きのうの夜半、レイプ事件があった。

 よりによって病院の敷地内で。

 被害者は4F病棟の看護師だ。

 

 病院から看護師寮に戻る時を襲われたらしい。

 わたしは現場を見た。

 彼と夜食用の食材を買いに、隣のコープへ行った帰り道。

 彼はすぐに気づき、手にしていた買い物をわたしに預けるなり走り出し、犯人に飛びかかった。

 さすがは元アメリカ陸軍特殊部隊、そしてFBI捜査官。

 犯人を看護師から引き剥がし、殴り合いを始めた。

 弱そうな感じで、体重も50kgぎりぎりを行ったりきたりで身長だけは175cmをこえている。

 普通ならやられるところだけど、彼はそうじゃない。

 少林寺拳法とブルース・リーが少林寺を映画的に見栄えがするようにアレンジした、ジークンドーという拳法の使い手だ。

 今回も拳法技でどんどん相手を追い詰めていく。

 そして出口を絶って、ハイキックが決まった。

 後で聞いたら少林寺の旋風脚という技をジークンドーにアレンジしたものらしい。

 とにかくジークンドーは殺人拳で、ツボに入れば一発で相手を殺せる。

 でも彼は殺さなかった。

 技を浴びてもよろよろと立ち上がった犯人に近寄って、何か針のようなものを首筋に刺した。

 ライトがくらかったから、はっきりと見えたわけじゃないけど、注射針みたい。手にも何かを隠し持っていたみたいだし。

 とにかくわたしは、こんな彼を初めて見た。

 ボケていて、アヒル口で、日本庭園の写真集を見て和んでいる、カッコの悪い彼の姿しか知らなかった。

 相手がズルズルとすべるように倒れ、彼は足で犯人を仰向けにした。

 まさか、薬品で殺したわけじゃないよね。

 それは過剰防衛になって、彼も罪を問われる。

 そんなことになったら、この街はどうなるの?。

 神隠しのいない街なんて、危なくて出歩けない。

 「警察へ連絡!」

 彼が叫んでる。

 わかった。

 でも、これ院内PHSなんだ。

 警察にはつながらないよ。

 病棟経由で呼ぶしかない。

 「どうした、志村」

 アネさん医長。

 あの、正門に警察を呼んでもらえますか

 看護師寮への道で看護師がレイプされました

 電話はいきなり切れた。

 それからまもなく、4Fスタッフ・ステーションに残っていた全員が病院から走り出してきた。

 まずいよ。

 レイプじゃなくて未遂なんだ。

 看護師に駆け寄る連中。

 みんなで抱え起こした。

 あっ、あの子。

 彼が剥きになるのはわかる。

 彼の妹みたいな子だから。

 小さな頃から同じ商店街で育って、彼は電器店、あの子は代々続く酒屋の娘。

 両親がお互いに忙しいから、彼があの子の面倒を見ていた。

 病棟でもいまだに「兄貴」って呼ぶからね。

 彼も、結婚する時はまずあの子に一番先に報告した。

 「どうだ、おまえの姉さんにふさわしいか?」

 あの子は答えた。

 「最高じゃん。こんな立派な姉さんならわたしは反対しない。応援してやるぜ」

 それからわたしにも、何でも話してくれるようになった。

 そんな子をこんな目に合わせるなんてサイテーなヤツ。

 金色の仮面をかぶっていて、全身黒づくめ。

 どこのドイツか、顔をみてやりたいけど、怖くて近づけない。

 やがて、ヲタク副医長と何やら話し合っていた彼が仮面に手をかけて剥いだ。

 ちょっと近寄ってみた。

 そばに彼がいるから大丈夫だろう。

 その顔を見て、わたしは気が遠くなった。

 その顔は、きのう同じ祝福の時を過ごした新郎。

 製薬会社MRの青江くん。

 かっこうからすると、現在この街で流行っている連続レイプ魔。

 でも、まさか青江くんがね。

 紺野看護師はこの事実を知っているのだろうか。

 彼がきのうの披露宴を終えてから、なんか違和感を感じる新郎だって繰り返していた。

 直感だって言っていたけれど、多分、心理学とFBIで学んだ行動科学で瞬時に判断したんだと思った。

 それが見事に当たった。

 ほんとうははずれて欲しかったんだけど。

 「だいじょうぶですよ。麻酔で2時間半ほど眠ってもらっただけです」

 彼はヲタク副医長に説明した。


 寮からも看護師たちがなだれ降りてきた。

 口々に被害者の名を呼ぶ。

 「大丈夫。身体は触られたけど、最後まではされてない。とにかく何か着せてやってよ。ヌード状態ならぼくも近寄れないし」

 彼は看護師たちに言った。

 

