遠野 伝承園
所在地:遠野市土淵町土淵6地割5番地1
遠野地方のかつての農家の生活様式を再現し、伝承行事、昔話、民芸品の製作・実現などが体験できます。園内には国の重要文化財旧菊池家住宅、『遠野物語』に話者であった佐々木喜善の記念館、千体オシラサマの御蚕神堂(オシラ堂)などがあります。
中でも千体オシラサマは圧巻で、おいらも見た瞬間に背筋がゾオ!となりました。

こちらが伝承園の中にある菊池家の曲り家です。この中に千体のオシラサマがいらっしゃいます。

これは遠野に伝わる小正月の行事の一つ、「お立木」というものです。
庭などに立てた栗の木の杭に三尺~五尺の楢や松の薪を副木として飾り、神聖なものとして信仰する行事だそうです。

お盆のころにある「雨風祭」に使う藁で作った人形です。
虫送りのようなものなのでしょう。

朝鮮、李朝時代の地誌「東国與地勝覧」によれば韓国でも厲壇という祭壇のようなものを必ず城の北方に作るといわれ、共に風水の玄武神の信仰からきているところが面白いですよね。

ここは曲り家の馬屋です。ここ、遠野では家族以上に馬は大切にされ、藩から馬を借りて養い、農作業をしたり、物を運搬したり、肥料をつくったりした。子馬はセリ売りして、その代金を藩に納め、手もとにいくらかの収入を得ていたそうです。

そんな馬に恋をした美しい娘の話が遠野物語にも収められています。

馬と娘が神になった姿だといわれ馬を吊り下げた桑の枝で作った神の像は3つあるといわれています。
子供用もありました。

思わず可愛くて娘に買っていったのですが、今はお蔵入りされています。
伊豆神社
御祭神:瀬織津姫(おない)
遠野三山の姫神の母神
所在地:岩手県遠野市上郷町来内第6地割32-2
遠野物語に登場する伊豆権現の社で遠野三山の母神を祀っています。

以前おいらは伊豆神社のizuは伊豆氏や出石に通じ、新羅王子といわれるアメノヒボコにさかのぼれるのではないかと書いたこともあります。
もっとも伊豆半島にある伊豆山神社は伊豆山神(火牟須比命・伊邪那岐命・伊邪那美命)となっているので、遠野の伝承のように宗像三女神の母神というのはちょっと違う気もするのですが、アメノヒボコは阿加流比売神を追って渡来したという記述から、もしかしたら母神はこのアカルヒメだったのかもしれません。そうすると彼女が高良大社の姫神であり、水沼氏により宗像に移動し三女神となって、母神は水巻の伊豆神社に罔象女命 として祀られていたと考えるとなんだか今までのことが一つにつながってくるような気がします。
そういえばアカルヒメが最初渡来した土地は筑紫国の「伊波比乃比売島」に住んだと摂津国風土記逸文に収録されていますよね。あれ!これって磐井の姫島とも読めますよね。しかもおいらは磐井の勢力範囲は博多湾ではないかと考えたので、この姫島は糸島半島沖の姫島ではないかとも考えたのです。しかもこの糸島半島は古田武彦氏によるとニニギの降臨の地だとされています。どうやらこの伝承自体が海人族とのつながりとして伝わっているのかもしれませんよね。
まあともかくも伊豆神社に参拝しました。
かわいい狛犬が鎮座しています。
ここの狛犬は河童のようにはなっていません。
伊豆大権現=アメノヒボコ=アカルヒメ=宗像三女神、、、このあたりの謎が解けると海人族のつながりが見えてくるのかもしれませんよね。
卯子酉様
御祭神:卯子酉明神
所在地:岩手県遠野市遠野町2地割
由来:かつて一帯は大きな淵でそこに「淵の主」が住み、その主に男女の縁を祈願すると不思議に叶い、特に信仰の篤い者には時として主自らが姿を現したといわれています。現在では祠の前にある木々の枝に、左手だけで赤い布を結びつけることができたら、縁が結ばれると云われていてあたり一帯が赤い布でいっぱいになっている風景はなかなかのものがあります。(『遠野物語拾遺 第三十五話』より)

また、卯子酉を干支の方位と考えると、東北西となり、南(午)が抜けています。もしかしたら午=馬となり、馬の信仰となにかつながりがあるのかもしれませんよね。また赤い色は陰陽五行で「火」を表し、「陽の気」を持つ代表的な色です。最もエネルギーの強い色で、物事に動きを与える色です。午のないところにあえて火気を結ぶのは非常に風水的な行事だとおもいません?
本殿も赤い布だらけです。

この日も恋人同士が赤い布を結びつけていました。
そうか!昔の人が赤フンをはいていたのは馬を隠すためだったの?
















