9月末の昼間に製薬メーカーのMR(Medical Representative:医薬情報提供者)のNさんから電話がかかってきました。


この時期は移動の時期なので直感で“転勤のことかな”と思いました。


予想通り転勤の話でした。


僕はMRとはいつも一期一会の気持ちで接しています。


Nさんは僕が昨年3月まで代表を務めていたサッカーチームのオリジナルメンバーの一人です。


僕は自分がサッカーをやりたかったために、2003年4月から人を集めチームを作りました。


趣味が高じてサッカーチームを作りました。


チーム名は“DM UNITED”です。

DoctorとMRの融合したチームという意味です。


初めはフットサルしかできない人数でしたが、徐々に人数が集まり、約1年後にはサッカーの試合ができるようになりました。


熊本で“ある時期にみんなでサッカーを楽しんだ”という思い出の品物を持とうと考えて、ユニフォームを作ることにしました。


他のチームと重ならないようにと考え、サックスブルーのシャツにしました。

また、強さを出すために、パンツとソックスは黒色にしました。


そして、僕は背番号を“14”にしました。

14番というのは、僕が大好きなヨハンクライフの番号だからです。


ヨハンクライフは1974年西ドイツ大会で活躍したオランダ代表の選手で、“トータルフットボール”の申し子でした。


“トータルフットボール”とは簡単にいうと一人の選手がいくつかのポジションをこなし、全員攻撃全員守備といったサッカーをするというその当時斬新な考え方でした。


このトータルフットボールというやり方は技術と体力がないと難しく、チームでは前5人で攻撃をし、後ろ5人で守備をするというやり方をしていました。


理想と現実です。


このチームには、大学卒業時にアビスパ福岡から誘われた方、ジェフユース出身の方、あの日本代表の川口や楢崎選手と一緒に練習をしたことのあるGKの方もいて一緒にサッカーをして楽しかったです。


しかし、チームの活動は昨年3月で終わることになりました。


MRさんたちは転勤族なので人を集めるのが厳しくなったことが最大理由ですが、それと僕が体力がなくなり、気力もなくなったからです。


物事をやり続けるためには、気力、体力が必要です。


今回も数名のMRさんが転勤で旅発ちました。


いつかDM UINTEDのメンバーで集まることができたらなと思います。


今回は予防医学の話をします。


最近の遺伝子レベルの研究では、人間の寿命は125歳だそうです。

元気に生きることができるのであれば125歳を目指してもいいのかもしれません。


日本人の死因は、第1位はガン、第2位は心疾患(心筋梗塞や心不全など)、第3位脳卒中(脳出血や脳梗塞など)、第4位は肺炎、第5位は不慮の事故の順になっています。


その中でもガンが死因の約1/2を占め、生活習慣病(糖尿病、高脂血症、高血圧など)による動脈硬化が原因でおこる心疾患及び脳卒中が死因の約1/3を占めています。


ということは、日本人の大多数が、①ガンと、②動脈硬化(血管がさびること)により、死亡していることになります。


以前にも言いましたが、病気になって治すより、ならない方が楽です。


そこで、病気の予防医学という考え方 があります。


今までの予防医学というのは、病気を早期発見し、早期治療をすることで、自分の生命を守ること、つまり、検診、定期的健康診断や人間ドッグなどで、病気を見つけ、軽症のうちに治療をすることです。


これは、”守りの予防医学”と思います。


これからの予防医学は病気にならないように、自分の健康を守ること、つまり、食事・栄養、運動、サプリメントなどにて、病気にならないように予防することです。


これは、”攻めの予防医学”と考えます。


この方が、いつまでも健康で快適な生活ができます。


しかし、病気の予防をしていても病気になることもあるので、”二つの予防医学”とも大事です。


皆さん、いつまでも健康で快適な生活を送りたいものですね。


今朝の朝日新聞のテレビ欄に“奇跡体験!アンビリーバボー”の紹介がありました。

この内容は以前にNHKの“プロジェクトX”にも取り上げられた内容です。


1993年夏、100年に1度といわれる集中豪雨が鹿児島を襲い、8月6日には日豊本線の竜ヶ水駅付近で土石流が発生し、道路や鉄道が寸断され、45人が亡くなり、650人が孤立するということになりました。そして、いくつかの困難を乗り越えて、約20隻の漁船がこの650人の人々をフェリー(桜島フェリー)まで運び救出することができたという内容です。


なぜこの出来事を覚えているかと言うと、僕たち家族もこの災害の影響を受けたからです。


この日の夕方、僕たちは夏休みを利用して長男(1歳10ケ月)とかみさんと3人で熊本から僕の実家のある鹿児島市内に向かって高速道路を運転していました。


溝辺空港ICまでは何事もなく運転できましたが、加治木IC前辺りから混み始めて「少し様子が変だな」と思いながらも、加治木ICで高速を降りるしかなくなりました。


加治木の町中に行くと、そこから隣の町や市に行く幹線道路が全て通行止めとなっていて、その日は加治木から出ることができませんでした。


加治木は御先祖さまのお墓がある所で僕には土地勘がありました。


スーパーや食堂、旅館、公園(トイレ使用のため)の場所はすぐに思いつきました。

しかし、宿泊しようとして旅館に行ってみると営業していませんでした。

夕食は知っていた食堂で食べました。


その夜は家族で車の中に泊まりました。

窓を開けても車の中は暑くて寝苦しかったです。

しかし、この時だけはいつもは夜泣きがすごい長男も泣くこともなく、ぐっすりと寝てくれました。


次の日の朝から、高速道路は開通することを期待して加治木ICの入り口近くに行きました。


皆さんも同じ考えで車が並んでいました。


しかし高速道路は閉鎖したままでした。


車の中に飽きた長男とかみさんが車から外に出ようとしたところに、前から犬を連れた男の人がきました。


なぜか僕にはその男の方が光って見えました。


僕たちの車のナンバーが熊本だったためかもしれませんが、

「どちらに行れますか?」と聞かれたので、

「鹿児島市内に帰省しにきたのですが、熊本に帰りたいです」と返事をしたところ、

「ここからこの道をこういう風に行き、・・・に行くと、通行止めの向こう側に行けるはず」と教えてくれました。


僕は無我夢中で車を運転しました。


一部がけ崩れの部分もありましたが、通行止めの向こう側の熊本方面に行くことができる道路に出ることができました。


気がつくと、普通の道路を普通に運転する自分がいました。


”普通に運転できることがなんて幸せなことかな”と思いました。


熊本に向かいながら、”あの時の男の人は、犬を連れた神様だったんだ”と感謝しました。


また、御先祖さまが守ってくれたのだなとも思いました。


不思議な体験でした。


今日の”奇跡体験!アンビリーバボー”を見て、僕も17年前の記憶がよみがえりました。


17年前のひと夏の経験でした。