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世界を変えた10冊の本 (文春文庫)
551円
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世界を変えた10冊の本 池上彰著
池上さんの解説は非常にわかりやすいです。なるべく相手が誰であっても理解できるようにとの配慮がみてとれます。
一部ネットで情報提供者の専門家の意見を、池上さんご自身が自分のものとして発表していると批判されている方々がいるようです。実際にその事実があったのか、池上さんの周りの忖度なのか、事実ではないのかはよくわかりませんが、実際のところどうなのか非常に気になるところです。
テレビで拝見する限りは優れた知識人でいらっしゃることは間違いないと思われますし、専門家のご意見を無理にご自身の意見とする必要性はないようにも考えるのですが、どうなのでしょうか。
さて、本書では世界を変えた10冊の本が紹介されています。
第1章 アンネの日記
第2章 聖書
第3章 コーラン
第4章 プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神
第5章 資本論
第6章 イスラーム原理主義の「道しるべ」
第7章 沈黙の春
第8章 種の起源
第9章 雇用、利子および貨幣の一般理論
第10章 資本主義と自由
私が実際に読んだことがあるのは『種の起源のみ』です。いずれも一見私たちの生活とは無関係で、小難しい本の印象を受けます。しかし、本書を読んでいると、グローバル社会に生きる今日、これらの書物の思想は私たちの生活に直接的あるいは間接的な関りがあることが認識されます。そして何より読みやすい。上記10冊を一人でしっかり読むとかなりの時間を要してぐったりしそうですが、本書は一章、一章、眉間にしわをよせることなく、目からうろこを落としながら読み進めることができます。
本書の一部を私見をまじえながらご紹介致します。
まずはアンネの日記です。私でもユダヤ人のアンネが書いた日記であることぐらいは知っています。しかしながら、その歴史的意義まで考察したことはありませんでした。池上さんによるとアンネの日記は今日の世の中に大きな影響を与えているというのです。それは中東問題におけるユダヤ人の役割と関係があるといいます。
『1948年5月、アラブ人が多数居住するパレスチナの地に、ユダヤ人国家であるイスラエルが建国されました。国連が、ユダヤ人たちの「自分たちの国家を建設したい」という要望を受け入れて、パレスチナを「ユダヤ人の国」と「アラブ人の国」に分割する案を採択したのにもとづくものでした。ここから中東問題が始まります。
イスラエル建国に反対する周辺のアラブ諸国との度々の戦争を経て、イスラエルは、国連が採択した「ユダヤ人の国」の範囲を超え、パレスチナ全域を占領しました。
これにアラブ諸国が反発し、中東問題は、こじれにこじれています。しかし、アラブ諸国以外の国際社会は、あまりイスラエルに対して強い態度をとろうとしません。ユダヤ人が、第二次世界大戦中、ナチスドイツによって600万人もの犠牲者を出したことを知っているからです。
その象徴が、アンネ・フランクであり、彼女が残した『アンネの日記』です。『アンネの日記』を読んだ人たちは、ユダヤ人であることが理由で未来を絶たれた少女アンネの運命に涙します。『アンネの日記』を読んでしまうと、イスラエルという国家が、いかに国連決議に反した行動をとっても、強い態度に出にくくなってしまうのです。』
アンネ・フランクは享年15歳といいます。その死因は虐殺ではなく、栄養失調による衰弱とチフスのようです。
池上さんは、『アンネの日記』により中東戦争は大きく変わったが、それによってパレスチナに住む人達の中にイスラエル軍の行動におびえる「パレスチナのアンネ」が生まれている可能性を危惧されています。
続いて聖書です。
キリスト教の信者数は世界最大といいます。世界22億5千万人が信者であり、世界の3人に1人が信者という計算になるというのです。
皆さんは聖書の何をもって「旧約」と「新約」というのかご存知でしょうか。
