結局キリは学校で昼休みを終えた後くらいに体調を崩して早退した。せい太はというと、今朝のことが気にかかり過ぎて授業に集中できないのはもちろん、昼食を残すほどであった。確かに、とちおじさんの家の奥に、白髪が肩くらいまであって、目は赤色、肌はとても色白な少女が悲しそうな眼をして空を仰いでいるのを見たのだ。はっきりと見たわけではなかったので詳細は疑わしいが、そこに誰かがいたのは絶対的な事実であると結論付ることができるとせい太考えた。その時の妖怪道路はせい太たち以外誰もいなかった。誰一人として歩いていなかった。それもまず不思議なことなのだ。朝である。出かけるために誰か一人でも外に出てくる家があるのが自然である。また、あの苔道の奥だけ妙に暗かった。日の光の具合と鬱蒼としている林のせいだろうと思われるであろうが、それは夜に入る夕方のような暗さだった。そう考えると、せい太は非現実的なことを考えざるを得ないとも思った。もしも自分が気疲れやその他疲労と朝の衝撃により、意識がもうろうとすることがあったとしても、一万歩譲ってそのような事態が偶然にも三人同時に起こってしまったとしても、せい太とマサに似たような症状が出たというのはあまりにも非科学的すぎる考察であった。そもそも、せい太は今朝聞かされたことは、身体に異常が出てしまうほど考え悩むことではなかった。ただ、衝撃はあった。それについて、キリの心配も思ってはいた。それでも、自身の感覚器官と脳が狂ってしまうほどのものではないとは、確実にわかっていた。

 学校では噂が噂を呼ぶ事態になっていた。学校ほど安全な場所はないと思っていたがそれは勘違いだったようだ。「あれだよ、あれ、細霧さん、今年の大妖祭の祭りの儀式を担当する人」「へー」とか、「またあの祭りでまたなんかあって学校来なくなったりして」「そうしてまたカウンセラーが学校に来たりして」といったようなことがキリと廊下を一緒に歩いて教室に向かっている時に割とはっきりと聞こえた。そこまではっきりと本人に聞こえるように言うならば、はっきりと面と向かって言えばいい。それができないということは結局、だれかと一緒に居なければ悪口じみたことを言う勇気さえないということなのだろう。この学校には町に住んでいない子供が半分くらい来ている。せい太たちが住んでいる町といえばあの祭りが主役になってしまっているので、そこの子供たちには何かと不名誉なレッテルが貼られていて、学校内では自然と町の子供とそれ以外の子供たちでグループができている。そして互いのグループは互いに交流することを避けているように見えた。(全員が全員そうであるわけではない。こんなようなことは現実世界でもよくあることであろう。どういう理由かわからないが、設定された舞台上だけで同じような演技をする役者もいれば、臨機応変に様々な演技を自分の信念に基づいてする役者がいるのと同じようなものである。)この学校に入ると自動的にそういうグループ分けをされて、無意識の内にお互いに相反するような感覚を植え付けられる。それは子供たちに限った話でもなかった。教師たちもまた、これは子供たち以上に大きな偏見を持っている人もいた。もちろん全員ではない。そんな偏見を持っていない先生のほうが多い。それでも、せい太が知っている範囲では、体躯教師がそのいい例だった。明らかに町の子供たちとそれ以外への対応または授業内での待遇が違っていた。たとえば、授業のノートの提出が遅れてしまった子に対して、町の子には成績を大幅に下げるなどの厳しい措置がなされたが、それ以外の子に対しては軽い説教で終わっていた。それだけではない。自らが遅らせた授業に関して、それがゆえに片づけるのが遅くなったりすると、町の子に対してだけ厳しいトレーニングを課したりすることもあった。ある町の子なのだが、この子は大変ひどかった。町の子の中でも体育のやつの気に食わなかったようで、その子が執拗にいじめられた。そのことで大変悩んだその子は担任に相談を持ち掛けたが拒否された。偶然かわからないがその担任もそっち派の人間だったのだ。その子はもともと寡黙な男子であったから他に、つまり担任以外の先生とは大した関りを持たなかったので他に相談できる相手がいなかったのである。その子は突然学校に来なくなった。最後にせい太がその子を見た時の悲しそうな表情は今でも覚えている。その子が学校に来なくなった理由はなぜか学校の見解だけではなく、校内の認識として彼は精神的な問題で転校せざるを得なかったということになってしまった。そう片付けられてしまった。