 えっ、なんで寮から出てきた中に紺野看護師がいるの?。

 彼との新居に移ったんじゃなかったっけ?。

 彼は青江くんに慌てて仮面をつけようとした。

 「いいんです。わかってましたから」

 紺野看護師は言った。

 「実はきのうの夜中から、佐橋の部屋でかくまっていてもらってました。まだ婚姻届を出してないし、わたしもプロテスタントですから、婚姻届を出すまでは、身体の関係は持ってはいけないんです。それで拒否したら、彼は無理やり」

 押し捲った

 でも、最後の線は越えなかったんでしょう

 「はい。とにかく玄関でデニムとシャツだけを着て、佐橋の部屋へ逃げ込んだんです」

 2人は同期で、とても仲がいい。

 佐橋看護師ならかくまうくらいなんてことないだろう。

 たとえ、もし、それが規律に違反することでも、佐橋看護師ならやる。

 だまってられない性格だからね。とにかく面倒見は最高。ちょっと世話焼きだけどね。

 とにかくありがとう、佐橋さん。ABCトリオのC。

 トリオで一番情けなかったのがBのわたしだ。

 「へー、コイツが犯人か。紺野、結婚前でよかったね」

 佐橋看護師がやってきた。

 「死んでるの?」

 「麻酔で2時間半眠らせてあるだけ」

 「あらっハンチョウ。ハンチョウがやったの。だよね。特殊部隊でFBIだもんね。やるじゃん。どれ、どこで、紺野と、かわいい後輩をいたぶってくれたの」

 佐橋看護師は、靴でおもいきり、犯人のアソコを踏み潰した。

 「ここが悪いのか、これか」

 「おいおい、過激だな」

 ヲタク副医長は嘆いた。

 「あー、ちょっと。これ、意識がないのに立ってきた。うわっ、気持ち悪い。この靴明日投げよう。もうはけないよ」

 男性って無意識でもそうなるのか。

 彼で今度試し、いや、やっぱりできない。

 「警察に突き出すんでしょう。そして刑罰が決まれば、収監される間際に神隠しの出番。この前の裁判所司書の連続レイプも神隠しが現れて犯人の司書は行方不明になったしね。今度は紺野と可愛い後輩を痛めつけてくれたんだから、絶対に現れるよ。そうなるようにわたしは祈る。みんなも祈って。ハンチョウも」

 「わかった。宇野はぼくの妹だ。妹をレイプされそうになったんだから、祈るよ。絶対に神隠しに通じる」

 おいおい、誰が神隠しだって。

 そんなに笑わせないでよ、お願い。

 そうか、神隠しの正体をアネさん医長がつい口を滑らせ、スタッフ・ステーションにいた連中にばらしてしまったとき、佐橋看護師はいなかったのか。

 でも、看護師って口が堅いね。

 あのときにいた連中も寮でしゃべってないんだ。

 わたしはびっくりしたっていうか、ほんとうに生まれてからあんなに驚いたことはなかった。

 自分の愛する夫が、警察の極秘プロジェクトに参加していて、それが一般には神隠しとして知られている闇の制裁人の正体だったなんて。

 彼を許せなくて離婚するか、しないかをアネさん医長に問われたわたしはこう言った。

 「彼はわたしのウルトラマンです。仮面ライダーは自分の宿命と戦っているけど、ウルトラマンは見知らぬちっぽけな星にある日突然やってきて、見ず知らずの人たちを何の取引もなく無償で命を投げ出して守ってくれる。彼こそ正義のヒーローです」

