🪷【「いただきます」と“Bon appétit”──食卓に込められた祈りと文化】

 

私たち日本人にとって当たり前の言葉──「いただきます」。

この挨拶、実はとても深い意味を持っている。

 

それは単なる「食べます」の合図ではなく、

「命をいただく」ことへの覚悟と感謝の宣言

 

魚にも、野菜にも、そしてお米一粒にも命が宿っている。

それらを奪って、自分の命をつなぐ。

この“命の交換”を前提とした謙虚さ──それが「いただきます」なのだ。

 

私は以前、こんなブログを書いた。

👉【“無農薬より、無自覚が怖い”──『いただきます』に秘められた思い】

 

では、フランスではどうだろう?

 

🍷フランスでは、食卓での決まり文句はとても軽やか。

「Bon appétit(ボナペティ)」──意訳は「たんまりお食べ!」

 

もちろん、カトリックの家では “Bénédicité(ベネディシテ)”と呼ばれる食前の祈りを唱えることもある。

これは「この食卓を与えてくれた神への感謝」を表すものであり、食材そのものよりも、“恵みを与えた存在”への信仰に軸がある。

 

そして食後は特に何も言わずに終了。

静かに次の話題へ、ワインを片手に会話が進むのがフレンチスタイル。

 

🟡【命に祈る日本。神に祈るフランス】

 

日本では、目の前の命(食材)に直接感謝を捧げる

フランスでは、命を与えた神へ感謝を捧げる

 

どちらも「感謝」ではあるけれど、

その矛先と文化的背景がまったく異なる。

 

言い換えれば──

日本は自然界との対話。

フランスは神と人間の契約。

 

🌿【文化は、言葉に宿る】

 

挨拶ひとつ取っても、そこには世界観が詰まっている。

日本語の「いただきます」には、命への“痛み”も含まれている。

一方、フランス語の「Bon appétit」には、“享楽と祝福”の響きがある。

 

どちらが良い悪いではなく、

どちらも「人間がどう世界とつながるか」という美しいヒントをくれる。

 

今日、あなたはどんな言葉で食卓を始めますか?

 

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