これまでの抗癌剤作用機序というのは基本的に「増える細胞」の歯車を狂わせることによって作用機序を発揮していた.核酸アナログや細胞分裂装置(多くは紡錘体とか)に効く抗癌剤が最初の抗癌剤となったのはそういうもんだろうと思う.

しかし正常細胞でも増殖しないわけではない.特に腸管上皮,毛根細胞なんかは頻繁にターンオーバーしているわけで,だからこそ消化器症状は脱毛は非常にポピュラーな副作用である.

そこで遺伝子異常にのみターゲットを絞った「分子標的薬」がでてきて,イマチニブやゲフィチニブはそれぞれGISTやNCLSCにかなり強力な効果があったわけである.

しかしc-kitシグナルやEGFRシグナルは,その下流の広範な増殖シグナルを冗長的に活性化しているので,上流がシャットダウンされてすべてが収まるかというとそういうわけでもない.もちろん遺伝子異常がある細胞はその遺伝子異常に高度に依存しているわけで,分子標的薬というのが癌の治療に有効であろうと想像するのは理にかなっているし,実際に統計でもそう出ている.

細胞の機能は非常に冗長的で,ある経路をシャットダウンしてもけっこう簡単に他の経路で生き残る.とくに冗長なのがKrasを起点とするネットワークだが,じつはここへの分子標的薬はない.というかこれはたぶん開発が非常に困難だろう.というのも細胞増殖の最下流であるMAPKやAktは相互作用が多く,片方を抑えてもリークシグナルがもう片方で活性化される.

といったところで,では細胞周期を直接抑えたら?という仮説は容易に成立し,かなりの種類の化合物つがサイクリンやサイクリン依存性キナーゼを標的として出てきた.in vitroでは非常にうまくいったようで,かなりpromisingと思われたが,臨床試験は結構惨憺たるものになっている(2007 Nature Rev Drug Discovery).

で話は戻る.

癌細胞は増えたら困る.増えなければいい.だから増える歯車に「バグ」をかませて歯車を止めれば良い.理屈としてそうなのだが,癌細胞はほぼかならず生き残る.

どうしてこんなことを書いているのかというと,いま手元にある新規化合物の細胞増殖抑制機構がまったくわからないからだ.いろんな経路を調べて,それなりに説明できるのだが,最後のところで手詰まりがある.論文を書くのが極めて困難になっているのだが,どうしたもんだろう.