 どうしてあの時あんな風に思ってしまったのであろうか。祭りの中止を知った時にどうして学校でこうなることを考えなかったのであろう。廊下を歩くキリの表情はだいぶ青くなって、眉間にしわも寄っていた。町のグループの友達たちはキリのことをだいぶ気遣ってくれて、祭りの中止に関して特に言及してこなかったが、それはこの学校にいる限り無駄なことであった。キリはせい太に対して、もともと朝から気分が良くなかったといって帰って行ったが、せい太はキリは学校に来るべきではなかったのではないかと思った。そう考えるとどうして、朝にキリが玄関から飛び出してきたときにそういった気を利かせなかったのであろうかと自分がとても嫌いになる。

 キリは町の人間であるということも先述の理由の一つであると思われるのだが、あの整った端正な顔つきと小動物のような体格、そして誰にでも優しいとかいう集団的認識により複数の男子たちからの熱視線を浴びていたことで、何人かの女子の嫌がらせにあっていることをせい太は知っていた。自分は薄情な人間だと思った。それを知っていることをキリに知られているかもしれないのに、いつも何にも困っていない表情を作っているキリに甘えてしまっているのだから。信頼における友人として親友の悩み事をうまく解決できるような対策をかけなければならないのに、それが怖くてできないのだ。具体的に言えば、その解決法として第一に掲げられることは、キリに対して嫌がらせを行っている女子たちに接触して、止めさせられるように仕掛ければいいのである。せい太は気が弱かった。そういう時にマサのような勢いを持っていたら何も怖いものはないのであろうと、マサが持っているものを妬む。そんな風に悩みを逆に持っているせい太とは反対に、自分がそのような嫌がらせを受けていても、町以外の生徒とも交友関係を持っていたキリは学校に来るのを楽しんでいた。そんなキリでも今日の学校での扱いは我慢できなかったのであろう。おそらく自分の身を守ろうとする生物的な反応だったような気もする。

 それにしても今朝のあの出来事がどうしても、何をしていても引っかかる。あの集団感染症にでも瞬間的に三人で感染したような出来事、そしてせい太が見たあの少女である。町の中であんな感じの少女がいたかどう考えてみてもどうしても思い浮かばない。そもそもせい太は妖怪道路周辺の家に住んでいる人たちはだいたい知っていたから、そんな少女がいるはずない、いわばどうしようもなくストレンジャーなことをか分かっていた。それでも、日本人の特徴ともまるで違う少女がいたことを、また、あのような現象に巻き込まれたことを、怪異的な現象だったとして処理したくはなかった。

そうして昼休み、机に突っ伏して寝たふりをしているとクラスメートの龍介が背中を軽く叩いて話しかけてきた。

 「なんか今日お前あんまりしゃべんないじゃん、どうしたん?」

 龍介は妖怪道路に沿った家屋列の一つの家の息子である。せい太にとってクラスで一番気軽に話すことができる相手であった。龍介は今朝あの少女を見かけていたのではないか、そう思うと今朝体験したことについて洗いざらい話してみたくなった。

 「今朝さ、龍介の家らへんに女の子いなかった?外国人っぽい美少女」

 「・・っお前、彼女いないからってそんな妄想してるのか」

 鼻で笑われた。こいつには何を言っても逆にいいような気がした。せい太は続けた。

 「いいから、見ていないの?」

 「みてねぇよ、そんな子がいたら話しかけてるわ」

 「あっそ、それと今朝、あの道路でなんかおかしなことなかったか?」

 今度は眉間に少ししわの寄った変な、疑うような表情をされた。

 「お前、大丈夫か、今日なんかちょっと変だぞ。なんかあんまりしゃべんないし、まあ、細霧さんのことがあるからか。悩むのも仕方ないよな、てか、お前のそばには結構な美少女いるじゃねえか、そんな外国人の夢を見るんじゃなくて現実のほうをちゃんと見てやれば」

 今度は笑顔でそう言われた。だいたい言いたいことはわかった。こいつは何かにつけそういった話にしたがる。見た目に対して少女漫画とかを学校で読んでいることからもこいつの思考はよくわかる。それでも今回はそれが目的でもなかったみたいで、今度は多少真面目な顔になった。龍介は友人が困難を抱えている時にふざけるようなタイプではなかった。そういうところがせい太も好きだった。龍介は龍介なりに気を使ってくれているようであった。だからこそ、話題を変えようとしてくれていたのだろう。