もともと『旧約聖書』は、ユダヤ教徒の聖典といいます。その後、イエス・キリストが誕生し、人間と神との間で新しい契約が結ばれたと考えるキリスト教徒が、イエス・キリストの言行などをまとめた福音書を編集して『新約聖書』をつくったようです。『旧約聖書』は、ユダヤ教徒、キリスト教徒双方にとっての聖典ですが、『新約聖書』は、キリスト教徒独自の聖典といいます。
キリスト教世界には、「キリスト教原理主義」という思想潮流があるといいます。これは『聖書』に書かれていることを一字一句すべて言葉通りに信じる派閥のようです。この派閥では、『聖書』には神様が人間を創ったと書いてあるから、進化論などはとんでもない説だということになるといいます。事実、原理主義が大きな影響力を持っているアメリカ南部では、過去に「学校の授業で進化論を教えてはいけない」という州法が存在したこともあるそうです。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は世界でも多くの信者を抱える思想です。思想は人間の行動・思考に多大な影響を与えます。宗教への理解を軽視することは、世界への理解を放棄することと同義なのかもしれません。
例えば、イスラム教とイスラム原理主義、原理主義過激派とは、異なるものということを私たちは意識・理解しているでしょうか。
イスラム原理主義とは「ムハンマドが生きていた理想の社会に戻ろう」「イスラムの教えによって社会を復興させよう」という運動のことを指すようです。
イスラム原理主義自体は、暴力やテロとは関係ないといいます。スラム街で貧困に苦しむ人たちを援助したり、医療活動をしたりする組織もあり、多くの住民に支持されているようです。ただし、イスラム復興運動のためなら暴力も許される、欧米文化と戦うのはジハード(聖戦)だと考える一部の組織が生まれ、欧米社会から見ればテロと呼ばれる行動を引き起こすようになる。こうした組織が、イスラム原理主義過激派と呼ばれるものといいます。
今日の私たちの経済的常識となっている資本主義についてです。
資本主義一つをとってしても、マックス・ウエーバーとマルクスの分析では大きな違いがみられます。ウエーバーは「プロテスタントが神の栄光を地上に実現させるために、ひたすら働き、それが資本主義の精神を作り出した」という理論を導きだしたのに対し、マルクスは「抽象的な富をより多く手にいれるという唯一の動機によって、資本家は利潤を追求し続ける」という結論に達しています。
歴史的な偉人でも、その解釈には大きな違いがみられます。政府や専門家が正しく経済を把握するのは非常に困難であることが認識できます。
レイチェル・カーソンの『沈黙の春』も私達の歴史に大きな影響を与えています。レイチェルカーソンはDDTとよばれる農薬が人体に与える影響について警鐘をならし、農薬等の規制についてアメリカ政府の行動を呼び起こした人物です。『沈黙の春』がアメリカの雑誌「ニューヨーカーに掲載されたのは1962年です。
『許容量をきめるのは結局、みんなの食品が有害な化学薬品でよごれても、作物の生産者や農産物加工業者が安い費用で生産できなくてはならない、という考えが根本にあるのだ。そして、消費者の手に有害な食品がまわらないようにするためには、特別の管理の機関を設けなければならない。その維持費―税金をはらわされるのは、結局消費者なのだ。だが、おびただしい農薬が使用されているいま、このような管理機関が十分その機能を発揮するためには莫大な費用がかかり、それだけの予算を議会でとることはできない。だから、結局消費者は税金をはらうものの、あいかわらず毒をもらいつづけるという貧乏くじをひくことになる。』
池上さんの解説には日本で消費者庁が設置されたのは、2009年9月になってからのこととあります。
先進国で使用が禁止されたDDTなど猛毒の農薬は、規制の緩い開発途上国でその後も使われ、農薬に汚染された農作物が先進国に輸出されるという「農薬ブーメラン」が問題になっているといいます。
以前に紹介した『儲けのカラクリ』でも、海外からも農作物の輸入についての記載がありました。多くは外食産業で使用され、国産の農作物ほどの農薬使用等の規制がないといいます。知らぬが仏なのか、避けるべきなのか。いずれにしろ、知らないことには選択のしようがありません。
さて、「進化論」のダーウィンについての雑学です。個人的にはダーウィンの肖像画とのギャップがあり、驚きました。個人的にはお金とは縁のない、浮世離れした御老体のイメージでした。
