この世の三次元世界は、相対の世界であり、自分が「感じたこと」は常に「バランスの崩れ」ととらえることができます。
仕事で上司に向かって、「なぜこれをやらないのか、自分にはわからない」と言っている自分がいました。
自宅に帰り、なぜそう言ったのか、自分の内側を観てみました。
すると、数日前に別の全く違った案件のミーティングで、同じセリフの言葉、「なぜこれをやらないのか、わからない」と聞いている自分がいました。
そう、自分の言葉だったのです!
自分が聞いていることも、そして発している言葉も、全て自分のことなのです。
いわば、自分の中にあるものしか、聞くことも、観る事も、話すこともできないのです。
物理学の世界でも、同じようなことがあります。
ミクロ(量子)の世界を、
レコードプレーヤーに例えると、量子はグルグルと飛び飛びに回転しています。
レコード針(量子)が回転するレコード盤上で飛ぶと、例えばピンクレディーのヒット曲『UFO』(ちょっと古いですね!)を聞けば、本来『手を合わせて、見つめるだけで!』という曲のところが、『手を合わせる_デ~』と関西弁に聞こえてくるでしょう。
また、どんな物質も量子以下の核心まで掘り下げると、分離独立した性質(3次元の相対の世界)が消え去り、時間と空間に広がった何もない無の世界(相似の世界)だけが残ります。
つまり、
「量子1」をピンクレディーの「ミーちゃん」に例え、「量子2」を「ケイちゃん」に例えたとします。
二人がそれぞれ『UFOの歌』をそれぞれグルグルと逆向きに回りながら踊っていたとします。
この時、ミーちゃんが右回転に回っていて(右スピン)、ケイちゃんが左回転に回っている(左スピン)と言います。
つまり、二つの量子(ミーちゃん、ケイちゃん)のスピンが逆になっているものの(相対)、スピンの和は(右向きと左向きで合わさって)「ゼロ」になっている。
これは、二つのスピンはお互いに「からみ合っていて(この状態では、量子1と量子2はどちらが、右回転か、左回転かは未だ確定していない)」、でも「観測(測定)」すれば、量子のスピンの向きは「瞬時に確定」してしまうのです。
これはたとえ、1万キロメートルなど遠くに離れていても、同じ結果であって、単なる情報が伝わるという概念ではありません。
それぞれが、からみ合った世界なので、片方が決まると、もう片方はその相対として現れるのです(相対の世界)。
このような物理学で言うミクロの領域が、ミロスが伝える原理に基づけば、我々が暮らすこのマクロの世界でも、3次元の「相対の世界」を超え、そして思い通りの「相似の世界」へ行くことができます。
すると、「聞くことも、観る事も、話すことも」すべてが、自分の創造する思い通りのものになるのです。
続きはまた。