🪷ぴよこと日本語考3:「“かわいい”と“美しい”のあいだ──日本語がつくる、美の座標」

 

ある日の午後。

カフェの隣のテーブルから「かわいい〜!」という歓声があがった。

見れば、スイーツでも、赤ちゃんでもない。スマホの自撮りを見つめながらの一言。

──はいはい、もう慣れましたけども。

 

しかしここでふと哲学的な問いが浮かぶ。

「ねぇ、“かわいい”って、“美しい”とは違うの?」

というのも、日本語の“かわいい”は、どうにも使い勝手が良すぎる。

赤ちゃんも、猫も、スイーツも、果ては虫まで“かわいい”。なんなら、きもめの虫までも。

🐤ぴよこが“かわいい”と言われるのは当然😤として。

 

でも、フランスではどうかというと、話は少々違う。

 

🇫🇷「mignonne」は子ども扱い?

 

フランス語で「かわいい」は “joli(e)” や “mignon(ne)” と訳されることが多い。だがここには、「ちいさくて、可憐で、未完成」というニュアンスが含まれている。

 

つまり──

フランス語における“かわいい”とは、「Belle(美しい)」の手前、未熟のカテゴリーに置かれる。

 

試しにパリの街角で、紳士が貴婦人に「Tu es mignonne(キミ、かわいいね)」などと言ってごらんなさい。

その一言で“子ども扱い”と解釈され、次の瞬間には赤ワインを顔面で浴びるかもしれません(←盛ってます)。

 

“Belle”──この言葉には、どっしりとした重厚な美、成熟の気品、堂々たる佇まいがある。

つまり、「美しい」は“完成されたもの”に宿る美学。

 

🇯🇵「かわいい」はすべてを超越する

 

ところが日本語の「かわいい」ときたら、もう無双状態。

 

・推しがかわいい

・自分もかわいい(自撮り)

・80歳のおばあちゃんもかわいい

・果ては面妖な深海魚まで「かわいい〜」と叫ぶ人がいる

 

これはもう、世界七不思議に登録してもいいのでは?

 

日本語の「かわいい」は、フランス語で言えば “mignonne” と “belle” をゴチャ混ぜにした上に、“respect(尊敬)”と“愛着”まで乗っけてくる。

つまり、「かわいい=小ささ+人間性+親しみ+瞬間性+神聖」という、まさにハイブリッドな褒め言葉。

 

🎎「かわいい」は“旬”を愛でる文化の象徴?

 

どうやら日本人は、「美しさ=完成」ではなく、「美しさ=いま、この瞬間」と捉える傾向があるようだ。

 

・桜の散る刹那

・朝の光を浴びた金魚

・夏祭りの浴衣姿の女性

 

そう、日本の美意識は“儚さ”と“シズル感”に宿る。

それゆえ「成熟」はあまり評価されず、「いまが旬」こそが最大の美徳になる。

 

そして、この価値観が「かわいい」ブームを生み出してきたのではないか。

成熟ではない。“今”が愛おしいのだ。

 

🍶「かわいい」は“日本酒”、美しいは“ワイン”

 

たとえて言えば、こうだ。

「Belle(美しい)」が熟成されたヴィンテージワインなら、

「かわいい」はしぼりたての日本酒。

 

・ワイン──芳醇、深み、重厚感、時間が育てる美

・日本酒──清らか、淡麗、旬、シズル感

 

“kawaii”は、重厚さとは無縁の軽やかさで飛び立つ。

少女マンガの吹き出しのように、ぽわんと浮かぶその一言に、

日本人は心をときめかせてきたのだ。

 

🌸そしてぴよこは、永遠に「かわいい」

 

そう、ぴよこは“Belle”ではない。ぴよこは“mignon”。

でもその“mignon”が、日本では最上級なのだ。

 

「かわいいは、正義」

これは冗談のようで、案外、日本文化の美意識のコアかもしれない。

 

「完成」よりも「いまこのとき」

「重さ」よりも「軽さ」

「威厳」よりも「親しみ」

 

美の座標軸が、ここまで違うなんて──

日本語って、なんてかわいくて、ややこしい。