『ダーウィンの父親は裕福な開業医で、母親は有名な製陶会社ウェッジウッドの創業者の娘です。』
『73歳で亡くなったダーウィンの遺体は、ロンドンのウエストミンスター寺院に埋葬されました。2011年4月、ウイリアム王子とキャサリン妃の結婚式が行われた場所です。ここは、国王の戴冠式や国葬など国家的行事が行われる場所であると共に、内部の壁や床には歴代の国王が埋葬されています。』
『彼の書は、「地球上の生き物は神が創造した」と信じるキリスト教徒からは批判を浴びましたが、多くの学者から支持され、その後の遺伝学、生物学の飛躍的な発展の基礎を築きました。
進化論を唱えて教会の権威を失墜させた人物が、教会に埋葬されるとは皮肉なものですが、それだけ高く評価された人物だったのです。』
イギリスの紙幣の表はいずれもエリザベス女王の肖像ですが、10ポンド紙幣の裏にはダーウィンの肖像画が描かれているところにも、イギリス人のダーウィンに対する評価がみてとれます。
さて、人類は神が創造したと考えるキリスト教徒の方の中には進化論が許容できない方も少なくないようです。
『キリスト教徒ながら、生き物が変異する事実を受け入れる人たちも現れました。この人たちは、神の存在を認めながら進化論を受け入れるという折り合いをつけました。それは、生き物がこのように進化していく「設計図」を最初に創造したのは神である、という考え方です。』
私たちにとって常識のはずの進化論を、決して信じようとはしない人たちが、アメリカには多数存在するといいます。
『1925年には、アメリカ南部のテネシー州で、高校の生物の授業時間に進化論を教えた教師が逮捕され、裁判にかけられる事件が起きたほどです。この裁判は、「人間が猿から心かしたなどという理論を教えたことで裁判になった」という意味で「モンキー裁判」と呼ばれました。当時のテネシー州など南部各州には、進化論を教えることを禁止する法律があったのです。』
『私がインタビューした家族連れの中には、「子どもを学校に行かせると進化論を教えられるから、子どもは学校に通わせず、自宅で教える」という母親もいました。アメリカにはいま、こうしたホームスクーリングの家庭が100万世帯もあるのだそうです。』
私の大学時代の生物のクラスでも、進化論を信じられない生徒がいました。私の通っていたカレッジはリベラルアーツでは中の上程度のレベルですが、メディカルスクールに合格する生徒の数を売りにしていました。そんな中でも化学や生物の知識が豊富で優秀な学生の中に、進化論の内容を理解したくもないし、しようとしない生徒がいました。
人によっては思想は絶対的なものということでしょう。
さて、ケインズという人に聞き覚えはあるでしょうか?聞き覚えがなくても、次のような考え方はいかがでしょうか。
『景気が悪くなったら、政府が公共事業などで支出を増やして経済を活性化させる。金利を下げて、企業の投資を活発化させる。これらは、景気対策としての常識になっています。中学校の社会科で習う話です。しかし、かつては常識どころか「とんでもない話」と考えられていたこともあります。それを世の中の常識にしてしまった本。それが、今回とりあげるジョン・メイナード・ケインズの『雇用、利子および貨幣の一般理論』という書物です。』
『当時の主流派の経済学は「自由放任が正しい」とするものでした。経済は企業の自由競争に任せるべきであり、政府の市場への介入はできるだけ少なくすることが、健全な経済発展につながると考えられていました。
ケインズは、そうした考えを時代遅れだとして、それまでの主流の経済学を「古典派」と呼んで厳しく批判しました。』
ここで池上さん解説による雑学です。古代エジプトのピラミッド建設は、かつては王の浪費のための非人間的な奴隷労働と見られてきましたが、最近の研究で、農閑期の働き場所確保という景気対策だったことがわかってきました。古代エジプトの王は、ケインズ理論を実践していたようなのです。事実と解釈の間に、いかに大きな乖離がうまれ得るかという大きな教訓になるのではないでしょうか。
池上さんの解説には
『不況で財政支出を拡大した後、景気が回復しても、政府は財政支出を減らすことをしないため、恒常的な財政赤字に悩まされるようになってしまいます。これは、ケインズの「知性主義」が災いしたのではないかと言われています。