 あのときはそれしか言葉が浮かばなかった。

 でも、彼は制裁する相手と同じ傷を心に負って、人数が増えるごとに彼の心の傷も増えるんだって、あとで知った。

 今では、なるべく神隠しをしないで欲しいと思っている。

 もうズタズタだよ、彼の心の傷は。

 どうして、そうまでして神隠しを続けるのかは、きちんと話してくれた。

 それは彼の過去にあるんだけど、その話はまた書くね。


 やっと警察がきた。

 あいかわらず遅いよね、日本の警察って。

 今夜観ていた『ハンチョウ4-神南署安曇班ー』だったら、すぐにとんでくるんだけどね。

 彼のハンチョウっていうニック・ネームの由来なの。

 佐々木蔵之介さんにそっくりなの。顔が。

 で、アネさん医長がふざけて、同じ髪型にしろって命令して、させたのね。

 そうしたら本物になっちゃって。

 こないだも、ラーメンを食べに行ったとき、店から駐車場まで2人で歩いていたら、警邏中のおまわりさんの2人組とすれ違ったの。

 わたしたちの顔を見るなり、いきなり、

 「お仕事ご苦労様です」

 って、敬礼されて。

 彼も同じ言葉を返して、敬礼した。

 おもしろかったよ。

 佐々木さんって、ちょっと吃音があるの。

 彼もある。

 サックス吹きだからね。

 マウスピースを噛むために、歯がボロボロで、息が漏れるの。

 職業病かな。

 今は歯科で、クッションになる器具を作ってもらって使ってるけど、それまでのでボロボロ。

 だからよけい似てる。

 でも、性格は、『JOKER 許されざる捜査官』の神奈川県警捜査一課強行犯係4班伊達一義班長。アヒル口するし、行動パターンはまるきり同じ。日本庭園の写真を観て和むし、ボケたことはするし。でも伊達班長と同じ闇の制裁人。

 来週で『ハンチョウ4』は最終回だし、きょうはライフルで、街中を歩いている最中に心臓を狙撃されて倒れた。来週、手術シーンがあるけど、死んじゃったらどうするんだろうね。

 彼のニック・ネームはどうなるのか。

 でも、4F病棟臨床心理士班班長だから、そのままでもいいか。

 わたしは「ともだち」もありかなって思う。

 映画『20世紀少年』の覆面男「ともだち」。

 正体は佐々木さんでしょう。

 まあ、悪役っていうのもかわいそうか。


 警察を臨床心理士の景子が仕切っている。

 やっぱり元・警視庁CPS(行動科学分析班)だからね。

 犯人の元に警察官がやってきた。

 やっぱり、彼に敬礼してる。

 「ご苦労様です。こいつがホシですか?連続レイプ魔と同じ格好ですね」

 「彼がホンボシかもしれません。お願いします」

 「ありがとうございました。ところで」

 「麻酔で眠っているだけです。2時間もすれば起きますよ」

 「そうですか。とっさの機転、すごいですね。さすが安曇班は違う」

 「あとはよろしくお願いいたします」

 「はっ」

 完全に勘違いしてるよ。

 来るのは遅いわ。ドラマと現実がごちゃまぜになるわ。

 一体、どうなってるのよ、日本の警察は。

 「ほんとうに遅いですね。警視庁も北海道警察も同じで。信号できちんと止まってますよ、あれ。何のためのパトランプなんだか」

 またまちがえたよ、ウチの彼と安曇班長

 「これだけ似てたらね。わたしも初対面のときびっくりしましたもん、なんで安曇班長が病院にいるの、って。娘さんは看護師ですけどね、遊びに来るガラでもないし」

 「街へ出たら警邏中のおまわりさんに敬礼されるし、来週が最終回だから、一回リセットさせてもらわないとね」

 「そうか。ちゃんと録画できてるかな、ウチのPS3は」

 「ファンなの?」

 「警察官って、刑事ドラマを観ると現実とごちゃまぜになるんですよ。心理学で言う同化現象なんですけど。でもみんな好きで、毎週すべての刑事ドラマを録画してますよ。もう警察官でもないわたしが。でも、これだけ似てれば無理ないですよ。神隠しだって、ドラマだと思っていたら5年前から北海道だけで17件起きてます。『JOKER』っていうドラマで、「創作ととらえるか現代の闇ととらえるかはあなた次第です。」って流れてましたけど、ドラマのずっと前から現代の闇は存在してたんですよね」

 「病棟に戻って。宇野の事情聴取だから」

 アネさん医長は叫びました。

 「わたし、立ち会います。聴取は多分生活安全課の女性刑事が行うと思いますけど、一応男性刑事もいるはずですから。荒っぽくなってきたらストップかけないと」

 「生活安全課なら、彼の悪友がいるところね」

 「そうですか。誰がきてるかですけどね」

 「そうだね。ヤツはものすごい恐妻家でさ。奥さんは少年課にいる」

 

