3月の第一日曜日に
熱海の海岸で満開だった濃いピンク色の早咲き桜
熱海は
1月末〜2月の寒い頃
糸川の川沿いに河津桜が1番に咲き
そこから海岸に向かって色々な桜が咲き降りていきます

その海岸まで咲き降りてきた最後の桜が咲くのが
丁度今頃

この桜が終わると
熱海の山の天辺にあるMOA美術館の桜が
3月終わり〜4月入る頃に咲き
その桜で熱海の全ての桜が終了します
こうして1月末から4月に入る頃まで
熱海では色々な桜が常に咲いていて
そこに梅や桃が仲間入りして
熱海は3ヶ月ほどピンク一色の街になっています
そしてサフォクリニックでは
桜の時期のこの4月から
幹細胞再生医療リビネーションがスタートです

厚生労働省への届出をしていた
第二種再生医療等提供計画による幹細胞再生医療の
自己脂肪由来間葉系幹細胞の点滴投与移植認可も
昨年降りて
高度技術を持つ肝細培養会社
さんとの
綿密な打ち合わせも完璧👌
治療工程の予行練習も完了し

何もかも全て準備万端整い
幹細胞専門医師の指導監督医
をお迎えして
幹細胞再生医療リジュビネーションが始まります
予行練習では
腹部に小さな切開で
自己脂肪由来間葉系幹細胞が存在する脂肪を取り出し
それを専門ラボで2ヶ月ほどかけて
5000倍〜2億倍に培養するという工程確認を
行ったのですが
その脂肪採取を
どんな感じで培養会社からの指定容量の脂肪採取が
出来るのか
実際に腹部切開して脂肪採取を行いました
が、、、」
その実験台に誰がなる?
となった時、、、、
息子が直ぐに手を挙げてくれて快く引き受け
我が身を差し出してくれた息子の
右腹部をDrが
左腹部を私が切開して
必要量の脂肪採取する工程確認も無事出来
神
息子です笑

こうして
準備する手術機器やその他の工程
ナースの動きなど諸々の手順
全行程の必要時間など全て網羅♪
そしてこの時
30年ぶりにメスを持った私
30年前迄までずっとDrのオペに入っていた私でしたが
サフォ分院の美容皮膚科を表参道に開業した時に
オペから遠ざかって
ここ六本木に合併移転してからもレーザー治療専門で
オペには入らなくなってから
気づけばメスを持たなくなって30年
でも、
手はちゃんと30年前の動きを覚えているもので
メスも、縫合も、
ちゃんと動く自分の手に感動ものでした
流石に
毎日オペをしてきた50年の経験を持つDrの手捌きには
足元にも及びませんが
そこそこのスピードで手際良く動いた自分の腕を
褒めてあげたい⭐️
・・なんて
ちょっと切開しただけなのですが笑
でも、自転車
に乗るのと同じで
習得した技術っていつまでも揺るぎなく
しっかり生きているもんです

腹部から取り出された
小指の先程もないくらいの量の脂肪は
厳重に温度設定された梱包で幹細胞ラボに送ります

その送付手順も幹細胞ラボの方が来院して
手取り足取りレクチャー

ラボでは送られて来た脂肪から
間葉系幹細胞を取り出し
それを約2ヶ月かけて培養
やがて返ってきた培養幹細胞を
いよいよ患者様の体に点滴で戻していきます
こうした全ての手順工程確認を終え
点滴で培養幹細胞を体に戻す本番
私がDrから採取した脂肪は
今回2億個に培養してもらい
この2億個の幹細胞をDrの体に送り込みます
80歳超えてもなお年齢を感じさせない
日々精力的なオペを行っているDrは
心身ともに実に若く体力があり
Drと同じ位の高齢にも関わらず
世界でも名だたる各国の美容外科名医で
今なお現役でオペをしているリジェント美容外科医は
数人存在していて
彼らのその熟練した技術を求めて
世界中からやってくる患者様に
現役でバリバリオペを行っている
衰え知らず
の各国のリジェント美容外科医達
さらに今なお国際学会や勉強会にも出席し
素晴らしい発表も続けているのが凄いです
(2月のSt.Louip🇺🇸で行われたISAPSでプレゼンした
Drの友人美容外科医とミア先生)

しかも
彼らはその技術を進化さえし続けているのが
驚きで
そしてウチのDrも
あちこちの国からフェイスリフトを受けにくる患者様のいる
リジェントDrの1人
なのです
ミア先生がこの1月にタイでフェイスリフトの発表した時
学会会場にいたタイの美容外科医達が
ワラワラ集まってきて
「ウチのボスはDr SHIRAKABEに教えてもらった」
「私のボスもだ」・・・と、口々に言っていたと。。。
そんな世界的実力を誇るDrには
美しくなりたい、若さを取り戻したい
・・・を求める方々に
その天才的技術を提供し続けてもらえる様
幹細胞再生医療を受けてもらう事に。。
Drの脂肪採取はもちろんDr LIUの私が執刀
しかし
さて切開を始めると
Drやおら起き上がって私の手技を監督
笑

40代の弾力ある息子の組織と違い
幾ら衰え知らずの元気者とはいえ
やはり高齢者だからふにゃふにゃしてやり難いんだろうと
身構えて開始しました
が、、、

意外やいがい
ジムで鍛えている高齢者、、、侮れません
切れ味よく、サクサク脂肪採取できたのには
驚きました
体を鍛えるって実に大事です
これからDrがどのくらい若返っていくのか
楽しみ❤︎
この幹細胞再生医療はとても高価で
簡単に「私も〜」・・・と言うわけには行かず
とは言え
何時迄もバレエ
や筋トレ
だけでは
その内いつか私にも限界がやってきます
そうなる前に私も絶対やりたいっ
さて
私が切開&縫合した黒い糸がついているその上の
白線で囲った部分

このうっすらと残る傷跡は
Drの父(私の義父)であるサフォクリニックの前進
「大阪白壁美容外科創立者 白壁武弥』が
Drが高校生の時に虫垂炎(盲腸)になった時に執刀した
その手術跡です
恐れ多くもその真下に私が切開し
図らずも並ぶ羽目になってしまいました
が、、、
私の切開は脂肪層までの浅さで
義父の切開は腸管膜に達する深さですから
そもそも比べものになりませんけど🤪笑
昭和の時代の盲腸はザックリ大きく切るのが王道で
その傷跡が陥没したり瘢痕が残る切開
というのが普通の時代でした
それを白壁の父は
その傷跡に悩む昭和のストリッパーの方々の為に
小さな傷跡で目立たないようにと考えた術式の虫垂炎手術
これを60年以上も前に行っていたのですから驚きます
腸間膜に達する深部の手術にも関わらず
ご覧の通り、瘢痕もなければ陥没もなく
義父の手術は見事だったことに今更ながらに感心します
当時関西のストリッパーの方々は
盲腸になると
こぞって白壁の父に手術をしに来たそうで
大阪白壁美容外科は
この義父の虫垂炎オペの発想及び手技から始まり
東は新橋の十仁美容外科そして西は大阪白壁美容外科
が日本の美容外科の始まりでした。
最も当時は美容外科ではなく
まだ美容整形と呼ばれていましたが、、、
それにしても
父と妻に同じような場所を切開されたDr
こんなレアな経験する人そうそういないかと、、、
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