夕食が終わってからすぐ、夫に話した。

 離婚してくれてかまわないよ、って。

 彼は何のことだかわからなかったらしく、目をぱちくりさせていた。

 昼の友人との電話のことだよ、って言ったら、やっと気が付いたらしく、

 笑い出した。

 「あれね・・・・・・単なる世間話っていうかさ、いろいろアイツを責め立てたでしょ。福島原発のことで。それで気の利いたことを言っておかないと、あれで友情が終わりになってしまうから、思いもしないことをいっただけ。アイツは生涯テニスのペアなんだ。男子ペアとしてはアイツ以外と組む気はない。だから、最後に気を使っただけ。アイツは子供好きなんだ。だからその話題に触れたの。ぼくは大嫌いだけどね。ほんとは何で子供なんか好きなんだよ、って言いたかったけど、それを言うとペアを解消されるだろ。官僚ってやつにはいろいろと気をつかうよ。ぼくは、6月1日から、4F病棟勤務になってよかったと思ってる。何が重荷だったかって、小児病棟のカウンセリングだよ。あいつらサイテーだよ。前向きな姿勢とないものねだり、心変わりと出来心でできてる。甘やかすとつけあがり、ほったらかすと悪乗りする。すくすくと背ばかり高くなって、定職もなくぶらぶらしやがって、逃げ足が速くいつも強い方につく。あの計算高い物ほしそうな目が嫌だ。目が不愉快だ。なにが星目がちなつぶらな瞳だ。何が天真爛漫だ、何が無邪気だ。あんなやつらと同じ空気を吸っていると思うとぞっとするよ。病棟内挙式の直前にぼくが倒れたのはアイツらのせいだ。完全に大人をなめきってるんだから」

 そういって彼は笑い続けた。


 わたしには卵巣がない。

 結婚直後に、集団検診で卵巣癌が見つかり、夫の勧めもあって、手術で全摘出した。

 だから、二度と子供を産むことはできない。

 養子とか、人工授精とか今ではいろいろな方法がある。でも、卵巣がないということは人工授精はできない。

 それで、卵巣癌が発覚した時にも、真っ先に夫に離婚を申し出た。

 返ってきたのは、きょうとほとんど同じ答え。

 こんなことも言っていた。

 「ぼくはきみの卵巣と結婚したわけじゃない」

 なんだか訳のわからない言葉だけど、彼なりのわたしへの愛のつもりだったんだと思う。

 

 確かに、ショッピング・センターなんかで子供が走り回っていると、彼は遠ざかろうとしてるのだろうか、逃げる。逃げまくる。よっぱど嫌いなのだろう。

 わたしにとってのピーマンと同じかそれ以上嫌いなんだと思う。

 「もし、ぼくが浮気をしたとか、生理的に受け付けないんだったら、離婚してもらってもいいよ。今は男性に非があって離婚したら、全財産を女性に渡さなければならないように法律が改正されている。給与もすべて差し押さえられるんだ」

 彼が月給いくらもらっているか、わたしは知っている。

 彼は正直に明細を見せてくれて、保管しておいて、って言ってくれるから。

 特別手当がつくから、正直、わたしよりわずかに高い。

 でも威張るわけでもなく、ただ、ボケまくるだけ。

 夕食の前なんて、いきなり深々と頭を下げた。

 何のことだかわかる?。

 AKB48の総選挙のことだよ。

 「せっかく篠田麻里子に投票してもらったのに、票を生かすことができなくて申し訳なかった」

 だって。

 彼は篠田麻里子の大ファン。

 でも、きのうの総選挙では、前回まで保っていた3位という立場を、ダークホースの柏木友乃に奪われ、順位を下げた。6位で飛び出したから大健闘だったんだけどね。


 それまでは、彼が篠田麻里子ファンであることが許せなかった。

 おかもとまりさんも、平田弥里さんも、浅尾美和さんも、吉瀬美智子さんもそう。

 絶対に許さなかった。女性としてのジェラシーなんだと思う。

 でも、結婚した瞬間にすべてを許せた。

 それだけ強くなったのかな。

 少なくとも彼女たちに彼を奪われることはなくなった、っていう安心感なのかな。

 一応、臨床心理士をやりながら、芸能界でもミュージシャン・作曲家として活動を続ける彼だから、どこかで彼女たちと出会う可能性はある。

 でも、今はそれほど気にならなくなった。おかもとまりさんや平田弥里さんのDVDも2人で観ているし、吉瀬さんの『ハガネの女』も2人で観ている。

 そして、AKBの総選挙があることを知って、初めてAKBのCDを買った。

 1,600円もするとは驚いたけど、買って、1票だけ篠田麻里子さんに投じた。

 ファンはみんな500枚も600枚も同じCDを買って自分の好きなメンバーに票を投じるという。でも、さすがにそれはできない。1人で何百票も投票できるってシステムはおかしいと思う。これが衆院や参院なら選挙違反で逮捕される。