 聴取は無事終わり。

 刑事は男性1名、女性1名。

 やっぱり彼の悪友だった。

 2人で何やら話して笑い、帰っていった。

 やっと落ち着いた。

 みんなは騒動でお腹を減らしていたし、宇野看護師と紺野看護師を落ち着かせるために、彼が夜食を作った。

 「ちょっと辛いけど全然辛くないサラダうどん」

 彼らしい。

 口癖の「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない」と同じ発想。

 冷凍うどんが安かったので冷凍庫に貯めて、夜食にいろんなうどんを楽しもうと思って買ってきたけど、寮の4F看護師まできたから、全部使った。

 いいって。また買えばいいんだから。

 それより、みんなにふるまおう。

 コシュジャン・ベースのたれに砂糖、みりん、酢、韓国唐辛子、白ゴマなどを混ぜ、

湯がいた冷凍うどんの上にパセリとセロリ、豚バラ肉をのせ、上から満遍なくたれをかけるだけ。

 「志村先生よりハンチョウのほうが料理はうまいんですか?」

 紺野看護師。

 まあね、わたしもいろいろ忙しいし、彼のほうがちょっとうまいかもね

 できない、なんて言えないよ、看護師たちの前で。

 わたしにもプライドがある。

 「当たり前だろ。志村は私と同じでまるきり料理なんてできないんだから。志村も日本語をまちがえるな。おまえは台湾人か」

 アネさん医長。

 プライドは瞬時にして崩れた。

 「ハンチョウはどういうところから料理を憶えるんですか?」

 紺野看護師。

 誰かと話してると不安を忘れられる、ってやつか。

 「テレビの料理番組とか、自分で創作するときもあるし、外食した時に食べたものをぼくなりにアレンジを加えたり。ウチは母親がまるきり家事のできない人だったから、ぼくが作らなきゃ死んじゃうでしょ。だから、必要に迫られたの。あとは小さい頃に祖母が作るのを見ていて盗んだり」

 「じゃあ、家庭の味も得意なんですね」

 「まあね。やれと言われればやるよ。寿司も握る。シャリの味は我が家に代々伝わる秘伝でね。ここでは言えないけど」

 「スーパーやコンビニで買えるのに、よくやるよ、ハンチョウは。でも、時々手作りが欲しくなるんだ。機械で何千も一気にできるやつじゃ飽きる」

 アネさん医長は笑いながら言ってました。

 みんな一斉におかわり。ヲタク副医長は3杯。

 「おまえは特別料金を払え。メタボになるぞ」

 アネさん医長はヲタク副医長を脅した。

 「食べたいものを食べて、病気になって死ぬんなら思い残すことはないですから」

 彼はうれしそうに見ている。

 得意げにはならないんだよね。

 みんながおいしいといってくれるのがうれしいだけ。


 その後、臨床心理士の美咲が、宇野と紺野両看護師を催眠暗示にかけた。

 事件の嫌な記憶は薄らいで、元気を取り戻すらしい。

 彼の話だと、美咲の技術はすごいらしい。

 心理学で一番難しいのが催眠暗示(催眠誘導とも呼ぶらしい)。

 まず、クライアント(患者さん)をリラックスさせるのが、なかなかできない。

 それを美咲は簡単にやってのける。

 催眠暗示に関しては、彼より腕は上。

 彼自身が認めている。

 彼が一番怖いのが、結婚して退職されること。

 コロンビア大社会心理学科卒業の彼に認められるんだから、とにかくすごいんだろう。


 「紺野も結婚なんか考えるの辞めよう。彼だっていらないでしょ。わたしはそう決めたんだ。同期だから一緒に仲良く生きていこう。彼なんかお互いに作らないでさ、人生をおもしろおかしく生きていこう。わたしは狙った人がいた。でもその人は医者が好きで、そっちにいった。それで、もう、彼とか結婚とかはあきらめた。だから紺野もそうしよう」

 佐橋看護師。

 医者にいった。

 彼のこと?。

 でもわからないよ。

 わたしが突然水虫で死ぬかもしれないし、離婚するかもしれない。

 わたしはキレないけど、よっぽどのことがあればキレるから。

 でも、そのときは離婚の前にフライパンで撲殺してるけどね。


 すこしずつ、4Fで元気を取り戻していこう。

 4Fは友情で結ばれてるんだから、1人の傷はみんなの傷。

 絶対力になってくれるよ。


 「それじゃあ、明日の午後までに、あのバカの製薬会社から入れている薬の代用品を探してくれ。ジェネリックでもいいから。早々に立ち入り禁止にするから」

 アネさん医長は、披露宴でも言ったけど、必ず実行するし、みんな必ず代用品を見つける。

 それが4F病棟。

 わたしはこの病棟の仲間でいられることに誇りを持っている。


 寮へ帰る看護師たちは、彼がこれから毎日送り迎えをすることになった。

 大変だけど、彼もまた4F病棟の仲間であることに誇りを持っているから何の苦労もない。

 ここの仲間たちは最高だ。