しかし、実際の政治家たちは、知性にもとづいて行動するとは限りません。不況から脱出したからといって、「さあ、財政を切り詰めて赤字を解消しよう」などと考えると、有権者や経済界の支持者から反発を受けます。「景気に冷水を浴びせるようなことはしないでくれ。もっと景気をよくすればいいではないか」という圧力を受け、好景気でも公共事業などの財政支出を続けます。その結果、財政赤字は解消されにくくなったのです。』
とあります。
以前に年末の道路工事について批判させてもらいました。上記が事実であれば、何が政治・経済的に正しいかも判断できない政府が、ただ惰性で、あるいは一部の有権者や経済界の支持を得る目的のためだけに無駄金をはたいている可能性が大きいことになります。
さてなかなか絶対的な経済理論を形成するのは難しいものです。ケインズの理論に従っていても、不況や社会の混乱は生じます。
『資本主義と自由』を著したのはミルトン・フリードマンです。
『フリードマンの思想は「リバタリアニズム(自由至上主義)」と呼ばれます。この思想を持った人がリバタリアンです。その理念を一言で言えば、「人に迷惑をかけない限り、大人が好きなことができる社会」を目指すというものです。他人に危害を及ぼさない限り、何をやっても自由な社会こそが望ましい。麻薬だって合法化すれば、闇社会の儲け口がなくなり、犯罪は減少する。年金制度などの社会保障政策は、政府がやるべきではなく、民間企業に任せた方が効率的である。政府を信じず、民間企業の活力に絶大な信頼を置く経済学者。それがフリードマンです。』
国際通貨制度について、需要と供給の関係によって交換レートが変動する「変動相場制」を提唱したのもフリードマンということです。
『政府は個人の自由を守るために必要な道具であり、また政府があればこそ個人は自由を行使できるが、それでもなお、権力が政府に集中すれば自由にとって脅威になりかねない。権力を握った者がはじめはよき意図を持っていたとしても、また権力に伴う腐敗を免れたとしても、権力はよからぬ意図を生みやすく、また磁石のように、悪しき意図を持つ輩を吸い寄せる。
政府はろくなことをしないから信用できない。それよりは個人の自由を守ろう。これがフリードマンの思想です。』
『自由市場が存在するからと言って、けっして政府が不要になるわけではない。それどころか、「ゲームのルール」を決める議論の場として、また決められたルールを解釈し思考する審判役として、政府は必要不可欠である。ただし市場は、政治の場で決めなければならないことを大幅に減らし、政府が直接ゲームに参加する範囲を最小限に抑える役割を果たす。』
『市場を自由な企業活動に委ねておくと、恐慌を引き起こしたり、不況が長引いたりするので、政府が介入しなければならない、というものです。とりわけ、ケインズの理論にもとづき、各国の政府は、経済に介入してきました。フリードマンは、これに真っ向から反対しています。経済が混乱したのは、自由な市場が原因ではなく、政府の経済運営の失敗が原因で発生したものだというのです。』
かつては自由な市場さえあれば、経済はうまくまわるというのが常識でした。ところが、市場を自由にしていたことで社会が破綻しかけたため、政府による介入が必要になったわけです。優秀な政府の介入ならともかく、愚かな介入は却って社会を混乱に陥れます。
ケインズもフリードマンも市場にある程度の介入が必要という点では同意するところでしょう。ただし、愚かな、あるいは私利私欲にとらわれた権力の介入への不信感によりその介入の程度で大きな違いがみられます。歴史的な偉大な経済学者でもこれだけ意見がわかれるのです。
ましてや一時期の政府が優れた人材で満たされているとは考えにくいでしょう。「適材適所」といいながら、更迭される大臣が後を絶たない現状です。社会的な現実を知れば知るほど、他人にまかせておけないのが今日の日本です。
『アンネの日記』・・・アンネ・フランクと一問一答のように作品と著者を暗記させる教育に意味などあるのでしょうか。作品:作家で10000組暗記させる時間があったら、歴史的に意義のある一冊を数年かけてでも読破させる方がはるかに意味がある気がしてなりません。
様々なことに目を向ける上で、非常に有益な一冊だと思います。しかもお値段550円+税!です。
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