 「まあ、だいじょうぶよ、もし何か言いたいことがあったら何でも言ってくれよ」

 龍介はイケメンでこそなかったものの、せい太にはいつも映画の主人公のように見えていた。龍介は笑顔で教室から購買へ向かった。

 龍介は今朝の妖怪道路の異常について何も知らないのであろう。龍介の気遣いとは裏腹にせい太の不安は増えていった。せい太自身もこの学校にいることが憂鬱な気分を引き起こす原因になっているようにも思われた。

 ここまでで学校内や町以外の人間たちは、町の大妖祭についてあまりよろしくない印象を抱いているという風な書き方をしてしまったが、前述にもある通り、全員が全員そうであるわけではない。儀式やしきたりなんかを除いてしまえばにぎやかな祭りである。割と自由で、参加者は仮装なんかをしている人が多い。それは妖怪道路という名前が故だろう。妖怪道路がまるで畏怖されるような存在であると勘違いしてしまった読者もいるであろうが、ただ気味悪がられて避けられるような場所でもない。心霊スポットというよりはパワースポットとして観光客が来たりもする。(その中にふざけたりする若者も少ないがいる。そういう輩がたどる末路はだいたいわかるであろう。)そして昼間は子供たちの遊び場として人気な場所でもあり、町の外からも子連れが来て遊んでいる。学校でも大妖祭自体を嫌っている生徒もいるがほとんどは儀式を気味悪がっているのみである。だから大妖祭では仮装をしたり屋台で遊んだりしている中学生がかなりいる。これは筆者のこじつけに近い考えなのだが、どこかの共産国も、危険な思想をしているのは実は政府だけであって、実際その国民は平和主義、非戦闘主義者が多いのである。でもその国の中にも歪んだ考えを持つ者だっていて、それは割合だけで考えれば着眼大局してもマイノリティーであるが、集団の力というものはこの地球の重力よりも強いもので、目につくほど浮かび上がってくるのである。この感覚は読者も私も人類共通の認識として持っているであろうと筆者思う。つまり、この物語でも畢竟、人間の思考の状況というものはそういう感じである。読者はこの先の展開をそういう目で追ってくれればいい。

 

 

 

 

 

 せい太はぱっとしない気分のまま放課後の学校を後にした。美術部に所属していたが、出席が緩いこともあって初めて無断欠席をした。あの道路を通らなくてもよいように変える方法がないものかと考えながら歩いた。

 帰り道というのは何を考えていなくても、また、夢中になるような妄想をしていたとしても、無意識の内に足はいつもの道をたどるものでせい太は白昼夢を見ながら気づけばあの道路に差し掛かっていた。見覚えのある電柱のヘアサロンの広告に気付いて立ち止まった。やばい、どうしようと思った。ここまで来てしまっては進むしかなかった。戻ればよいと感じたが、ここは公共施設が多いこともあってかこの時間は人が多かった。立ち止まった。そうしたらわけのわからない汗が全身から出てきた。周りの人間が全員自分を見ているような錯覚を覚えた。冷静になれ。せい太は自分に言い聞かせた。まずは顔を上げることにした。顔を上げると目の前にあの大通りがある。ただそこには人がたくさん歩いていて、右側にあるショッピングセンターからぞろぞろ人が出てきていた。せい太の影は妖怪道路に入っていた。この瞬間はせい太にとって今日の中で一番安心した瞬間であった。スーパーから出てきた人の中には顔見知りが何人かいて、そのうちの一人である美代ちゃんが幼稚園に入ったばかりの息子を連れながら、せい太に気付いたらしく声をかけてきた。美代ちゃんと面と向かうにあたって自分が今までじめじめしていたことが妙に気になった。そうして不思議なことだが、今までのとんでもなく大きな不安が今はどうだっていいこととしてせい太の中で瞬間的に処理された。

