古来より音楽家を魅了するテーマとしてイベリア半島起源のフォリアについて述べた.
今回はもう一つのテーマとして,ニコロ・パガニーニ(1782-1840)をあげる.彼はイタリア生まれのヴァイオリニスト・ヴィオリストそしてなんとギタリストである.ベートーヴェンより10年若く,時代的には前期ロマン派になる.しかし彼はイタリアで独立した音楽活動をしていたため,おそらくベートーヴェンの影響をもろに受けてはいない.というよりも,ナイーヴすぎるベートーヴェンの子供たちに男の魅力を伝授したチョイ悪オヤジということも出来る.
かれは,ギターにおいても当代一のヴィルトゥオーゾだったらしく,また恋人がギタリストだったという話もある.ギターソロやヴァイオリンとのデュオをかなりの数残しており,ヴァイオリンとギターの甘っとろい曲も有名だ.彼自身がギターパートを弾くことを想定した曲は,おもしろいことにヴァイオリンよりもギターの方が超絶技巧になっている.
直接の交流がどこまであったかは不明であるが,前期ロマン派の作曲家はみな各地で大盛況だったパガニーニのリサイタルに行っていたはずだ.シューベルトは家財を売り払ってチケットを購入したと言うし,リストは失恋してうちひしがれているときに彼の演奏会に行って,やる気を取り戻したという.「ピアノのパガニーニになる!」と言った逸話は有名である.またベルリオーズの「イタリアのハロルド」にパガニーニはいたく感激し,「ベートーヴェンの後継者は彼しかいない!」といって大金を与えたとか何とか.
1810年前後生まれの彼らが10代の頃,パガニーニはまさに全盛期であり,少年たちあこがれの悪オヤジであったことだろう.
パガニーニはまさに「悪魔に魂を売った」かのごとき技巧を持っていたが,作曲家としてもその地中海文明のDNAを存分に発揮した魅力的かつ悪魔的なテーマをいくつも提供している.ロマン派に限らず,現代においても「パガニーニの主題」による変奏曲はいくつも作曲されている.
一番有名なのはあの24のカプリース,最後の第24番である.これ曲自体がが一つの変奏曲であるが,このテーマについては並み居る作曲家がさまざまな形態で変奏曲に挑んでいる.有名どころだけでもフランツリスト・ヨハネスブラームス・セルゲイラフマニノフちょっと下るとヴァイオリニストのナタン・ミルシテイン,アルフレット・シュニトケ,そしてなんとあのファジル・サイ.無名作曲家の作品をあげたらきりがない.このカプリースに限らなければ,シューマンやショパンもパガニーニのテーマで曲を書き,きわめつけはヨハン・シュトラウスⅠまで「パガニーニ風ワルツ(やっぱりワルツなのかよ!)」などという怪曲を残している.あのころは老いも若きもみなパガニーニに夢中だったのだ.
この古今の音楽ファンを虜にする24のカプリース.その魔性を存分に浮き彫りにしたのがこのアルバムだ.
パガニーニ:カプリース
ついに五嶋みどりの登場である.これはポリーニ盤「ショパン・エチュード」と同じく,もう永遠に現れないのではないかという程の狂気の録音である.この録音はなんと16歳のとき行われた.これに先立つ2年前,14歳の五嶋みどりはもはや語りぐさとなっている事件を起こしている.
このタングルウッド音楽祭でアメリカでの人気を決定的なものとした五嶋みどりは,スーパースターダムにのしあがって行くかに見えた.しかし彼女の心はすでにこの時点で耐え難い軋みを生じていたようである.15歳でジュリアードを中退した彼女は,この神懸かり的な録音をへて,次第に音楽以外の勉学と慈善活動に重点を移していく.今,36歳.まだ若い.彼女の復活はあるのだろうか.しかし彼女はメディアの犠牲者でもある.そっとしておきたい気もしないではない.
この辺の事情は最相葉月の「絶対音感」にくわしい.親子密着の悲劇である.
絶対音感 (新潮文庫)
ヴァイオリンでのパガニーニ特集で秀逸なのはこれだ.
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今回はもう一つのテーマとして,ニコロ・パガニーニ(1782-1840)をあげる.彼はイタリア生まれのヴァイオリニスト・ヴィオリストそしてなんとギタリストである.ベートーヴェンより10年若く,時代的には前期ロマン派になる.しかし彼はイタリアで独立した音楽活動をしていたため,おそらくベートーヴェンの影響をもろに受けてはいない.というよりも,ナイーヴすぎるベートーヴェンの子供たちに男の魅力を伝授したチョイ悪オヤジということも出来る.
