなに売れるわけがない、って在庫もほんの少ししか持ってなかったらしいの。

 それで、とにかくあるだけの在庫をかき集めて売って、残った顧客には生産待ちでお願いしますって、頭を下げて周ったって。そうしたら、納入された家のを借りて使ってるよ、って言ってくれたんだって。

 むかしの日本って、隣同士で貸し借りをしていたんだね。

 いい時代だったんだ。

 そして、彼のこと。

 彼は当時3歳だった。でも、電子レンジの仕組みについて説明することができたんだって。

 高周波の出す熱で焼き、高周波振動で中までむらなく調理する。ターンテーブルは焼けているところといないところができるのを防ぐためについている。

 まだ口がよくまわらないのに、難しいことを口にするので、びっくりした。これは将来きっとノーベル物理学賞を摂るに違いない。シャープで青田刈りをしようって思った。

 確かに、きょう紹介された経歴を聴くと、コロンビア大学というとんでもないレベルの高い学校を卒業してる。ただ、医学部じゃ、シャープもどうにもできない。せめて工学部を出て欲しかった、なんて苦笑してた。


 彼の知識欲って、3歳の頃からあったんだ。

 わたし、ひょっとしてとんでもない人と結婚したのかも。

 後悔じゃなくて、高揚。

 こんな夫を持てたってことを改めて誇りに思うよ。


 でもねー。電子レンジの仕組みを3歳にして説明した人が、カチューシャって言えないんだよ。口の回りはまだ3歳なのかな。


 最後に、メッセージテープが流れた。

 「兄貴、おめでと。いやーあっしとしては、ずっと心配してたんだぞ。ひとりで淋しくあの世へ行っちゃうのかと思ってさ。でもさ、世の中って何があるかわかんないよね。めちゃくちゃ不器用な兄貴が結婚できるんだからさ。まあ、あっしは人間生活を満喫してるよ。兄貴も人間生活を満喫したいだろうけど、結婚したら家庭生活を満喫しなきゃな。ほんとにほっとしたよ。あっしは何の心配もなく人間生活を満喫すっからさ。じゃ、またね」

 宇多田ヒカルさん。

 彼女は彼がニューヨークにいた頃、9歳の時に知り合って、宇多田ファミリーのアルバム製作にも携わった。

 以来、彼のことを兄貴と呼ぶ。

 でも、いかにも彼女らしいメッセージだよね。

 なんか、いいな。そういう関係って。


 披露宴が終わってから、彼のお母さんの納骨堂に行って、一日遅れで手を合わせた。

 わたしは、彼と出会わせてくれたことに感謝した。


 ただ、やっぱり彼がぐずったんだよね。

 タワーレコードへ行かなきゃならない、の一点張り。

 何でタワーレコードかって言えば、

 KARAの「GOGOサマー」と、

 あっちゃんの「FLOWER」と、(あっちゃんって、AKBの前田敦子さんのこと)

 ケツメイシの「こだま」を買わなきゃ、って。

 明日の仕事上がりに行けば、午後11時まで開いてるでしょ、って言ったの。

 そうしたら、あっちゃんの生写真特典がもらえなくなるかもしれない。

 ケツメイシってラップだよね。ラップは嫌いでしょ。

 そうだけど、「こだま」は『ハガネの女シーズン2』のテーマ曲jだから。

 とにかく、きょうは納骨堂へ行くの。それが済んでからならタワーレコードまで付き合うから、って、何とか納得させて、やっと納骨堂へ行った。

 ミラーをみたら、観たことのある車が移ってるの。

 それで、ミラーを調節して、ナンバーを見たら、妹の車。

 翔子がついてきた。

 信号待ちでちょっと、ガルウィングをはねあげてみたら、その後ろに、プリウスがくっついてる。ウチの父親の車。

 結局、家族全部で押しかけた。

 お母さん、怒ってるだろうね。

 大人数でいきなり押しかけて。

 納骨堂って、少人数でこじんまりと手を合わせるところだと思うんだけど。


 そして、彼はあっちゃんの生写真を手に入れた。