 美代ちゃんは息子の美玉を授かった後すぐに男と別れていた。この町に父親の転勤で引っ越してきてから十年ほどが経っていると言うが、町の端っこのほうに住んでいるためか、美代ちゃんとは一昨年までせい太が出会うことがなかった。彼女はせい太の中では大人の中で最大の理解者であり信頼における気の置けない友人以上の存在であった。彼女は齢十八歳で子供を授かったため、まだとても若い。どうして相手と分かれたのか、何らかの深い事情があるのであろうが、そんなことを聞くことができる勇気などせい太にあるはずがなく、彼の中で考察するにとどまっている。町内の交流会で仲良くなってからというもの、せい太は時々浮いたような表情をする彼女のことがとても気にかかっていた。それはとても大きな興味とでも言うべきなのであろうか、彼女が笑顔でこちらに合図をする姿を見るとせい太はとても安心するのであった。それは彼女の年齢が近いから、あのように感じるのであろうか。せい太には彼女に対する自分の薄い仮面の中に感情ともいうことができない何かがあるように感じていた。

 「どうしたの、今日はずいぶんと早いじゃん」

 この人はあまりアクティブでないほうに分類されるのであろうせい太に対して、直角方向にベクトルを伸ばしているような人である。そうであるけれども、せい太がこの(ひと)に対して距離を感じることはなかった。いや、もしかするとそうなるように無意識化で臥薪嘗胆してきたのかもしれない。さっき出てきた汗と比べて塩気がましたやつが出てきた。そんなせい太の不思議な様子をこのうちでただ一人、美玉だけが理解していた。

 「なんか部活やる気なくてサボった、なんか疲れちゃって」

 「私よりも十も若いやつが何を言っているの、しかもあんた文化部じゃない、疲れる要素は全くないように思うけど」

 美代ちゃんは重そうな買い物バッグを肩にさながら男子高校生のように手を逆さにして掛けた。そうした瞬間に汗が飛んだ。この時は今まで気にならなかったアブラゼミの音が消えてほしいと思った。なんでそう思ったのかとせい太が考える暇を彼の脳は与えなかった。工場で働いてきて疲れているのだろう、そうして「んー」と犬が背を伸ばすようにのけぞって大きな欠伸した。この瞬間に脇の中から見えた下着の紐や、肌を滑らかに滑る太陽に反射されてキラキラと光っていた汗を認識したことが、せい太の思考を止める起爆剤となった。顔が熱くなった。さっきにもまして汗の量が増えた気もした。でもそれは今朝感じたようなとてつもない不快感を無理やり与えてくるものではなかった。それよりも自分のそういう体の反応自体にどうしようもない失望を覚えた。それはせい太自身が感じるこの状況でなければそのように感じることはなかったであろう。

 「・・・まあ」

 「それと、いつも一緒に帰ってきていたあの子がいないじゃない。まさか置いてきちゃったの?」

 「キリのこと?」

 「そうそう、あのうらやましいくらいの美少女」

 そういう人はかなり多いが、せい太はそのように感じたことは今まで一切なかった。確かに彼女は端正な顔つきをしている。それがゆえに人を引き寄せてもいるのであろう。それでもせい太が彼女に対して自分の分身のような感情を抱いていた。だから彼女が言ったことに対してなぜかあまり気分はよくなかった。アブラゼミの音が多少気にならなくなった。

 「キリは早退したよ。ちょっと朝から気分が良くなかったみたいでさ。まあたぶん大丈夫でしょう。また明日はうるさく家のインターフォンを押して俺の名前を叫ぶんだろう。」

 「そう。そんな感じなのね。あ、そういえば今日・・・・」

 「んねえ。あついぃ、」

 美玉は暑さに我慢できなくなったらしく美代の足元でぐずり始めた。

 「あー、ごめんごめん、帰ろうかね」

 美代は彼の頭を中腰になりながら撫でて目を少し細めて言った。

 「じゃ、行くね」「あ、もしよかったら後で家に来なよ、結構うまいパウンドケーキ作ったからさ」

 彼女は手を振りながら後ろを向いて言った。彼女が歩き始めてからせい太は「うん」とさっきとトーンは同じだが少し低い声で言って手を胸のあたりで手を振った。二人が妖怪道路を、手をつなぎながら歩いて行く。時折、美代が美玉に何回か話しかけながら首を下方に移しているのをせい太はしばらくの間見ていた。そうして何とも説明できない不思議な気分のまま歩き始めて、その気分から覚めると妖怪道路などとっくに抜けて家のある通りまで来ていた。セミがほかのセミなどいない電柱でわけもなく騒いでいる。せい太は一瞬立ち止まったがその音を認識するとゆっくりと歩き始めた。