かれは,ギターにおいても当代一のヴィルトゥオーゾだったらしく,また恋人がギタリストだったという話もある.ギターソロやヴァイオリンとのデュオをかなりの数残しており,ヴァイオリンとギターの甘っとろい曲も有名だ.彼自身がギターパートを弾くことを想定した曲は,おもしろいことにヴァイオリンよりもギターの方が超絶技巧になっている.
直接の交流がどこまであったかは不明であるが,前期ロマン派の作曲家はみな各地で大盛況だったパガニーニのリサイタルに行っていたはずだ.シューベルトは家財を売り払ってチケットを購入したと言うし,リストは失恋してうちひしがれているときに彼の演奏会に行って,やる気を取り戻したという.「ピアノのパガニーニになる!」と言った逸話は有名である.またベルリオーズの「イタリアのハロルド」にパガニーニはいたく感激し,「ベートーヴェンの後継者は彼しかいない!」といって大金を与えたとか何とか.
1810年前後生まれの彼らが10代の頃,パガニーニはまさに全盛期であり,少年たちあこがれの悪オヤジであったことだろう.
パガニーニはまさに「悪魔に魂を売った」かのごとき技巧を持っていたが,作曲家としてもその地中海文明のDNAを存分に発揮した魅力的かつ悪魔的なテーマをいくつも提供している.ロマン派に限らず,現代においても「パガニーニの主題」による変奏曲はいくつも作曲されている.
一番有名なのはあの24のカプリース,最後の第24番である.これ曲自体がが一つの変奏曲であるが,このテーマについては並み居る作曲家がさまざまな形態で変奏曲に挑んでいる.有名どころだけでもフランツリスト・ヨハネスブラームス・セルゲイラフマニノフちょっと下るとヴァイオリニストのナタン・ミルシテイン,アルフレット・シュニトケ,そしてなんとあのファジル・サイ.無名作曲家の作品をあげたらきりがない.このカプリースに限らなければ,シューマンやショパンもパガニーニのテーマで曲を書き,きわめつけはヨハン・シュトラウスⅠまで「パガニーニ風ワルツ(やっぱりワルツなのかよ!)」などという怪曲を残している.あのころは老いも若きもみなパガニーニに夢中だったのだ.
この古今の音楽ファンを虜にする24のカプリース.その魔性を存分に浮き彫りにしたのがこのアルバムだ.
パガニーニ:カプリース
ついに五嶋みどりの登場である.これはポリーニ盤「ショパン・エチュード」と同じく,もう永遠に現れないのではないかという程の狂気の録音である.この録音はなんと16歳のとき行われた.これに先立つ2年前,14歳の五嶋みどりはもはや語りぐさとなっている事件を起こしている.
レナード・バーンスタイン指揮のオーケストラと共演した際、その力強い演奏でE線を2度も切るというアクシデントに見舞われながらも、コンサートマスターから、そしてアシスタントコンサートマスターからと、次々に素早くヴァイオリンを借りて演奏を完遂。これにはバーンスタイン自身も彼女の前にかしずき、驚嘆と尊敬の意を表した。翌日のニューヨーク・タイムズ紙には、「少女、14歳、ヴァイオリン3艇でタングルウッドを征服」の見出しが一面トップに躍った。(wikipedia)
このタングルウッド音楽祭でアメリカでの人気を決定的なものとした五嶋みどりは,スーパースターダムにのしあがって行くかに見えた.しかし彼女の心はすでにこの時点で耐え難い軋みを生じていたようである.15歳でジュリアードを中退した彼女は,この神懸かり的な録音をへて,次第に音楽以外の勉学と慈善活動に重点を移していく.今,36歳.まだ若い.彼女の復活はあるのだろうか.しかし彼女はメディアの犠牲者でもある.そっとしておきたい気もしないではない.
この辺の事情は最相葉月の「絶対音感」にくわしい.親子密着の悲劇である.
絶対音感 (新潮文庫)
ヴァイオリンでのパガニーニ特集で秀逸なのはこれだ.
- クレーメル(ギドン), ロックバーグ, ミルシテイン, シュニトケ, エルンスト
- ア・パガニーニ/クレーメル無伴奏リサイタル
- アシュケナージ(ウラディーミル), ラフマニノフ, ロンドン交響楽団
- ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第2番
- ヤブロンスキー(ペーテル), ラフマニノフ, ショスタコーヴィチ, アシュケナージ(ヴラディーミル), ロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団, シモンズ(レイモンド)
- ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲
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