なんか向きがちがうのよね… | 光言講

光言講

光明真言をお唱えして壱百万遍を目指してます。

昨日は久々にとある人に会って昼御飯をご一緒した。


なんやかんやと話していてもトーンダウン。


店の店員がどうだのこうだの、メニューの中で自分はこれが嫌いだ。
自分の中で処理すればいいことで、今から食べようかというのに何とも気分が悪い。


また、体の不調を訴えては、なんぼ信仰しても治らへんとのたまう。


私には以前、『調子悪いねん。拝んでおいて』と何かのついでに頼むように立ち話で言ったままである。


昔からそうだった。
あっちに行っては『あそこは当たらへんかった。』、こっちに行っては『あそこに願ったけど叶わへんかった。』


なんぼ寺や神社に祈願かけても、当人が半信半疑な心で神仏に接していては叶うものも叶うはずはないのである。


また、何にでも不平不満、怒り妬み嫉みばかりを吐いていては一向に上向きの渦にはならない。


いくら方々沢山の神社仏閣に参ったからと言って、運が開けるかとは限らない。


至心に神仏に手を合わせて、人に対してや今自分のあることに感謝して日日を送っているかが大事なのである。


その人には何度かお話したかと記憶しているが、暖簾に腕押し。今生では出来ないかも知れないが、いつか気づいてくれることだけを願うばかりである。