その頃、djをやってたせいか、耳が敏感でTVの音をつけられると参ってしまう、という感覚になっていた。音が気になるので、看護師さんに相談するとTVの音を18以上にあげないという決まりになった。
 しかし、誰も守ろうとしてせず、いっつも18を超えていたので、僕は腹が立って、戦争映画がやってる時28、30、34とボリュームを上げた。ドカン、バシ、ドコドコと鳴り、おやっさんは喜んでいた。看護師さんがとんできて、どうしたの?と言って18に戻した。ほどなくして、24くらいまであげる輩がいたが、決まりは守られず、どーしょーもないな。と僕はあきらめた。 
 ひとりおばあちゃんが入ってきた。どうも気品がある。聞いてみたらコパカバーナという昭和の政財界の人が集まるクラブの元ママだった。
 そのうち、おやっさん、僕、元ママ、元キャバ嬢、ヤマンバギャルなどで花札が始まった。めちゃくちゃおもしろいんだが、体力というか胆力を使う。何周か一度、タバコ休憩させてもらったが、上の世代はバテることを知らない。
 そして、またウォーキングが流行りだした。すごい速さで60周。その最中にマイケル ジャクソンのムーンウォークをしたら、気を失った。目覚めると、看護室。どうもテンカンをおこしたらしい。隔離室行きかなぁ?と思ったが、今回は行かずに済んだ。