あと、十数時間で来る。
無意味な時が。
公の挙式と披露宴。
父親の面子のためだよ。
なんて愚かなんだろう。
彼は、大人であるために大切なこともあるんだよ、って言った。
何のハプニングもサプライズもない。
ただ、台本通りにするだけ。
作り笑顔を浮かべて、くだらない、どれもみな同じ内容のスピーチを聴く。
うんざりだね。
彼は小さな声で何か歌ってる。
♪ またあたしいくところもないわ 暖かい家(うち)もわたしにはない
もう夜だね 今 夢をみよう
人みな眠る頃 ひとり街を歩こう
あの人 想えば 幸せになれるよ
街は眠り わたしは目覚める ♪
ミュージカル『レ・ミゼラブル』の中のナンバー。
ヒロインのエポニーヌが恋慕う青年弁護士ユリウスへの恋心を歌う。
最初は違う人に恋をしていた。
それが、何度目かの公演で、彼が手にした役、モンパルナス。
根っからの性悪。
おしゃれで気取り屋で伊達男。
「おしゃれをするため」に犯罪を行う。それも笑顔で。
革命にエポニーヌを誘い、警官隊に踏み込まれるが、エポニーヌを犠牲にして、自分だけ逃げ延びる。
でも、恋仲だったときもあるから、役作りのために、プライヴェートでエポニーヌ役の島田歌穂さんと食事をしたり、映画に行ったり、劇団四季の舞台を観たりしていた。
『レ・ミゼラブル』よりもっと、日本では公演回数で記録を作ったミュージカルにも出ていたんだ、彼は。それもものすごく重要な役で。
今、やれと言われてもできない、って言ってる。
ユダヤ教と聖書の教えに疑問を持って、革命を企てる役だから。
キリスト教というのは、ユダヤ教の分派だからね。
それに聖書の教えに背くというのは、今の彼にはできないことなんだろう。
もう、眠ろう。
あと4時間だけ。
彼の歌を子守唄にしながら。
おやすみなさい。