源九郎稲荷を鎮守として必ず寺院には鎮守が必要であるといいます。稲荷であったり、弁天や荒神であったり。ですが、鎮守の存在をおろそかにしているのをよく見ます。悲しいことです。我が南無南無スペースは小さく、お寺ではありませんがたくさんの神仏を勧請しています。源九郎さんにご縁を頂いく前から稲荷を祀っていましたが、今では特に源九郎稲荷を鎮守として祭祀しています。小さいころの先生からご縁のある伏見稲荷の末廣、白瀧両大明神を合わせて三つ柱として。さっきまで、源九郎さんに早い回復を願っていた。あの笑顔を早く神社でと。