私は呼吸器外科医であり,肺癌の診療に毎日携わっている.当然たばこの有害性がもたらす健康被害(発癌・脳梗塞・心筋梗塞のリスク増大など)・社会的損失は甚大であるとの立場であるし,実際にそうであると信じるにたる根拠は十分にあると考えている.

しかし以下の理由から,私はタバコの懲罰的増税(数百%から千%)には問題があると感じている.

タバコは嗜好品とされているが,ニコチンには依存性がある.離脱症状もあり,それは医療の対象である.その点,麻薬と変りない.麻薬も依存性があり,極めて激烈な離脱症状があり,医療の対象である.ならばなぜ麻薬には刑事罰を伴う麻薬取締法があり,タバコには未成年の喫煙を取り締まる法律以外にないのか.明確な理由はない.依存性の程度の問題や,暴力団の資金源になっているといったところか.

タバコの明らかな有害性を政策的に放置しておきながら,増税という手段でこれに対応するのは欺瞞である.なぜならタバコ税をあげて,それがそのまま医療・社会保障に回る保証がない.タバコ税を上げた分が,タバコがもたらす有害性(健康問題に限らない)や社会的損失をファイナンスできる根拠はどこにもない.そもそもタバコ税を上げることによってタバコの消費量が減り,それによって健康被害が減少すると信じるに足る根拠はどこにもない.かわりに重度依存者を経済的に破滅させることは明らかだ.

タバコに懲罰的増税をかけて国家財政をファイナンスするという手法は,一般市民を麻薬に依存させ高額な代金をとりつづけるという暴力団の手法と全く変わりがないように見える.

タバコの有害性がもたらす社会的損失を低減させるもっと直接的手法を採用すべきだ.もっとも単純なのはタバコの販売を禁止することだ.しかしこれは日本だけでできる問題ではない.しかし国内だけでタバコを規制する方法はあると思う.たとえばタスポカードを機能拡張し,一日に購入できる本数を制限することは,技術的に不可能ではないと思える.そのようにタバコ自体の流通を可能な限り制限し,またタバコを吸うことができる場所を制限し,タバコの有害性を正しく伝え,そのなかで徐々に喫煙率が減っていくことを目指すのが,道徳的にも技術的にも妥当な政策と考える.