 だけど、1票は問題ないから投じた。

 彼も1票だけ投じた。

 今回トップに返り咲いた前田敦子さんの得票数って14万票近い。でも、1人で何百票も投じたファンもいると思う。

 「それはAKB48に対する愛です」

 なんて言っていたけど、単に商売のネタにされているだけだ。

 秋元流ビジネスの犠牲者だよ。

 教祖の書いた本を競って何千冊も買い込むことによって、幸せになることができるっていう新興宗教と同じことだと思うよ。

 夫にはそれが見えてるから、いくら篠田麻里子が好きでも、1票しか投じなかった。


 秋元さんって、放送作家から作詞家になるときに、どうやればなれるかわからないし、ぼくの実力はどうでしょうか、って手紙をつけて、夫にダンボール1杯の詞を送りつけてきたの。それは手紙ごと、夫はいまだに保存してるのね。

 おもしろそうな詞を選んでディレクターに紹介したらしいんだけど、こんなビジネスを考えつくとは思わなかったみたい。

 ダレたらクビ、とか、全員10kg減量とか、変わった命令を次から次へと発してるみたいだけど、それって彼女たち179名の女の子をおもちゃにしてるだけじゃないのかな。そうだよ、きっと。

 そうして、自分で儲けていい気になっている。

 女性の敵だね。

 だまされている子たちがかわいそうだよ。はやく卒業した方がいい。

 篠田麻里子さんは、発行部数の多いファッション雑誌のトップモデルが本業なんだって、妹から聴いた。

 25歳なんだし、AKBと縁をきっても活躍できると思うよ。

 だまされているのがわかってるんじゃないかな。でも、必死でしがみついている。

 そんなこと、しなくていいよ。

 どうせ、最後はおにゃんこみたいな終わり方になるんだから。

 そうなったら最悪だよ。

 その前ににげたほうがいいって。

 熱したお湯はいつかかならす冷める。

 彼女たちは秋元康さんという火の上で熱されたお湯なんだ。ビジネスに陰りが見えたら火は逃げる。そうしたらいきなり冷める。


 あーまた、何がテーマなのかわからない記事になったね。

 わたしって、ほんとうに医療以外は何もできない不器用な女だ。

 それが妻なんてやってるんだから、夫にはものすごい迷惑をかけてるよね。

 でも、きょうのかれの言葉は本当にうれしかった。

 「きみの卵巣に恋したわけじゃない」

 笑える言葉だけど、彼らしいよ。

 なかなかセンスあるぞ。

 彼も作詞すればいいのに。

 でも、作詞・作曲・編曲を1人でこなして、あるアイドルに提供した曲が、当時はまだアナログだったんだけど、5枚しか売れなくて。そのアイドルはアダルト・ビデオ、っていうのかな、いわゆるポルノ。に事務所で責任を取れって言われて転向した。それがトラウマになって、以降アーティストに楽曲提供をすることはなくなったんだって。

 だから、ミュージシャンとして接している。彼が曲を書くのは映画とTVのサウンド・トラックだけ。

 作曲では、映画『告白』とか、特撮TVドラマ、いわゆる何とかレンジャーみたいなやつとか、NHKBSのSFドラマ『怪奇大作戦ファイル2』とか『七瀬ふたたび』。ミュージシャンとしては平井賢さん、平原綾香さん、ユーミンさん、その他たくさんやってる。ZONEってバンドを世の中に出したっていうのが最高の功績かもね。プロデューサーとして。

 でもね、わたしは知らなかったんだけど、『さすらい刑事旅情篇』っていう、鉄道警察隊を描いたドラマのテーマ曲をアルトサックスで演奏していたんだって。わたしも観てたよー。三浦洋一さんがかっこよくてねー。なんか理想の兄貴って感じ。それから同じ枠の『はぐれ刑事純情派』っていう、藤田誠さん主演の刑事ドラマ(何でも、コンセプトは『必殺仕事人』の中村主水が20世紀にいたら、っていうんだって)で、ものすごい高い音のトランペットを吹いていたらしい。

 わたしもピアノを弾くからわかるけど、あの音はトランペットの音域外だよ。

 特殊な吹き方で出すみたいなんだけど、失敗したら二度とトランペットは吹けないし、口に障害が残って、会話ができなくなるみたい。

 無茶はなるべくやめてほしいけどね。

 素人のわたしが口を出しちゃいけないしね。

 いよいよテーマに戻れなくなってきた。

 自爆だよ。

 とにかく、離婚はしないってことになった。

 それだけでうれしいよ。

 卵巣のない女なんて捨てられて当然なんだけどね。

 彼にはほんとうに感謝してる。

 ずっとついていくからね。

 

 時にはT-FALのフライパンで殴り倒すこともあるかもしれないけど。


 また、夜食にラーメン食べ行こ、だって。

 好きだよね、ラーメンが。

 わたしも好きだけど。

 

 前にラーメン食べ行こ、っていったときは、神隠しが起こらなかった。

 翌日の新聞にも載ってなかった。

 何より、子供みたいな寝顔でぐっすり寝てた。

 心配させるなよ。おい、コラ。